第13話「剣聖って、そんなに偉いの!?」
「……で、アルディス。お前、何をしに来たんだ?」
ギルドマスターの執務室に入るなり、バルドさんがそう切り出した。
「ん? セリスに会いに来たんだぞ?」
「それは分かってる!」
「ならいいじゃねえか!」
「よくない!」
アルディスさんは豪快に笑い、バルドさんは額を押さえた。
私は二人のやり取りを眺めながら、出されたお茶を一口飲む。
うん。おいしい。
それにしても、さっきの剣はすごかった。
羽虫が二つに分かれて落ちるまで、剣を抜いたことすら分からなかったのだ。
速いだけじゃない。あんな小さな相手を正確に捉えるには、視覚情報の処理も、身体の制御も、相当な精度が必要になる。
……もう一回見せてもらえないかな。
「セリス。聞いているか?」
「はい! 剣を抜く瞬間って、どこに力を入れるんですか?」
「話を聞け!」
「あっ、すみません!」
バルドさんが深いため息をついた。
隣ではアルディスさんが腹を抱えて笑っている。
「あっはっは! いいな、お前! 俺もそこは気になるぞ!」
「お前は自分の技だろうが!」
「そうなんだが、考えたことなかったな!」
「考えろ!」
……この人たち、仲がいいんだろうか。
少なくとも、バルドさんは遠慮なく怒鳴っている。
六英雄って、もっと近寄りがたい人たちなのかと思っていたけれど。
「まったく……」
バルドさんは椅子に座り直すと、机の上に一枚の書類を広げた。
「昨日、王都へ送った報告の写しだ。セリスの測定結果について、確認したいことがある」
「おう!」
「セリス。昨日話したことは覚えているな?」
「はい。普通はレベル九十九が成長限界で、神様の適合者試練を突破すると、その先へ進めるんですよね」
「そうだ。だが、お前は試練を受けた覚えがない。それなのに、レベル百二十八に達している」
「そうなんですよねえ」
自分のステータス画面でも、ちゃんと百二十八と表示されている。
間違いというわけでもなさそうだし、どうしてなのかは私にも分からない。
「しかも、MP、魔力、魔力制御は測定不能。こんな報告、普通なら信じてもらえん」
「そりゃそうだな!」
アルディスさんはあっさり頷いた。
「だが、実際にいるんだから面白い!」
「面白いで済ませるな!」
「じゃあ、どうすりゃいいんだ?」
「だから、お前に来てもらったんだろうが!」
「おお、そうだったな!」
……大丈夫なのかな、この人。
でも、せっかくなら聞いておきたいことがある。
「あの、アルディスさん」
「おう!」
「アルディスさんも、適合者なんですよね?」
「そうだぞ!」
「じゃあ、神様の試練を受けたんですか?」
「ん? いや、俺も受けてねえぞ?」
「…………はい?」
私は思わず聞き返した。
「受けてない?」
「おう!」
「でも、適合者なんですよね?」
「そうだぞ!」
「……え?」
待って。
昨日聞いた話では、適合者になるには神様の試練を突破する必要があるはずだ。
なのに、この人も受けていない?
「じゃあ、どうやって限界突破したんですか!?」
「んー……」
アルディスさんは腕を組み、天井を見上げた。
「昔、ちょっとでかい竜と戦ってな!」
「竜!?」
「おう! 仲間と一緒に倒したんだ!」
「それで!?」
「そのあと、なんやかんやあってな!」
「なんやかんや!?」
「あっはっはっは!」
いや、笑い事じゃない!
「その『なんやかんや』が一番知りたいんですけど!」
「そうか?」
「そうです!」
「うーん……長い話になるぞ?」
「聞きたいです!」
私が身を乗り出すと、アルディスさんは少しだけ考えるような顔をした。
「……まあ、いろいろあったんだ」
さっきまでの大笑いが、ほんの一瞬だけ止まった。
でも、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「とにかく、みんなのおかげだな!」
「みんな?」
「おう! 俺一人じゃ、どうにもならなかったからな!」
そう言って、アルディスさんは楽しそうに笑った。
私は少し不思議に思った。
こんなに強い人でも、一人ではどうにもならないことがあったんだ。
どんな竜だったんだろう。
どんな仲間がいたんだろう。
気になることが、また増えてしまった。
「……その話は、いずれ聞かせてもらえ」
バルドさんが静かに言った。
「今日はセリスのことだ」
「おう、そうだったな!」
アルディスさんは私を見た。
「セリス。お前、今のところ身体におかしなところはねえか?」
「特にないです!」
「魔法を使うと疲れるとか、頭が痛くなるとかは?」
「うーん……今のところは大丈夫ですね」
「そうか!」
アルディスさんは頷いた。
「なら、まずは実際に魔法を見せてもらうのが早そうだな!」
「私も剣を見たいです!」
「おお! じゃあ決まりだ!」
「待て。まだ話は終わってない!」
バルドさんの声が、執務室に響いた。
◇
ようやく話が終わった頃には、すっかり昼近くになっていた。
「腹減ったな!」
ギルドを出るなり、アルディスさんが言った。
「セリス、飯でも食いに行くか!」
「はい!」
「よし! うまい店を知ってるぞ!」
アルディスさんは迷いなく歩き出した。
私はその隣を歩きながら、街の様子を眺める。
朝の市場はもう落ち着いた時間なのか、通りには買い物を終えた人たちが行き交っていた。
焼きたてのパンの匂い。
荷車の車輪が石畳を転がる音。
どこかから聞こえる、金属を叩く乾いた響き。
「……お?」
その音に、アルディスさんが足を止めた。
通りの脇に、小さな鍛冶工房があった。
開け放たれた入口の向こうで、年配の職人が赤く熱した金属を叩いている。
「ちょっと寄っていいか?」
「もちろんです!」
アルディスさんは嬉しそうに工房へ入っていった。
「おお! いい音だな!」
職人が顔を上げる。
「ん? 客か?」
「その刃、見せてもらってもいいか?」
「ああ、構わんが……まだ仕上げの途中だぞ」
「分かってる!」
アルディスさんは、作業台に置かれた一本の短剣を手に取った。
刃の表面を光にかざし、角度を変えて眺める。
「ほう……」
さっきまでの豪快な笑顔とは、少し違う。
真剣な目だった。
「刃の厚みをここで変えてるのか」
「おう。根元に強さを残して、先の方は扱いやすくしてある」
「いいな! しかも、重心がちゃんと合ってる!」
アルディスさんは短剣を持ち替え、軽く手の中で重さを確かめた。
「こりゃ使いやすそうだ!」
「……分かるのか?」
「そりゃあな! 俺は剣を振るのが仕事だからな!」
職人は少し嬉しそうに笑った。
「最近の若い連中は、見た目ばかり気にしやがる。刃の形にも理由があるってのによ」
「そうそう! いい剣ってのは、作った奴の工夫が詰まってるんだよな!」
アルディスさんは何度も頷いている。
私は横から短剣を覗き込んだ。
「重心って、そんなに大事なんですか?」
「おう!」
アルディスさんは短剣を作業台へ戻し、自分の手を使って説明してくれた。
「同じ重さでも、どこに重みがあるかで振りやすさが変わるんだ!」
「なるほど!」
「こっちが重けりゃ勢いが乗るし、こっちなら細かく動かしやすい!」
「じゃあ、使う人の戦い方によって、ちょうどいい重心が違うんですね!」
「その通り!」
面白い。
剣って、ただ鋭ければいいわけじゃないんだ。
形状、重さ、重心、素材。
それらを組み合わせて、使う人に合った道具を作る。
……なんだか、魔法の術式を組み立てるのに似ている。
「お嬢ちゃんも剣を使うのか?」
職人が尋ねた。
「いえ! 私は魔法が大好きなんです!」
「魔法か。そりゃまた難しそうだな」
「すっごく面白いですよ!」
「そうかそうか」
職人は笑いながら、アルディスさんを見た。
「で、兄ちゃん。あんたは何者だ? ずいぶん剣に詳しいみたいだが」
「俺か?」
「おう」
「アルディス・レヴィンだ! よろしくな!」
職人の手が止まった。
「…………は?」
「ん?」
「アルディス……レヴィン?」
「おう!」
「北の……剣聖?」
「そう呼ばれてるな!」
職人の顔色が変わった。
「ろ、六英雄の!?」
「そうだぞ!」
「な、なんでそんなお方が、うちみたいな小さな工房に……!」
アルディスさんはきょとんとした。
「なんでって、いい仕事してるからだろ?」
「……へ?」
「俺は剣を振るのが得意なだけだ。こんなふうに一本作り上げるなんて、俺にはできねえ!」
アルディスさんは作業台の短剣を指さした。
「すげえ技術だよな!」
職人はしばらく黙っていた。
それから、照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
「……へっ。剣聖様にそんなこと言われるたあ、長生きするもんだな」
「あっはっは! いい剣、作り続けてくれよ!」
「おうとも!」
工房を出るとき、職人は何度も頭を下げていた。
アルディスさんは最後まで、いつも通り笑っていた。
◇
「アルディスさんって、面白い人ですね!」
工房を出てから、私はそう言った。
「お? そうか?」
「はい! あんなに剣が上手なのに、剣を作る人のこともすごく尊敬してるんですね!」
「そりゃそうだろ!」
アルディスさんは不思議そうな顔をした。
「俺がどれだけ剣を振れても、剣を作れなきゃ困るからな!」
「確かに!」
「それに、何かを極めた奴ってのは面白いぞ!」
アルディスさんは楽しそうに続けた。
「鍛冶屋でも、料理人でも、薬を作る奴でもな! 俺にはできねえことを、平気な顔でやってのける!」
「分かります!」
思わず頷いた。
魔法だってそうだ。
誰かが当たり前に使っている術式でも、そこには工夫や発見がある。
知らない技術を見つけると、どうしても仕組みを知りたくなる。
「アルディスさんは、どうして剣が好きなんですか?」
「面白いからだ!」
即答だった。
「ですよね!」
「おう!」
「私も魔法が面白くて仕方ないんです!」
「だろうな!」
アルディスさんが豪快に笑う。
「あっはっは! 昨日の報告を読んだときから、そんな気がしてたぞ!」
私は思わず笑った。
なんだか、少し分かる気がする。
この人にとって剣は、偉くなるための道具じゃない。
誰かに褒めてもらうためのものでもない。
きっと、剣そのものが好きなんだ。
私が魔法を好きなのと、同じように。
「あ、そうだ!」
ふと思い出して、私は尋ねた。
「アルディスさんのレベルって、いくつなんですか?」
「ん?」
アルディスさんは首を傾げた。
「レベルかあ……」
しばらく考える。
「五百は超えたと思うぞ!」
「五百!?」
思わず足が止まった。
私のレベルは百二十八。
それでも普通の成長限界を超えているのに、この人は五百以上!?
「すごいですね!」
「そうか?」
「そうですよ! で、正確にはいくつなんですか?」
「んー……分からん!」
「分からない!?」
「最近測ってねえからな!」
アルディスさんは豪快に笑った。
「あっはっはっは!」
「えええ!? 自分のレベルなのに!?」
「剣が振れりゃ困らねえからな!」
「困らないんですか!?」
「おう!」
……すごい。
いや、すごいのかな?
すごいんだろうけど、なんだか別の意味でもすごい。
私は自分のステータス画面を、ついつい何度も開いてしまう。
数字が変わっていないか。
新しい項目が増えていないか。
何か分かることはないか。
気になって仕方ないのに。
この人は、そんなことを全然気にしていないらしい。
「……アルディスさん」
「おう?」
「私、もっといろんなことを知りたいです!」
「いいじゃねえか!」
「魔法も、剣も、鍛冶も! まだ知らないことがいっぱいあるんだなって!」
「おう!」
アルディスさんは、嬉しそうに頷いた。
「世界は広いからな!」
「はい!」
「面白え奴も、すげえ技術も、まだまだ山ほどあるぞ!」
その言葉に、胸が弾んだ。
そうだ。
魔法だけじゃない。
この世界には、私の知らないものが、きっと数え切れないほどある。
全部見てみたい。
全部知りたい。
できることなら、全部試してみたい!
「……よーし!」
「お?」
「アルディスさん!」
「おう!」
「ご飯食べたら、魔法の実験しましょう!」
「おお! いいな!」
「私も剣のこと、もっと知りたいです!」
「任せろ!」
アルディスさんは笑った。
「俺も、お前の魔法が楽しみだ!」
そのとき、ぐう、と大きな音が鳴った。
アルディスさんのお腹だった。
「……その前に、飯だな!」
「ですね!」
「あっはっはっは!」
私もつられて笑った。
剣聖って、もっとすごくて、怖くて、近寄りがたい人だと思っていた。
でも、実際に会ってみたら。
剣が大好きで、他人の技術が大好きで、お腹が空いたら盛大に鳴る。
なんだか、とっても愉快な人だった。
……それにしても。
五百以上って、どれくらい強いんだろう?
さっきの羽虫みたいに、魔法まで斬れたりするのかな。
もし本当に斬れるなら、その仕組みは?
考え始めると、もう止まらない。
「アルディスさん!」
「おう!」
「魔法って、剣で斬れると思います?」
アルディスさんは、にやりと笑った。
「そいつを、これから試すんだろ?」
私は思わず笑い返した。
「はいっ!」
ああ、楽しみ!
早くご飯を食べなくちゃ!




