第14話「魔法を斬りたい剣聖!?」
「よし! 魔法を撃ってくれ!」
「ちょっと待ってください!」
街の外れにある訓練場へ着くなり、アルディスさんがそんなことを言い出した。
昼食を終えたばかりだというのに、もう剣を抜いている。
「どうした?」
「どうしたじゃないですよ! 何を撃つかも決めてないのに!」
「おお、そうだったな!」
アルディスさんは豪快に笑った。
「あっはっは! じゃあ、何でもいいぞ!」
「それが一番困るんですけど!」
私は腕を組んだ。
魔法を剣で斬る。
言葉にすると簡単だけど、実際には分からないことだらけだ。
そもそも、何をもって『斬れた』と判断するんだろう。
魔法を消滅させること?
軌道を変えること?
それとも、魔法そのものを二つに分けること?
「……まずは条件を決めましょう!」
「おう!」
「最初は威力を抑えた魔法を使います。私が合図してから撃つので、アルディスさんは剣で触れてみてください!」
「分かった!」
「あと、危ないと思ったら避けてくださいね!」
「おう!」
……本当に分かってるのかな。
でも、アルディスさんは剣聖だ。
少なくとも、昨日ギルドで見せてもらった技術は本物だった。
あんなに小さな羽虫を、抜刀した瞬間さえ見せずに斬ってしまったのだから。
「じゃあ、いきますよ!」
「いつでも来い!」
私は右手を前に出した。
まずは、水。
手のひらの前に小さな水球を作り、ゆっくりと前へ押し出す。
人に当たっても痛くないくらいの、弱い魔法だ。
「おお! 水だな!」
「はい! これを斬ってみてください!」
「よし!」
アルディスさんが剣を振った。
ぱしゃん!
水球が弾け、細かな水滴になって飛び散った。
「おお、斬れたぞ!」
「……うーん」
「どうした?」
「これ、斬れたんでしょうか?」
「ん?」
私は地面に散った水を見つめた。
確かに、水球は二つに分かれた。
でも、剣で水を叩けば、普通の水だって飛び散る。
これでは、魔法そのものを斬ったのかどうか分からない。
「今のは、ただ水を散らしただけかもしれません」
「なるほど!」
「だから、別の魔法でも試してみたいです!」
「いいな!」
アルディスさんは嬉しそうに剣を構え直した。
「次は何だ?」
「風です!」
◇
「……あれ?」
今度はアルディスさんが首を傾げた。
風の刃を放ったのだが、剣を振り抜いても、魔法はそのまま進んでしまった。
もちろん、威力は十分に抑えてある。
アルディスさんの後ろに置いた的に当たり、小さな音を立てて消えた。
「斬れませんでしたね」
「そうだな!」
「もう一回やってみます?」
「おう!」
私は同じ魔法を放った。
アルディスさんが剣を振る。
風の刃は、また剣をすり抜けるように通過した。
「うーん……」
私は考え込んだ。
水と風。
どちらも魔法で作り出した現象だけど、剣との接触の仕方が違う。
水には質量がある。
風にも空気の流れはあるけれど、剣で斬ったところで、その流れを止められるとは限らない。
「アルディスさん、今度は剣を横向きにしてみてもらえますか?」
「横向き?」
「はい! 刃じゃなくて、剣の腹で受ける感じです!」
「なるほどな!」
アルディスさんは剣の向きを変えた。
私はもう一度、風の魔法を放つ。
今度は、剣の腹に風が当たった。
ひゅん、と音を立てて、風の流れが左右へ分かれる。
「おお!」
「……なるほど!」
私は思わず手を叩いた。
「今のは斬ったというより、風の流れを変えたんですね!」
「そうみたいだな!」
「でも、さっきとは結果が違います!」
「面白えな!」
「面白いです!」
アルディスさんは剣を眺めながら、楽しそうに笑った。
「同じ剣でも、当て方で変わるんだな!」
「そうなんですよ! 魔法って、形が同じでも中身が違うことがありますし!」
「ほう!」
「例えば、火の玉だって、熱を持った気体なのか、魔力で形を保っているのかで――」
「よし! 次は火だな!」
「待ってください! 火はもう少し後です!」
「あっはっは!」
この人、本当に試すのが好きなんだなあ。
……私もだけど。
◇
「じゃあ、今度は魔力そのものを使ってみます!」
「魔力そのもの?」
「はい! 水とか風みたいに何かの現象を起こすんじゃなくて、魔力をまとめて飛ばすんです!」
「おお! そんなこともできるのか!」
「できますよ!」
私は手のひらに魔力を集めた。
淡い光が球になり、ゆっくりと浮かび上がる。
大きさは拳ほど。
威力は最小限に抑えてある。
「いきます!」
「おう!」
魔力の球を放つ。
アルディスさんは剣を構え、真正面から受け止めた。
――ぱきん。
小さな音がした。
「……え?」
魔力の球が、二つに割れた。
水のように飛び散ったわけじゃない。
風のように流れを変えたわけでもない。
剣の通ったところを境に、魔力のまとまりが崩れている。
二つに分かれた光は、少し進んだところで消えた。
「…………」
私は目を見開いた。
「……今の!」
「おう!」
「もう一回お願いします!」
「いいぞ!」
私は同じ魔力弾を作った。
アルディスさんが剣を振る。
ぱきん。
また割れた。
「……やっぱり!」
私は思わず駆け寄った。
「アルディスさん! 今、剣に魔力を込めました!?」
「ん? いや?」
「えっ?」
「普通に振ったぞ?」
「普通に!?」
「おう!」
私はアルディスさんの剣を見つめた。
特別な魔法がかかっているようには見えない。
でも、魔力弾は確かに割れた。
ということは。
剣そのものが魔力に干渉した?
それとも、振る速度や刃の角度が関係している?
あるいは、私の魔力弾の構造に問題がある?
「……ちょっと待ってください」
「おう?」
「次は、魔力弾の密度を変えてみます!」
「密度?」
「ぎゅっと固めるんです!」
「おお!」
私は魔力を集め直した。
さっきと同じ大きさ。
でも、内部の魔力を少しだけ強く結びつける。
見た目はほとんど変わらない。
「いきます!」
「来い!」
魔力弾が飛ぶ。
アルディスさんの剣が閃いた。
――きん!
今度は、金属を叩いたような音が響いた。
魔力弾は割れず、斜め上へ弾かれた。
「おおっ!?」
アルディスさんが笑った。
「今度は硬えな!」
「……やっぱり!」
私は思わず拳を握った。
「魔力の結びつきが強いと、剣に対する反応が変わるんだ!」
「ほう!」
「つまり、魔法が斬れるかどうかは、属性だけじゃなくて、構造にも関係してるかもしれません!」
「なるほどな!」
アルディスさんは嬉しそうに剣を構え直した。
「じゃあ、もっと硬くしたらどうなる?」
「それ、私も気になってました!」
「よし!」
「やりましょう!」
……あ。
ちょっと待って。
私たち、何をするつもりだったっけ。
そうだ。
模擬戦。
アルディスさんと戦う約束をしていたんだった。
でも。
「……あと一回だけ、いいですか?」
「おう! 何回でも来い!」
うん。
模擬戦は、もう少し後でいいかな。
◇
それから、どれくらい試しただろう。
魔力の密度を変える。
形を変える。
速度を変える。
剣の角度を変える。
斬る。
弾く。
受け流す。
同じ魔法でも、条件が少し変わるだけで結果が違った。
私は夢中になって魔法を放ち、アルディスさんは楽しそうに剣を振り続けた。
「いやあ、面白えな!」
「はい!」
私は額の汗を拭った。
「魔法って、剣で斬れる場合もあるんですね!」
「そうみたいだな!」
「でも、全部じゃないです!」
「おう!」
「それに、どうして斬れるのかも、まだ分かってません!」
「なら、これから調べりゃいい!」
「ですね!」
私は笑った。
分からないことがある。
それって、こんなに楽しい。
……と、そのとき。
「そういや、セリス」
「はい?」
「さっきから同じような魔法を撃ってるよな?」
「はい! 条件を比べたいので!」
「なるほどな!」
アルディスさんは剣を肩に担いだ。
「じゃあ、今度は俺から一つ試していいか?」
「もちろんです!」
「さっきの魔力弾、もう一回撃ってくれ!」
「はい!」
私は先ほどと同じ魔力弾を作った。
密度も、速度も、形も同じ。
できるだけ条件を揃える。
「いきますよ!」
「おう!」
魔力弾を放つ。
アルディスさんは剣を振った。
ぱきん。
魔力弾が割れる。
「よし! もう一回!」
「はい!」
同じ魔法。
同じ軌道。
同じ速度。
アルディスさんが剣を振る。
――すっ。
「……あれ?」
今度は、ほとんど音がしなかった。
魔力弾は剣に触れた瞬間、滑るように横へ逸れた。
アルディスさんの身体には、かすりもしない。
「……今の、どうやったんですか?」
「ん?」
「さっきは斬ったのに、今度は受け流しましたよね?」
「おう!」
「剣の角度、ほとんど変わってませんでしたよね?」
「よく見てるな!」
アルディスさんは嬉しそうに笑った。
「一回見たからな!」
「……一回?」
「おう!」
私は首を傾げた。
一度見た。
それだけで、何かが変わった?
「もう一回、同じ魔法を撃ってもいいですか?」
「もちろんだ!」
私は魔力弾を作り直した。
同じ形。
同じ密度。
同じ速度。
そして、放つ。
――すっ。
まただ。
アルディスさんは、ほとんど身体を動かしていない。
最小限の剣の動きだけで、魔力弾を逸らしている。
しかも、さっきより自然に。
「…………」
私は思わず息を呑んだ。
速さだけじゃない。
力の強さでもない。
この人は、何かを見ている。
魔法の軌道?
魔力の流れ?
それとも、私の動き?
「アルディスさん」
「おう?」
「……もしかして、一度見た攻撃って、次から分かるようになるんですか?」
アルディスさんは少し考えた。
「全部じゃねえけどな!」
「……!」
「同じものなら、さっきより分かるぞ!」
私は思わず笑ってしまった。
「……すごい!」
「あっはっは! そうか?」
「すごいですよ!」
魔法を斬る方法を調べていたはずなのに。
今度は、剣聖の技術そのものが気になって仕方ない。
私はアルディスさんを見上げた。
「……じゃあ」
「おう?」
「初めて見る魔法なら、どうですか?」
アルディスさんが、にやりと笑った。
「そいつは楽しみだな!」
私も笑った。
だって。
試してみたいことが、また一つ増えたんだから!




