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終末世界の元暗殺者  作者: くろふゆ
第四章 囚われの半人半魔と契約者 illegal contract
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037話 奴隷解放

 間木が《武装硬化》した日本刀を構えて、流斗たちの前に立ちはだかる。


「そうか、この魔力量……。契約、いや……仮契約したのか。ということは、そいつは半人半魔というわけだな? どうりで背中に悪魔特有の黒い翼が生えていたわけだ」


 喋りながらも、間木の構えには一部の隙も見当たらなかった。


「半人半魔……これは良い拾いものをしたぜ。上手くやればこいつは高値で売れる。それに加えて、後ろにもたくさん奴隷がいるじゃねぇか。今回は豊作だなァ!」


 下卑た声で笑う間木に、ギリッと、流斗の隣で紫苑が奥歯を噛み締める音が聞こえた。

 流斗と紫苑の後ろで、鍵の解除された奴隷たちと葉山の怯える姿が視界の端に映る。


「お前はそこにいる半人半魔の奴隷と本契約を交わしていない。これは私との大きな戦力差になるぞ。まぁ、人間と半人半魔の間で結ばれる本契約は、半人半魔にとって自分の命を捧げるに等しい行為だからな。そう簡単に契約は結ぶまい。人間と半人半魔が本契約を交わした場合、半人半魔は契約した人間側が繋がりを解除しない限り、強制的な命令権を契約者に有される。まさに自ら奴隷になるようなものだ。その分お互いに得られる魔力は膨大なわけだが、生半可な信頼関係じゃ、人間と半人半魔の間で本契約は結べまいよ」


「ごちゃごちゃうるさいんだよ、間木。……話が長い。悪いがここにいる奴隷はすべて俺のものだ。お前には一人たりとも渡さない」


「なんだよ、もう先約がいるのか。ならばお前を殺すまでだ。お前の命も、隣にいる半人半魔の命も、後ろにいる奴隷たちの命も、全部、全部私のものだッ!」


 間木の突進に合わせて、紫苑が前に出てクレイモアをぶつける。

 しかし紫苑のクレイモアは、振動を増幅させた間木の日本刀に粉々に砕かれた。


 紫苑は壊れたクレイモアの柄を持ったまま、漆黒の翼を生やして宙に舞い上がる。

 クレイモアの柄から自身の《魔力神経》を通して膨大な魔力を注ぎ込む。

 そうして生まれた新たな剣は――トゥ・ハンド・ソード。


 トゥ・ハンド・ソードとはその名の通り、両手で扱う大剣の総称である。

 柄も鍔も刀身も長大で、長さはクレイモアより五十センチは長く、重さはクレイモアの二倍近くある。大柄な男性の身の丈をも超える超巨大な闘剣。


 紫苑は漆黒の翼を羽ばたかせて加速したまま、上空から地上にいる間木にトゥ・ハンド・ソードを叩き込んだ。

 間木はなんとか日本刀の峰でその剣撃を受けきるが、強烈な一撃に地面が捲り上がる。


「《神経二重加速ダブルアクセル》」


 流斗の運動能力、反射神経、動体視力、思考力、判断力等が、通常時の四十倍にまで一気に跳ね上がった。


「――紫苑ッ! やれぇえええええ!!」

「はい!」


 明確な言葉を交わさなくても、今の二人は契約によって互いの意志疎通ができていた。

 腰を下げて両の拳を顔の前に置き、流斗は地面すれすれを最高速度で突っ走る。


 紫苑はトゥ・ハンド・ソードをブーメランのように間木に投げつけて、黒い翼を羽ばたかせながら宙に飛翔した。

 間木が投げつけられたトゥ・ハンド・ソードを、自らの魔力で強化した日本刀で薙ぎ払う。そのとき間木の動きと視界に一瞬の隙が生じた。


 超スピードで間木に肉薄していた流斗は、左右の拳に紫苑との仮契約で増強された《魔力神経》を通して膨大な魔力を注ぎ込み、両の拳をダイヤモンドのように《硬化》させる。


「我が誓約の拳、魔の力を以って――悪を打ち砕け!」


 体全身に捻りと回転を加え、右腕を引き手にして物凄い勢いで捻った左腕から強力な貫手を放つ。


「これで終わりだ! 《双極螺旋貫手そうきょくらせんぬきて》ッ!!」


《硬化》された左拳が腕ごと螺旋を描き、ドリルのように唸る左の螺旋貫手が、《武装硬化》によって頑強に作り変えられた、間木の日本刀を木端微塵に粉砕する。


「なっ……!?」


 空を裂く拳の舞。その間に、間木は驚愕の表情を浮かべながらも、空いた両手で悪魔との契約によって手に入れた太い《魔力神経》を通して、強固な《魔力障壁》を張った。


「ぶち抜けぇえええええッ!」


 流斗は再び体全身に捻りと回転を加え、今度は左腕を引き手にして物凄い勢いで捻った右腕から強力な貫手を放つ。

《硬化》された右拳が腕ごと螺旋を描き、間木が張った《魔力障壁》を圧倒的な貫通力で突き破り、その腹部に渾身の一撃を叩き込んだ。


「がはっ、ああ……ぁあああああっ!」


 間木は白目を剥いたまま吐血し、その場に勢いよく前のめりに倒れ込む。

 血の流れを加速させ、体の隅々まで気血を巡らせることで筋肉を《硬化》し、身体能力を極限まで高める魔力流用。それが流斗の生み出した、新たな技の力の源。


「……紫苑」

「はい! 勝ちましたね」


 年相応な少女の笑みを浮かべた紫苑が、半人半魔の証である黒い翼を羽ばたかせ、空から降りてくる。

 流斗は油断なく、腰のベルトから射出したワイヤーで失神した間木の体を拘束した。


「さてと、あとは解放した奴隷をどうするかだが……」


 流斗が黒く濁った瞳を、鍵の解除された奴隷たちに向ける。

 奴隷たちが怯んだ瞬間、流斗は視界の端にいた葉山裕司の前に一瞬で移動した。

 葉山は慌てて回れ右して流斗から逃げようとする。


「逃がさんぞ、お前も拘束する。契約通り、命だけは助けてやろう。だが捕縛はさせてもらうぞ」


 逃げ出した葉山の首筋に、流斗の右手刀が打ち込まれた。

 葉山はそのまま前のめりに倒れて、呆気なく気を失う。


 そこで流斗は奴隷たちのほうへ振り返って語った。


「さぁ、お前たちを拘束していた奴隷商人は無力化したぞ。これで全員、晴れて自由の身だ! だが、俺はお前たちに感謝されるつもりはない。なぜなら、自由になったからといって、お前たちがこれから幸せになれるとは限らないからな。もしかしたら、奴隷のままでいたほうがまだマシだったと後になって嘆くかもしれない。しかしそれこそお前たちの自由だ。奴隷ではなく、人として新たな人生を歩むもよし、変わる未来が怖いのなら、ここに残って新たな奴隷商人に再び捕まるのを待っていても構わない。好きにしろ。選べ、掴み取れ、自分の人生だ。自分の生き方は自分で決めろ。立ち止まるな。前に進め」


 流斗の演説にも似た激励を聞き、奴隷たちは自分たちの足で立って歩き、その先の未来へと踏み出していく。

 暗い森の中にいた奴隷たちは、一人の幼い少女を残し、みんな旅立っていった。


「お前はここに残るのか?」


 自分より二、三歳幼い少女に対し、流斗は屈みこんで目線を合わせる。


「わたし、どうしたらいいのか分からないの」

「家族はいるのか?」

「たぶん、あの《スラム街》で待っている」

「なら、なぜ帰らない?」


 流斗の疑問に、少女は苦笑いを浮かべながら答えた。


「お金がないから……」

「そんなことは心配しなくていい。お前の親がなんとかしてくれるさ。とりあえず、まずはこれで腹一杯美味いものでも食べて、元気を出すんだな」


 そう言って流斗は、任務のために遥から与えられていたお金から少し、少女の小さな手に握らせた。


「いいの? わたし、何もあなたに返せるものがないよ」

「ああ、それでも構わない。その代わり、いつかお前が誰か困っている人を見つけたとき、そいつのことを助けてやってくれ」


 少女の頭を血で汚れていない左手で優しく撫で、流斗は少女に別れを告げた。


「さて……これで、残りはお前だけだが……」


 流斗の後ろに、漆黒の翼を生やした半人半魔である、天枷紫苑が立っていた。

 仮契約とはいえ、一度は感覚を共有した仲だ。

 彼女が今、何を考えているのかはおおよそ見当がついた。


「私は……私はあなたに仕えたいと思っている」

「俺は誰かに仕えてもらえるほど、立派な人間じゃない」

「それでも、私はあなたに仕えたいのです。私と《契約》を結んでください。今度は仮契約ではなく、本契約です」


 流斗の黒い瞳が細められ、紫苑の血のように赤く変色した、悪魔の瞳と絡み合う。


「そういえば結局、半人半魔と人間の間で結ばれる本契約の内容を説明していませんでしたね。半人半魔との契約は、《魔界の門》の内側にいる悪魔との契約と違い、契約する人間が対価を支払う必要がありません。互いの《魔力神経》を完全にリンクさせ、両者の間で魔力を共有することができます。つまり、生来《魔力神経》が細いあなたでも、私の《魔力神経》を通してより大きな魔力を生み出すことで、今まで以上の力を振るうことができるのです」


 黙って話を聞いている流斗に対し、紫苑は黒い翼を羽ばたかせながら続ける。


「それでいて、契約の主導権が人間側にある。契約した人間の命令には軽い強制権が働きます。その代わり、半人半魔は主となった人間の命令を遂行する場合に限って、通常時の数倍以上の力を発揮することができます。しかし、これは半人半魔にとってのメリットにはなりえません。そのため普通に考えれば、半人半魔は人間との本契約を結びません」

「それならなぜ、お前は俺と契約を結びたがる?」


 別に紫苑が言ったことを疑っているわけではない。ただ単純に気になっただけだ。


「さっき、あなたが解放された奴隷たちに言った言葉を覚えていますか? 『好きにしろ』。そう言ったのはあなたです。私はあなたの側で、あなたが何を為すのかを見届けたい。それに、私には帰る場所もなければ、両親もいません。他に居場所がないのです」


「……いいだろう。だが、俺には神崎遥という、愛する姉がいる。俺はその人のために生きている。命を捧げている。……お前が思っているほど、俺に主体性はないぞ」


「それでも構いません。一言で言ってしまえば、私はあなたに運命を感じたのです。これも所謂一目惚れってやつなんですかね」


 そう言って、紫苑は流斗の前に跪き、血に濡れた右腕を取る。


「契約には対象となる人間の血液と、契約に対する心からの同意が必要です。そしてその際、互いの肉体と記憶に関する情報が、両者の脳裏に高速で駆け巡ります。それでも構いませんか?」

「ああ、俺はお前と――天枷紫苑と契約を結び、新たな力を手に入れる」


 そして、自分はこれまで以上に強くなり、遥を守る騎士となるのだ。

 これからも遥を守り続けるために、流斗は魔の者と契りを結ぶことを躊躇わない。


「それではここに契約を交わします。私はきっと、あなたと出会うために、今まで生きてきたのでしょう。だから《刻印》をください。私があなたのものだという証を」

「……分かった。お前となら、この先も一緒に歩んでいける気がする」


 承諾の言葉を聞き届けると同時に、紫苑は血に濡れた流斗の右手の甲に口づけをした。

 少しピリッと痺れた後に、強烈な衝撃が全身を駆け巡る。


「この命、果てる時まで、すべてはあなたのために」


 細胞の一つ一つが、その遺伝子を書き換えられていく感覚。

 今までとは比べ物にならないほどの、圧倒的な魔力の奔流。


 魔の力が渦を巻き、生命力が泉のように湧き出し溢れてくる。

 交わる二つの魂が奇跡を起こし、未来を掴み取る、目に見えない翼となった。


 そして流れ込む、天枷紫苑の肉体と記憶に関する情報――

第四章も大詰め。

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