第18話「剣聖の一閃」
――その一振りが、私の予想を超えた。
「……えっ?」
アルディスさんの剣が、最初の魔力弾を斬った。
ぱきん、と光が割れる。
続いて、右から迫る二つ目。アルディスさんは剣を返し、刃ではなく腹で受け止めた。
きん!
魔力弾が斜め上へ弾かれる。
そして三つ目。
これは途中で軌道を変え、アルディスさんの左側を抜けるように作ってある。
剣を振り終えた直後なら、対応できないはず。
そう思っていた。
ところが。
――すっ。
アルディスさんの手首が、ほんの少し動いた。
振り終えたはずの剣先が、滑らかに左へ流れる。
魔力弾が曲がる。
その先には、もう剣があった。
「……うそ!?」
ぱきん!
魔力弾が割れた。
しかも、アルディスさんの剣は止まらない。
一つ目を斬った動きから、二つ目を弾き、三つ目を斬るまで。
まるで、一本の線を描くようにつながっていた。
「……すごい!」
思わず声が出た。
アルディスさんは、魔法が飛んでくるたびに剣を振り直しているわけじゃない。
次の攻撃が来る場所へ、最初から剣を運んでいるんだ。
……いや。
少し違う。
次の攻撃に対応できる場所を、剣が通るようにしている。
だから、動きが途切れない。
「……なるほど!」
私は思わず笑った。
「アルディスさん! 今の、全部つながってるんですね!」
「おお! よく見てるな!」
「はい!」
「じゃあ、次はどうする?」
「もちろん、もっと工夫します!」
私は両手を広げた。
今度は、見た目が同じ魔力弾をいくつも作る。
でも、中身は全部違う。
密度。
速度。
軌道。
途中で形が変わるタイミング。
さっきまでの実験で分かったことを、全部組み合わせた。
「……いきます!」
「来い!」
◇
まず、正面から二つ。
アルディスさんは一つを斬り、もう一つを弾いた。
その間に、私は三つ目の魔力弾を低い軌道で放つ。
狙いは足元。
アルディスさんが剣を下げた瞬間、魔力弾の形を細長く変えた。
「おっ!」
アルディスさんが剣を引く。
その横を、細く伸びた魔力弾が通り抜けた。
……よし!
私は指先に魔力を流した。
通り過ぎた魔力弾が、アルディスさんの背後で二つに分かれる。
一つは右後ろから。
もう一つは左後ろから。
両側を挟むように、アルディスさんへ向かわせた。
同時に、正面からも魔力弾を一つ放つ。
これで、前にも後ろにも攻撃がある。
でも、狙いは命中じゃない。
アルディスさんが、どこへ動くか。
それを決めることだ。
「おおっ!」
アルディスさんが楽しそうに笑った。
背後から迫る二つの魔力弾。
正面から飛ぶ一つ。
アルディスさんは、まず正面の魔力弾を剣で弾いた。
そして、左後ろからの一発を身体をひねって避ける。
残る右後ろの一発を、剣を返して斬った。
――ぱきん!
光が弾ける。
……すごい!
三方向からの攻撃に、全部対応した。
でも。
その動きで、アルディスさんの右足が一歩前へ出た。
そこには、さっき仕込んだ拘束魔法がある。
「……今!」
私は魔力を流した。
アルディスさんの右足を囲むように、地面から土の帯が伸びる。
左右から巻きつき、足首を押さえる。
……捕まえた!
そう思った。
ところが。
アルディスさんは、右足を引かなかった。
代わりに、左足を斜め前へ踏み出した。
身体の重心が、するりと左へ移る。
右足に土の帯が巻きつく、その直前。
アルディスさんは、もう右足を浮かせていた。
――ざっ。
土の帯が閉じる。
そこには、何もない。
「……えっ!?」
拘束魔法が、空振りした。
アルディスさんは左足を軸に、身体を前へ運ぶ。
そのまま右足を踏み出した。
一歩。
もう一歩。
さっきまで遠くにいたはずなのに、距離が一気に縮まっていく。
……まずい!
私は反射的に防御壁を展開した。
――こんっ!
アルディスさんの剣が、正面の防御壁に触れる。
でも、剣は止まらない。
刃を傾け、壁の表面を右へ滑らせた。
……右から来る!
私は右側にも防御壁を展開した。
ところが。
アルディスさんは、右へ回り込まなかった。
剣を壁から離し、その場で一歩下がった。
「……あれ?」
私は思わず首を傾げた。
攻撃してこない?
アルディスさんは、訓練用の剣を軽く振った。
「おお! 今のも防ぐか!」
「びっくりしました!」
「あっはっは!」
……なんだったんだろう。
右へ回り込むつもりだったのに、私が防いだからやめた?
それとも、別の狙いがあった?
私は防御壁を見た。
正面。
右側。
どちらも、ちゃんと残っている。
でも、右側の方が少し厚い。
アルディスさんが回り込むと思って、無意識に魔力を多く回していたんだ。
「……なるほど」
私は小さく呟いた。
この人は、防御魔法を壊そうとしていない。
私がどこを守るのかを見て、攻撃する場所を選んでいる。
だったら、私も防御の仕方を考えないと。
◇
「よし! もう一回だ!」
「はい!」
アルディスさんが踏み込んだ。
私は正面に防御壁を展開する。
――こんっ!
剣が壁に触れる。
そして、また右へ流れた。
……まただ!
私は右側の防御を厚くした。
でも、アルディスさんは攻撃してこない。
今度は左へ跳び、私の周囲を回る。
「わっ!」
私は慌てて左側にも防御壁を展開した。
アルディスさんは、それを見て笑った。
「おお! よく守るな!」
「そりゃ守りますよ!」
「あっはっは!」
剣が、また正面の防御壁に触れる。
そして、右へ流れる。
……今度こそ!
私は右側へ魔力を送った。
その瞬間。
アルディスさんの剣が、ぴたりと止まった。
「……え?」
右へ流れていた剣が、止まる。
アルディスさんの足は、まだ正面にある。
なのに私は、もう右側の防御を厚くしていた。
……あ。
私は息を呑んだ。
今まで、何度も同じことをしていた。
アルディスさんが剣を右へ流す。
私は右側を守る。
すると、正面の防御が少し薄くなる。
アルディスさんは、それを見ていた。
……違う。
私がそうするように、何度も剣を動かしていたんだ。
気づいた瞬間、アルディスさんの重心が前へ移った。
右へ流れていた剣が、滑らかに正面へ戻る。
……まずい!
私は正面へ魔力を戻そうとした。
でも、右側に集めた魔力を移すには、ほんの少し時間がかかる。
アルディスさんは、そのわずかな時間を見逃さなかった。
踏み込む。
剣を引く。
そして。
――《一閃》。
剣が走った。
速い。
でも、私には見えた。
右へ流れた剣が、正面へ戻ってくる。
薄くなった防御壁の端を、剣先が正確に通り抜ける。
私が魔力を戻すよりも、ほんの少しだけ早く。
訓練用の剣が、肩へ向かって伸びてくる。
……ああ。
そういうことか。
この人は、私の魔法を斬ったんじゃない。
私の判断を、先に動かしたんだ。
剣先が、肩に触れる寸前で止まった。
「…………」
私は、動けなかった。
防御魔法は、まだ残っている。
魔力だって、十分にある。
それでも。
もう、どうにもならない。
「……そこまで!」
バルドさんの声が響いた。
アルディスさんが、ゆっくりと剣を下ろす。
「……参りました!」
私は両手を上げた。
負けた。
完敗だった。
◇
「いやあ、面白かったな!」
アルディスさんが豪快に笑った。
「はい!」
私は笑い返した。
……悔しい。
正直、すごく悔しい。
あと少しで、アルディスさんを捕まえられると思ったのに。
あんなに魔法を工夫したのに。
最後の一撃は、防ぐことができなかった。
でも。
「アルディスさん!」
「おう!」
「最後の、どうやったんですか!?」
「あっはっは! お前、負けたばっかりだろ!」
「だからですよ!」
私は思わず身を乗り出した。
「私、右から来ると思ったんです! だから右側の防御を厚くしたんですけど!」
「おう!」
「なのに、正面から来たじゃないですか!」
「そうだな!」
「どうして、私が右を守るって分かったんですか!?」
アルディスさんは、少し考えた。
「んー……お前、さっきから右を気にしてただろ?」
「……え?」
「俺が剣を右へ流すと、そっちの魔法が強くなってたぞ!」
「……!」
私は息を呑んだ。
そうだ。
アルディスさんは、何度も防御壁の表面を剣で滑らせていた。
そのたびに私は、右から攻撃されると思って防御を厚くしていた。
つまり。
私が右を守ることを、アルディスさんは知っていた。
……違う。
知っていたんじゃない。
私がそうするように、誘導していたんだ。
「……なるほど!」
私は思わず笑った。
「すごい!」
「おう!」
「アルディスさん、私の魔法だけじゃなくて、私の反応も見てたんですね!」
「そりゃそうだ!」
アルディスさんが笑った。
「魔法を使ってるのは、お前だからな!」
「……!」
私は、しばらく言葉が出なかった。
魔法を斬る。
魔法を避ける。
魔法を受け流す。
私はずっと、アルディスさんが魔法にどう対応するのかを考えていた。
でも、アルディスさんは違った。
魔法そのものだけじゃない。
魔法を使う私の動き。
視線。
判断。
防御の癖。
そういうものを、全部見ていたんだ。
「……すごいなあ」
私は小さく呟いた。
剣術って、ただ剣を振る技術じゃない。
相手を見て、考えて、次の動きを選ぶ技術なんだ。
そして、その選択を実行できるようになるまで、何度も何度も練習してきたんだろう。
……私には、まだ分からないことがいっぱいある。
でも。
だからこそ。
もっと知りたい。
◇
――ぽんっ。
「……ん?」
突然、聞き慣れない音がした。
目の前に、半透明の画面が浮かび上がる。
【魔法知識の理解が深まりました】
【剣術理解が深まりました】
【経験値を獲得しました】
【LEVEL UP!】
【Lv.128 → Lv.129】
「…………」
私は画面を見つめた。
「……ええええ!?」
「どうした、セリス?」
「レベルが上がりました!」
「おお! そりゃよかったな!」
「いやいやいや! 私、負けたんですよ!?」
「おう!」
「なのに、レベルが上がったんです!」
アルディスさんは、きょとんとした。
それから。
「あっはっはっは!」
豪快に笑った。
「そりゃそうだろ!」
「え?」
「お前、さっきより剣のことが分かるようになったんだろ?」
「……はい!」
「魔法のことも、いろいろ分かったんだろ?」
「はい!」
「じゃあ、強くなったってことじゃねえか!」
…………。
私は、もう一度ステータス画面を見た。
Lv.129。
たった一つ。
でも、確かに増えている。
「……そっか!」
思わず笑みがこぼれた。
勝っても、負けても。
知らなかったことを知って、できなかったことができるようになれば。
それは、ちゃんと私の力になるんだ。
「アルディスさん!」
「おう!」
「次は、もっと面白い魔法を見せますね!」
「おお! 楽しみにしてるぞ!」
私は笑った。
この世界には、まだまだ知らないことがある。
そして、知るたびに。
世界は、もっと面白くなる!
◇
「……で、お前ら」
バルドさんが、疲れ切った顔で近づいてきた。
「はい?」
「何だ、バルド?」
「楽しかったか?」
「はい!」
「おう!」
「……そうか」
バルドさんは、大きくため息をついた。
「なら、次からは事前に知らせろ」
「えっ? 今日も知らせましたよね?」
「模擬戦をするとは聞いた!」
バルドさんが、訓練場を指さした。
……あ。
土の壁があった場所。
風で削られた地面。
魔力弾が当たって、あちこちにできた小さな穴。
訓練場は、すっかり荒れていた。
「……あはは」
「あっはっは!」
「笑うな!」
バルドさんの怒鳴り声が、訓練場に響いた。
私はアルディスさんと顔を見合わせた。
そして。
二人で、思いっきり笑った。




