第16話「剣聖の動きが読めない!?」
アルディスさんの姿が、視界から消えた。
「――っ!」
私は反射的に防御魔法を展開した。
正面、左右、そして背後。
半透明の防御壁が、私を囲むように広がる。
――こんっ!
「ひゃっ!?」
音がしたのは、左斜め後ろ。
振り向いたときには、もうアルディスさんはいなかった。
「おお! 今のも防ぐか!」
声は、正面から聞こえた。
「えええ!? いつの間に!?」
「あっはっは!」
アルディスさんは、何事もなかったように剣を肩に担いでいる。
……ちょっと待って。
今、何が起きた?
左後ろから攻撃された。
それは分かる。
でも、アルディスさんはもう正面に戻っている。
私が振り向くより速く?
いや、そんな単純な話じゃない気がする。
「……もう一回お願いします!」
「おう!」
アルディスさんが踏み込んだ。
今度こそ、見逃さない。
私は目を凝らした。
右足が動く。
肩が沈む。
剣を持つ腕が、わずかに引かれる。
右から来る!
私は右側に防御壁を集中させた。
――こんっ!
「……え?」
音がしたのは、左。
「おお! 惜しいな!」
「惜しくないですよ! 反対じゃないですか!」
「あっはっは!」
アルディスさんが笑う。
私は頬を膨らませた。
……なんで?
右へ動こうとしていたのは、確かに見えた。
なのに、攻撃は左から来た。
もしかして、途中で方向を変えた?
いや。
最初から、右へ行くつもりなんてなかった?
「……なるほど」
私は小さく呟いた。
この人、私に動きを見せているんだ。
正確には、動こうとしているように見せている。
私はその動きに反応して、防御を固める。
すると、反対側が薄くなる。
そこを狙ってくる。
「……面白い!」
「おお?」
アルディスさんが嬉しそうに笑った。
「何か分かったか?」
「はい! アルディスさん、私の予測を外してますよね!?」
「おお! よく分かったな!」
「やっぱり!」
私は思わず手を叩いた。
速さだけじゃない。
この人は、相手がどう動くかを考えて、その裏をかいている。
しかも、それを一瞬でやってしまう。
「……すごいなあ」
「あっはっは! そうか?」
「すごいですよ!」
私は両手を構え直した。
だったら。
私も、考え方を変えよう。
◇
次にアルディスさんが動いたとき、私は目で追うのをやめた。
代わりに、足元へ魔力を流す。
地面に、小さな光の点がいくつも生まれた。
「お?」
アルディスさんが足を止める。
「何だ、そりゃ?」
「目印です!」
「目印?」
「はい! どこを通ったか分かるようにしたんです!」
光の点は、踏まれると色が変わる。
アルディスさんがどこへ移動したのか、後から確認できる仕組みだ。
もちろん、これだけで攻撃を防げるわけじゃない。
でも、何も分からないまま見失うよりはずっといい。
「なるほどな!」
アルディスさんが笑った。
「面白えこと考えるじゃねえか!」
「えへへ!」
「じゃあ、試してみるか!」
「はい!」
アルディスさんが踏み込んだ。
光の点が、次々と色を変える。
右。
左。
そして、正面。
「……あれ?」
私は首を傾げた。
思っていたより、足を動かしていない。
あんなに速く移動しているのに、踏んでいる場所が少ない。
それに、移動の方向が変わる直前まで、重心がほとんど崩れていない。
――こんっ!
「ひゃっ!」
防御壁が叩かれた。
私は慌てて後ろへ跳ぶ。
アルディスさんは追ってこなかった。
「どうだ?」
「……すごいです!」
「おお!」
「足の運びが、すごく小さいんですね!」
「おう!」
「なのに、移動する距離は大きい!」
「そうだな!」
「どうやってるんですか!?」
「こうだ!」
アルディスさんが、ゆっくりと一歩踏み出した。
足を滑らせるように前へ出し、身体の重心を移す。
次の瞬間、もう一歩。
今度は、さっきより少し速い。
「……あ!」
私は思わず声を上げた。
足を動かしてから、身体を運んでいるんじゃない。
身体を運ぶ動きと、足を出す動きが一つにつながっている。
だから、無駄な動作が少ないんだ。
「なるほど!」
「分かったか?」
「はい! ちょっとだけ!」
「あっはっは! 十分だ!」
私は自分の足元を見た。
……これ、魔法でも応用できるんじゃないかな。
風で身体を押す。
でも、ただ押すだけだと、勢いがつきすぎる。
だったら、身体の動きに合わせて風の向きを変えれば。
「……ちょっと試していいですか?」
「おう!」
私は足元に風を集めた。
右足を出す。
同時に、背中側から弱い風を送る。
身体が、すっと前へ動いた。
「おお!」
アルディスさんが声を上げた。
「今の、俺の真似か?」
「はい!」
「いいじゃねえか!」
「でも、まだちょっと難しいです!」
私はもう一度試した。
今度は風が強すぎて、身体が前へ傾く。
「わわっ!」
転びそうになったところを、反対側から風を当てて支えた。
「あっはっは!」
「笑わないでください!」
「いや、悪い悪い! 面白えな!」
……確かに面白い。
剣術の足運びを見て、魔法の使い方が変わるなんて。
こんなこと、考えたこともなかった。
◇
「よし! じゃあ、もう一回やるか!」
「はい!」
私は地面の光を消した。
今度は、別の方法を試す。
アルディスさんの動きを、目で追う。
足元の光で確かめる。
それだけでは足りない。
なら、戦う場所そのものを変えてみよう。
私は地面へ魔力を流した。
アルディスさんとの間に、低い土の壁がいくつもせり上がる。
「おお!」
「今度は、簡単には近づけませんよ!」
「いいな!」
アルディスさんが笑った。
「じゃあ、どうやって近づくかだな!」
私はさらに、壁の隙間へ風を流した。
狭い通路を通れば、風の向きが変わる。
その変化を感じ取れば、アルディスさんがどこにいるのか分かるはず。
視界だけに頼らない。
相手の動きを、空気の流れで捉える。
「……よし!」
私は両手を構えた。
「いつでもどうぞ!」
「おう!」
アルディスさんが走り出した。
右の通路。
風が乱れる。
私は右へ魔力弾を放った。
しかし。
「おっと!」
アルディスさんは、壁を蹴って跳び上がった。
「えええ!?」
上!?
私は慌てて顔を上げた。
アルディスさんが、土の壁の上を軽々と飛び越えてくる。
「そっちもありですか!?」
「おう! 道は一つじゃねえからな!」
「確かに!」
私は風を巻き上げ、アルディスさんの着地点へ魔力弾を放った。
――きん!
剣が魔力弾を弾く。
アルディスさんは着地すると、今度は壁の陰へ身を隠した。
「……あれ?」
姿が見えない。
でも、風の流れは感じる。
右の壁の向こう。
……いや。
違う。
風が乱れたのは、アルディスさんが通った後だ。
つまり、今いる場所とは限らない。
「……なるほど!」
私は思わず笑った。
この方法にも、弱点がある。
相手の位置を知るまでに、わずかな時間差が生まれるんだ。
速い相手ほど、その差は大きくなる。
「……だったら!」
私は魔力を広げた。
土の壁の間に、細かな水滴を浮かべる。
霧よりも少し大きな、きらきらと光る水滴。
風が動けば、水滴も動く。
でも、今度は空気の流れだけじゃない。
身体が触れれば、水滴そのものが弾かれる。
つまり。
アルディスさんが通った場所を、もっと細かく捉えられる!
「おお!」
壁の向こうから、アルディスさんの声がした。
「今度は何だ?」
「秘密です!」
「あっはっは! いいな!」
……よし。
今度こそ。
アルディスさんが飛び出した。
水滴が揺れる。
私はその動きを捉えた。
右。
いや、上!
私は上空へ魔力弾を放つ。
――きん!
アルディスさんが剣で弾いた。
「おお! 当ててきたな!」
「やった!」
初めて、アルディスさんの動きに合わせて攻撃できた。
もちろん、当たってはいない。
でも。
さっきまでは、どこにいるのかさえ分からなかったんだ。
これは、大きな進歩だと思う。
「いいぞ、セリス!」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、次はどうする?」
「もちろん、もっと工夫します!」
私は笑った。
分からなかったことが、少しずつ分かるようになる。
できなかったことが、少しずつできるようになる。
……やっぱり、楽しい!
◇
それから、何度も攻防を繰り返した。
アルディスさんが動く。
私は魔法で捉える。
アルディスさんが動きを変える。
私は魔法を組み替える。
最初は、ただ防ぐだけで精いっぱいだった。
でも、今は違う。
少しずつ、アルディスさんの動きが見えるようになってきた。
もちろん、全部じゃない。
速すぎて分からない動きもあるし、予測を外されることだってある。
それでも。
「……あ!」
私は、あることに気づいた。
アルディスさんは、私の魔法を避けるとき、必ずしも最短距離を通っていない。
土の壁を飛び越える。
風の流れを避ける。
水滴の少ない場所を選ぶ。
私の魔法に合わせて、動く場所を変えている。
……ということは。
私が、アルディスさんの動く場所を決めている?
「……ふふっ」
思わず笑みがこぼれた。
そうだ。
アルディスさんは、自由に動いているように見える。
でも、実際には私の魔法を避けながら動いている。
だったら。
避ける場所を、私が決めてしまえばいい。
「……アルディスさん!」
「おう!」
「今度は、私の番です!」
私は両手を広げた。
足元から魔力が広がり、土の壁がゆっくりと沈んでいく。
代わりに、訓練場のあちこちへ小さな光が灯った。
水滴が宙に浮かび、風が静かに流れ始める。
アルディスさんが、楽しそうに目を細めた。
「……おお?」
私は笑った。
剣聖の動きが読めないなら。
読めるようになるまで、調べればいい。
それでも読めないなら。
動ける場所を、こっちで作ってしまえばいい。
「さあ、アルディスさん!」
「おう!」
「今度は、どこへ動きますか?」
アルディスさんが、にやりと笑った。
「……こいつは面白え!」
私は魔力を解き放った。
そして、初めて。
アルディスさんの足が、止まった。




