花壇の内緒話①
いつもと変わらぬマイペース更新です。
マリア・レティの日から一週間ほど経ったある日。
アメリアは、学園で古典の授業を受けている。
いたって真剣な顔つきだが、思考は上の空だ。
やはりその原因は彼女の婚約者だった。
実はアメリアは、あのコサージュを送った日から、フェリクスに一度も会えていない。
マリアレティの日の後は、デートをしてプレゼントのお礼を言い合うのがアメリアたちの恒例イベント。
だが、今年はそれがとんでもない困難なイベントに感じられる。
そのせいで、今年はフェリクスからデートの誘いをやんわり断ってしまった。
本当はアメリアだって、今回もらったフラワーブーケのお礼を言いたい。
桔梗という美しい青紫色の花で、素敵な花言葉とメッセージカードを添えてくれていた。
カードの最後には「次にあなたと会える時に、もう一つだけ渡したいものがある。幸せなその日を心待ちにしている」と書いてあった。
受け取った時には思わず笑みがこぼれてしまったくらい、大きくて綺麗な花束なのだ。
あまりに嬉しくて、記念にいくつかドライフラワーにしているほど素敵なのに、これ以上は贅沢だと伝えたい。
それに、アメリアはフェリクスに会えるならプレゼントがなくても、とびきり心が弾む。
それなのにアメリアがデートを断った理由は一つ。
コサージュについてフェリクスから言葉を聞くのが怖いのだ。
フェリクスなら嬉しいと言ってくれるはず!と考えても、手作りだからと気を使わせてしまわないだろうか?と思い始める。
しまいには、リクエストで作ったとはいえお揃いまで作っていたらさすがに重いのでは…となる。
そして、また最初の思考にもどる、というループを繰り返しているのだ。
そんなわけで、会いたいけど会いたくないというジレンマに、彼女は現在も悩まされている。
そんな悩みを抱えながらアメリアがクラスを受けているのは、1階の教室。
席は窓際で、大きなグラウンドが見える。
座っていると見えないが、窓の外すぐのところに校舎を囲むようにぐるっと大きめの花壇がある。
よく手入れされて咲く花は、裁縫のモチーフとしてアメリアのお気に入りになっている。
席から花壇が見られないのは残念だが、少し窓をあけておくと花の香りがするのもアメリアは好きだった。
いつも通り窓を少しあけて授業を聞いていたアメリアだが、今日は風に乗って、香りだけでなく小さな話し声が届いた。
女子生徒が声を潜めてなにか話しているようだ。
「きいた?あの噂」
古典は少人数クラスで、同じ教室で受けている生徒の数が少ない。
そのため生徒はまばらに座っており、その外からの声もアメリア以外の生徒には聞こえていないようだった。
盗み聞きのようで居心地がよくないが、花壇のそばで話しているようで、アメリアには逃げようがない。
「ミュリー、本当にゴシップ好きね。なんの噂?」
「そのゴシップを聞きたがるんだからあなたも同類ね。…第三王子殿下のよ」
「え?お堅い方だけど、品行方正で有名でもあるじゃない?」
アメリアは心の中で「早く別の場所に移ってつづきを話して…」と願っていた。
その願いもむなしく、少女たちはその場所で喋りだしてしまう。
盗み聞きはしたくないので、できるだけ意識をそらそうとした。
しかしその時、ことさら小さな声でフェリクスの名が聞こえ、アメリアは驚いた。
声を出さなかったことに安堵しながら、心の中で許しを請うて、恐る恐る耳を傾ける。
「リックとジムが街で見かけたらしいんだけど、第三王子殿下が、ティリオーネ様と王都のジュエリーブティックでデートしていたのですって!」
「え?なにかの間違いでしょう?アメリア様という婚約者がいらっしゃるのだし。あの堅実を絵に描いたようなお方が、まさか…いくら情報通のリックでも…」
「私もそう思った。でもジムが『たとえ暗闇でも、あの豊満なスタイルは見間違えないよ!』って。それに、いくらお忍びって格好をしても、お二人のオーラは抑えられないでしょ。ティリオーネ様はいつも下ろしている髪をまとめているだけみたいだったけど、フェリクス殿下は黒髪にしてまで、念を入れて変装してたらしくて」
アメリアは息を呑んだ。フェリクスとアメリアは、何度か一緒に街のパティスリーを訪れたことがある。
その時はいつもよりもラフな服装にするくらいで、髪色まで変えているのは見たことがない。
しかも彼は、普段ジュエリーブティックになんて行かないし、アクセサリーや洋服を用意するのなら王城にデザイナーたちを直接呼ぶため、自ら訪れることもない。
それなのにどうして、わざわざヘアカラーを変えてまで街のブティックに……?
彼の行動パターンからは全く予想できない振る舞いだ。
まさか彼に鍵ってそんなことは、と思いつつ、扮装して他の人と誰かとデートなんて見間違いであってほしい、と縋るような気持ちもあり、アメリアは混乱していた。
「ただバッタリ会った可能性もあるけど、あんまりにも美形でお似合いな2人だし、気になってちょっと様子を見てたんだって。そしたらフェリクス殿下が、見たこともないような顔で笑っていたそうよ。それはもう、愛おしそうに!ティリオーネ様を見つめて!」
「彼は女性を体で判別してるの?……まあジムは品がないけれど、狩猟コンクールでは好成績を残すくらいだし目だけはいいのよね。でもそれでは本当に…そんなに甘い笑顔を?」
見間違いがありえないなら。
愛おしそうに、甘い笑顔を……フェリクス様が…?
フェリクスは、部下たちには目をかけ、家族を慕い、誰に対しても気遣いを忘れない。
たしかに、ときには優しい笑顔を周りに向けることだってある。
でもそれは思いやりの類であり、決して思わせぶりな、それこそ恋仲に見えるような視線を、誰にでも向けるような人ではない。
少なくともアメリアは心からそう思っている。
そして、アメリアは今まで、心のどこかで「自分だけがこの表情を知っている」と思っていた。
フェリクスの態度は、それだけアメリアに誠実な印象を与えてきたのだ。
見たわけでもないのに信じてはいけないと思いながら、ショックを受けすぎて感情がうごかない。
アメリアは、以前ある舞踏会でティリオーネとフェリクスがダンスをしているのを見て思ったのだ。
「なんて美しい2人なのだろう」と。
そのせいで今回の光景がイメージできてしまう。
そして、何も知らずにその情景を見れば恋仲に思えることも、アメリア自身が実証済みだ。
あの時の不安感がよみがえりそうになり、アメリアは自らの腕をだきしめた。
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