026話 初めての親友
吹き飛ばされた流斗は、急いで起き上がる。
しかし、そんな流斗自身の体も灼熱の炎に包まれていた。
「……火、あ、ああぁあああぁあ、火ぃだああァぁあああ」
辺りを見渡すと、戦闘フィールドだけでなく、観客席まで悲惨な状態になっていた。
「……燃える……燃えていく……燃えている」
流斗の脳裏に、かつての日向家が焼け落ちていく映像がよぎる。
何もできなかった幼い自分。ただ、すべてが失われる光景を眺めているだけだった。
「あ、あああああああ、ああああああああああああうあぁぁっぁアアアアア」
流斗は頭を押さえながら、虫のような奇声を上げる。
そうでもしないと気が狂いそうだった。
「あああああ、あ、頭が崩れるぅううウう」
自分が炎に対してトラウマを持っていることに、今まで気づけなかった。
「……ざき! 神崎! 神崎、大丈夫か?」
近くで誰かの声がしたような気がするが、流斗の耳には届かない。
流斗の頭には、幾度となくあのときの光景がフラッシュバックし、脳裏を燃え上がる炎が埋め尽くしていく。恐怖、憎しみ、怒り、悲しみ、後悔、絶望、あらゆる感情が溢れ、意識が混濁する。論理的思考が止まり、狂気が加速する。
「――火、は敵、だ。今度は、何も、渡さない。敵は…………殺す。コ、ロ、ス」
憎しみの発露は炎。呵責の連鎖が流斗の身を憎悪に焦がす。
「俺があのとき、もっと強かったら……敵を殺せていたら……俺の家族は――」
もう無力さを嘆くことはない。今は力を手に入れた。
(……そうだ、俺なら殺せる! 以前とはもう違うんだよ! はははははっ、邪魔する奴は鏖殺する。アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!)
「神崎! しっかりしろ! 早く彼女を止めないと、手遅れになるぞ!」
「助かって……いた。俺が、殺す。敵をコロス。敵は――殺すッ!!」
暗く憎しみのこもった流斗の低い声が、予備アリーナに響いた。
抑えきれない狂気が、怨嗟の炎が、黒い殺意となって滲み出る。
★ ★ ★ ★ ★
「クソが……一体どうなってやがる!?」
灰原弾は観客席でクラスメイトの避難誘導をしていた。
予備アリーナの観客席への出入り口は左右に二つある。
二手に分かれたクラスメイトの塊のうち、弾がいたほうの出入り口は、椿姫の火の弾で破壊され、瓦礫に埋もれて塞がってしまった。
となると、ここから脱出するには、反対側の出入り口に向かうしかない。
しかし、観客席にも火の弾が飛んでくる。それに加えて火柱も次々と上がり始めた。
危なくてなかなか身動きが取れない。常人があれに触れれば一発で焼死体だ。
今は何人かの生徒で球状のバリアのような《魔力障壁》を作り、少しずつ移動していた。
「――ったく、武藤の野郎は、一体何をしに行きやがったんだ!」
先程、相馬は弾に『ここは任せたよ』と言って、戦闘フィールドに飛び込んでいった。
弾が戦闘フィールドを見ると、風力を操って空中に浮遊している椿姫が、でたらめに火の弾を放っている。その顔は絶望に歪んでおり、光を失った瞳からは涙が零れていた。
「……チッ、どうやらありゃ、自分の意思じゃあねぇみてぇだな。そんなら仕方ねぇ。誰かが止めてくれればいいが……。まぁ、今はオレの相棒を信じるしかねぇわな」
そう思い、弾は反対側の出入り口を鋭く睨みつける。生憎とまだまだ距離はありそうだ。
「相棒も武藤も頑張ってんだ。なら、ここはオレがなんとかしねぇとなァ!」
弾は自身の手で両頬を叩くと、気合を入れて眼前を見据えた。
★ ★ ★ ★ ★
相馬は観客席から流斗の異常事態を察して、流斗の元へと急いで駆けつけていた。
「炎……火だ、火は敵。……敵は、俺が、殺ス!」
地の底から響いてくるような憎しみの声。
業火の宿った瞳が、流斗の行く手を遮る相馬を串刺しにする。
「神崎、一体どうしたんだ!?」
相馬の言葉を無視して、白目を剥いた流斗がいきなり襲いかかってきた。
「う、ガああアァぁァァァァッぁああああああああぁあああ!」
敵の首を毟り、引き裂くような、死の打撃が流斗の手から繰り出される。
相馬はそれを咄嗟に避けた。自分でも驚くほどに偶然体が反応した。
「なぜ……僕を襲う!?」
「……《気道潰し》」
さらに流斗が、相馬の呼吸器である首の気道を狙って攻撃してくる。
相馬は首をそらして、それを避けるが、
「……《斧刃脚》」
斧を刃のように切り上げる動作で、右足によるローキックを相馬の右脛に打ち込んできた。
「うっ! がっ……」
思わず膝を曲げると、流斗の左拳がこちらの顔面を確実に狙ってくる。
反射的に相馬は左前蹴りで流斗を突き飛ばした。
「がぁ……ぁ、ぁぁあああ!」
今の技は、明らかに相馬の命を刈り取るものだった。そこには遠慮も躊躇いも一切なかった。ただただ効率良く敵を死に至らしめるための動作。
「神崎、一体どうしたんだ? あのとき僕にとどめを刺さなかった君が、なぜ……!?」
流斗の顔をよく見ると、目は白目を剥いており、意識も定かではなかった。
気を失ってなお、身体に染み込んだ『武』の力がリミッターを外して暴れている。
「クソッ! 目を覚ませ、神崎ッ!」
相馬は必死に呼びかけるが、流斗に反応はなく、虚ろな目で相馬に迫ってくる。
「くっ、《旋風脚》ッ!」
相馬は空中に飛び上がりながら一回転し、その勢いのまま流斗の頭部に蹴りを入れた。
「あ、がアあぁっ!」
苦痛の声を漏らして、流斗が地面に勢いよく倒れる。
しかしそこは肉体に刻み込まれた『武術家』としての本能が受け身を取っていた。
相馬はすぐさま押さえ付けるように、倒れた流斗の上に馬乗りになり、激しく肩を揺すって叫んだ。
「しっかりしろ! 『流斗』ッ!!」
「うゥ、ああァ、うああ、俺、俺は……」
流斗が呻き声を上げる。徐々に意識が戻ってきていた。
「僕に君を信じさせてくれ! 僕は、本当は君と友達になりたいんだ!」
彼に意識がなくてもいい。相馬は流斗に話し続ける。内に秘めた想いを。
「……そうだ。僕もいつも一人で、どこかクラスのみんなとの壁を感じていた。普通の生徒に、この歳で軍人になって、この国を良くしたいなんて思う人はいない」
それは、軍隊学校があるのは高校からだからだ。
「例え、もしそう思ったとしても、僕の様に行動に移す生徒はなかなかいないだろう。そんなとき、神崎流斗。君に出会った……」
流斗の濁った瞳に、僅かな光が戻りはじめる。
「この学園で、初めて君のような人に会ったよ。僕にはそれがいい刺激になった。これからもクラスメイトとして一緒に過ごしたいと思った! だから――」
「――お前は……人様の上で、何を恥ずかしいことを言っているんだ?」
流斗が相馬の下で引きつった顔をしている。その頬には少し赤みが差していた。
「……は? えっ? 流斗……。君、もしかして、意識が戻っている?」
「さっき戻ったよ。いいからどけ! 男とイチャイチャする趣味はねぇ!」
流斗が勢いよくこちらの腹部を蹴飛ばしてくる。本当に遠慮がない男だ。
「何をするんだ! というか神崎、さっきは一体どうなっていたんだい?」
「あぁ……なんか俺、過去の出来事のせいで火がトラウマみたいなんだ」
「トラウマ? それで意識が混濁して暴れていたのか……」
「……悪かったな。でも、誰かさんが熱心に俺のことを呼ぶから目が覚めたよ。まぁ、ぶっちゃけ、後頭部を蹴られたのが決め手だったかもしれないけどな。ははっ」
流斗がわざとらしく笑う。現在進行形で、必死に精神の安定を図っているのだろう。
「ふん。神崎には、これからも僕の成長の糧となってもらわなければならないからな」
相馬は照れ隠しに流斗から目をそらして言った。
「……流斗」
「えっ?」
「流斗でいいよ。さっきもそう呼んでいただろ? お前」
流斗が相馬の目を真っ直ぐに見て言う。
あのときは切羽詰まっていて、相馬は咄嗟に流斗のことを名前で呼んでいた。
「……なら、僕のことも、相馬で構わない」
「わかった」
相馬は流斗と辺りを見渡す。時間が経つにつれ、予備アリーナの被害は増していた。
空中には風と焔を纏った椿姫が浮遊しており、無差別に、それでいて機械的に火の弾を放ち続けている。
これ以上放っておけば、宝条院椿姫の魔力は暴走する《魔力神経》にすべて食い尽くされ、やがては死に至るだろう。過度な魔力欠乏症というものだ。
「流斗、彼女をどうするつもりだ?」
「ちゃんと考えがある。ここは俺に任せろ」
相馬は流斗を見る。その瞳はもう濁っていない。微かな光が差し込んでいた。
「それなら、僕は観客席に残っているクラスメイトを助けに行くけど……君を信じていいんだね?」
再度相馬が流斗に念を押すように確認すると、
「ああ。相馬、お前に俺のことを信じさせてやるよ。しっかりその結末を見届けな」
という頼もしい答えが返ってきた。
「わかったよ。君は宝条院さんのことを救うんだ。他のみんなは僕に任せてくれ」
そう言って、相馬はクラスメイトを助けるために戦闘フィールドから去った。
100000文字突破! そろそろ終わりが見えてきましたね……
次話のラストバトルにご期待ください。
感想、評価等お待ちしております。気軽にどうぞ(*´ω`*)




