#06 最初で最後の親子
あの時に彼は国主たる力を失った。
心の清らかさも一点を汚してしまった為に、いくら他を輝かせても力は戻らなかった。
禁忌を侵したのだから、仕方がない。彼は王であることを辞めようとした。
だが、彼の人望が何よりも厚く、娘をはじめ、城の者達、民達がそこにあることを強く願ったのだ。
なんと恵まれているのだろうと彼は心から思った。
自ら放棄した居場所には、戻る権利すらないと思っていたのに。
それからの彼は、足りない力を技術で補った。
…それでも、今回ばかりは勝機が望めない。
目の前の青年に再び目をやっても変わらぬ意志を表すだけ。
「俺は国主だ。国の為の選択をしなくてはならない時が…ある」
是と頷く彼にだがと繋げる。
「今はお前と二人きりだ。だから、父として言う」
眉間に皺が寄る。
どう言えば彼が自分の望む答えをくれるのか、必死で考える。
「逝くなっ…」
情けないことに声が震えたが、言わずにはいられない。
「あれを倒すのには命が必要なことはわかっているのか?」
青年は再び首を振ったが、それはやはり縦にだった。
「あいつはどうする?この先、苦しみながら生きろというのか?」
その言葉でようやく若干の動揺が見られた。尚も彼は続ける。
「そんなことをさせるつもりもない。だからこそ、俺は…お前を次の」
「私はっ」
彼の言葉を遮るように青年は声を発した。
これ以上聞いてしまったらダメだと、そう思った。一つ息をついて、優しい声色で心の底からの想いを伝えた。
「私は、護りたいのです。国ではなく、貴方の思いと…彼女の穏やかな日々を。私の名はナイトですから」
この世で守りたいのはその他大勢などではない。
ポラリスの力でしか奴等を退けられないのは知っていた。
そして、今の彼女の能力では足りないことも。
だからこそ、封印の器が必要になる。
器ごと封印する。それは、器の死を意味する。
結果だけを見れば彼女が手を汚すことになり、その事を背負って生涯苦しむ道が続くことも分かっていた。
だから。
「彼女の傷も私が背負って逝きます」
目を零れ落ちんばかりに見開く彼に微笑んで続けた。
「忘却の術を身につけて良かったと初めて思いました。彼女の幸せの障害は全て退けるのが私の役目です。……例えそれが自分自身だとしても」
もう、掛けられる言葉は限られていた。
父親と国主の感情がないまぜになって、切り替えは不可能だった。
だが、伝えねばならぬ。
青年に背負わせる荷物を他の者に擦り付けてはならない。
彼ではない。
娘でもない。
自分が彼を……殺すのだ。
腰を上げ、血の吐く思いで国主は言葉を紡ぐ。
「すまん………頼む」
今にも泣きそうな国主に対し、青年は微笑んで答えた。
「ありがとうございます。父上」
すると、更に泣きそうな顔になって青年は昔と逆だと少し可笑しくなった。
きっと彼を“父”と呼ぶのはこれが最初で最後だろう。それでも、一度でも呼べたことで青年は満足した。
目の前の彼は大人で、男で、国主だ。
父親である前に国主なのだ。国が彼の守るものであり、子どもなのだ。
そして、彼の子どもである青年は父の思いを継いでこの国を護る事を望む。
誰よりも愛しい人が平和に暮らせる国を。
一礼をして退室しようとしたその時、静止の声がかかる。
そして差し出されたのは、彼が腰に刷いていた輪廻の剣だった。
凝視する青年に受け取るように更に差し出す。
出会ったときに差し出された手を彷彿とさせた。
青年は剣と国主を交互に見やると膝を着き、恭しく両手で受け取る。
瞳の奥の熱さにはお互い気付かないふりをした。
二人の想いを汲み取るかのように、鍔に施されたサファイアがきらりと揺れる。




