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『目指すは最強! ~魔法オタクの異世界無双~』  作者: 穂乃果
第一幕 異世界さんこんにちは!
6/22

第6話「宿も服もないんですけど!?」

「ミーナさぁぁぁん!!」


 夕暮れのリーヴェルを駆け抜け、私は冒険者ギルドへ飛び込んだ。


 受付には、ちょうど書類を片づけていたミーナさんがいた。


「あら、セリスさん。お帰りなさい」


「ただいまですっ!」


「串焼きは食べられましたか?」


「はい! 五本も食べちゃいました♡」


「それはよかったです」


 ミーナさんはにっこり笑った。


 ……あれ?


 何だろう、この落ち着き。


「……あの、ミーナさん」


「はい?」


「私、今夜寝るところがなくて……」


「ええ、そうでしょうね」


「そうでしょうね!?」


「先ほど、お宿は決まっているかとお聞きしましたよね?」


「……はい」


「そのとき、まずはお宿を探しましょうとお伝えしましたよね?」


「……はい」


「それで、セリスさんは?」


「……串焼きを食べに行きました」


「ふふっ」


 ミーナさんが口元を押さえた。


「……笑いました?」


「いいえ?」


「絶対笑いましたよね!?」


「気のせいですよ」


 ……この人、優しいけど、ちょっと意地悪だ。


「安心してください。おすすめのお宿ならありますよ」


「本当ですか!?」


「ええ。ギルドから歩いて五分ほどのところにある《小鳥の止まり木亭》です。冒険者の方もよく利用されていますし、女将さんも親切ですよ」


「おおっ!」


「お値段は、一泊銅貨四十枚。朝食付きです」


「……四十枚」


 私は指を折った。


 串焼き十三本分と、銅貨一枚。


「……うっ」


「セリスさん?」


「……いえ、何でもありません」


 串焼き十三本分。


 でも、屋根のあるところで寝るにはお金が必要だ。


 うん。


 これは必要経費。


「……泊まります!」


「では、場所をお教えしますね」


 ミーナさんは紙に簡単な地図を描いてくれた。


 私はそれを受け取り、深々と頭を下げる。


「ありがとうございます!」


「どういたしまして。それと、セリスさん」


「はい?」


「明日は着替えも買ってくださいね」


「……あ」


 そうだった。


 服もなかった。


     ◇


《小鳥の止まり木亭》は、ギルドから少し歩いた通りにあった。


 木造の三階建て。入口には、小鳥の絵が描かれた看板が揺れている。


「……わあ」


 扉を開けると、焼きたてのパンとスープのいい匂いがした。


 奥には食堂があり、何人かの冒険者が食事をしている。


「いらっしゃい!」


 元気な声とともに、恰幅のいい女性が顔を出した。


「泊まりかい?」


「はいっ!」


「一人?」


「はい!」


「冒険者かい?」


「今日なりました!」


「おやまあ、新人さんか!」


 女将さんは豪快に笑った。


「私はマーサ。ここを切り盛りしてるよ」


「セリスです! よろしくお願いします!」


「よろしくね。で、何泊する?」


「……えっと」


 私は少し考えた。


 一泊、銅貨四十枚。


 銀貨十枚あれば、二十五泊。


 ……でも、服も買わなきゃいけない。


「……とりあえず、三泊でお願いします!」


「はいよ! 銅貨百二十枚だね」


 私は銀貨二枚を差し出した。


 女将さんはお釣りの銅貨八十枚と、部屋の鍵を渡してくれた。


「二階の奥、七号室だよ。朝食は一階の食堂でね」


「ありがとうございます!」


「風呂はないけど、湯を使いたければ言っとくれ。桶なら貸せるよ」


「……お風呂、ないんですか?」


「うちは安宿だからねえ。湯屋なら通りの向こうにあるよ」


「……なるほど」


 お風呂。


 これも研究課題かもしれない。


 ……いや、違う違う。


 まずは生活だ。


     ◇


「……わああ!」


 七号室の扉を開けた瞬間、私は思わず声を上げた。


 小さな部屋だった。


 木のベッド。


 机と椅子。


 窓際には、小さな棚。


 それだけ。


 でも。


「……ベッドだぁ!」


 私は荷物もないまま、ベッドに飛び込んだ。


 ぽふんっ。


「……んん〜〜っ!」


 柔らかい。


 ちゃんとお布団がある。


 枕もある。


 ……幸せ。


 私は仰向けになり、天井を見上げた。


 異世界に来てから、まだ一日。


 森でスライムに出会って。


 大きな猪に襲われて。


 山を吹き飛ばして。


 街に来て、冒険者になって。


 薬草を研究して。


 初めてお金を稼いで。


 串焼きを食べた。


「……濃い一日だったなあ」


 思い返すと、何だか笑えてくる。


 でも、こうして静かな部屋にいると、少しだけ実感が湧いた。


 私は、この世界で生きていくんだ。


「……えへへ」


 私は枕を抱きしめた。


「……帰る場所、できちゃった」


 まだ三泊分だけど。


 それでも、嬉しかった。


     ◇


 翌朝。


「……よく寝たぁ!」


 私は大きく伸びをして、ベッドから起き上がった。


 窓の外では、街が少しずつ動き始めている。


 朝食は、焼きたてのパンと野菜のスープ。


 素朴だけど、とても美味しかった。


「……ん〜っ! 幸せ♡」


 女将さんにお礼を言い、私は街へ出た。


 今日の予定は、まずお買い物。


 それからフィーネさんの薬草畑で研究。


 あと、できれば冒険者のステータスも調べたい。


「……よーし!」


 私は胸の前で拳を握った。


「異世界生活、二日目! スタート!」


     ◇


 最初に向かったのは、服屋さんだった。


 ミーナさんが教えてくれた《糸車の店》。


 扉を開けると、色とりどりの服が並んでいた。


「……うわああ!」


 ワンピース。


 シャツ。


 スカート。


 マント。


 革のベルト。


 冒険者向けの丈夫そうな服もある。


「……すごい!」


 私は目を輝かせながら、店内を見回した。


「いらっしゃいませ」


 店員さんが近づいてきた。


「何かお探しですか?」


「はい! 冒険者用の服が欲しいです!」


「かしこまりました。普段はどのような依頼を?」


「薬草採集です!」


「なるほど。でしたら、動きやすい服がいいですね」


 店員さんは、何着かの服を持ってきてくれた。


 薄い生成り色のブラウス。


 深い青色のスカート。


 丈夫な革のベルト。


 それから、森を歩くための短いブーツ。


「……かわいい!」


 私は鏡の前で、くるりと回った。


 銀色の髪が、ふわりと揺れる。


「……えへへ♡」


 似合ってる。


 自分で言うのも何だけど、すっごく似合ってる。


「こちらの一式で、銀貨二枚と銅貨二十枚になります」


「……二枚と二十枚」


 串焼き七十三本分と、銅貨一枚。


「……うっ」


「お客様?」


「……買います!」


 必要経費!


 必要経費だから!


 私は心の中でそう唱えながら、お金を払った。


 さらに、着替え用の下着や靴下、寝間着も購入する。


 ……気づけば、合計で銀貨三枚ほど使っていた。


「……生活って、お金がかかるんだなあ」


 私は買い物袋を抱えながら、しみじみ呟いた。


 ……でも。


「……えへへ」


 新しい服。


 新しい靴。


 自分で稼いだお金で買ったもの。


 何だか、すごく嬉しい。


     ◇


 服屋を出た私は、そのまま市場を歩いていた。


 雑貨屋さん。


 食器屋さん。


 魔道具屋さん。


 ……魔道具屋さん!?


「……おおおっ!」


 私は思わず足を止めた。


 店先には、淡く光るランプが並んでいる。


 その隣には、小さな金属の箱。


 透明な石がはめ込まれた道具。


 見たことのない形の器具。


「……魔道具だぁぁぁ!」


 私は吸い寄せられるように、店へ近づいた。


「いらっしゃい」


 店主のおじさんが顔を上げる。


「何か探してるのかい?」


「見てるだけでもいいですか!?」


「もちろんだよ」


「ありがとうございます!」


 私は一つ一つの道具を観察した。


 光るランプ。


 魔力を流すと発熱する板。


 小さな風を起こす箱。


「……へええ」


 どれも、魔力を特定の現象へ変換する仕組みらしい。


 私はランプを手に取った。


「……これ、どうやって光ってるんですか?」


「中に光属性の魔術式が刻んであるんだよ」


「……光属性?」


「そうさ。魔石から魔力を供給して、術式を動かしてる」


「……なるほど」


 私はランプをじっと見つめた。


 魔力を流す。


 術式が起動する。


 光が発生する。


 ……ふむ。


「……これ、無属性魔術でもできそう」


「……ん?」


「いえ! 何でもないです!」


 私は慌てて笑った。


 危ない危ない。


 また研究モードに入るところだった。


 今日は生活用品を買う日。


 魔道具の研究は、また今度。


「……でも、面白いなあ」


 私は名残惜しくランプを棚へ戻した。


 ……絶対、また来よう。


     ◇


 昼前。


 私は買い物袋を抱えたまま、冒険者ギルドへ立ち寄った。


「ミーナさーん!」


「あら、セリスさん」


「宿、見つかりました!」


「それはよかったです」


「服も買いました!」


「とてもお似合いですよ」


「えへへ♡」


 私はその場でくるりと回った。


 ミーナさんが微笑む。


「これで、少しは生活が落ち着きそうですね」


「はいっ!」


 ……そうだ。


 聞きたいことがあったんだった。


「あの、ミーナさん!」


「はい?」


「皆さんのステータスって、見せてもらえたりしますか?」


「……ステータス、ですか?」


「はい! 普通の人の能力値が知りたくて!」


「……なるほど」


 ミーナさんは少し考えた。


「ステータスは個人情報ですから、勝手に見ることはできません。でも、ご本人が同意してくだされば、見せてもらうことはできますよ」


「……おおっ!」


「ただし、無理にお願いしてはいけませんからね」


「もちろんです!」


 私は大きく頷いた。


「……じゃあ、聞いてみます!」


「ええ。丁寧にお願いしてくださいね」


「はいっ!」


 私はくるりと振り向いた。


 ギルドの食堂には、何人かの冒険者が座っている。


 ちょうどいい。


 私は一番近くにいた、がっしりした男の人へ声をかけた。


「すみません!」


「ん?」


「ちょっとお願いがあるんですけど!」


「なんだい、嬢ちゃん?」


「……筋力、見せてもらってもいいですか!?」


「…………」


 男の人が固まった。


 隣の冒険者も固まった。


 受付では、ミーナさんが盛大にお茶を吹き出した。


「ぶふっ!?」


「……え?」


 私は首を傾げた。


 ……あれ?


 何か変なこと言った?


「……嬢ちゃん」


 男の人が、ゆっくり口を開いた。


「……初対面で、いきなりそれか?」


「……はい?」


「……大胆だなあ」


「……え?」


 周囲から、くすくすと笑い声が漏れた。


 私はますます分からなくなった。


「……あの」


「なんだ?」


「……筋力って、見せてもらっちゃダメなんですか?」


 男の人は、とうとう腹を抱えて笑い始めた。


「ぶっはははは!!」


 ……ええええっ!?


 こうして私は。


 異世界生活二日目にして。


 初めて、冒険者ギルドで盛大に笑われることになった。


 ……いや、昨日も笑われた気がするけど。


「……何でぇぇぇ!?」


 私の叫び声が、昼下がりのギルドに響き渡った。

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