022話 殺したいほど愛してる(by姉)
日刊16位ありがとうございます(*´ω`*)励みになります。
★ ★ ★ ★ ★
「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
寝静まった流斗の部屋で、流斗ではない女が熱っぽい吐息を漏らす。
「……流斗ぉ……♪」
愛しい自分の弟――流斗の名を、遥が甘く囁く。
寝ている流斗に聞こえないように。その名を自分の体の中で溶かすように。
安らかに眠る流斗の寝顔を眺める遥の目は潤んでいた。
遥は三日に一度は、こうして流斗の部屋に忍びこんでいる。気配を察知する能力に長けた元暗殺者である流斗から、遥はそれを完全に遮断することによって成し遂げていた。
「私……今日、凄く嬉しかったのよぉ」
流斗の言葉を、遥は頭の中で反芻する。
『俺はどんなときでも姉さんの味方だからね』
『俺は姉さんを愛しているから』
『姉さんの側にいられるならそれでいいんだ』
思い出しただけで、体の芯までとろけそうになった。下腹部が熱く濡れる。
自分が愛されているという実感が湧く。下着が湿り気を帯びてきた。
「本当は……もっと流斗のことを自慢したいの。学校でも、この子が私の弟だって紹介したい。流斗が素直で頑張り屋さんの優しい子だって言いたい……」
でも、それはできないことだ。
遥と流斗は戸籍上、姉弟でもなければ家族でもない。それどころか、『日向流斗』は資料上死んだことになっている。だから、流斗はクラスメイトに遥の親戚と名乗った。遥が誰かに流斗のことを自分の弟だと紹介できる日は、一生来ないのかもしれない。
(……だが、それがいい。それでいいのよ)
遥の心の闇が蠢き、約束の赤い糸が黒く染まる。
「流斗の良いところを知っているのは……私だけ。同じ家に住んで、同じ時間を過ごしている、私が一番流斗のことを知っているし、私だけがその気持ちを、想いを、考えを理解している。私以外に、流斗の良さに気づく人間なんていない。それで……いいの。弟のすべては、姉である私だけのもの。他のゴミには渡さなぁい♪」
歪な独占欲が暗い渦を巻き、光彩を失った瞳が流斗を見つめる。
「いいのよ……流斗が私以外の誰にも愛されなかったとしても。全部私が与えてあげる。あなたが得ることのなかった愛情を……私がたっぷり注いであげるから。だから、もっと私に頼って。私のことを求めて。私を必要として。私を見て。私のことだけ考えて。私たちは二人で一つ。あなたには私が、私にはあなたが必要なの……」
暗がりの中、遥の声が小さく響く。それでも流斗が起きる気配はない。なぜなら、
「薬が、よく効いているようね……」
今日、流斗が口にした夕食には、遥が仕込んだ睡眠薬が含まれていた。
(もしかしたら、気づかれるかもしれないと思ったけど、さすがに香織さんが作った料理に何か入っているとは疑わなかったみたいね……)
それでも、元暗殺者として薬物に耐性がついている流斗には、常人に比べて薬の効果が出るのはかなり遅かった。今の流斗は、遥が多少声を漏らしたところで起きること様子はなく、ぐっすりと眠っている。
別に、遥だって流斗の部屋に侵入するために、いつも食事に睡眠薬を盛っているわけではない。誓って今日が初めてだ。たまたま、とある事情で睡眠薬が手に入ったところ、流斗が明日大事な決闘があるというので、緊張して眠れないことがないように使ってみたまでだ。そして、どうせ何をしても起きないのなら……と少し魔が差しただけなのだ。
「私……あなたのためなら、なんでもできるのよ」
熱く火照った体の疼きを抑えきれず、遥は己の体を流斗へと近づける。
「そんな可愛い顔をしている、あなたが悪いのだから……」
遥の顔は熱に浮かされたように紅潮していた。流斗の仄かな匂いが遥の鼻腔を満たす。
彼は安心して信用しきった、無防備な寝顔を晒していた。いつもは少し大人びた雰囲気を醸し出している流斗だが、寝ているその姿に、遥は年相応の子供らしさを感じる。
(私が流斗のことを大切に思っているように、流斗も私のことを大切に思ってくれているのはわかっている……でも――)
「愛が……足りないぃいいい! ……もっと、もっと私を愛してぇ♪ 私はあなたがいてくれれば、他に何もいらないのぉ~。だから……あなたは、私だけのものなのよ。私だけを見て、その目に私だけを映して。私はいつもあなたを見ているわ。だから、私に隠し事をしたり、嘘をついたりしたら駄目よ。どうせ……無駄なんだから。……この愛が憎しみに変わる前に、『本当の私』を見つけてね……」
遥の愛の言葉が、眠っている流斗の体に染み込んでいく。
「ねぇ、もっとその顔を見せて」
小さな寝息を立てる流斗の上に、遥が覆い被さる。
「流斗も、私のことが好きなんでしょ? なら、ずっと私の隣で微笑んで。空っぽな私を満たして。骨が軋むぐらい強く私を抱きしめて。重すぎる愛で私を押し潰して。じゃないと私……いつまでも、欠けてしまった隙間が埋まらないのぉ……」
瞳孔が開き、目から完全に光の消えた遥が、流斗の手を見つめる。
「この子、本当に寝ているのかしら? 私の鼓動を聞かせて確かめてみましょう」
遥が眠っている流斗の手を、自分の豊満な胸元へ導き、自身の豊満な胸を触らせる。
「あんっ♪ 好きな男の子に触られるのって、とっても気持ち良いのね。それが好きな人だとまた格別だわぁ。妄想しながら、自分でするより百倍気持ち良い……」
遥が流斗の頬に手を添える。そして微かに震える流斗の唇に口を近づけたとき、
「……うっ……んんっ」
寝ている流斗が僅かな呻き声を漏らした。
「………………ん……危ない。もう少しで、自分を抑えきれなくなるところだったわ」
遥は流斗が起きないよう、足音を立てず静かにベッドを離れる。
しかし、一度スイッチの入った遥の熱はすぐには冷めない。
(……ん~、興奮して眠れなくなっちゃった。どうしようかしら? ……あ、そうだ。少し早いけど、明日の試合で使えるように『あれ』を完成させておこうかな)
物音一つ立てずに、遥は流斗の部屋を名残惜しい思いで後にする。
「ふふふふふ」
思わず遥は笑った。まるで無限の時を生きた魔女のように。新しいおもちゃを与えられた童女のように。流斗が神崎家に来てから、毎日が楽しいことだらけだ。
「ああ、楽しいわねぇ。生きる目的があるっていうのは。ふふっ」
形容しようがない貌をした女が足取りを軽くする。
「……『あれ』を渡したら、流斗は喜んでくれるかしら?」
その瞬間を想像しただけで、遥のモチベーションは無限に湧いてきた。
ずっと姉のターン!




