第15話「最強の剣と、測定不能の魔法」
「じゃあ、今度は少し違う魔法を――」
「なあ、セリス」
「はい?」
新しい魔力弾を作ろうとしたところで、アルディスさんに呼び止められた。
「お前、実際に戦うときはどうするんだ?」
「……戦うとき、ですか?」
「おう。さっきからいろいろ試してるが、俺はずっとお前の魔法を待ってただろ?」
確かに。
水球も、風の刃も、魔力弾も。アルディスさんは私が準備を終えるまで待ってくれていた。
剣を振るタイミングだって、ほとんど私が指定していた。
「でも、実際の相手は待ってくれねえぞ?」
「……なるほど!」
私は思わず手を叩いた。
そうだ。実験と戦闘は違う。
実験では、条件を揃えるために相手の動きを制限する。でも、戦闘では相手も自由に動く。
魔法を準備している間に近づかれるかもしれないし、狙った場所から逃げられるかもしれない。
それどころか、魔法を使う前に攻撃される可能性だってある。
「それは、考えてませんでした!」
「あっはっは! だろうな!」
「じゃあ、実際に試してみませんか?」
「おお! いいな!」
アルディスさんの目が輝いた。
「俺もそろそろ、お前とやり合ってみたかったんだ!」
「私もです!」
思わず笑ってしまう。
魔法の実験をしていたはずなのに、今度は戦闘の実験だ。
この世界、本当に面白いことが尽きない。
「よし! じゃあ始めるか!」
「ちょっと待ってください!」
「ん?」
「ルールを決めないと!」
「おお、そうだったな!」
……この人、本当に戦うのが好きなんだなあ。
◇
「……お前らなあ」
しばらくして訓練場にやって来たバルドさんは、私たちの話を聞くなり額を押さえた。
「どうして魔法の実験が模擬戦になるんだ?」
「面白そうだからだ!」
「面白そうだからです!」
「……揃って答えるな!」
アルディスさんが笑う。
「あっはっは! いいじゃねえか、バルド! ちゃんと手加減するぞ!」
「お前の『手加減』が一番信用ならん!」
「ひでえな!」
「過去に何をやったか思い出せ!」
「んー……いろいろやったな!」
「反省しろ!」
私は二人を見比べた。
……本当に仲がいいんだなあ。
バルドさんは大きくため息をつくと、訓練場を見渡した。
「ここでやるなら、条件を決める。まず、殺傷目的の攻撃は禁止だ」
「はい!」
「おう!」
「アルディスは訓練用の剣を使え。セリスは攻撃魔法の威力を抑えること。周囲への被害が出そうなら、俺が止める」
「分かりました!」
「おう!」
「それから、勝敗は降参か、俺が続行不能と判断した時点で決める。いいな?」
「はい!」
「いいぞ!」
アルディスさんは訓練用の剣を受け取り、軽く振って重さを確かめた。
「ほう、悪くねえな!」
「壊すなよ」
「分かってるって!」
バルドさんは、まだ何か言いたそうだった。
でも、結局それ以上は何も言わず、訓練場の端へ下がった。
「……本当に、ほどほどにしろよ」
その声が、妙に切実だった。
◇
私とアルディスさんは、訓練場の中央で向かい合った。
距離は、およそ二十歩。
アルディスさんは訓練用の剣を片手に持ち、いつものように笑っている。
「準備はいいか?」
「はい!」
私は深く息を吸った。
さて。
どう戦おう。
相手は剣聖。
さっきの実験で、剣の技術がとんでもないことは十分に分かった。
あの羽虫を斬ったときの速さ。
魔力弾を受け流したときの正確さ。
それに、一度見た攻撃への対応力。
まともに近づいたら、たぶん何もできない。
だったら。
「……距離を取ればいいんだ!」
思わず口に出してしまった。
「お?」
アルディスさんが笑った。
「いい考えだな!」
「ですよね!」
「おう! 剣が届かなきゃ斬れねえ!」
「そうですよね!」
「じゃあ、どうやって届かせるかだな!」
「……あれ?」
私は首を傾げた。
なんだか、あっさり対策を考えられてしまった気がする。
でも、そう簡単には近づかせない。
足元を拘束する魔法。
視界を遮る霧。
遠距離からの魔力弾。
防御魔法だってある。
使える手段は、いくらでもあるんだから。
「セリス」
「はい?」
「楽しもうぜ!」
アルディスさんは、にかっと笑った。
「はいっ!」
私も笑い返した。
バルドさんが片手を上げる。
「それじゃあ……始め!」
その瞬間。
アルディスさんが消えた。
「――えっ!?」
いや、消えたわけじゃない。
踏み込んだんだ。
さっき、ギルドで見せてもらったのと同じ動き。
でも。
速い!
私は反射的に魔力を展開した。
目の前に、半透明の防御壁が生まれる。
――きん!
訓練用の剣が、防御壁の表面を滑った。
「……え?」
正面から打ち込まれた、と思った。
でも違う。
アルディスさんは防御壁に触れた瞬間、剣の角度を変えていた。
刃が壁の表面を流れ、そのまま私の横へ抜けていく。
「うわっ!」
私は慌てて身体をひねった。
剣先が、肩のすぐ横を通り過ぎる。
危ない!
私は足元に風を起こし、後ろへ跳んだ。
アルディスさんとの距離が開く。
「おお!」
アルディスさんが嬉しそうに声を上げた。
「今のを避けるか!」
「び、びっくりしました!」
「あっはっは! いい反応だ!」
……ちょっと待って。
今、何が起きた?
防御魔法は、ちゃんと発動した。
アルディスさんの剣も、確かに防いだ。
なのに、どうして横から攻撃が来たんだろう。
私は防御壁を見た。
壊れていない。
魔力も乱れていない。
つまり、アルディスさんは防御壁を破ったわけじゃない。
……回り込んだ?
「なるほど……!」
思わず笑みがこぼれた。
防御魔法を壊せないなら、壊さずに攻撃すればいい。
そんなの、考えてみれば当たり前だ。
でも、あの一瞬で判断して、実行できるなんて!
「すごいですね、アルディスさん!」
「おう!」
「防御壁に当たった瞬間、剣の角度を変えたんですよね!?」
「そうだぞ!」
「どうやって判断したんですか!?」
「当たったからな!」
「それだけ!?」
「あっはっは!」
……やっぱり説明が大雑把だ!
でも、分かったことがある。
この人は、防御魔法を見てから対策を考えたんじゃない。
剣が触れた瞬間に、次の動きへつなげている。
まるで、最初からその動きが身体に染みついているみたいに。
「……面白い!」
「だろう!」
アルディスさんが剣を構え直した。
「じゃあ、次はどうする?」
「もちろん、近づかせません!」
「おお! いいな!」
私は両手を広げた。
足元に魔力を流し、アルディスさんとの間に薄い霧を生み出す。
同時に、地面の一部へ拘束用の術式を仕込んだ。
さらに、背後には防御魔法を待機させる。
さっきは一つの防御壁だけだった。
でも、今度は違う。
正面だけを守るんじゃない。
相手がどこから来ても、対応できるようにする。
「ほう!」
アルディスさんが目を細めた。
「今度はいろいろ仕込んだな!」
「はい!」
「いいじゃねえか!」
霧が二人の間を満たしていく。
これなら、少なくとも私の位置を正確に捉えるのは難しいはずだ。
……たぶん。
アルディスさんが、一歩踏み出した。
私は魔力の流れを意識する。
霧の中を何かが動けば、わずかに空気が乱れる。
その変化を捉えれば、相手の位置が分かる。
そう考えていた。
ところが。
――すっ。
「……え?」
霧の中で、アルディスさんの姿が揺らいだ。
右。
いや、左?
空気の流れが、一瞬で変わる。
どっち!?
私は咄嗟に防御魔法を展開した。
――こん!
軽い音がした。
訓練用の剣が、私の防御壁を叩いている。
……正面から。
「えっ!?」
アルディスさんは、さっきと同じ場所にいた。
霧の中で動いたように見えたのは、身体の重心と足運びだけ。
私は勝手に、回り込まれると思い込んでいた。
「……なるほど!」
思わず声が出た。
「今度は、私が横を守ると思ったんですね!?」
「おお! よく分かったな!」
「すごい!」
「あっはっは!」
……いや、感心してる場合じゃない!
アルディスさんが、もう一歩踏み込む。
私は慌てて風を起こし、距離を取った。
剣先が、目の前を通り過ぎる。
危なかった。
でも、さっきより少しだけ分かった気がする。
この人の動きは、ただ速いだけじゃない。
私が何を警戒しているのかを見て、攻撃する場所を変えている。
しかも、ほとんど迷いがない。
……どうやったら、そんなことができるんだろう。
「セリス!」
「はい!」
「もう少し速くしてもいいか?」
アルディスさんが、楽しそうに笑った。
私は思わず息を呑んだ。
今の動きで、まだ余裕があるの?
でも。
怖い、という気持ちよりも先に。
胸の奥から、わくわくするものが湧き上がってきた。
「……もちろんです!」
「おお!」
アルディスさんが、にかっと笑う。
「いい返事だ!」
私は両手を構え直した。
防御魔法を展開し、風の流れを整える。
今度は、もっとよく見よう。
この人が何を見て、どう判断して、どんなふうに身体を動かしているのか。
だって。
こんなに面白い技術を、目の前で見せてもらえるんだから!
アルディスさんが、静かに剣を構えた。
さっきまでと、何かが違う。
笑顔は変わらない。
でも、剣を持つ手から、余計な力が消えていく。
足音も、呼吸も。
まるで、周囲の空気に溶け込んでしまったみたいだった。
「……いくぞ!」
その声が聞こえた瞬間。
私は、全身の魔力を防御へ回した。
そして。
アルディスさんの姿が、視界から消えた。




