第67話「絶望は、道を選ぶ」
英雄たちの奮闘によって、各地で救援が進む竜人国。
しかし、影を倒しても、次々と新たな救援要請が届きます。
守るべき場所は増え続け、避難する人々の道にも危険が迫る。
そして、影たちの動きにも、少しずつ奇妙な変化が……?
第67話「絶望は、道を選ぶ」、お楽しみください!
竜人国北部、南方中継拠点。
「……三か所?」
私は、天幕の机に広げられた地図を見つめた。
ネスラさんが、街道へ順に指を置く。
「西で荷車が立ち往生。東の第三救護所は通信が不安定。北の避難路には、新しい群れ」
「北の数は?」
「……数百。西は少数だけど、荷車が動けない。東は、まだ分からない」
数百。
さっきの大群を見たあとでは、その数だけで驚けなくなっていた。
でも、そこにいる兵士さんたちには、十分すぎる数だ。
「西へは、カナメさんが?」
「うん。ルカさんも、先に道を調べてる」
ネスラさんが、二人の位置へ印を置いた。
街道で助けた人たちは、この中継拠点を経て南へ進んでいる。護衛の兵士さんたちも、引き継ぎを終えたばかりだ。
エルドさんのことで、救護班には身体の異常も確かめてほしいと伝えた。
その途中で、次の要請が届いた。
「セリスさん!」
天幕へ、シルキーさんが入ってきた。
「王都から続報なのです。ここより南の街道でも、避難民の一団が襲われたそうなのです!」
「……南も?」
ネスラさんが顔を上げる。
「護衛が撃退したそうですが、荷車が壊れたのです。お兄様が、代わりの輸送隊を手配しているのです」
私は地図を見た。
北から逃げている。
それなのに、逃げた先にも影がいる。
エルドさんの顔が、頭をよぎった。
前線を抜けてきた影ばかりとは、限らない。
「その一団で、身体の異常が出た人は?」
「今、確認してもらっているのです」
私は頷き、ミライを机へ向けた。
「届いている記録を、時間順に並べて」
まず、何が起きているのか知りたい。
そうしなければ、次にどこを守ればいいのかも分からない。
◇
同じ頃、北の丘陵地帯。
アルディスは、斜面を横切る影の群れを見下ろしていた。
数は数十。
先ほどまで戦っていた群れに比べれば、少ない。
だが、その進路が気にかかった。
数体が、丘の上へ顔を向ける。
アルディスが剣の柄へ手を置いても、近づいてこなかった。
群れは丘を回り込み、南東へ進んでいく。
「……そっちか」
その先には、中継拠点へ向かう街道がある。
アルディスは斜面を駆け下りた。
先頭を斬る。
続く二体を、返す刃で払う。
黒い身体が崩れる間に、残る影が左右へ分かれた。
数体は腕を振り上げ、他の個体は脇を抜けようとする。
「俺を倒す気はないのか?」
返事の代わりに、黒い腕が迫った。
剣が走る。
続けて踏み込み、抜けようとした影を断つ。
最後の一体が崩れたとき、通信魔道具が光った。
『アルディス殿。北の群れが避難路へ接近中でござる』
「分かった。今、南東へ向かっていた群れを片づけた。こちらへ来ず、街道へ抜けようとしていた」
『迂回したのでござるか』
「そう見えた。中継拠点にも警戒を頼む」
『伝える。西は、こちらで開く』
通信が切れる。
アルディスは、群れの向かっていた先を見た。
以前にも、救護馬車を狙った影がいた。
だが、今の動きは、目の前の相手を避けてでも進もうとしていた。
「……急ぐ理由でもあるのか」
剣を握り直し、北へ走り出した。
◇
「ここ、重なっています」
私は、地図に浮かぶ印を指した。
影の目撃地点。
襲撃された荷車。
救援を求めている拠点。
その下へ避難経路を重ねると、幾つもの印が街道に沿って並んだ。
「人が通る道の近くに、集まってる……」
「……人がいるから、報告が来る場所でもあるね」
ネスラさんの言葉に、私は頷いた。
誰も見ていない森の中に、もっといるかもしれない。
この地図だけで、全部の動きが分かるわけじゃない。
それでも、荷車や救護所が繰り返し襲われているのは確かだった。
通信魔道具が光る。
『西の道、開いたにゃ』
「ルカさん!」
『怪我人はカナメが運んでる。荷車も、動かせるものから出発したよ』
私は、止まっていた一団の印を動かした。
「よかった……!」
『ただ、次の列は橋へ来させないで。橋桁が落ちてる』
「崩れたんですか?」
『うん。それで先の一団は、南の迂回路へ入った。その出口で襲われたにゃ』
ルカさんから、経路の記録が届く。
橋を渡れなければ、荷車は細い坂道へ入る。
途中で引き返すには、一台ずつ向きを変えなければならない。
「逃げにくい場所ですね」
『護衛も、前後へ並ぶしかなかったみたい。カナメが横から入らなかったら、時間がかかってたにゃ』
私は橋の印を見つめた。
「……橋は、影が壊したんでしょうか」
『それは、まだ分からない。古い傷みもあるし、荷車が通って落ちた可能性もある』
ルカさんの声が、少し低くなる。
『でも、橋が落ちれば人がどこへ行くかは、私にも分かるにゃ』
ネスラさんが、地図の坂道を指でなぞった。
「……待っていたなら、ここは狙いやすい」
「はい」
影が道を壊したのか。
使えなくなった道を、利用したのか。
そこまでは分からない。
でも、ただ近くの人へ飛びかかってくるだけなら、この場所で待つ必要はない。
『先の道も見てくる。次の分岐を確かめるまで、新しい列は入れないでね』
「分かりました!」
通信が閉じた。
開いた道に、緑の線を引く。
その先には、まだ色を付けられない区間があった。
助けられた。
でも、送り届けるまでは終わらない。
◇
竜人国東部、第三救護所。
「通信は?」
「まだ不安定です。騎馬伝令は出発しました」
年配の神官が頷いた。
門の外にいた影は、護衛隊が撃退した。
しかし、治療用の明かりは、ときおり細く揺れている。
「歩ける方から、出発の準備を。搬送を待つ方には、付き添いを残してください」
若い神官が寝台を回っていく。
奥で眠っていた竜人の女性は、先ほど腕の治療を終えたばかりだった。
傷は閉じている。呼吸も落ち着いていた。
毛布を掛け直そうとして、神官の手が止まった。
手首に、黒い筋が見えた。
「……先生」
呼ばれた年配の神官が、寝台へ寄る。
二人は、今朝届いた報告を思い出した。
傷の深さに合わない黒い筋。
痺れ。
身体の輪郭の変化。
「痛みますか」
神官が声をかけると、女性は目を開けた。
「……少し、指が痺れます」
「いつ頃から?」
「さっきから……。疲れたせいかと」
神官は、努めて声を変えずに答えた。
「場所を移して、もう少し詳しく診ましょう。ご一緒に来られた方も、お呼びします」
若い神官へ顔を向ける。
「搬送を優先します。観測担当にも連絡を」
「はい」
寝台の脇へ、担架が運び込まれた。
門の外からは、影を撃退した兵士たちの帰還を告げる声が聞こえていた。
◇
東からの伝令記録が届くと、私は椅子を蹴るように立ち上がった。
「同じ、黒い筋……?」
ミライに読み込ませた記録には、女性の腕の状態が添えられていた。
まだ話せる。
痺れはある。
輪郭の崩れは、確認されていない。
エルドさんのときより、早いかもしれない。
「行かなきゃ」
「……セリス。東の担当を確認する」
ネスラさんが通信魔道具へ手を伸ばす。
待っている間にも、進んでしまう。
そう言いかけて、唇を噛んだ。
私が走り出せば、ここにある記録を送る人が一人減る。
現地へ着くまでに、してもらえることもあるはずだ。
「ミライ。エルドさんの観測記録を。治癒と結界を使った前後も、一緒に」
『該当記録を抽出します』
シルキーさんが天幕へ戻ってきた。
「第三救護所には、ドーン様とルシャナ様が向かうのです。こちらの救護は、後続の神官隊へ引き継いだのです!」
「……お願いします。これも、送ってください」
私は表示を示した。
「傷を治しても止まらなかったこと。結界で周りの干渉を弱めても、あのときは変化が続いたことも」
シルキーさんが、真剣な顔で頷く。
「伝えるのです。今回は、兆候を早く見つけられた可能性があるのです」
「はい」
治せると分かったわけじゃない。
それでも、前と同じように見逃さずに済んだ。
今、できることを渡したい。
「移動前と移動後で、腕の状態を記録してもらえますか。場所を離れたあとに、変化があるか知りたいです」
「……その記録は、次の人にも役立つね」
ネスラさんが、送信する項目へ書き足した。
私はようやく、椅子へ座り直した。
◇
「こちらも、見てほしいのです」
シルキーさんが置いたのは、中継拠点の観測記録だった。
影が接近する前。
護衛が撃退した直後。
そして、現在。
干渉の値は上下している。
でも、影が消えたあとも、低い状態へ戻ってはいなかった。
「……残ってる」
「ええ。指輪を使った術式の比較でも、補正が必要なままなのです」
それ自体は、もう知っていた。
警備所でも。
エルドさんのいた林でも。
でも今、その場所には休んでいる人がいる。
私は、天幕の外を見た。
荷車から下ろされた老人が、水を飲んでいる。
眠ってしまった子どもを抱え、母親が腰掛けていた。
「影を倒したから、ここで休めるって……」
言葉が止まった。
疲れた人を、歩かせ続けることはできない。
治療も、食事も必要だ。
けれど、敵がいないことと、この場所へ留まってよいことは、同じではないのかもしれない。
「ミライ。エルドさんの身体と、ここの干渉を比較して」
『共通する変動を検出。ただし、この環境で同様の変容が起こる条件は確定できません』
「……うん。まだ、分からないよね」
私は地図へ視線を戻した。
危険だと断定して、全員を外へ追い立てるわけにはいかない。
でも、何も確かめず、次の人たちまでここへ集め続けたくはなかった。
「次の休憩場所、もう観測してありますか?」
「……南の広場は、ここと比べれば反応が弱い。道の確認も済んでる」
ネスラさんが答えた。
「じゃあ、移動できる人から、そちらへ。歩けない人は荷車を回してもらって……」
「治療を中断できない方には、観測役を付けるのです」
シルキーさんが引き継ぐ。
「ここへ来る予定だった列にも、先に知らせるのです」
地図の経路を書き換える。
倒すべき敵だけを見ていたら、気づけなかった。
影が去ったあとにも、確かめなければならないことがある。
◇
北の避難路では、アルディスが最後の影を斬り伏せていた。
黒い輪郭が消える。
その向こうで、兵士たちが荷車を押し始めた。
「今のうちに進め! 分岐まで俺がつく!」
指揮官が頷き、列へ命令を送る。
アルディスは、道端へ目を向けた。
群れの一部は、戦いの途中で林へ散った。
追えば斬れる。
だが、彼が追えば、この列との間に距離ができる。
「……そちらまで付き合う気はないぞ」
剣を握ったまま、荷車の隣へ戻る。
しばらく進んだところで、遠い木々の隙間に黒いものが見えた。
近づいてはこない。
同じ方向へ、動いている。
アルディスは通信魔道具を取り出した。
「北の列は動き出した。だが、林に残った影が並走している。次の分岐へ、先に見張りを頼む」
返答を待ちながら、歩幅を列に合わせた。
剣で道は開けられる。
それでも、荷車が進む速さまで変えられるわけではなかった。
◇
竜人国、王都。
「西の一団は、移動を再開しました。北も、アルディス殿の護衛で南下中です」
「よい。到着先へ知らせよ」
アルゼイン王が頷く。
「東の第三救護所は?」
「ドーン殿とルシャナ殿が到着されました。異常の出た方を優先して搬送しています。ほかの滞在者も、状態を確認してから移すとのことです」
救援は、届いていた。
兵も英雄も、役目を果たしている。
だが、地図から救援要請の札が消えるたび、別の場所へ新しい札が置かれた。
「南方中継拠点からも、受け入れ先の変更要請です。敵を撃退したあとも、干渉が残っていると」
王は差し出された記録へ目を落とした。
「人が影へ変わった現象との関係は?」
「未確定です。ただし、共通する特徴が観測されています」
王は、椅子の背から身体を起こした。
「拠点の報告を分けよ」
「分ける、と?」
「敵を排除したか。道を通れるか。人を留めて休ませられるか。それぞれ、確認できた範囲を記す」
軍務官が頷いた。
「討伐済みの報告だけで、安全と扱わぬよう徹底します」
王は、兵力の駒を見渡した。
西へ送った部隊は、荷車を護衛している。
北の兵は、避難民とともに下がっている。
東では、負傷者の搬送に人手を取られていた。
いずれも、必要な仕事だった。
「救援を終えた部隊も、すぐには戻せぬか」
「送り届けるまでは、離せません」
「……分かっている」
王は、橋と分岐点へ目を移した。
影が狙っているのは、城門ばかりではない。
道を塞がれれば、人々は止まる。
人々が止まれば、守る兵がそこへ必要になる。
「我々が駆けつける場所を、知っているようだな」
軍務官は答えなかった。
アルゼイン王は、命令書を引き寄せた。
「受け入れ先と経路の確認が取れた一団から出す。行き先のないまま、次の拠点へ押し出してはならぬ」
「はっ」
「教国と獣人国へ、引き継ぎ可能な地点の追加を願え。王都へ来る必要のない者まで、ここへ集めずに済むように」
書記が筆を走らせる。
王は、窓の外へ目を向けた。
門をくぐる荷車が見える。
無事に着いた者たちがいる。
その事実を確かめてから、再び地図へ向き直った。
◇
「影を確認! 北東の林から接近中!」
天幕の外で、声が上がった。
私は立ち上がる。
北東には、これから南の広場へ移す人たちが残っている。
「ネスラさん!」
「……聞こえてる。南側の引き継ぎを確認する」
私はミライを構えたまま、地図を見た。
北東へ行けば、影を倒せる。
でも、その間も南へ向かう荷車は動いている。
ここを守っていた私たちが離れれば、誰かが代わりに入らなければならない。
天幕へ、レスターさんが入ってきた。
「南の護衛は、こちらで引き継ぎます。部隊も配置につきました」
「お兄様と、わたくしに任せるのです!」
シルキーさんが杖を手に取る。
「土の壁の切れ目も見てあるのです。荷車が抜けるまでは、こちらを通さないのです!」
「……お願いします」
レスターさんが、私の顔を見た。
「早く戻ろうとして、無理に急がなくていい。こちらにも、守れる者がいます」
「そうなのです。セリスさん一人で、両方を見る必要はないのです!」
私は、二人を見返した。
魔族国と教国の魔法師団長。
さっきも、一緒に街道を守ってくれた人たち。
「……はい!」
ネスラさんが、通信魔道具を確かめる。
「北東の護衛隊には連絡した。避難する人は、西側の壁へ寄せてもらってる」
「行きましょう!」
天幕を出ると、兵士さんたちが盾を並べていた。
遠くの木々の間に、黒い影がある。
私はミライへ魔力を送った。
同時に、地図の上で今いる場所へ印を付ける。
「ここは、観測を続けて。私が離れたあとの変化も、記録に残して」
『固定観測器との記録照合を継続します』
影を倒す。
人を逃がす。
逃がした先も、確かめる。
やることは、増えた。
それでも、一つずつ進めなければ。
◇
北東の影は、土壁に沿って回り込もうとしていた。
「ネスラさん、右を!」
「……任せて」
氷が、地面を走る。
足を止めた影へ、私は光の術式を重ねた。
外側へ逃げようとした一体も、ミライの示す軌道へ収める。
青白い雷が弾けた。
『対象群の消失を確認』
「周りは?」
『観測範囲内に、活動中の対象を確認できません』
私は杖を下ろした。
兵士さんたちの向こうで、荷車が動き出す。
抱えられていた子どもが、こちらへ顔を向けた。
手を振ると、小さな手が振り返された。
……よかった。
今回も、間に合った。
通信魔道具から、シルキーさんの声が届く。
『こちらも最後の荷車が通ったのです! 広場の護衛へ引き継ぐのです!』
「ありがとうございます!」
私は、地図を開いた。
北東の襲撃地点へ、討伐済みの印を付ける。
その隣には、まだ干渉を示す線が残っていた。
「……ネスラさん」
「うん」
「今度は、ここに休憩場所を作らないように伝えましょう。道として通る間も、変化を見てもらいたいです」
「……伝える」
消せたものと、消せていないもの。
同じ地図に、両方が残る。
そのとき、新しい連絡が入った。
『南東の分岐で、黒い人影を確認。避難民の列へ近づいています』
私は、今度はそちらへ目を向けた。
さっきまで何もなかった道だった。
◇
北の林で、影が立ち止まった。
木々の向こうを、荷車の列が進んでいる。
その傍らには、剣を下げた男がいた。
一体が、枝の間から街道へ出た。
男が振り向く。
剣が閃き、黒い身体が崩れた。
林の奥にいた影は、進まなかった。
やがて、列とは異なる方角へ動き始める。
木々の間を抜け、南東へ。
遠くで、青銀色の雷光が弾けた。
別の群れが、そこで足を止めた。
先頭の数体が消えたあと、残りは丘の陰へ降りていく。
その先には、細い道があった。
まだ荷車は来ていない。
轍だけが、草の間へ続いていた。
影たちは、その道沿いへ散った。
さらに北。
風が枝を揺らす中、木々の根元で黒い揺らぎが重なっていた。
近くを通る影は、足を止めない。
街道へ、林へ、遠くの物音へと流れていく。
その揺らぎだけが、同じ場所に残っていた。
集まっては散っていた黒が、ほどけなくなる。
枝の影が動いても。
遠くの雷光が消えても。
そこにだけ、黒さが留まり続けていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、各地で奮闘する英雄たちと、少しずつ変わり始める戦況のお話でした。
どれだけ強くても、同時にすべての場所を守ることはできません。
そしてセリスたちが気づき始めたのは、敵を倒すことと、人々の安全を確保することは、必ずしも同じではないということ。
……それにしても、影たちの動き、何だか妙ですよね?
ただ襲いかかってくるだけではないような……。
セリスたちの戦いは、少しずつ新しい段階へ進んでいきます。
次回もお楽しみに!




