第11話「ギルド長さん、顔色悪くないですか!?」
ギルド長室に入るのは、これで二度目だ。
前に来たときは、私が採ってきたリーフ草のことで呼ばれたんだっけ。あのときは、フィーネさんが持ってきた測定器が壊れちゃったんだよね。
今日は何の話だろう。
「セリス、そこに座ってくれ」
「はーい!」
バルドさんに勧められ、応接用の椅子に腰を下ろす。
向かいにはバルドさん。その隣にミーナさんが座っていた。
机の上には、分厚い帳簿と、見覚えのある水晶板が置かれている。
「あっ、ステータスを測るやつですね!」
「そうだ。今日はお前の能力を確認させてもらいたい」
「いいですよ!」
即答すると、バルドさんが少し意外そうな顔をした。
「……いいのか?」
「はい! 私も昨日からどれくらい変わったか気になってたんです!」
「昨日から?」
「ワイバーンを倒したら、レベルがいっぱい上がったので!」
バルドさんの眉間に、深いしわが刻まれた。
「……その話も含めて確認するつもりだ」
なるほど。
つまり、ギルド長さんもワイバーンの経験値に興味があるってことだね!
私はちょっと嬉しくなった。
研究の話ができる相手が増えるのは大歓迎だ。
「じゃあ、さっそく測りましょう!」
「……ああ」
バルドさんがミーナさんに目配せする。
ミーナさんは水晶板を私の前に置き、いつもの受付の笑顔を浮かべた。
「セリスさん。こちらに手を乗せてください」
「はーい!」
水晶板に手のひらを置く。
淡い光が広がり、透明だった表面に文字が浮かび上がった。
おおっ。
やっぱり何度見ても面白い!
魔力を流した覚えはないのに、触れるだけで情報が表示される。生体情報を読み取る仕組みなのかな。それとも魂の状態まで参照してる?
……ああ、分解して調べてみたい。
「セリス。今は水晶板を見てくれ」
「あっ、はい!」
危ない危ない。
研究対象を前にすると、つい別のことを考えちゃう。
私は表示された数字を覗き込んだ。
そこには、昨日までの記録と比較した現在の能力が並んでいた。
――――――――――
【ステータス】
名前:セリス・アルフィーネ
種族:人族
レベル:128(+15)
HP:2100(+420)
MP:《測定不能》
筋力:179(+45)
耐久:175(+45)
敏捷:220(+60)
器用:246(+60)
知力:1086(+45)
魔力:《測定不能》
魔力制御:《測定不能》
――――――――――
「おおおっ!」
思わず声が出た。
すごい!
ちゃんと増えてる!
筋力と耐久は四十五ずつ。敏捷と器用は六十ずつ。知力も四十五増えている。
十五レベル上がったんだから、一レベルあたり筋力と耐久と知力が三、敏捷と器用が四。
前に記録した増加傾向とも一致してる!
「やっぱりそうだ!」
「……何がだ?」
「能力値の上昇量です! 前回の記録と同じ傾向なんですよ!」
私は嬉しくなって、表示を指さした。
「ほら、筋力は一レベルで三ずつ、敏捷は四ずつ増えてるんです! このままなら、次にレベルが上がったときも予測できそうですよね!」
「……待て」
「はい?」
「ちょっと待て」
バルドさんが片手を上げた。
どうしたんだろう。
計算、間違えたかな?
もう一度確認する。
四十五割る十五は三。
六十割る十五は四。
うん。合ってる。
「……セリス」
「はいっ!」
「お前、今……レベルが十五上がったと言ったな?」
「はい!」
「……いつだ?」
「昨日です!」
「昨日の、いつだ?」
「ワイバーンを倒したときです!」
バルドさんが黙った。
ミーナさんも黙った。
……あれ?
「……一度に?」
「はいっ!」
「…………」
バルドさんが両手で顔を覆った。
「ギルド長……?」
ミーナさんが心配そうに声をかける。
「……ミーナ。昨日のワイバーン討伐報告、もう一度確認してくれ」
「はい。街道付近に出現したワイバーン一体を、セリスさんが単独で討伐。現場にはA級冒険者五名が居合わせています」
「……そうだったな」
「使用魔術は初級の《ウィンド》と《インパクト》です」
「……そうだったな」
「なお、討伐時に上空の雲が大きく裂けたという証言も――」
「それはもういい!」
バルドさんが勢いよく顔を上げた。
あっ。
雲の話、やっぱり気になってたんだ。
「あれ、ちょっと力加減を間違えちゃって……」
「ちょっとで雲を割るな!」
「でも、地面は壊してないですよ?」
「そういう問題じゃねえ!」
むう。
せっかく前の反省を生かしたのに。
山を壊しちゃったときと違って、今回は被害を出さないように上向きに撃ったんだよ?
私としては、かなり上手にできたと思うんだけどなあ。
「……まあいい。まずは数字を確認するぞ」
バルドさんが深く息を吐いた。
そして、水晶板を覗き込む。
「レベル百二十八……。筋力百七十九、耐久百七十五……」
低い声で読み上げながら、指で数字を追っていく。
「敏捷二百二十、器用二百四十六……」
そこで一度、動きが止まった。
「……ミーナ」
「はい」
「この水晶板、正常だよな?」
「はい。今朝、動作確認を行っています」
「……そうか」
バルドさんはもう一度表示を見た。
「……知力」
「はい」
「……千八十六」
「はい」
「…………」
「…………」
部屋が静かになった。
ええと。
そんなに珍しいのかな?
「あの、バルドさん?」
「……なんだ」
「知力って、高いと何かいいことあるんですか?」
バルドさんがゆっくり顔を上げた。
「……お前は、その数字を見て何も思わねえのか?」
「えっ? 嬉しいですよ!」
「……そうか」
「でも、知力が高くても知らないことはいっぱいありますし。魔術の仕組みだって、まだ分からないことだらけです!」
私は水晶板を指さした。
「だから、数字が増えるのは嬉しいですけど、それだけで賢くなった気はしないんですよね!」
バルドさんが私を見つめた。
それから、ミーナさんを見た。
ミーナさんも困ったように微笑んでいる。
「……ギルド長。セリスさんのおっしゃることは、間違っていないと思います」
「……ああ。間違っちゃいねえ」
バルドさんは、ひどく疲れた顔で頷いた。
「ただ、普通は知力が千を超えたりしねえんだよ……」
「えっ、そうなんですか\!?」
それは初耳だ!
私は慌てて頭の中の《研究記録》を開いた。
これまで測った人たちの能力値は、ちゃんと残してある。
そういえば、筋力や敏捷の比較はしたけど、知力については十分な人数を調べてない。
しまった。
比較対象が足りない!
「バルドさん! 今度、知力の平均値を調べてもいいですか?」
「……好きにしろ。ただし、相手の同意は取れよ」
「もちろんですっ!」
やった!
これで新しい研究ができる!
私は嬉しくなって、思わず両手を握った。
そのとき。
「……ギルド長」
ミーナさんの声が、少しだけ変わった。
「……まだ、下がございます」
「……ああ」
バルドさんの視線が、水晶板の下の方へ移る。
そこには、三つの項目が並んでいた。
MP。
魔力。
魔力制御。
そして、そのすべてに同じ文字が表示されている。
《測定不能》。
「…………」
「…………」
バルドさんが、しばらく動かなくなった。
ミーナさんも、さっきまでの笑顔が消えている。
……あれ?
もしかして、測定器が壊れちゃった?
「あの、これって……」
「……セリス」
「はい?」
「お前、前にリーフ草を持ってきたとき、フィーネの測定器を壊したな?」
「えっ\!? あれは私が壊したんじゃなくて、測ってたら勝手に……!」
「分かってる。責めてるわけじゃねえ」
バルドさんが、額を押さえた。
「……ただな。普通、測定不能ってのは、測定器の限界を超えてるって意味なんだ」
「はい」
「一つでも滅多にねえ」
「へええ!」
「それが三つだ」
「はいっ!」
「…………」
バルドさんが、ゆっくり私を見た。
「……なんで嬉しそうなんだ?」
「だって、測れないってことは、まだ測定方法を改良する余地があるってことですよね!」
「…………」
「今の測定器がどこまで対応できるのか調べて、それを超える測定方法を考えれば、もっと詳しいデータが取れるかもしれません!」
「…………」
「そうだ! フィーネさんにも相談してみようかな!」
「測定する側に回るなああああ!!」
うひゃっ\!?
バルドさんが突然叫んだので、思わず肩が跳ねた。
「な、なんですか\!?」
「お前は今、測られる側なんだよ!」
「はい!」
「測定不能が三つも並んでるんだぞ\!?」
「はいっ!」
「もうちょっと驚け!」
「ええっ\!? だって、前から測定不能でしたし……」
「前から\!?」
バルドさんの声が裏返った。
……あ。
もしかして、まだ言ってなかったっけ?
「はい。最初にステータスを見たときからです!」
「…………」
バルドさんが椅子の背もたれに沈み込んだ。
ミーナさんが、そっと水晶板を裏返した。
「……ギルド長。少し休憩されますか?」
「……そうしてくれ」
えええ。
そんなに大変なことなの?
私は二人を交互に見た。
なんだか申し訳なくなってきた。
「あの……ごめんなさい?」
「……お前が謝ることじゃねえよ」
バルドさんが、力なく手を振った。
それからしばらく、誰も口を開かなかった。
窓の外から、街の賑やかな声が聞こえてくる。
いい天気だなあ。
今日はあとで、エルとレイの魔力の流れをもう一回観察しようと思ってたんだけど。
……この話、まだ続くのかな?
「……セリス」
やがて、バルドさんが口を開いた。
さっきまでとは違う、真剣な声だった。
「一つ、聞いてもいいか?」
「はいっ!」
「……お前は、神の試練を受けたことがあるか?」
「神の試練?」
聞き慣れない言葉だ。
私は首を傾げた。
「……それって、何ですか?」
バルドさんが固まった。
ミーナさんも、ゆっくりこちらを向いた。
「……知らないのか?」
「はい!」
「……神の適合者試練だぞ?」
「てきごうしゃ……?」
私は口の中で繰り返した。
適合者。
試練。
うーん。
何かの資格試験みたいなものかな?
「えっと、受けると何かもらえるんですか?」
「……レベルの限界を超えられる」
「えっ\!?」
私は思わず身を乗り出した。
それ、すっごく重要な情報じゃない\!?
「詳しく教えてください!」
「……お前、本当に知らねえんだな」
「はいっ!」
バルドさんが深いため息をついた。
そして、机の上で指を組んだ。
「……普通、人族を含む六種族には成長の限界がある。レベル九十九だ」
「九十九……」
私は頷いた。
そういえば、こっちの世界に来たときの私もレベル九十九だった。
そこから大きなイノシシを倒して百十三になって、昨日ワイバーンを倒して百二十八。
……あれ?
「私、超えてますね!」
「今さら気づいたのか\!?」
「いえ、数字が増えたのは知ってましたけど、九十九が限界だとは知らなかったので!」
「……そうか。そうだったな」
バルドさんが何かを諦めたように頷いた。
「その限界を超える方法が、神の適合者試練だ」
「へええ!」
「神に認められ、試練を突破した者は、レベル九十九の壁を越えられる。そういう者を、神の適合者と呼ぶ」
「おおおっ!」
なんて面白い仕組みなんだろう!
成長限界が固定されていて、特定の条件を満たすと上限が拡張される。
つまり、単純な経験値の蓄積だけじゃなくて、別の判定が入っているってこと?
だとしたら、その判定はどこで行われてるんだろう。
肉体?
魂?
それとも、世界そのもの?
「すごい! その試練、どこで受けられるんですか\!?」
「…………」
バルドさんが、口を開けたまま止まった。
「……セリス」
「はい?」
「お前、もう突破してるだろうが」
「えっ\!?」
私は自分を指さした。
「私が?」
「そうだ」
「いつですか\!?」
「俺が聞いてるんだよ!!」
また叫ばれた。
なんでええ\!?
だって、知らないんだもん!
「……ギルド長」
ミーナさんが、そっと口を挟んだ。
「もしかすると、セリスさんには試練について話せない事情があるのでは……」
「……ああ。そうかもしれんな」
「えっ?」
バルドさんが、急に真面目な顔になった。
「……すまなかったな、セリス。無理に聞くつもりはねえ」
「えっ、何をですか?」
「試練のことだ」
「だから、私も知りたいんですけど!」
「……分かってる。言いたくねえなら、それでいい」
「いや、言いたくないんじゃなくて、知らないんですってば!」
「……安心しろ。ギルドとしても、お前の秘密は守る」
「私にもその秘密を教えてくださいよぉぉ\!?」
思わず叫んでしまった。
だって!
私の知らない私の秘密を、二人だけで納得しないでほしい!
バルドさんは、そんな私を見て、なぜか少しだけ優しい顔になった。
「……大変だったんだな」
「何がですか\!?」
「……もういい。何も言わなくていい」
「言わせてくださいよ!」
ミーナさんが口元を押さえた。
……笑ってる?
絶対ちょっと笑ってるよね\!?
「……ともかく」
バルドさんが咳払いした。
「お前のレベルが百二十八である以上、通常の成長限界を超えているのは確かだ。神の適合者である可能性が高い」
「なるほど……」
私は腕を組んだ。
確かに、今聞いた説明ならそう考えるのが自然だ。
でも。
「……試練を受けた覚えがないのに、限界を超えてるってことは、別の方法もあるんじゃないですか?」
バルドさんが、ぴたりと動きを止めた。
「……別の方法?」
「はい! 例えば、試練を受けなくても限界が変わる条件があるとか。そもそも、レベル九十九が限界になる仕組み自体、まだ分かってないんですよね?」
「……まあ、そうだが」
「だったら、決めつけない方が面白いですよ!」
私はにっこり笑った。
「試練のことも調べてみたいですし、限界突破の仕組みも知りたいです!」
バルドさんは、しばらく私を見つめていた。
それから、小さく笑った。
「……お前は、本当に変わったやつだな」
「えへへ!」
褒められた!
……よね?
「……分かった。お前の言う通り、断定はしねえ。ただ、ギルドとしては、神の適合者に相当する存在として扱わせてもらう」
「はいっ!」
「それと、今回の件は王都にも報告する必要がある」
「王都?」
私は思わず顔を上げた。
「王都って、王様がいるところですよね!」
「……まあ、そうだな」
「大きな図書館とかありますか\!?」
「……あるだろうな」
「魔術の研究所は\!?」
「……ある」
「えええっ\!?」
私は椅子から立ち上がりそうになった。
研究所!
この世界の魔術を専門に研究している場所!
それって、ものすごく面白そうじゃない\!?
「行ってみたいですっ!」
「……おい。今はそういう話じゃ――」
「魔術の測定器とか、研究設備とか、いっぱいありますよね\!?」
「……まあ、あるだろうが」
「やったああ!」
思わず両手を上げた。
王都!
研究所!
新しい魔術の資料!
なんだか急に、世界が広がった気がする!
バルドさんは、そんな私を見ながら、ゆっくり天井を仰いだ。
「……ミーナ」
「はい、ギルド長」
「……王都への報告書、頼めるか」
「承知しました」
「……内容は慎重にな」
「はい」
ミーナさんが帳簿を開き、さらさらと何かを書き始める。
私はその横から、そっと覗き込んだ。
「何て書くんですか?」
「セリスさんの能力と、神の適合者である可能性についてです」
「おおっ! じゃあ、知力の測定方法についても書いてください!」
「……えっ?」
「あと、MPと魔力と魔力制御が測れない理由も調べたいです! 研究所の人なら分かるかもしれませんし!」
ミーナさんのペンが止まった。
バルドさんが、もう一度顔を覆った。
「……セリス」
「はいっ!」
「……お前、少しは自分がどれだけとんでもないことになってるか、自覚してくれ」
私は首を傾げた。
とんでもないこと。
レベルが上がった。
能力値が増えた。
神の試練という新しい研究対象が見つかった。
王都には魔術の研究所がある。
……うん!
「すっごく面白いことになってますね!」
「そうじゃねええええ!!」
バルドさんの叫び声が、ギルド長室に響き渡った。
その隣で、ミーナさんがとうとう吹き出した。
私は二人を見比べながら、こっそり《研究記録》に新しい項目を追加する。
《観測記録》
・通常種族のレベル上限は九十九。
・神の適合者試練を突破すると、限界を超えられるらしい。
・自分は試練を受けた覚えがない。
・別の突破条件が存在する可能性あり。
《仮説登録》
――レベル上限は、特定の条件によって変更される?
よし。
また一つ、調べたいことが増えた!
私は満足して、水晶板を見つめた。
そこには、相変わらず三つの《測定不能》が並んでいる。
いつか、これもちゃんと数字で測れるようにしたいなあ。
……あっ、そうだ。
「バルドさん!」
「……今度はなんだ」
「王都の研究所って、見学できますか\!?」
「まずはこの部屋から帰ってくれえええ!!」
……えええ\!?
まだ聞きたいこと、いっぱいあるのにぃ!




