↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『目指すは最強! ~魔法オタクの異世界無双~』  作者: 穂乃果
第6幕「絶望情報強度 ― Despair Information Intensity ―」
71/77

第68話「亡き友の槍、届け!剣聖の意思!(前編)」

第68話、ここから前後編です!


竜人国を襲う影の脅威。

その戦場に現れたのは、かつて国を守った英雄の姿でした。


英雄を知る者たちにとって、そして共に戦った剣聖アルディスにとって、その再会が意味するものとは――。


今回は、アルディスに注目です!

 竜人国北部、南方中継拠点。


「……北の避難路から、追加の連絡」


 ネスラさんが、通信魔道具を置いた。


 天幕の机には、何枚もの地図が広げられている。

 開いた道へ印を付けたばかりなのに、別の場所から救援を求める声が届く。


「また、影ですか?」

「うん。アルディスさんが護衛している列の後方。林から出たり、引っ込んだりしてるらしい」


 私は、北の街道へ目を向けた。


 アルディスさんが斬れば、その影は倒れる。

 でも、ほかの影が林へ散れば、荷車のそばを離れられない。


 強い人が一人いれば、それで全部守れるわけじゃないんだ。


「ミライ。北から届いた記録を重ねて」

『YES、セリス。報告時刻と位置を表示します』


 地図に、光点が浮かんだ。


 避難民の列。

 護衛部隊。

 その脇を、途切れ途切れに続く影の目撃地点。


 見えていないところには、何も表示されない。

 そこに敵がいないという意味ではなかった。


「……林側を押さえられれば、列を進められるかもしれません」


 ネスラさんが頷く。


「北へ行こう。僕も一緒に行く」

「ここの引き継ぎは?」

「レスターさんに伝えてある。南の広場へ移す列も、シルキーさんたちが見てくれる」


 私はミライを握った。


「分かりました。アルディスさんに、向かっているって知らせましょう!」


     ◇


 北部、旧街道。


「前と間を空けるな! 歩ける者は、荷車の横へ!」


 兵士の声に、人々が重い足を動かしていた。


 道の片側は浅い斜面、もう片側は林になっている。

 荷車を追い越せるほどの幅はなく、一台が遅れれば、後ろも止まらざるを得なかった。


 子どもを抱えた竜人の女性が、荷台へ手を添えて歩く。


「お母さん、まだ?」

「もう少し。次のところで休めるからね」


 自分にも言い聞かせるように答えた、そのとき。


「林に影!」


 護衛の槍が、一斉に向いた。


 木々の間に、黒い人影が立っている。

 その後ろにも、さらに数体。


「列は進め! 見張りを外すな!」


 指揮を執る老兵が命じた。


 影は、すぐには近づいてこなかった。

 むしろ左右へ退き、木々の間に道を空けていく。


 重い足音がした。


 一歩ごとに、枯れ枝が砕ける。

 黒い輪郭の奥から、長大な槍の穂先が現れた。


 続いて、太い腕。

 重厚な鎧。

 肩から垂れる、赤い外套。


 老兵の槍先が、わずかに下がった。


「……まさか」


 白い鱗に、立派な角。

 金と黒の鎧をまとった巨躯が、街道へ踏み出す。


 巨大な竜騎槍を、片手で肩へ担いでいた。


 その姿は、広場の像にも、戦勝を描いた絵にも残っている。


 だが、老兵は知っていた。


 像では動かない口元が、どんなふうに笑うのか。

 槍を担ぎ直すとき、肩がどう動くのか。


 それを、戦場で見たことがあった。


「……ドグル様?」


 声が、掠れた。


 背後で、誰かが息を呑む。


「あの、ドグル様……?」

「亡くなられたはずでは……」


 列の歩みが鈍った。

 止まるなと命じるべき老兵自身が、動けずにいた。


 巨大な竜人が、口を開く。


「がっはははは!!」


 胸へ響く、太い笑い声。


「何を震えておる! それでしまいか!」


 老兵の顔が歪んだ。


 何十年も前。

 折れた槍を抱えて座り込んだ自分へ、同じ声が降ってきた。


 そのあと、あの人は敵の前へ立った。

 こちらが起き上がるまで、一歩も退かなかった。


「……お戻りに、なられたのですか」


 片膝が、地面へ落ちる。


 周囲の兵たちも、槍先を迷わせた。


「武器を下ろすな!」


 若い兵が声を張った。

 しかし、その声も途中で弱くなる。


 目の前にいるのは、自分が槍を持つ理由になった英雄だった。


 母親の腕の中で、子どもが顔を上げた。


「あの人、誰?」

「……この国を、守ってくださった方よ」


 女性の頬を、涙が伝った。


 信じてよいのか、分からない。

 それでも、信じたかった。


 もう歩けない。

 これ以上、逃げられない。


 そんなときに、あの英雄が現れたのだから。


     ◇


 街道脇の林で、アルディスは剣を返した。


 飛びかかってきた影が、肩から斜めに崩れる。

 その向こうでは、別の影が木々の間へ引いていった。


 追わない。


 街道から離れるほど、列へ戻るのに時間がかかる。


 アルディスは幹を背にし、荷車の音を確かめた。


 車輪が軋む。

 兵士が声をかける。


 その音が、ふいに変わった。


 人々が、ざわめいている。


 悲鳴ではない。

 誰かの名を呼び、泣いているようだった。


「……何だ?」


 街道へ向き直る。


 次の瞬間、笑い声が届いた。


「がっはははは!!」


 アルディスの足が止まった。


 剣を握る指に、力がこもる。


 何度も聞いた。

 耳元で聞かされ、うるさいと怒鳴ったこともある。


 そして、もう二度と聞けないはずだった。


「……おい」


 街道へ駆けた。


 低い枝をくぐり、倒木を越える。

 笑い声が、もう一度響いた。


 同じだった。


 腹立たしいほど、同じだった。


     ◇


「立て!」


 巨躯から、声が落ちた。


 老兵は顔を上げる。


「槍を持て。戦場で膝をつく暇などないぞ!」


「……はっ!」


 身体が、覚えていた。


 背を伸ばし、槍を構える。

 若い兵たちも、それにつられて姿勢を正した。


 ドグルの姿をしたものが、満足そうに頷く。


「そうだ。それでよい」


 老兵の肩から、わずかに力が抜けた。


 その瞬間だった。


 竜騎槍の柄が、低く走った。


 構えていた槍が弾かれる。

 次の打撃が膝を払い、老兵は地面へ倒れた。


「……え?」


 誰かが呟いた。


 巨躯は笑っていた。


「どうした。立てと言ったぞ」


 老兵が起き上がろうとする。

 右脚が、力を受け止めなかった。


 槍へ伸ばした手のすぐ横に、巨大な穂先が突き立つ。


 土と石が跳ねた。


 指先が止まる。


「それでしまいか?」


 同じ声だった。


 昔、自分を立たせてくれた言葉。

 今、その言葉を発したものが、立ち上がれない自分を見下ろしている。


「ドグル、様……」


 若い兵が、老兵を引きずろうと駆け寄った。


 穂先が、そちらへ向く。


 兵士が足を止めたのを見て、巨躯の口元がさらに上がった。


「ほう。そいつを連れていくのか」


 背後で、子どもが泣き出した。


 視線が、そちらへ移る。


 母親が子を抱き直し、荷車の陰へ下がった。

 巨躯は、その動きを最後まで見ていた。


「歩けぬ者を待ち、戦えぬ者を庇う」


 槍が、地面から抜かれる。


「それでは、いつまで経っても進めんな」


「……おやめください」


 老兵が声を絞り出した。


 何を止めようとしているのか。

 その意味を、まだ認めたくなかった。


 巨躯は老兵を見た。

 それから、わざわざ親子へ視線を戻した。


「置いていけ」


 母親が、子どもの頭を抱え込む。


「そうすれば、お前たちは逃げられるぞ」


 誰も、動かなかった。


 巨大な槍が、肩の上へ持ち上がる。


 老兵は地面を掻き、親子へ手を伸ばした。


 かつて自分たちを守った槍が、振り下ろされた。


     ◇


 鋼が、甲高く鳴った。


 槍の軌道が逸れ、荷車の脇へ突き刺さる。

 地面が裂け、土が噴き上がった。


 親子の前に、一人の男が立っていた。


 剣を斜めに添え、巨大な槍を外側へ押し流している。


「……アルディス様!」


 兵士の声にも、アルディスは振り返らなかった。


 白い鱗。

 角の形。

 槍を握る、太い指。


 何度も剣を交えた相手が、刃の向こうにいる。


 喉の奥から、名前が出かけた。


 だが、その槍先は親子を狙っていた。


「……ずいぶん、懐かしい格好をしてるじゃねえか」


 巨躯が、にやりと笑う。


「がっははは! 久しいな、アルディス!」


 声まで、同じだった。


 アルディスは剣を押し込み、槍を地面から外させた。

 背後へ、短く声を飛ばす。


「親子と負傷者を下げろ」


 若い兵が、はっと動いた。


 巨躯の目が、その兵を追う。


 アルディスが一歩ずれ、視線を遮った。


「俺を知ってるなら、こっちを見ろ」


「弱き者に、ずいぶん手を取られるな!」


 巨躯が笑った。


「捨ててしまえば、思う存分戦えるぞ!」


 アルディスの目が、細くなる。


「……ああ」


 声が、低く沈んだ。


「お前は、ドグルじゃねえ」


 笑い声が止まった。


「あいつはな。遅いと怒鳴りながら、最後の一人が来るまで待ってるような馬鹿だった」


 地面に倒れた老兵を、若い兵が支えている。


 アルディスは、それを背中で庇った。


「立てと言うなら、立つまで守った。お前みたいに、足を折って楽しんだりはしねえ」


 巨躯は、黙っていた。


 やがて、口元だけを動かす。


「……なるほど」


 ドグルの声で。

 ドグルなら、そんな場面で決して使わない調子だった。


 アルディスは剣を構えた。


「誰だ、お前」


 返事の代わりに、槍先が沈んだ。


     ◇


 来る。


 アルディスは、腰を落とした。


 槍が突き出される。

 長大な穂先が、胸の高さへ一直線に迫った。


 剣の腹を添え、身体を半歩ずらす。

 穂先が脇を抜けた、その瞬間、柄が回った。


 突きから、横薙ぎ。


 アルディスは剣を立てて受け、地面を滑った。

 踵が二本の溝を刻む。


 重い。


 押し込まれた刃の向こうで、白い腕の筋肉が膨れた。


 そのまま受け続ければ、背後へ押し戻される。


 アルディスは力を抜き、柄を剣の上で滑らせた。

 槍が流れた側へ踏み込み、巨躯の脇腹を斬る。


 鎧が裂けた。


 赤い血は出なかった。

 切れ目の奥で、黒いものが揺れた。


 巨躯は退かず、槍の石突きを振り上げる。


 アルディスは身を沈めた。

 頭上を鉄塊が通り過ぎ、背後の木が半ばから折れる。


「全員、南へ! 立ち止まるな!」


 剣を返しながら叫んだ。


「で、ですが……ドグル様が……!」


 老兵が、若い兵の肩を借りたまま動けずにいた。


 巨躯が、その声へ顔を向ける。


「どうした。今度は逃げるのか?」


 老兵の顔が歪んだ。


 アルディスが間へ踏み込む。


「あいつの声で、こいつらを呼ぶな」


 剣が、槍の柄を強く打った。


 巨躯の腕が外へ開く。

 その胸へ、二撃目を叩き込む。


 足元の土が弾け、相手が数歩後退した。


「行け! あれは俺が止める!」


 老兵は、裂けた鎧の奥を見た。


 白い鱗の下で蠢く黒。

 自分へ向けられた、あの槍。


 唇を噛み締める。


「……列を、進めろ!」


 掠れた命令だった。


「動ける者は荷車を押せ! 負傷者を乗せるんだ!」


 止まっていた車輪が回る。


 巨躯の槍が、ゆっくり持ち上がった。


 穂先は、アルディスへ向いている。

 だが、踏み込む足の向きが違った。


 アルディスは、先に動いた。


 槍が彼の脇を抜け、荷車へ伸びる。


 剣で跳ね上げた。


 穂先が空を裂き、荷台の上を通過する。

 積まれていた布が舞い上がり、人々が悲鳴を上げた。


 巨躯が、笑った。


「避けぬのか」


 アルディスの頬に、細い傷が開いていた。

 自分だけなら、横へ抜けられた一撃だった。


 後ろに人がいるから、受けた。


 相手は、それを見ていた。


「……そういう戦い方かよ」


 剣を握る指が、締まる。


 槍が再び迫った。


 一撃目を外へ流す。

 二撃目は柄を打ち、踏み込む。

 三撃目の石突きを剣の鍔元で受けた。


 衝撃が腕から肩へ抜ける。


 それでも、アルディスは下がらなかった。


 左足を相手の足の外へ置き、体勢を崩す。

 開いた胸へ剣を走らせると、巨躯が斜面側へ踏み出した。


 追う。


 次の槍を避ける方向も、街道側には取らない。

 相手の外側へ回り、その背を林へ向けさせる。


 剣と槍が、立て続けに鳴った。


 一合ごとに、二人の位置が道から離れていく。


 その間に、最後尾の荷車が進んだ。


     ◇


 巨躯が、槍を片手で回した。


 低い位置から穂先が跳ね上がる。

 アルディスは肩を引き、刃を紙一重で躱した。


 見覚えのある連撃だった。


 かつて何度も、このあとに大振りの薙ぎが来た。

 受ければ押し潰され、退けば長い間合いに捕まる。


 だが、本物は、こちらがどう凌ぐかを見ていた。


 その目が面白そうに細くなる瞬間を、アルディスは覚えている。


 目の前のものは、違った。


 アルディスの剣より、その向こうを走る人々を見ていた。


 槍が、途中で向きを変える。


 また、街道へ。


 アルディスは柄へ剣を叩きつけた。


「そっちは、もういい」


 鋼が軋む。


「俺と戦いたかったんだろうが」


 巨躯の顎へ、剣の柄頭を打ち込む。

 顔が跳ね上がったところへ、肩から斜めに斬り下ろした。


 鎧が割れ、白い鱗が裂ける。

 巨躯が、初めて大きくよろめいた。


 アルディスは追撃しようとして、足を止めた。


 裂け目から、黒いものが滲んでいる。


 それが地面へ落ちる前に、内側へ引き戻された。


 鎧の奥で、何かが動いた。


「……ただの影とは、違うか」


 巨躯が顔を上げる。


 口元には、まだあの笑みがあった。

 傷の痛みも、追い詰められた焦りも見えない。


 その姿のまま、槍を構え直す。


 肩の高さ。

 握りの位置。

 わずかに開く足。


 何度も向かい合った、友の構えだった。


 アルディスの胸に、記憶が浮かぶ。


 次は決着をつけるぞ、と笑った顔。

 そう言いながら、結局は仲間の危機へ先に走っていった背中。


 剣先が、わずかに揺れた。


 目の前のものは、その揺れを見逃さなかった。


「……どうした、アルディス」


 懐かしい声が、呼ぶ。


「それでしまいか」


 アルディスは、息を吐いた。


 背後から聞こえる車輪の音は、遠ざかっていた。

 兵士の呼び声も、子どもの泣き声も、少しずつ離れている。


 それを確かめ、剣を正面へ戻す。


「顔も、声も、技も。よく真似たもんだ」


 一歩、踏み出した。


「だが、槍を向ける相手だけは、間違えたな」


 巨躯の足元が沈む。


 アルディスも、腰を落とした。


 もう、街道へ戻すつもりはなかった。


「俺の友は、お前が殺そうとした連中を守って死んだんだ」


 剣に、光が宿る。


 亡き英雄の姿をしたものが、竜騎槍を引き絞った。

 白い鱗の奥を、黒い脈が走る。


「その顔で、これ以上、誰にも触らせねえ」


 踏み込んだ二人の足元で、地面が砕けた。


 剣と槍が、再び激突する。


 今度は、街道ではなく。


 人々の去った、北の林へ向かって。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


今回は、剣聖アルディスと亡き友ドグルの関係に焦点を当てたお話でした。


姿も、声も、戦い方も同じ。

けれど、その人が何を大切にしていたのかは、共に戦った者だからこそ分かるもの。


そして、剣聖の戦いはまだ終わりません。


次回、第69話「亡き友の槍、届け! 剣聖の意思!(後編)」


アルディスの剣が、何を斬り、何に届くのか。


どうぞお楽しみに!


面白かった、続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。