第10話「私、普通の冒険者ですよね!?」
翌朝。
「……あれ?」
私はステータス画面を見つめていた。
《セリス》
《Lv128》
うん。昨日も見た数字だ。
でも、改めて考えると、ちょっと気になることがある。
この世界の冒険者って、普通はどれくらいのレベルなんだろう?
昨日のA級冒険者さんたちは、ワイバーンを倒すのに五人がかりだった。私は一人で倒せた。
……まあ、魔術の使い方が違ったからかもしれないけど。
それに、私のレベルが百二十八なら、A級の人たちはもっと高い可能性もある。
「……よし!」
私は研究ノートを閉じた。
「聞きに行こう!」
エルとレイが、揃ってぴょこんと跳ねた。
「君たちも一緒ね!」
朝ご飯を食べて、宿を出る。
リーヴェルの街は、今日も賑やかだった。パン屋さんからは焼きたての香り。
道端では商人たちが荷物を運び、冒険者たちが依頼の相談をしている。
そして。
「……串焼き!」
私は足を止めた。まだ朝なのに、もう焼いてる。
……これは。
「一本ください!」
銅貨三枚。
朝ご飯を食べたばかりだけど、研究には糖分……いや、エネルギーが必要だ。
うん。必要。
私は串焼きを頬張りながら、ギルドへ向かった。
扉を開けると、受付にいたミーナさんが顔を上げた。
「あら、セリスさん。おはようございます」
「ミーナさん、おはようございまーす!」
「……あら?」
ミーナさんの視線が、私の腕の中へ向いた。
「その子たちは?」
「新しい研究仲間です!」
私は二匹を持ち上げた。
「エルとレイ! よろしくお願いします!」
エルがぴょん。レイもぴょん。
「まあ……かわいい」
ミーナさんの表情が緩んだ。
「スライムを連れて歩く冒険者さんは珍しいですね」
「そうなんですか?」
「ええ。普通は討伐対象ですから」
「……えっ」
私は二匹を見下ろした。
エルとレイが、つぶらな瞳でこちらを見上げている。
「……こんなにかわいいのに?」
「ふふっ。セリスさんらしいですね」
ミーナさんが笑った。
……うーん。
この世界、まだまだ分からないことが多いなあ。
私は二匹を抱え直した。
「あっ、そうだ! ミーナさん、ちょっと質問してもいいですか?」
「はい。何でしょう?」
「冒険者のレベルって、普通どれくらいなんですか?」
「……レベル、ですか?」
「はい! F級とかA級とか、ランクによって違うのかなって」
ミーナさんは少し考えてから、説明してくれた。
「そうですね。もちろん個人差はありますが、F級なら十前後、E級なら二十前後……A級になると七十から九十くらいでしょうか」
「へええ……!」
なるほど。
思っていたより、ずっと低い。
「じゃあ、S級は?」
「八十五以上の方が多いですね。もちろん、ランクは実績や信頼も関係しますけど」
「ふむふむ」
私は研究ノートを取り出した。
F級、十前後。
E級、二十前後。
A級、七十から九十。
S級、八十五以上。
……あれ?
私はペンを止めた。
「……ちなみに」
「はい?」
「百を超える人って、どれくらいいるんですか?」
ミーナさんの表情が、少し変わった。
「……百、ですか?」
「はい!」
「……セリスさん」
「はい?」
「普通、人のレベルは九十九までですよ?」
「…………」
……ん?
「……九十九?」
「ええ。人間だけでなく、ほとんどの種族に共通する成長限界です」
「…………」
私は、そっとステータス画面を開いた。
《セリス》
《Lv128》
百二十八。
……あれ?
「……えっ!?」
思わず声が出た。
「じゃあ、百を超えたらどうなるんですか!?」
「通常は、超えられません」
「……超えられない!?」
「はい。九十九に達すると、それ以上レベルが上がらなくなるんです」
私は自分のステータス画面を見つめた。
百二十八。
……普通に上がってるんだけど。
「……ええええ!?」
ミーナさんが驚いた顔をした。
「ど、どうしました?」
「い、いえ! ちょっとびっくりしただけです!」
……なるほど。
この世界には、レベルの上限がある。
普通は九十九。でも、私は百二十八。つまり...
「……私、普通じゃない?」
思わず呟いた。ミーナさんが首を傾げる。
「……セリスさん?」
「あっ、いえ! こっちの話です!」
私は慌てて笑った。
……いや、待って。
これは、かなり重要な情報だ。
どうして私は上限を超えられたんだろう。
ビナーから来たから?
魔力の性質が違うから?
それとも、《越界励起》の影響?
……うーん。分からない。
でも。
「……ふふっ」
思わず口元が緩んだ。
普通は九十九まで。私は百二十八。ということは-
「……まだまだ研究できるってことじゃん!」
「……はい?」
「いえいえ! 何でもないです!」
私は研究ノートに大きく書き込んだ。
《疑問:なぜ私はレベル99の上限を超えられるのか?》
……よし。
新しい研究テーマ、発見!
そのときだった。
「……セリス」
低い声が響いた。
振り返ると、ギルドマスターのバルドさんが立っていた。
「おはようございます、バルドさん!」
「……ちょっと、話がある」
「……え?」
バルドさんの表情は、いつになく真剣だった。
「昨日、ワイバーンが討伐された」
「……あっ」
私は目を丸くした。
「はい! いましたね、ワイバーン!」
「……やっぱり、お前か」
「……えっ?」
バルドさんは大きく息を吐いた。
「A級冒険者五人が、銀髪の若い女に助けられたと報告してきた」
「……ああ! あの人たち!」
「初級魔術でワイバーンを吹き飛ばし、空の雲を割ったそうだな」
「……あはは」
私は頬をかいた。
「ちょっと、雲まで割れちゃいまして」
「……ちょっと?」
「でも! 地上は無事でしたよ!」
「……そういう問題じゃねえ」
バルドさんは頭を抱えた。
……あれ?
褒めてもらえると思ったんだけどな。
「……セリス」
「はい?」
「お前、自分がどれだけ異常なことをしてるか、分かってるか?」
「……えーっと」
私は少し考えた。
山頂を消した。
薬草を変異させた。
ワイバーンを倒した。
雲を割った。
……うん。
「……ちょっと派手ですかね?」
「ちょっとじゃねえ!」
バルドさんの声がギルド中に響いた。周囲の冒険者たちが、一斉にこちらを見る。
「……あはは。すみません」
私は小さく頭を下げた。
バルドさんは額を押さえたまま、しばらく黙っていた。
そして、少し声を落とした。
「……お前、レベルはいくつだ?」
「……えっ」
私は瞬きをした。
……どうしよう。
さっき、普通は九十九までって聞いたばかりだ。
百二十八って言ったら、また大騒ぎになりそう。
……うーん。
「……それ、言わなきゃダメですか?」
バルドさんの目が細くなった。
「……言いたくないのか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」
私は少し声を落とした。
「……普通より、ちょっと高いみたいで」
「……どれくらいだ?」
「……えーっと」
私は指を折って考えた。
百二十八。
九十九との差は二十九。
……ちょっと、ではないかな。
「……結構?」
「…………」
バルドさんが、深いため息をついた。
「……分かった。ここでは聞かねえ」
「……いいんですか?」
「ああ。ただし、後で俺の部屋に来い。ミーナも一緒にな」
「……はい!」
私は頷いた。
……よかった。
いきなり大勢の前でステータスを公開するのは、さすがに研究者としても避けたい。
測定結果には、扱い方ってものがある。
……うん。
そういうことにしておこう。
バルドさんが背を向けかけたところで、私は思い出したように声をかけた。
「あっ、バルドさん!」
「……何だ?」
「レベルの上限を超える方法って、あるんですか?」
バルドさんの足が止まった。
「……ある」
「……えっ!」
私は思わず身を乗り出した。
「本当ですか!?」
「ああ。ただし、誰にでもできることじゃねえ」
「……どうやるんですか?」
「神の祝福を受け、成長の限界を突破する者がいる。極めて稀だがな」
「……神の祝福……」
私は研究ノートを開いた。
神。
祝福。
限界突破。
……なるほど。
この世界には、通常の成長限界を超える仕組みが存在する。
ただし、私は祝福を受けた覚えがない。
……いや。
そもそも、この世界に来たばかりだし。もしかして、転移したときに何か起きた?
「……ふふっ」
また一つ、調べたいことが増えた。
「……セリス?」
「はい!」
「……何で嬉しそうなんだ?」
「だって、面白そうじゃないですか!」
「…………」
バルドさんが、天井を見上げた。
「……俺は頭が痛い」
「……えっ、大丈夫ですか?」
「……お前のせいだよ!」
「えええっ!?」
……なんで!?
私は何もしてないのに!
……いや。
山は消したけど。雲も割ったけど。
……うん。
ちょっとは、してるかもしれない。
私は小さく笑いながら、エルとレイを抱き直した。
「……まあ、いっか!」
世界には、まだまだ知らないことがある。
魔術の仕組み。レベルの限界。神の祝福。
そして、私自身の身体に起きていること。
……ああ。
やっぱり、この世界は面白い!
「よーし! 今日も研究、頑張るぞー!」
エルがぴょん。
レイもぴょん。
その横で、バルドさんが深いため息をついた。
「……誰か、こいつを止めてくれ……」
でも、私はまだ知らなかった。
自分が普通の成長限界を超えている理由を。
そして、その理由が、世界の常識をはるかに超えるものだということを。
今はただ。
新しい研究テーマが見つかったことが、嬉しくて仕方なかった。




