第17話「魔法オタクの対剣聖作戦!」
アルディスさんの足が、止まった。
「……おお?」
楽しそうな声が聞こえる。
私は思わず笑みを浮かべた。
やった。
初めて、私の魔法でアルディスさんの動きを止められた。
もちろん、拘束したわけじゃない。
足元を固めたわけでも、魔法で押さえつけたわけでもない。
ただ、次に進める場所を少しずつ減らしただけだ。
「……なるほどな!」
アルディスさんが周囲を見渡した。
訓練場には、小さな光が点々と浮かんでいる。
地面すれすれを流れる風。
宙に漂う細かな水滴。
そして、目には見えない魔力の流れ。
どれも、一つだけなら大した魔法じゃない。
でも、組み合わせれば。
「そこに動くと、分かりますよ!」
「ほう!」
「こっちに来ても、分かります!」
「おお!」
「上に跳んでも、たぶん分かります!」
「たぶんか!」
「あっ、そこはまだ試してないので!」
「あっはっは!」
アルディスさんが笑った。
それから、ゆっくりと剣を構え直す。
「じゃあ、試してみるか!」
「はい!」
アルディスさんが踏み込んだ。
右。
水滴が揺れる。
私はその先へ魔力弾を放った。
――きん!
アルディスさんが剣で弾く。
でも、今度はそれだけじゃない。
弾いた先に、もう一つ魔力弾を置いてある。
「おっ!」
アルディスさんが身体をひねった。
魔力弾が肩の横を通り過ぎる。
そこへ、足元から風を吹き上げた。
「おお!」
アルディスさんが跳ぶ。
……予想通り!
私は上空へ向けて、三つの魔力弾を放った。
アルディスさんは剣を振り、二つを弾く。
残る一つを、身体を傾けて避けた。
そして、そのまま地面へ着地する。
「……すごい!」
思わず声が出た。
今の、全部見えてたの?
いや、違う。
最初の一発を弾いた時点で、次の攻撃に備えていたんだ。
しかも、避ける方向まで考えている。
「いいな、セリス!」
「ありがとうございます!」
「今のは、なかなか面白かったぞ!」
「まだまだありますよ!」
「おお! 楽しみだ!」
私は両手を広げた。
さて。
次は、どうしよう。
◇
アルディスさんは、やっぱり強かった。
魔力弾を撃てば、斬る。
風を起こせば、受け流す。
足元を狙えば、跳ぶ。
逃げ道を塞げば、別の道を見つける。
でも。
さっきまでとは、明らかに違う。
アルディスさんが、少しずつ後ろへ下がっている。
「……ふふっ」
私は思わず笑った。
そうだ。
この人は、どんな攻撃にも対応できるわけじゃない。
もちろん、私よりずっと速いし、剣も上手い。
でも、一度に選べる行動には限りがある。
右へ避けたら、同時に左へは避けられない。
跳び上がったら、着地する場所が必要になる。
剣で魔法を弾いたら、その剣を次の位置へ動かさなきゃいけない。
だったら。
その一つ一つを、つなげていけばいい。
「アルディスさん!」
「おう!」
「今度は、ちょっと複雑にします!」
「いいぞ!」
私は魔力を広げた。
足元に薄い霧が生まれる。
その中を、細い風が何本も流れ始めた。
同時に、地面のあちこちへ拘束用の術式を仕込む。
アルディスさんが目を細めた。
「……おお?」
私は魔力弾を放った。
一つ。
二つ。
三つ。
アルディスさんは剣で弾きながら、横へ移動する。
そこへ、風の刃を重ねた。
「おっと!」
アルディスさんが身体をひねる。
でも、避けた先には拘束魔法。
地面から細い土の帯が伸びた。
「おおっ!」
アルディスさんは片足を引き、帯をかわす。
その瞬間、私は足元へ風を送った。
身体が前へ滑る。
アルディスさんの足運びを見て、思いついた移動方法だ。
「……えっ!?」
今度は、アルディスさんが驚いた。
「お前、こっちに来るのか!?」
「はい!」
私は笑った。
「逃げるだけじゃ、つまらないので!」
「あっはっは!」
アルディスさんが剣を構える。
私はその間合いに入る直前で、横へ跳んだ。
同時に、至近距離から魔力弾を放つ。
――きん!
剣が魔力弾を弾いた。
でも、その瞬間。
私は見た。
アルディスさんの剣が、わずかに外側へ流れる。
……今だ!
私はもう一つ魔力弾を作った。
狙いは、剣が戻る前の空間。
放つ。
――すっ。
「……あれ?」
魔力弾は、アルディスさんの身体に触れなかった。
剣が、もう戻っていた。
それどころか。
私の魔力弾は、刃に沿って滑るように横へ逸れていく。
「おお! 今のはいいな!」
アルディスさんが笑った。
「でも、ちょっと近すぎたな!」
「うわっ!」
私は慌てて風で後ろへ跳んだ。
剣先が、目の前を通り過ぎる。
……危なかった!
でも。
今の動き、見た。
アルディスさんは、剣を大きく振り直していない。
手首と肘の動きだけで、次の攻撃へつなげていた。
……なるほど!
剣って、振り終わったら隙ができるものだと思っていた。
でも、アルディスさんの剣は違う。
一つの動きが、次の動きの準備になっている。
「……すごいなあ」
「おう?」
「アルディスさん、剣を振り終わっても、すぐ次の攻撃に移れるんですね!」
「おお! よく見てるな!」
「はい!」
「剣は、振ったら終わりじゃねえからな!」
「……なるほど!」
私は思わず笑った。
魔法も、同じかもしれない。
一つの魔法を使って終わりじゃなくて。
その結果を、次の魔法につなげればいい。
◇
「……よし!」
私は両手を構え直した。
今度は、魔力弾の作り方を変えてみよう。
さっきまでの魔力弾は、形も密度もほとんど同じだった。
だから、アルディスさんは対応しやすかったんだと思う。
でも。
同じ見た目で、中身が違ったら?
「アルディスさん!」
「おう!」
「次は、ちょっと変わった魔法を使います!」
「いいな!」
私は三つの魔力弾を作った。
大きさは同じ。
色も同じ。
でも、中身は違う。
一つ目は、魔力の結びつきを弱く。
二つ目は、少し強く。
三つ目は、さらに強く。
さっき試した、密度の違う魔力弾だ。
「いきます!」
「来い!」
三つの魔力弾が飛ぶ。
アルディスさんは、一つ目を斬った。
ぱきん!
二つに割れた光が、左右へ散る。
二つ目は、剣の腹で弾いた。
きん!
魔力弾が斜め上へ逸れる。
そして、三つ目。
アルディスさんは、剣を振りかけて。
「……お?」
途中で動きを変えた。
身体をひねり、魔力弾を避ける。
魔力弾は、そのまま後方へ飛んでいった。
「……あれ?」
私は首を傾げた。
どうして?
見た目は同じだったはずなのに。
「アルディスさん! 今の、なんで避けたんですか!?」
「ん?」
「三つ目だけ!」
「ああ!」
アルディスさんは剣を軽く振った。
「なんか、嫌な感じがしたからな!」
「嫌な感じ!?」
「おう!」
「……それ、どういう感じですか!?」
「んー……」
アルディスさんは少し考えた。
「斬ったら、剣が持っていかれそうな感じだ!」
「……!」
私は思わず息を呑んだ。
魔力の密度が高いと、剣で受けたときの反応が変わる。
それは、さっきの実験で分かったことだ。
でも、アルディスさんは魔力の密度を見ているわけじゃない。
剣で受けたときの感触や、これまでの経験から判断している。
……すごい!
この人、魔法の仕組みを知らなくても、どう対応すればいいか分かるんだ。
「……なるほど!」
私は思わず笑った。
だったら。
もっと変えてみよう。
今度は、魔力弾の速度を変える。
次に、飛ぶ軌道を変える。
さらに、途中で二つに分裂させる。
アルディスさんが一つの攻撃に対応したところへ、別の性質の魔法を重ねる。
「おおお!」
アルディスさんが声を上げた。
「どんどん変わっていくじゃねえか!」
「はい!」
「面白え!」
「まだまだありますよ!」
私は笑った。
だって、考えれば考えるほど、新しい組み合わせが浮かんでくる。
魔法って、本当に面白い。
そして。
それに対応してくる剣術も、同じくらい面白い!
◇
攻防は、さらに激しくなっていった。
私が魔法を変える。
アルディスさんが対応する。
その対応を見て、また魔法を変える。
まるで、会話をしているみたいだった。
言葉じゃなくて。
魔法と剣で、お互いの考えを伝え合っている。
……ああ。
楽しいなあ。
私は思わず笑った。
この世界に来てから、いろんな魔法を見てきた。
知らない技術にも、たくさん出会った。
でも、こんなふうに誰かと一緒に試して、考えて、また試すのは初めてかもしれない。
アルディスさんが、私の魔力弾を弾いた。
私は、その動きに合わせて風を起こす。
アルディスさんが跳ぶ。
私は着地点へ拘束魔法を仕込む。
アルディスさんが剣で地面を叩き、土の帯を断ち切った。
「おお! いいな!」
「ありがとうございます!」
でも。
私は、あることに気づいた。
アルディスさんは、魔法を斬ることにこだわっていない。
斬れるものは斬る。
弾けるものは弾く。
避けた方がいいものは避ける。
必要なら、後ろへ下がる。
……そっか。
この人にとって、剣は魔法を斬るためだけのものじゃない。
相手の攻撃に対応して、自分が次に動くための道具なんだ。
「……すごい!」
「おう?」
「アルディスさん、魔法を斬ることだけ考えてるわけじゃないんですね!」
「あっはっは!」
アルディスさんが笑った。
「そりゃそうだろ!」
「ですよね!」
「斬らなくていいなら、斬らねえ方が楽なときもある!」
「……なるほど!」
私は思わず手を叩きそうになった。
でも、今は戦闘中だ。
危ない危ない。
アルディスさんが、にやりと笑った。
「セリス」
「はい?」
「お前、今、面白えこと考えただろ?」
「えっ!?」
「顔に出てるぞ!」
「そんなに!?」
「あっはっは!」
……うう。
どうやら、考えていることが顔に出るらしい。
でも。
アルディスさんだって、ずっと楽しそうに笑ってるじゃないですか。
人のこと言えないと思うんだけどなあ。
◇
アルディスさんが、ふと足を止めた。
「……よし!」
「はい?」
「そろそろ、俺も一つ試していいか?」
「もちろんです!」
私は両手を構えた。
「何を試すんですか?」
アルディスさんは、訓練用の剣をゆっくりと持ち上げた。
さっきまでとは、構えが違う。
剣先が、わずかに下がる。
肩の力が抜ける。
足の位置も、ほんの少し変わった。
……あれ?
私は首を傾げた。
さっきまでのアルディスさんは、私の魔法を見てから対応していた。
斬る。
弾く。
避ける。
受け流す。
その一つ一つを、驚くほど正確に選んでいた。
でも、今は。
何かが違う。
「……アルディスさん?」
「おう!」
「今度は、何をするつもりですか?」
アルディスさんが、にかっと笑った。
「お前の魔法、どこまで斬れるか試してみたくなってな!」
「……!」
私は思わず目を輝かせた。
「本当ですか!?」
「おう!」
「じゃあ、さっきよりもっと複雑な魔法でもいいですか!?」
「もちろんだ!」
「途中で形が変わる魔法も!?」
「いいぞ!」
「複数同時でも!?」
「全部まとめて来い!」
……うわあ。
なんて人だろう。
私が考えた魔法を、全部試していいって言ってくれる。
しかも、それを剣で斬ろうとしている。
そんなの。
面白くないわけがない!
「……分かりました!」
私は両手を広げた。
魔力が集まる。
一つ。
二つ。
三つ。
宙に浮かぶ魔力弾が、次々と形を変えていく。
密度も、速度も、軌道も違う。
さっきまで試してきた魔法を、もう一度組み合わせる。
アルディスさんは、静かに剣を構えた。
笑顔は変わらない。
でも、その目は。
さっきまでより、ずっと真剣だった。
「……いきますよ!」
「おう!」
私は魔力を解き放った。
アルディスさんが、剣を振る。
そして。
――その一振りが、私の予想を超えた。




