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終末世界の元暗殺者  作者: くろふゆ
第六章 貴女に捧げる鎮魂歌 requiem
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048話 もう一人の父親

「これは、一体どうなっているんだ……!? ここで何があった?」


 冷たい夜空に、流斗の嘆きが響く。

 流斗と紫苑が世話になっている神崎家が、目の前で燃えていた。

 今もなお、メラメラと赤い炎が屋敷を包んでいる。


「姉さんはどこだ!? それに士道さんと香織さんも……」

「流斗様、少し落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるか!」


 流斗は思わず、紫苑に怒鳴る。「ひっ」と彼女が小さな悲鳴を上げたが、そんなことを気にしている余裕など彼にはなかった。流斗は神崎家の入り口を勢いよく蹴破る。


 門をくぐると、屋敷の前の中庭に、神崎士道とその部下である冷泉七海れいぜいななみが血だまりの中に仰向けで横たわっていた。


「し、士道さん!」


 流斗は地に倒れている士道の元へ近づく。

 全身を斬り刻まれており、身体の至る所から血が溢れている。

 さらに皮膚が所々に焼け焦げていた。左目は完全に潰れている。

 常人なら、すでに死んでいてもおかしくないほどの重傷だった。


「誰が、こんなことを……」


 流斗がそう呟いたとき、小型の軍用ヘリが上空に舞い上がった。

 操縦席に座る男の顔は見えなかったが、後部座席に座る男の顔ははっきりと分かる。

 その口元が、こちらを蔑むように嗤っているように見えた。


 眩しいほど金色に輝く髪。前髪と眉毛が雷のようにギザギザと歪に曲がっている。

 昔、手配書で見たことがある顔だ。確か、雷の魔術の使い手。

 魔術結社《暁の光》幹部――元A級、現S級魔術犯罪者、八雷雄吾やらいゆうご

 一年と少し前、相馬の父、武藤譲治を殺した張本人。


(そいつが……なぜ神崎家に?)


 流斗の疑問をよそに、ヘリは静かに飛び立っていった。


「ま、待て!」


 流斗はそれを追おうとする。しかし――


「――りゅ……流斗」


 息も絶え絶えな士道が、流斗の名を呼んだ。


「士道さん!」

「俺のことは……いい。悪いが、彼女を……助けてやってくれないか?」


 隣でうつ伏せになって倒れている七海を、士道が目の動きだけで追う。


「士道さん……彼女は、もう――」

「――――死んでいます」


 隣に並ぶ紫苑の言いにくそうな言葉に、流斗があっさりと続けた。


「そう……か。やっぱり、もう死んでいたか……ふっ……そうか」


 士道はそれを予め知っていたかのような顔をしながら、残念そうに呟いた。


「でも、よかった。最期にお前たち二人と話せて……」

「……っ! 最期なんかじゃない! 治療すれば助かる可能性だって――」

「もう助からないよ。俺はここで死ぬ……これは報いでもあるんだ……。今まで俺がやってきたことの報い……そう考えれば、得心もいく」

「何を言っているんだ、士道さん! あなたは、まだ死んでいい人間じゃない!」


 切なさが胸いっぱいに広がる。

 身体の奥が熱くなるのを流斗は感じた。

 それが久しぶりに覚えた殺意だと認識しつつも、抑えるつもりはなかった。

 流斗の中で、こんなことをした犯人に対する怒りと憎悪が膨らんでいく。


「流……斗……俺が父親で良かったか……?」


 士道が震える右手を流斗に差し出してくる。


「ああ、これ以上はない。最高の父親だったよ」


 流斗はそれを固く握りしめた。


「そうか……なら良かった……流斗、お前と過ごした日々……悪くなかったぞ」

「……ダメだ。死ぬな! 士道さん、俺はまだあなたに何も恩を返せていない!」


 深い悲しみの表情を浮かべる流斗をよそに、士道は空いている左手を自分の着ている軍服の内ポケットに伸ばす。その間にも、士道の残された時間は失われていく。


「なんで……なんで士道さんが、こんなところで……」


 二年にも満たない短い間だったが、士道との思い出が脳裏を駆け巡る。


「なぁ、士道さん。あなたはどうして俺を……こんな俺なんかのために……」

「お前が……『神崎』流斗だからだ」


 生気の失われた士道の白い顔が、淡く儚く微笑む。その笑顔は本物だった。


「…………っ!」


 流斗の中で、士道への想いが洪水のように溢れ出る。


「――泣くな、流斗。お前は……遥を救わなければならない」


 士道が左胸の内ポケットから、指輪のケースのような四角い黒い箱を取り出す。


「おそらく《暁の光》の目的はこれだ……」

「……これは?」

「過去に出現した……《魔界の門》の向こう側にいる、悪魔と契約する際に用いられる、魔術的媒体だ。強い意志を持ってこれを使用すれば……相応の対価と引き換えに、違法契約者となり、文字通り悪魔的な力を手に入れることができる」

「なぜ、そんなものを士道さんが持っているんだ?」


「これは……日本軍に保管されていた、超危険物指定の……魔術的媒体――《ホルスの目》。誰にも……その存在が知られないように、日本軍の中将である、この俺が……今まで秘密裏に管理してきた……。流斗、これをお前に託す。絶対に、誰にも渡すな……これを使った契約者は……この世界を破壊するほどの……ごほっ……」

「士道さん……!」


 咳き込んだ士道の口元から、赤い鮮血が垂れる。

 士道が震える左手で掴んだ《ホルスの目》を入れた箱を、流斗の右手に握らせた。

 そして、流斗の隣で黙って控える紫苑に目を向ける。


「天枷紫苑……お前とは、一年ほどしか一緒にいられなかったが、流斗のことを任せられる……立派な従者だと、俺は思っている。これからも……流斗を支えてやってくれ」

「神崎士道さん、あなたに拾ってもらった御恩は決して忘れません。私の忠義は、神崎家と流斗様にあります。後のことはお任せください」


「紫苑! お前まで何を言っている!? 士道さんはまだ生きている! 死なない! 死なせない! 死ぬはずがない! 俺を拾ってくれて、育ててくれて、武術の稽古をつけてくれて、魔術を教えてくれて、学校に行かせてくれて、家族みたいに接してくれて……」

「もういい……もういいんだ、流斗……希望はお前に……」

「いいはずないだろ! 士道さん、俺はあなたに――」


「俺は……自分の人生に満足しているんだ。今まで長く日本軍で働いて……中将にまで上り詰め……多くの人の命を救って……感謝され、数え切れないほどたくさんの笑顔を見てきた。唯一心残りがあるとすれば……俺は家族を幸せにできなかった。最期まで……妻の沙樹も、娘の遥も、救うことはできなかった。だから、流斗……俺はお前に――」


 流斗の両目から一筋の涙が零れる。


「神崎流斗……俺の唯一の息子。さらばだ、流斗。お前は、お前の信じる道を行け。すまないが、遥のことを……頼む……あいつはまだ、中にいる……は……ず。あいつのことを救ってやってく、れ。ごほっ…………流斗、お前と出会えて……良かっ――」


 それ以上、士道の言葉は続かなかった。


「……どうした? 士道さん、返事を……返事をしてくれ……」


 残された僅かな力で握り締めていた流斗の右手から、士道の手が崩れ落ちる。


「し、士道……さん?」


 流斗の言葉に、士道の返答はなかった。

 焦点を失った士道の目は、もう何も映していない。


「頼む、もう一度……もう一度だけでいい。俺のことを、神崎流斗と呼んでくれ……」


 神崎士道は、すでに息絶えていた。流斗を残して、この世を去ってしまった。


「……は、ははっ、ハハハハハ! あの士道さんが死んだ? こんなにもあっさりと?」


 思わず流斗は笑ってしまう。

 艶のある黒い自分の髪を、両手で掻き毟る。

 ブチブチと音を立てて、自らの毛を引き抜く。

 受け入れられない現実から、必死になって逃避しようとしていた。


「流斗様、奥に遥さんと香織さんがいる可能性があります。先を急ぎましょう」


 永遠に目の光を失った士道の眼球を、流斗の側にいた紫苑が静かに閉じた。


「……さようなら、士道さん。今までお世話になりました。姉さんは、俺が!」


 流斗は士道から受け取った、魔術的媒体《ホルスの目》を戦闘用の黒いコートの内ポケットに入れ、神崎家の奥、道場のほうに向かう。


 神崎家の屋敷を抜けて、裏側の道場がある場所に回ると、燃え盛る炎の中に一人の男が大剣を持って突っ立っていた。


 背は流斗よりも十センチほど高く、その体は灰色の外套の上からでも鍛え込まれていることが分かる。燃え盛る炎のように赤い髪の毛を、整髪料でライオンの縦髪のようにツンツンと立てていた。


(……日本軍の魔術犯罪者リストで見たことがある顔だ)


 確か、魔術結社《暁の光》のメンバーにしてA級魔術犯罪者――火口鉄平ひぐちてっぺい

 五大元素の一つ、火属性の高位魔術師の一人。


「よう、遅かったじゃねぇか。神崎流斗、あと天枷紫苑? だっけ?」

「そう言うお前は《暁の光》の火口鉄平だな」

「そうそう。よく知ってるじゃん。ちゃんとお勉強してるのなぁ。偉い、偉い」


 流斗の言葉に、火口はへらへらと軽薄そうに笑いながら答える。


「まぁ、お前が来るのが遅かったから、すでに冷泉七海と神崎士道と立花香織、そして、お前の姉である神崎遥はオレたちが殺しちゃったけどなぁ! ははははは!」


 その言葉に、流斗の血管が浮き上がる。

 ブチっと音を立てて、流斗の中の何かが切れた。


「そうそう。それだよ、その顔ぉ! 希望が絶望へと変わる、その瞬間の顔が最高にそそるんだよなぁ!」


 火口の言葉に呼応するかのように、後方にある屋敷が爆発した。

 おそらく、圧力が急激に発生したか、圧力が急激に解放されたのだろう。


「……ふん、燃え尽きていなければ、まだ神崎遥の死体くらいは屋敷の中に残っているんじゃないかぁ? ま、もう原型は留めていないだろうがなぁ。ははは!」


 火口の発する言葉に、底知れぬ深い悲しみと激しい怒りがこみ上げてくる。


「…………どけ」

「はぁ? 聞こえんなぁ?」

「そこをどけと言っているんだ! 火口ッ!!」


 流斗は吠える。そして力まかせに火口に殴りかかった。

 だが、そんな大振りの攻撃は、火口に易々と躱されてしまう。


「ははは! そんな見え見えの攻撃……当たらねぇよぉ!」

「チッ、今はお前に構っている暇はない!」


 流斗の右手の甲に、上下を逆向きにした五芒星を円で囲った、悪魔の象徴である逆ペンタクル――赤黒く光る《契約印》が浮かび上がった。


 今すぐにでもこの手で火口を殺したい衝動を抑えつけ、流斗は紫苑に命令を下す。


「主である神崎流斗の名の下に命じる……紫苑! そいつを殺せぇえええ!!」


 聞いた者を呪い殺すような、冷たく激しい恨みがこもった怒号が飛ぶ。

 それは、流斗が初めて紫苑へ下した、対象の殺害命令だった。


 その言葉を引き金に、紫苑の澄んだ緑色の両目が血のように赤く染まる。

 さらに背中から、悪魔の象徴である漆黒の翼が生えてきた。


「……承知致しました、我が主よ。ここは私に任せて、流斗様は遥様のもとへ」


 紫苑の返答を聞くと、流斗は最高速度で屋敷のほうへと向かった。

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