021話 姉は弟のことならなんでも知っている
「姉さんお待たせ」
「今日は時間通りね」
放課後。校門にたどり着いた流斗を、今日も遥が迎えた。
「で、椿姫さんとは仲良くできたのかしら?」
遥の顔は笑っているはずなのに、この時点ですでに目が怖い。
(そういえば、昨日俺のことを監視しているみたいなことを言っていたな。――ってことは今日の出来事もばれているってことじゃ……)
「詳しく聞かせてもらおうかしら~?」
「い、いやー、別に、特に問題はなかったっていうか、大丈夫だよ?」
流斗は適当に誤魔化す。昨日仲直りをすると言っておいて、明日決闘することになったなんて、口が裂けても言えなかった。
(今日のことはそこまで噂になっていない。あくまでクラス内の話だ。なら、姉さんが把握していない可能性も高い)
「……ねぇ、流斗……」
遥の目から光が消え――流斗の前ではいつも笑っていた遥の顔が一瞬、無表情になる。
「私に――『嘘』ついてないよねぇ?」
遥の歪んだ黒い笑みに気圧され、流斗は今日の出来事を洗いざらいすべて話した。
◇ ◇ ◇
「つまり、流斗は椿姫さんと仲直りもできず、その上私のことを悪く言われて逆上し、なぜか明日、《魔術闘技会》への出場権をかけて決闘することになった。――ってことね?」
「概ね、その通りです」
遥がざっくりと話をまとめる。
流斗は今度こそ遥に怒られると思い、うつむいた顔を上げることができないでいた。
「まったく、昨日あれだけ言ったのに、さらに火に油を注ぐとはね……でも――」
遥がうつむいたままの流斗の頭に胸を当て、軽く抱きしめてきた。女の子独特の滑らかな肌や柔らかな胸の膨らみが押しつけられ、遥のいい匂いが流斗の体を包みこむ。
「私のために……怒ってくれてありがとう」
その言葉で、流斗はすべて報われた気がした。
「も、もちろん! 俺はどんなときでも姉さんの味方だからね。宝条院との戦いも、さくっと勝ってみせるよ!」
流斗は顔を上げて興奮気味に話す。頭の中は遥のことしか考えていなかった。
「それなのだけど、その試合自体はおそらくクラスメイトと担任教師くらいしか見ないでしょう。でも、《魔術闘技会》本番となると、全校生徒、御園学園全体、全教師、はたまた軍の視察も入ってくる。だから、流斗にはクラス代表にはならないでほしいの。資料の都合上、あなたのことを衆人環視の的にするわけにはいかないのよ」
「姉さんがそう言うなら、宝条院との戦いの後に代表は上手いこと辞退するよ。元からそんな目立つことをするつもりはなかったし」
「……ごめんなさい。あなたをこんな風にしかできなくて」
遥が落ち込んだ表情を見せる。だが、流斗はそれをすぐに否定した。
「そんなことはない。俺は姉さんにあのとき助けられ、本当に救われたんだ! 感謝こそすれども、姉さんを恨む理由は一つもないよ」
「でも……」
「それに、俺は姉さんを愛しているから。姉さんの側にいられるならそれでいいんだ」
流斗は遥に目を合わせてしっかり自分の思いを伝えた。
「うっ……っ……」
遥は顔を伏せて体を震わせる。
「ね、姉さん? どうしたの? 大丈夫?」
「……流斗ぉ~! やっぱりあなたは私の特別だわ! あなたを弟にして良かった!」
遥に物凄い勢いで抱き付かれ、流斗は思わず地面に倒れ込んだ。
「ふふふ、この子が私の弟なのよぉ……ふふっ♪」
遥が幸せそうな顔で頬擦りしてくる。傍目に見ると、流斗と遥の関係はどのように映るのだろうか。そう考えると、周りに人がいなくてよかった。
◇ ◇ ◇
その後、流斗は家に帰る途中で、気になっていたことを遥に訊いた。
「宝条院は、やたらと自分が『一番』であることにこだわっていたけど、姉さん、何か知っている?」
「さぁ? 私にも詳しいことはわからないわ。私が知っていることは、彼女の父親が彼女の幼い頃に死んでいるということだけ。彼女の父親は軍人で、私のお父さんと同期の親友だったの。でも、魔術犯罪者を追っている最中、不幸にも命を落としてしまった。そのときは父さんも随分と落ち込んでいたからよく覚えているわ。そして、そのあと私の母まで死んでしまい、父さんは一時的に廃人状態になってしまうわけだけど――」
誰かが死ぬ話は、何回聞いてもいい気はしない。
人が死ぬ瞬間には、もう二度と立ち会いたくないな、と流斗は思う。
「それはさておき、そのような経緯から、椿姫さんは軍も魔術犯罪者もたいそう毛嫌いしていたわね。彼女にとっては、軍も父親の命を奪った対象なのでしょう。そして若くして夫を亡くした妻、今の御園学園理事長――宝条院美咲は、元よりあった自身の魔術の才能を極め、元々お金持ちのお嬢様だったこともあり資金はたくさんあったので、それを使ってあのバカでかい御園学園を作ったってわけよ。で、昔から友好のあった私の父さんもその手助けをしたから、今でも仲が良いってわけ」
「なるほど、だから俺をこの学園に編入させてくれたのか」
「そう。そして椿姫さんは幼いころに父親を亡くし、母が一人で頑張る姿を見て育った。だから、父親が死んだときに何もできなかった自分が嫌だったんでしょう。彼女は順当に自分を磨き続け、力を蓄えている」
遥の話を聞いて、流斗は椿姫に抱いていたイメージが少し変わる。
「そうか、あいつもいろいろ苦労したってことか。だけど、宝条院の歩む道には明確なゴールがない。だからいつまでも貪欲に力を求め続け、『一番』になることを望んでいる」
「そうね。でも明日の戦い、油断していたら負けるのは流斗のほうかもよ」
遥が悪戯っぽく微笑む。
「いいや、俺は負けない。姉さんのことを悪く言ったあいつに負けるわけにはいかない。それに、上手く言えないけど、俺と戦うことで宝条院には、何かを掴んで欲しいんだ。何か、新しい……現状を変えるものを」
「まったく、流斗は優しいんだから」
そう言って、遥が流斗の手を引く。二人の前には、周りの家と比べて随分と大きい神崎家が見えている。その門を、流斗と遥は二人でくぐった。
遥のいない世界なんて考えられないほど、流斗の中で彼女の存在は大きくなっていた。
流斗の視界の外で、遥は他人に見せられないほど恍惚に満ちた笑みを浮かべていた。
その瞳は真っ黒に濁り、ぐるぐると渦巻いており、何もかも吸い込んでしまうブラックホールのようだった。眼球が不自然に動く。その目が見つめていたものは……
◇ ◇ ◇
その日の夜。流斗は士道に呼ばれ、士道の部屋へと向かった。
「それにしても、なんだか今日は夕食を食べてから、やけに眠いな……」
流斗は軽く頭を振って眠気を飛ばす。
ノックをして返事が返ってきたのを確認し、扉を開けて中に入った。
「よく来たな。まぁ座れ」
椅子に座った士道が机を挟んで対面にある椅子を指す。
流斗は椅子に座って士道の話に耳を傾けた。
「流斗、今日はお前に言うことがあって呼んだ」
もしかして、椿姫と喧嘩していることを怒られるのだろうか? と不安に思っていると、士道はまったく別のことを口にする。
「神崎流斗。お前はあの夏からよく頑張った。正直俺は、お前がここまで成長するとは思っていなかった。戦闘能力も、人間としての器も、だ。よって、来週から遥が手伝っている軍の依頼の補佐をしてもらう」
「……えっ!? 本当に?」
「ああ、軍に対しての資料等の手続きは無事に終わったからな。お前なら、遥の補佐も安心して任せられる。これからもあいつを支えてやってくれ」
士道にいつになく真剣な顔で見つめられ、流斗も俄然気合が入った。
「かしこまりました。元より俺は、姉さんを守るために生きているんですから」
「そう……だったな。ところで、明日は何か大切な用事があるんだろ? 遥が言っていたぞ。それに備えて今日はもう寝たらどうだ?」
「はっ、はい。そうですね。じゃあ、俺はもう寝ます。ありがとう、士道さん」
それだけ言うと、流斗は明日の大事な用事(椿姫との決闘)について深く追求される前に急いで士道の部屋を後にした。
そして早々に床に就く。いつもより不自然なほど……眠い。疲れて……いるのか……?
次話、お姉ちゃん暴走する。




