第9話「スライムの魔力、いじってみたら!?」
串焼き、おいしい。
昨日まで知らなかった食べ物なのに、もうすっかりお気に入りだ。
「はい、エル。こっちはレイね」
私は串から小さく外したお肉を、二匹のスライムの前に置いた。
エルがぴょこんと跳ねて、お肉を身体に取り込む。
レイはしばらく眺めてから、ゆっくり包み込んだ。
「……おおっ、食べた!」
スライムって、お肉も食べるんだ。これは記録しておこう。
……あれ?
でも、口がないのにどうやって消化してるんだろう。
「うーん……気になる」
私たちがいるのは、《小鳥の止まり木亭》の部屋。窓の外では夕日が街並みを赤く染めている。
ワイバーンを倒してリーヴェルに戻ったあと、私はいつもの串焼きを買い、エルとレイを連れて宿へ帰ってきた。
今日の研究は、もちろんこの二匹だ。
「さてと。まずは魔力の流れを見せてもらおうかな」
私は机の上に布を広げ、エルとレイを並べた。二匹はぷるぷる揺れながら、こちらを見上げている。
「痛いことはしないからね。ちょっと調べさせて?」
エルがぴょん。レイもぴょん。
「ふふっ。ありがと!」
まずは何もしない状態で、魔力の流れを観察する。
エルの魔力は、身体の中心から外側へ広がっている。
対してレイは、外側から中心へ集まるように流れていた。
やっぱり、違う。
同じスライムから分かれたはずなのに、魔力の向きが反対なんだ。
「……面白いなあ」
私は《研究記録》を開いた。
《観測記録》
エル:魔力の流れは外向き。
レイ:魔力の流れは内向き。
ここまでは、森で見たときと同じ。次は、少しだけ魔力を流してみよう。
「エル、ちょっと失礼するね」
指先から、ごく少量の魔力を送る。エルの身体が、ふわっと光った。
「おおっ!」
表面が淡い青色に輝き、身体の輪郭が少しだけ広がった。
……ん?
今、外側へ流れる魔力が増えた?エルが少し大きくなった。私は指先を離した。
すると、エルの大きさは元に戻った。
「なるほど。外へ広がる力が強くなったのかな」
次はレイ。
「じゃあ、レイもいくよー」
同じ量の魔力を送る。レイの身体が、きゅっと縮んだ。
「……あれ?」
エルとは逆だ。
魔力が中心に集まり、身体が少し小さくなっている。私は慌てて指を離した。
「だ、大丈夫!?」
レイがぴょこんと跳ねた。
……元気そうだ。
「よかったあ……」
でも、どうして同じ魔力を送ったのに、反応が違うんだろう。
私は二匹を見比べた。
エルは外へ。
レイは内へ。
魔力の流れが、そのまま反応の違いにつながっている?
「……ちょっと待って」
私は研究ノートを引き寄せた。
エルの外向きの流れ。
レイの内向きの流れ。
この二つ、ただ反対というだけじゃないかもしれない。
外へ広がる魔力は、周囲へ作用する力。
内へ集まる魔力は、内部へ蓄える力。
もしそうなら……。
「……エルは放出型で、レイは蓄積型?」
もちろん、まだ仮説だ。
でも、面白い。
すっごく面白い!
「よーし、もうちょっと調べてみよう!」
私は机の上に、小さな木の実を置いた。宿へ戻る途中、道端で拾ったものだ。
「エル、この木の実に触ってみて?」
エルがぴょこんと跳ねて、木の実に近づいた。
ぷにっ。
触れた瞬間。
ころん。
木の実が、少しだけ転がった。
「……おっ?」
今、触れた力だけじゃなくて、魔力が外へ押し出されたような……。
私は木の実を元の位置に戻した。
「もう一回!」
エルがぴょん。
ころころっ。
「おおおっ!」
今度は、はっきり分かった。
エルの魔力が外側へ広がり、木の実を押している。
「すごいじゃん、エル!」
エルが嬉しそうに跳ねた。
次はレイ。
「レイもやってみる?」
レイがゆっくり木の実に近づいた。
ぷにっ。
……動かない。
「あれ?」
もう一度。
ぷにっ。
やっぱり動かない。
でも、よく見ると……。
「……あっ!」
木の実が、レイの身体に少しだけ引き寄せられていた。
押すんじゃなくて、引く。
エルとは反対だ。
「なるほどー!」
私は思わず手を叩いた。
「エルは押す力! レイは引く力!」
……いや、待って。
それはまだ言い切れないか。
今の実験で分かったのは、エルの魔力が外へ作用し、レイの魔力が内へ作用したということ。
条件を変えたら、違う結果になるかもしれない。でも......
「ふふっ。面白くなってきた!」
私は《仮説登録》を開いた。
《仮説》
エル:外向きの魔力循環により、周囲へ作用する性質を持つ可能性。
レイ:内向きの魔力循環により、対象を引き寄せる性質を持つ可能性。
検証は、これから。
……うん。いいね。
私は二匹を見つめた。
「エル、レイ。君たち、すっごい才能あるかもよ?」
二匹が揃って跳ねた。
かわいい。
……そして、興味深い。
もしこの性質を伸ばせたら、エルは魔力を外へ放つのが得意になるかもしれない。
レイは魔力を内部に蓄えたり、周囲から集めたりできるようになるかもしれない。
もちろん、今の段階では分からないけど。
「……ふふふ」
想像するだけで楽しくなってきた。
私は二匹をそっと抱き上げた。
「一緒に、いろんなこと調べようね!」
エルがぴょん。
レイもぴょん。
……ああ、幸せ。
研究仲間が二匹も増えちゃった。
私は机に戻り、今日の観測記録を整理し始めた。
ワイバーンの戦闘。
魔術の出力調整。
エルとレイの魔力循環。
それから、レベルアップによる能力値の変化。
「……あっ」
そうだった。
ワイバーンを倒して、十五レベルも上がったんだった。
私はステータス画面を開いた。
《セリス》
《Lv128》
「……百二十八」
改めて見ると、なかなか大きな数字だ。
昨日、この世界に来たときは九十九だった。
それが、もう百二十八。
「……ふふっ。順調順調!」
私は研究ノートに数字を書き込んだ。
次は、レベルアップ前後の能力値を比較してみよう。
どれくらい成長してるのかな。
……ああ、楽しみ!
窓の外では、街の明かりが一つ、また一つと灯り始めていた。
その頃。
リーヴェルの冒険者ギルドでは、五人のA級冒険者が、ギルドマスターのバルドに報告をしていた。
「……ワイバーンを、一撃で?」
「ああ。間違いねえ」
「しかも、初級魔術だと?」
「本人はそう言ってた」
バルドは眉間に皺を寄せた。
「……どんな女だった?」
「銀髪で、青い目の……まだ若い女の子だ」
「…………」
バルドの顔が、ゆっくりと険しくなった。
「……まさかな」
その呟きを、誰も聞き取ることはできなかった。
そして当の本人は。
「エルー、レイー! 見て見て! 能力値、こんなに変わってるー!」
宿の部屋で、今日も楽しそうに研究を続けているのだった。




