第12話「剣聖って、こんな人なの!?」
冒険者ギルドで能力を測定した翌日。
私は宿のベッドに腰掛け、目の前に浮かぶ半透明の画面を眺めていた。
「ステータスオープン!」
昨日と変わらず、見慣れた表示が現れる。
指で触れると項目が切り替わり、詳しい情報も確認できる。まるでタッチパネルだ。
異世界に来てから使えるようになった、この不思議な能力。
私はてっきり、誰でも使えるものだと思っていた。
でも、昨日のギルドで聞いた話によれば、そうではないらしい。
《ステータスオープン》は特殊な情報閲覧スキルで、使える人は限られているという。
だから普通の人は、ギルドなどに置かれた測定器で能力値を調べる。
なるほど、そういう仕組みだったのか。
「でも、だったらなおさら不思議なんだよねえ……」
画面を指で操作する。
知力、一〇八六。
体力や筋力、敏捷性も、ちゃんと数値が表示されている。
ところが。
MP、魔力、魔力制御。
この三つだけは、相変わらず《測定不能》だった。
「私のスキルでも測れないし、ギルドの測定器でも測れない……」
つまり、単純な測定器の故障ではなさそうだ。
両方が同じ原理で動いている可能性もあるけれど、そもそもどうやって能力を数値化しているのかも分からない。
「……調べたい」
すっごく調べたい。
ステータス画面の端を指でつついてみる。
反応なし。
今度は長押し。
やっぱり反応なし。
「設定画面とかないのかなあ」
試しに画面を二本指で広げてみた。
何も起こらなかった。
「むう……」
こういうものを見ると、どうしても仕組みが気になってしまう。
昨日の測定器も、できれば分解してみたかった。
もちろん、勝手に壊したりはしないけど。
「よし! 今日は測定器について、もう少し聞いてみよう!」
私は画面を閉じ、宿を飛び出した。
◇
「セリスさん!」
ギルドに入るなり、受付のミーナさんが声を上げた。
「おはようございます!」
「お、おはようございます。あの、今日は……」
「昨日の測定器なんですけど!」
「やっぱり!」
ミーナさんが頭を抱えた。
「セリスさん、今日はその件で大事なお話があるんです」
「大事なお話?」
「はい。昨日の測定結果を王都へ報告したんですが……」
「もう返事が来たんですか?」
「返事というか……」
ミーナさんは言いにくそうに視線を逸らした。
「人が来ることになりまして」
「人?」
「ええ。しかも、とんでもない方が……」
そのときだった。
「おお! ここか!」
ギルドの入口から、やたらと大きな声が響いた。
振り返ると、一人の青年が立っていた。
明るい髪に、よく日に焼けた顔。
腰には一本の剣。
服装は意外なほど普通で、立派な鎧も豪華な装飾品も身につけていない。
ただ、不思議と目を引く人だった。
姿勢がいい、というのとも少し違う。
立っているだけなのに、どこにも無駄な力が入っていない。
「バルドはいるか!」
青年がギルド中に響く声で尋ねる。
「……アルディス様!?」
ミーナさんが立ち上がった。
「おう! 久しぶりだな!」
「ど、どうしてもうこちらに!?」
「面白そうな報告が来たんでな! 急いで来た!」
青年は豪快に笑った。
「あっはっはっは!」
周囲の冒険者たちが、ざわつき始める。
「おい……あれ、まさか」
「北の剣聖……?」
「アルディス・レヴィンだ……!」
北の剣聖。
……剣聖?
なんだろう、それ。
剣がものすごく上手な人、という意味だろうか。
「あの、ミーナさん」
「はい?」
「剣聖って、何ですか?」
「……そこからですか!?」
ミーナさんが目を丸くした。
「アルディス様は、六英雄のお一人ですよ!」
「六英雄?」
「ええ! この世界でも指折りの、偉大な英雄たちです!」
「へええ!」
六人もいるんだ。
それぞれどんな人なんだろう。
やっぱり剣が得意な人ばかりなのかな。
それとも、魔法が得意な人もいるんだろうか。
聞いてみたい。
ものすごく聞いてみたい。
そんなことを考えていると、青年がこちらへ歩いてきた。
「お?」
私の前で立ち止まる。
「お前がセリスか?」
「はい! セリス・アルフィーネです!」
「おお、やっぱりな!」
何がやっぱりなのか分からないけれど、青年は嬉しそうに頷いた。
「俺はアルディス・レヴィン! よろしくな!」
「よろしくお願いします!」
差し出された手を握る。
大きな手だった。
剣を握り続けてきたのだろう。指の付け根には硬い皮膚ができている。
でも、握手は驚くほど穏やかだった。
「あの、アルディスさん!」
「ん?」
「剣聖って、剣がものすごく上手な人ってことですか?」
「おう! まあ、そんなところだな!」
「じゃあ、魔法は使えるんですか?」
「使えるぞ!」
「えっ! 剣も魔法も!?」
「おう!」
「すごい!」
「あっはっは! お前も魔法が得意なんだってな!」
「大好きです!」
「おお! いいな!」
「アルディスさんは剣が好きなんですよね!」
「おう! 大好きだ!」
……あれ?
なんだか、話が合いそう。
「どんな魔法を使うんだ?」
「いろいろです! まだ試してないこともいっぱいあって!」
「そうかそうか! 魔法ってのは面白いよな!」
「そうなんですよ!」
思わず身を乗り出した。
「魔力の流れ方を少し変えるだけで、同じ属性でも全然違う現象が起きるんです! しかも、術式の組み方によっては――」
「ほうほう!」
「それで、昨日の測定器なんですけど!」
「おう!」
「魔力と魔力制御、それからMPが測定不能だったんですよ! だから測定方式を調べたくて!」
「測定不能!」
アルディスさんは目を丸くした。
そして。
「あっはっはっはっは!」
突然、大笑いした。
「そいつはすごいな!」
「ですよね! すごく不思議なんです!」
「いやあ、面白い!」
「面白いですよね!」
私たちは顔を見合わせて笑った。
すると、横からミーナさんの疲れ切った声が聞こえた。
「……どうして、こんなに意気投合してるんでしょう」
◇
「アルディス!」
奥からバルドさんが現れた。
その顔には、昨日以上に深い疲労が刻まれている。
「来るなら連絡くらい寄越せ!」
「急いだ方がいいと思ってな!」
「お前が急ぐと、こっちの準備が間に合わん!」
「あっはっは! 悪い悪い!」
全然悪いと思ってなさそうだ。
バルドさんは大きくため息をつくと、私を見た。
「セリス。こいつがアルディスだ」
「はい! もう自己紹介しました!」
「……そうか」
「面白い子だな、バルド!」
「お前と気が合うとは思っていたが……」
バルドさんは何かを諦めたように首を振った。
「とにかく、奥で話そう。ここでは目立ちすぎる」
「おう!」
アルディスさんが歩き出す。
私はその後ろについていこうとして、ふと気になった。
さっきから、ずっと不思議だったこと。
「あの、アルディスさん!」
「ん?」
「一つ聞いてもいいですか?」
「何でも聞いてくれ!」
「どうして、そんなに静かに歩けるんですか?」
アルディスさんが足を止めた。
「……静か?」
「はい! 重心の動きが普通の人と全然違うんです!」
「ほう?」
アルディスさんは嬉しそうに笑った。
「よく見てるじゃねえか!」
そのとき、窓から一匹の羽虫が飛び込んできた。
ぶうん、と小さな羽音を立てながら、私たちの間を横切る。
「あ、虫」
「お?」
アルディスさんがそちらを見た。
次の瞬間。
――ちん。
小さな金属音がした。
「……え?」
アルディスさんは、さっきと同じ姿勢で立っていた。
腰の剣も、鞘に収まっている。
ただ、目の前を飛んでいた羽虫が、床へ落ちていた。
……二つに分かれて。
「…………え?」
私は虫を見た。
アルディスさんを見た。
もう一度、虫を見た。
「い、今、何しました?」
「ん? 斬ったぞ?」
「斬った!?」
「おう!」
「いつ!?」
「今だ!」
「それは分かります!!」
アルディスさんが豪快に笑った。
「あっはっはっは!」
私は慌てて剣を見る。
鞘に収まっている。
柄に手を添えているわけでもない。
「……剣、抜きました?」
「おう!」
「抜いて、斬って、戻したんですか!?」
「そうだぞ!」
「全然見えなかったんですけど!?」
「そうか!」
そうか、じゃない。
ちょっと待って。
私は今、何を見た?
いや、何も見えていない。
虫が飛んでいた。
金属音がした。
虫が落ちた。
その間に、剣を抜いて、斬って、鞘に戻した?
……そんなことが?
「もう一回!」
「おう! ……と言いたいところだが」
アルディスさんは窓を見た。
「虫がいねえな!」
「そこですか!?」
横でミーナさんが、静かに顔を覆った。
「……お願いですから、ギルドの中で剣を抜かないでください」
「おお、すまん!」
アルディスさんは素直に謝った。
そして私に向き直る。
「じゃあ、外でやるか!」
「ぜひ!!」
「セリスさんまで!?」
ミーナさんの悲鳴を聞きながら、私は考えていた。
速い。
ただ速いだけじゃない。
あの剣は、どんな軌道を通ったんだろう。
あんなに小さくて、不規則に飛ぶ虫を、どうやって正確に捉えたんだろう。
しかも、周囲の誰にも刃を触れさせずに。
……知りたい。
ものすごく、知りたい。
「アルディスさん!」
「おう!」
「今の、魔法は使ってないんですよね!?」
「使ってねえぞ!」
「うわあああ! すごい!!」
アルディスさんは、心底楽しそうに笑った。
「あっはっは! お前、面白い奴だな!」
私は思わず笑い返した。
だって、仕方ない。
この世界には、魔法以外にもこんなに面白いものがあるんだから!




