守られるべき思い
アメリアからギフトを掠め取ったはずのダリアが、目の前から消えた。
するとアメリアの側にある3人がけのアームソファーから、ドサっと音がする。
「「……え??」」
「っ……ダリア様!!いい加減になさいませ!!お嬢様がこれを作り上げるために、どれだけの思いを費やされたか、あなたはお分かりですか?!絶対に、そのお気持ちは傷つけさせません!!!」
今まで自分がどれだけ馬鹿にされようと、部屋の隅で姿勢を崩さなかったマーサが、アメリアに不穏な動きをしたダリアに飛びかかったのだ。
ダリアはよろめいて応接用の大きなソファに倒れ込む。
さすがのダリアも呆然としていた。
だが、無事だった紺色のプレゼントがアメリアの手に戻るのを見て、恐ろしい形相で声を張りあげる。
「きゃああああ!!!!誰か助けてちょうだい!!だれか!!!…侍女に、あの侍女に暴力を振るわれたのよ!痛い!早く取り押さえて!」
どうされました?!と走り込んできた騎士たちに、マーサを指差しながらダリアが叫ぶ。
信じられないことに、頬を押さえて涙まで流している迫真さだ。
まるでこれではマーサが公爵夫人の頬を張ったかのようではないか。
騎士たちが一気に真剣な表情になり、マーサに向かってくるが、彼らの進路にアメリアが滑り込む。
「みんな、落ち着いてちょうだい。大丈夫よ」
「しかしアメリアお嬢様。メイドが公爵夫人を殴ったとなれば…」
「ええ。だとしたら問題よね。でもこの場にそんな事実は一切ないから安心し…」
「ふざけるのはおよし!!!お前も見たでしょう!!あの侍女がわたくしを突き飛ばしたのを」
騎士たちを宥めて事情を説明しようとするアメリアに、言葉を被せてダリアが叫んだ。
それはそうだろう。さっきのことを説明されて一番困るのはダリアなのだから。
そして、そうなれば公爵家の中でさらに肩身が狭くなるはずだ。
別にアメリアはそんな事を望んでいないが、マーサを罰させるわけにはいかない。
「…私が見たのは、私が『持っていた』第三王子殿下への贈り物をダリア様がご覧になり、ダリア様が『手を滑らせて』落としかけたそのプレゼントを、どうにかマーサが掴もうとしたところです」
「!!」
「…ですが、お嬢様。私が当たってしまい、ダリア様をソファに倒れこませてしまったのは事実でございます。誠に申し訳ございませんでした。どのような処分もお受けいたします」
「えっと……そうなのですか?殴っていないし、倒したのは故意ではないと」
戸惑いながら、それなら対処は侍女長にお願いしますが…と言う騎士の言葉を聞き流し、ダリアは悔しそうにアメリアを睨みつける。
アメリアの発言は「私が持っていたものを奪い、わざと落とした事は言わないでおくから、早く穏便にすませて」という意味だ。
どこまでもこざかしい小娘だと、ダリアは歯噛みした。
騎士たちがダリアに確認を求めるが、ダリアは黙っている。
なぜなら、質問を肯定すればマーサは無罪放免、否定すればアメリアが真実を語ってしまう。
否定して、アメリアの話をうそだと煙に巻くこともできなくはない。
だがダリアは侍従や騎士たちが「子爵家だから」とか「二番目の夫人だから」と、ダリアを信じないと踏んでいた。
ダリアはそこまで考えたことで、一気に苛ついた。
しかし、口を開く前に強めのノック音が響く。
「失礼致します。アメリア様、ポストマンがエントランスで待っていますので、私が代わりにお荷物をお持ちいたします」
「!!!そうだったわ、ごめんなさい!でも侍女長、これはプレゼントだから、サインは私がしたいの」
「そうでございましたか。ところで、皆様で何をなさっているのかお伺いしても?…騎士までおりますが」
実は、侍女長は先ほど助け舟を出してくれた、侍女ルナの従姉だ。
顔つきは似ているが、ルナはくすんだ金髪で侍女長はグレイヘア
「もう!!何でもないわよ!!…そこの侍女の顔はよく覚えたし、もういいわ」
「奥様。もしマーサに問題があったのであれば、私は侍女長として責任を持って処分を下す必要がござ…」
「まあ!くどいわね。あなたこそ修行が足りないのではなくって?」
「差し出がましいことを申し上げました。申し訳ございません」
ダリアがもう飽きたと言わんばかりの態度で部屋から出ていく。
ほっと息をついたアメリアは、騎士たちにひたすら謝りながら、侍女長とマーサを伴って部屋を出る。
廊下を急ぎながら、マーサにアメリアは優しく語りかけた。
「マーサ、本当にありがとう。あなたのおかげでフェリクス様にコサージュを贈れるわ。」
「いいえお嬢様…お騒がせしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。とっさに体が動いてしまって…」
「いいのよ。あなたはコサージュだけではなく、あれに込めた私の心や、勇気も守ってくれたのよね。本当にありがとう」
マーサは事態を大きくしてしまった責任を感じ、緊張もしていたのだろう。
アメリアにお礼を言われたことで、そのせいで張り詰めた糸が切れて、急に涙が込み上げてきてしまった。
必死に泣かないよう堪える優しい侍女を、アメリアは見ないふりして、今度は侍女長に問いかけた。
「侍女長、本当は何が起こっているのか、知っていたのでしょう?」
「全てではございませんが。ルナが『なかなかお嬢様が来られないので応接室に戻ったら、大変なことになっている』と報告に来て、道中で目撃情報を教えてくれたのです」
「マーサに冤罪がかかるかとハラハラしたわ。でもありがとう。あなたのおかげでどうにか収拾がつきました」
そんな話をしていると、二人はもうエントランスに着いていた。
そしてアメリアは侍女長に、雑言を浴びる必要はなかったのに嫌な役をさせてしまったことも謝る。
すると「彼女の言葉には傷つく必要がないと、この10年で学んだのです」と侍女長は言った。
アメリアにも言っているような口調だった。
その後、エントランスでデリバリー業者と対面したアメリアは、待たせたことについて平謝りする。
だが、公爵令嬢に頭を下げられたポストマンの男性は、逆に恐縮して胃に穴が開く思いだ。
やっとアメリアは、用意しておいたフェリクスお気に入りのプティ・フールデザートも添えて、無事に守り切れたコサージュをポストマンに預けた。
こうして大切なギフトをフェリクスに届ける準備が整い、アメリアとマーサはやっと一息ついていた。
しかし、ダリアは違う。
「あの女たち、絶対に許さないわ…特にアメリア。婚約者の座から引きずり下ろしてやらなければ……絶対に」
今もなお、彼女の怨みは燃え続け、ますます大きさを増していた。
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