第7話「個人情報保護法にご用心(筋力)!?」
「……筋力、見せてもらってもいいですか!?」
私の質問に、目の前の冒険者さんが固まった。
そして、なぜかギルドの食堂が笑いに包まれた。
「ぶっははは! 嬢ちゃん、いきなり何を言い出すんだ!」
「えっ!? 何か変なこと言いました!?」
「いやいや、初対面で能力値を見せろってのは、なかなか大胆だぞ!」
「……そうなんですか?」
私は首を傾げた。
どうやら、この世界ではステータスを気軽に見せ合ったりしないらしい。
……なるほど。
個人情報ってことかな?
「……すみません!」
私は慌てて頭を下げた。
「この世界の普通の能力値が知りたくて! もし嫌だったら、もちろん大丈夫です!」
「……この世界の普通?」
「あっ、いえ! その、普通の冒険者さんの!」
危ない危ない。
つい変な言い方をしちゃった。
男の人はしばらく私を見つめていたが、やがて豪快に笑った。
「ははは! 面白い嬢ちゃんだな!」
「……えへへ」
「いいぜ。筋力くらいなら見せてやるよ」
「本当ですか!?」
「ああ。ただし、他の能力値は勘弁してくれよ」
「もちろんです!」
男の人は自分のステータスを開き、筋力の項目だけを私に見せてくれた。
筋力――七十八。
「……おおっ!」
私は目を輝かせた。
「七十八!」
「どうだ? そこそこあるだろ?」
「はいっ! ありがとうございます!」
私はすぐに《研究記録》を開いた。
《観測対象:成人男性・冒険者》
《筋力:78》
《観測数:1》
「……ふむふむ」
私の筋力は百三十四。
差は五十六。
でも、まだ一人しか見ていない。
これだけじゃ、普通の値は分からない。
「……あの!」
「ん?」
「もう一人、見せてもらってもいいですか!?」
「ぶっははは! 今度は誰だ!」
周囲の冒険者たちが笑い始めた。
「俺は九十二だぞ!」
「俺は六十五だ!」
「おい、勝手に張り合うなよ!」
次々に声が上がる。
私は慌てて記録を取った。
《観測対象:冒険者三名》
《筋力:78/92/65》
《平均:78.3》
「……おおおっ!」
面白い!
同じ冒険者でも、結構違うんだ!
「……ありがとうございます!」
私は深々と頭を下げた。
「助かりました!」
「おう! 研究、頑張れよ!」
「はいっ!」
……研究。
そうだ。
今日はフィーネさんの薬草畑に行くんだった!
「……あっ!」
私は時計を見た。
……時計?
ない。
そうだった。
この世界の時間の確認方法も、まだ知らないんだった。
「……ミーナさーん!」
受付に駆け寄ると、ミーナさんが笑顔で迎えてくれた。
「はい、セリスさん」
「今って、何時くらいですか!?」
「そろそろお昼前ですね」
「……わあ!」
急がなきゃ!
「フィーネさんのお店、どこですか!?」
「薬師フィーネさんのお店なら、東通りにありますよ」
「ありがとうございますっ!」
私は勢いよく頭を下げ、ギルドを飛び出した。
……その背後で。
「……なあ、ミーナ」
「はい?」
「さっきの嬢ちゃん、何者だ?」
「……新人の冒険者さんです」
「……いや、そうじゃなくて」
「……私も、まだよく分かりません」
ミーナさんの困ったような声が、扉の向こうから聞こえた気がした。
◇
「フィーネさーん!」
東通りにある小さな薬屋さんへ飛び込むと、奥から声が返ってきた。
「セリスちゃん! 待ってたわ!」
フィーネさんは昨日と同じエプロン姿だった。
ただし、今日は眼鏡の奥の目が、いつも以上に輝いている。
「準備はできてるわよ!」
「おおっ!」
店の裏へ回ると、小さな薬草畑が広がっていた。
畝がいくつか並び、リーフ草や見たことのない植物が育っている。
「……わああ!」
私は思わず駆け寄った。
「すごい! 種類がいっぱい!」
「ふふっ。ここは私の実験畑なの」
「実験畑!」
「ええ。薬草の成長条件を調べたり、新しい栽培方法を試したりしてるのよ」
「……最高ですね!」
「でしょう!?」
私たちは顔を見合わせ、にっこり笑った。
……やっぱり、この人とは気が合う!
「じゃあ、さっそく始めましょう!」
「はいっ!」
◇
実験は、普通のリーフ草を使って行うことになった。
フィーネさんが、同じくらいの大きさの株を二つ選んでくれた。
「土も水も、できるだけ同じ条件にしてあるわ」
「ありがとうございます!」
「片方だけ、セリスちゃんの方法で魔力循環を調整してみて」
「はい!」
私は片方のリーフ草へ手をかざした。
魔力の流れを感じ取る。
根から上がってくる魔力。
葉から取り込まれる魔力。
茎の途中で、二つの流れがぶつかっている。
「……ふむ」
昨日と同じだ。
私は魔力を細く伸ばし、植物の内部へそっと流し込んだ。
根からの流れを少し外側へ。
葉からの流れを内側へ。
合流する角度を変える。
「……よし」
魔力の流れが滑らかになった。
すると。
「……あっ!」
フィーネさんが声を上げた。
リーフ草の葉が、ゆっくりと伸び始めたのだ。
茎が伸びる。
葉が広がる。
薄い金色の筋が、葉脈に浮かび上がる。
「……すごい」
フィーネさんが呟いた。
「……本当に、成長してる」
「はい!」
「……魔力を流しただけなのに?」
「流れを整えただけです!」
「…………」
フィーネさんは、しばらく何も言わなかった。
そして。
「……セリスちゃん」
「はい?」
「……ちょっと、泣いてもいい?」
「……えっ!?」
フィーネさんの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ始めた。
「えええっ!? ど、どうしたんですか!?」
「……だって」
フィーネさんは涙を拭いながら笑った。
「……私、ずっと考えてたの」
「……はい」
「薬草がもっと安定して育てられたら、回復薬をもっと作れる。そうしたら、助かる人が増えるって」
「…………」
「でも、栽培方法を変えても、土を工夫しても、なかなか上手くいかなくて……」
フィーネさんは、金色の葉をそっと撫でた。
「……それが、こんなに簡単に……」
「……フィーネさん」
私は少し考えた。
そして、にっこり笑った。
「……簡単じゃないですよ?」
「……え?」
「だって、フィーネさんがこうやって育ててくれてたから、試せたんです」
「…………」
「土も水も、ちゃんと揃えてくれて。普通の株も用意してくれて。私一人じゃ、比較実験なんてできませんでした!」
「……セリスちゃん」
「だから、これから一緒に調べましょう!」
私は両手を握りしめた。
「まだ、分からないことがいっぱいです!」
「…………」
フィーネさんは、しばらく私を見つめていた。
そして、ふっと笑った。
「……そうね」
「はい!」
「……一緒に、調べましょう」
「やったぁ!♡」
◇
その後、私たちは何度も実験を繰り返した。
魔力循環を少しだけ変えた株。
大きく変えた株。
水分を多めに与えた株。
魔力を流さず、そのまま育てた株。
それぞれの変化を記録していく。
《観測記録》
《魔力循環調整株:成長速度上昇》
《魔力循環未調整株:変化なし》
《魔力循環過剰調整株:葉の一部に変色》
「……あっ」
私は思わず声を上げた。
「……やりすぎちゃった」
一本のリーフ草の葉が、少し茶色くなっていた。
魔力の流れを整えすぎたせいかもしれない。
「……なるほど」
私は腕を組んだ。
「魔力の流れは、速ければいいってわけじゃないんだ」
「……そうみたいね」
フィーネさんも頷いた。
「植物が使える量を超えると、負担になるのかもしれないわ」
「……うんうん」
私は記録を追加した。
《仮説:魔力供給量には適正範囲が存在する》
《検証状況:未確定》
「……よし!」
私は満足そうに頷いた。
「また一つ、調べたいことが増えました!」
「……ふふっ」
フィーネさんが笑った。
「本当に、研究が好きなのね」
「大好きですっ!♡」
◇
昼過ぎ。
「……あの、フィーネさん」
「なあに?」
「リーフ草、もっと欲しいです!」
「……もっと?」
「はい! 今度は、魔力循環を調整した後の成長を、時間をかけて観察したくて!」
「……なるほど」
フィーネさんは少し考えた。
「だったら、森で採ってくる?」
「……いいんですか!?」
「もちろん。ただし、根を傷めないようにね。栽培用に使いたいから」
「はいっ!」
私は元気よく頷いた。
「じゃあ、ちょっと採ってきます!」
「気をつけてね!」
「行ってきまーす!」
私は買ったばかりのブーツで、元気よく森へ向かった。
◇
リーヴェルの外に広がる森。
昨日も歩いた道を、私は軽い足取りで進んでいた。
「……ふふふん♪」
リーフ草。
リーフ草。
もっといっぱい採って、いっぱい調べよう!
私は足元の植物を観察しながら歩いた。
「……あっ、あった!」
木陰に、リーフ草が数株生えている。
私はしゃがみ込み、根を傷めないように慎重に掘り起こした。
「……よし!」
土ごと持ち上げる。
根は無事。
これなら、植え替えられそう。
「……えへへ」
私は満足そうに頷いた。
そのとき。
ぷるん。
「……ん?」
背後から、小さな音がした。
振り向く。
木の根元に、青いものがいた。
ぷるん。
もう一つ。
「…………」
私は目を瞬かせた。
青い。
丸い。
ぷるぷるしている。
……二匹。
「……あれ?」
私はゆっくり近づいた。
二匹のスライムが、こちらを見上げている。
ぷるん。
ぷるぷるん。
「……もしかして」
私はしゃがみ込んだ。
「……あのときのスライムさん?」
ぷるんっ!
二匹が同時に跳ねた。
「……わああ!」
私は思わず笑顔になった。
「やっぱりぃぃぃ!!♡」
あのとき。
森で出会った、一匹のスライム。
魔力循環を調べていたら、二匹に分かれちゃった。
あの子たちだ!
「……元気だったんだね!」
私は両手を広げた。
二匹のスライムが、ぴょんぴょんと跳ねながら近づいてくる。
ぷるん。
ぷるるん。
「……えへへ」
私はそっと、一匹を抱き上げた。
ひんやり。
ぷにぷに。
柔らかい。
「……かわいいぃぃ!!」
もう一匹が、私の足元で跳ねた。
「あっ、ごめんね!」
私はそちらも抱き上げた。
両腕に、青いスライムが二匹。
……幸せ。
「……ねえねえ」
私は二匹を見つめた。
「よかったら、一緒に来ない?」
ぷるん。
ぷるるん。
二匹が、私の腕の中で揺れた。
「……えへへ」
私はにっこり笑った。
「……じゃあ、名前をつけてもいい?」
二匹が同時に跳ねた。
「……うーん」
私は少し考えた。
どっちも青くて、どっちもかわいい。
でも、よく見ると、魔力の流れが少し違う。
一匹は、魔力が外側へ広がるように流れている。
もう一匹は、内側へ集まるように流れている。
「……ふむふむ」
面白い。
同じスライムから分かれたのに、違うんだ。
「……よし!」
私は右腕のスライムを持ち上げた。
「あなたは、エル!」
ぷるんっ!
「そして、あなたはレイ!」
ぷるるんっ!
「……えへへ♡」
私は二匹を抱きしめた。
「これからよろしくね、エル! レイ!」
ぷるん!
ぷるるん!
二匹が嬉しそうに跳ねた。
……こうして私は。
異世界生活二日目にして。
初めての仲間を、二匹も手に入れたのだった。
「……あっ!」
私は、ふと思い出した。
そうだった。
リーフ草。
もっと採らなきゃ。
「……エル! レイ!」
私は二匹を見つめた。
「一緒に薬草、探してくれる?」
ぷるんっ!
ぷるるんっ!
「……やったぁ!♡」
……ふふふ。
これから、もっと楽しくなりそう!
私は二匹のスライムを抱え、森の奥へと歩き出した。
……ちなみに。
このときの私は、まだ知らなかった。
この二匹が、後にとんでもない成長を遂げることを。
そして。
その原因が、だいたい私の研究になることを。
……まあ、それはまた別のお話。
今はただ。
「……エル、レイ! あっちにも薬草あるよぉ!♡」
ぷるん!
ぷるるん!
森の中に、私たちの楽しそうな声が響いていた。




