038話 天枷紫苑
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天枷紫苑、十六歳、身長161センチ、体重43キロ。
異性との性交渉はまだない。
悪魔である父親と、人間である母親の間に産まれた半人半魔。
紫苑が自分より一つ年上なことと、体重が異常に軽いことに、流斗は驚いた。
奴隷として囚われていた期間が長いせいで、随分と痩せたのだろう。
しかし、もっとも驚くべき点は、この軽さで間木とまともに切り結んでいたことだ。
さすがは悪魔の力を有している――半人半魔である。
他にも細かい肉体情報が送られてきた後、次は紫苑の過去の記憶が流れ込んでくる。
紫苑は人里離れた山の奥に、悪魔である父親と住んでいた。
母親は紫苑を産んで五年ほどで亡くなっていた。
この地球上から、人類はまだ完全に悪魔を葬り去ったわけではない。
紫苑の父親のように知性があり、人間との戦闘を好まない珍しい悪魔もいた。
紫苑の父親は人間に模した姿をしていて、少し見ただけでは人間と区別がつかないように変装もしていた。それは母親が死んだことにより、紫苑を育てることができるのは父親である自分しかいなかったからだ。
紫苑は父親から悪魔化の方法、魔力の運用、人間との契約について教わっている。
幸いなことに、半人半魔の中でも、紫苑は人間に見た目がかなり似通っていた。
だから紫苑はむやみに悪魔の力を使うことはなく、人間として生きようと思っていた。
しかし、どこから情報が漏れたのか、紫苑が暮らす山に悪魔がいるという話が出回り、日本軍が悪魔狩りに現れる。
父親は孤軍奮闘し、なんとかして紫苑だけでも逃がそうとした。
そのおかげで紫苑はただ一人、自分だけが生き残り、孤独の海へと投げ出される。
紫苑の過去の記憶は、家族をすべて失って彷徨っていた自分とどこか似ている、と流斗は思った。
そしてあちこち彷徨った紫苑は生きるために悪魔の力を使い、それをたまたま通りがかった奴隷商人が見つけ、弱ったところを手錠で繋がれ、手足には馬鹿みたいに重い鉄球を嵌められた。
それが、天枷紫苑が奴隷として葉山裕司に囚われていたいきさつだ。
肉体と記憶の情報がすべて脳裏に駆け巡り終えたとき、二人の間に契約は成った。
「これで……私はあなたのものです。どうかお好きに扱ってください。これよりあなたの望みは、いかなる無理難題だろうと、この天枷紫苑が必ず叶えてみせます」
紫苑の頭にも、日向流斗と神崎流斗の過去の記憶が、直接流れ込んだのだろう。
彼女はなんとも言えぬ表情を浮かべ、必死で笑みを作ろうとしていた。
「どうだ、これが俺の本当の姿だ。俺は昔、暗殺者だった。人殺しだった。俺の記憶をすべて見たからには、お前を野放しにしておくつもりはないが……。もしもお前が俺に嫌悪感を少しでも覚えたのであれば、契約を解除してやってもいいぞ」
「いいえ、これは私が自ら望んだ契約。それにあなたが何者なのかは、おおよそ見当がついていましたから」
そう言って、今度こそ紫苑はその顔に本物の笑みを浮かべる。
「あなたが愛する神崎遥。彼女はとても良い人ですね」
「ああ、俺も最高の姉だと思っているよ」
「ですが、私もそれと同じくらい、あなたが私の主で良かったと思っています」
紫苑が流斗の右手の甲から手を離すと、そこには細かい意匠が施された、上下を逆向きにした五芒星を円で囲った、悪魔の象徴である逆ペンタクル――赤黒く光る《契約印》が浮かび上がっていた。
「この《契約印》は、半人半魔である私とのシンクロ時に浮かび上がるものです。通常時は誰にも見えないようになっているので問題はありません」
そう語る紫苑の赤い瞳も、契約前より一層その輝きを増していた。
「ふふっ、心配せずとも、私のこの赤い目も、悪魔化を解けば元に戻ります」
紫苑が一度目を閉じ、こわばった体から力を抜く。
背中から生えていた黒い翼が折りたたまれ、ガラスが砕けるように粒子となった。
すると、開かれた両目は、透き通るようなエメラルドグリーンの輝きを放つ。
「本当に綺麗な瞳だな。俺の濁った目ん玉とは大違いだ」
「ありがとうございます。でも、あなたもたまに優しい目をしていますよ、流斗様」
「なんだ、その流斗『様』っていうのは?」
「いえ、これから私はあなたに仕えるわけですから、少しは敬意を払おうと思いまして」
「いらん、余計なお世話だ」
「いえいえ、これは私の気持ちの問題ですから。心構えとでも言いましょうか。あなたは私の主となるのです。その責任と自負をしっかりと持ってもらわなければ困ります」
ぺこりと丁寧なお辞儀をしたあと、紫苑はほっとしたような柔らかい笑みを浮かべた。
彼女の笑っている姿を見ると、なぜか心が癒される。
(この笑顔を俺は守りたい。……チッ、また守りたいものが増えてしまったな)
そう内心毒づきながらも、流斗は紫苑のことを改めて認める。
彼女は自分に相応しい最高のパートナーであると。
彼女と契約をして良かったと。この行いに後悔は一切ないと。
「紫苑、これからは、お前に俺の背中を守ってもらいたい。そして、もし俺が人の道を外れて外道に堕ちたときは――お前が俺を殺すんだ」
「…………分かりました。その日が来ないことを祈りながら、私はあなたを支えます」
「さてと、じゃあ家に帰って、姉さんにお前のことを一緒に住ませてもらえるよう、頼み込むとするか」
「はい。でも、あの人は流斗様のことをたいそう慕ってらっしゃるので、もしかしたら私に嫉妬して、怒ってしまわれるかもしれませんね」
「おいおい、それは困るな……」
冗談めかして笑う紫苑を尻目に、流斗は本気で困ったような苦い顔付きにさせられた。
流斗は黒いズボンのポケットから携帯端末を取り出し、遥に連絡をつける。
「もしもし、姉さん」
『……何かしら?』
遥の言葉から微かに怒気を感じる。向こうで何かあったのだろうか。
「こっちの任務は成功したよ。奴隷商人を抑えて、捕まっていた奴隷たちもみんな解放した。姉さんの予想通り、途中で奴隷商人狩りが現れたけど、それも現場に居合わせた半人半魔の、天枷紫苑という少女と共闘することで解決したよ」
『半人半魔? 流斗、もしかしてあなた、その子と《契約》していないでしょうね?』
「……っ、姉さんはなんでもお見通しだな。そうだよ、契約を交わした。本契約だ」
『そう。まぁいいわ。ちょうど、流斗にも専属のメイドをつけてあげようと思っていたから。今まで香織さんが面倒を見てくれていたけど、彼女は一応私の専属メイドだからね』
「なら、家に連れて帰っても構わないか?」
『ええ、許可するわ。父さんの説得は私に任せて』
「ところで、そっちの任務はどうだった?」
『……上々の出来よ。一人、厄介なのを取り逃がしたけどね。見つけ次第、即座に殺すわ』
そう言うと、遥は通信を切った。
その取り逃がした一人というのが、姉さんの機嫌を損ねた元凶のようだ。
遥を相手に逃げおおせるとは、相手は余程の実力者なのだろう。
「どうやら、俺たちは長い付き合いになりそうだ」
流斗は紫苑のほうを振り返って、薄く笑った。
◇ ◇ ◇
流斗との電話を切った遥は、逃がした火口とのやり取りを思い出す。
彼はこう言った。
『日向……いや、神崎流斗では、間木真一郎に勝てない。大切な弟なのだろう? 早く助けに行ってやらなくていいのか?』
それに対して遥が返した言葉は、
『いいえ、負けないわ。何があっても流斗は勝つわ。だって、彼はいずれ私を殺してくれる人だもの』
そのセリフを口にした遥の顔を見たとき、火口の顔が恐怖に歪んでいた。
『私、弟を甘やかすのが大好きなんだけど、弟子を厳しく躾けるのはもっと好きなの。あの子には、勝って、勝って、勝って、勝ちまくって、もっと強くなってもらわなきゃ。私を殺せるくらい強くなってくれないと困るのよねぇ♪』
恍惚の笑みを浮かべる神崎遥から、火口鉄平はなりふり構わず、すべてを捨てて死に体でなんとか生き延びた。全身にびっしりと冷や汗を浮かべながら。
あの悪魔に捕まったら、間違いなくこの世のあらゆる苦痛を与えられた後に殺される。そんな思考が頭の中でぐるぐるぐるぐる、精神が壊れそうになりながら。
★ ★ ★ ★ ★
紫苑と一緒に神崎家に戻ると、ちょうど遥も家に帰ったところらしかった。
遥の制服はところどころ焼け焦げており、戦闘の跡が見て取れる。
「ちょっと……予想以上に汚いわね、あなた」
脂ぎった紫苑の長髪と、煤けてボロボロになった奴隷服を見て、遥が言った。
「あなた、天枷紫苑だっけ? 私と一緒にお風呂に入るわよ。その後、香織さんと一緒にいろいろお手入れをしてあげるわ」
「……えっと、あの、わ、分かりました。その……ありが、ありがとうございます」
紫苑が一度流斗に目配せをした後、ゆっくりと頷く。流斗が初めて神崎家に来たときのように、遥は半人半魔である紫苑にも優しく接してくれる。相変わらず心の広い姉だ。
「その間に、流斗は父さんのところにいって、話を聞いてきて」
「……話?」
遥が渋い顔で続ける。
「そう、大事な話よ。結論から言うと、今回の戦いで、武藤譲治中佐――あなたの友人である、武藤相馬の父が戦死したの」
「え……?」
唐突に告げられた衝撃的な言葉。
流斗は一瞬、遥が何を言っているのか分からなかった。
否、本当は頭では理解していた。ただ、感情がそれを拒んでいただけだ。
「じゃあ……姉さん。紫苑のことは任せるよ。女の子同士じゃないとできないこともあるだろうし。また後でな、紫苑」
そう言うと、流斗は足早に士道のいる部屋へと向かった。
モチベーションが維持できません……
誰か力を……




