第6話「宿も服もないんですけど!?」
「ミーナさぁぁぁん!!」
夕暮れのリーヴェルを駆け抜け、私は冒険者ギルドへ飛び込んだ。
受付には、ちょうど書類を片づけていたミーナさんがいた。
「あら、セリスさん。お帰りなさい」
「ただいまですっ!」
「串焼きは食べられましたか?」
「はい! 五本も食べちゃいました♡」
「それはよかったです」
ミーナさんはにっこり笑った。
……あれ?
何だろう、この落ち着き。
「……あの、ミーナさん」
「はい?」
「私、今夜寝るところがなくて……」
「ええ、そうでしょうね」
「そうでしょうね!?」
「先ほど、お宿は決まっているかとお聞きしましたよね?」
「……はい」
「そのとき、まずはお宿を探しましょうとお伝えしましたよね?」
「……はい」
「それで、セリスさんは?」
「……串焼きを食べに行きました」
「ふふっ」
ミーナさんが口元を押さえた。
「……笑いました?」
「いいえ?」
「絶対笑いましたよね!?」
「気のせいですよ」
……この人、優しいけど、ちょっと意地悪だ。
「安心してください。おすすめのお宿ならありますよ」
「本当ですか!?」
「ええ。ギルドから歩いて五分ほどのところにある《小鳥の止まり木亭》です。冒険者の方もよく利用されていますし、女将さんも親切ですよ」
「おおっ!」
「お値段は、一泊銅貨四十枚。朝食付きです」
「……四十枚」
私は指を折った。
串焼き十三本分と、銅貨一枚。
「……うっ」
「セリスさん?」
「……いえ、何でもありません」
串焼き十三本分。
でも、屋根のあるところで寝るにはお金が必要だ。
うん。
これは必要経費。
「……泊まります!」
「では、場所をお教えしますね」
ミーナさんは紙に簡単な地図を描いてくれた。
私はそれを受け取り、深々と頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして。それと、セリスさん」
「はい?」
「明日は着替えも買ってくださいね」
「……あ」
そうだった。
服もなかった。
◇
《小鳥の止まり木亭》は、ギルドから少し歩いた通りにあった。
木造の三階建て。入口には、小鳥の絵が描かれた看板が揺れている。
「……わあ」
扉を開けると、焼きたてのパンとスープのいい匂いがした。
奥には食堂があり、何人かの冒険者が食事をしている。
「いらっしゃい!」
元気な声とともに、恰幅のいい女性が顔を出した。
「泊まりかい?」
「はいっ!」
「一人?」
「はい!」
「冒険者かい?」
「今日なりました!」
「おやまあ、新人さんか!」
女将さんは豪快に笑った。
「私はマーサ。ここを切り盛りしてるよ」
「セリスです! よろしくお願いします!」
「よろしくね。で、何泊する?」
「……えっと」
私は少し考えた。
一泊、銅貨四十枚。
銀貨十枚あれば、二十五泊。
……でも、服も買わなきゃいけない。
「……とりあえず、三泊でお願いします!」
「はいよ! 銅貨百二十枚だね」
私は銀貨二枚を差し出した。
女将さんはお釣りの銅貨八十枚と、部屋の鍵を渡してくれた。
「二階の奥、七号室だよ。朝食は一階の食堂でね」
「ありがとうございます!」
「風呂はないけど、湯を使いたければ言っとくれ。桶なら貸せるよ」
「……お風呂、ないんですか?」
「うちは安宿だからねえ。湯屋なら通りの向こうにあるよ」
「……なるほど」
お風呂。
これも研究課題かもしれない。
……いや、違う違う。
まずは生活だ。
◇
「……わああ!」
七号室の扉を開けた瞬間、私は思わず声を上げた。
小さな部屋だった。
木のベッド。
机と椅子。
窓際には、小さな棚。
それだけ。
でも。
「……ベッドだぁ!」
私は荷物もないまま、ベッドに飛び込んだ。
ぽふんっ。
「……んん〜〜っ!」
柔らかい。
ちゃんとお布団がある。
枕もある。
……幸せ。
私は仰向けになり、天井を見上げた。
異世界に来てから、まだ一日。
森でスライムに出会って。
大きな猪に襲われて。
山を吹き飛ばして。
街に来て、冒険者になって。
薬草を研究して。
初めてお金を稼いで。
串焼きを食べた。
「……濃い一日だったなあ」
思い返すと、何だか笑えてくる。
でも、こうして静かな部屋にいると、少しだけ実感が湧いた。
私は、この世界で生きていくんだ。
「……えへへ」
私は枕を抱きしめた。
「……帰る場所、できちゃった」
まだ三泊分だけど。
それでも、嬉しかった。
◇
翌朝。
「……よく寝たぁ!」
私は大きく伸びをして、ベッドから起き上がった。
窓の外では、街が少しずつ動き始めている。
朝食は、焼きたてのパンと野菜のスープ。
素朴だけど、とても美味しかった。
「……ん〜っ! 幸せ♡」
女将さんにお礼を言い、私は街へ出た。
今日の予定は、まずお買い物。
それからフィーネさんの薬草畑で研究。
あと、できれば冒険者のステータスも調べたい。
「……よーし!」
私は胸の前で拳を握った。
「異世界生活、二日目! スタート!」
◇
最初に向かったのは、服屋さんだった。
ミーナさんが教えてくれた《糸車の店》。
扉を開けると、色とりどりの服が並んでいた。
「……うわああ!」
ワンピース。
シャツ。
スカート。
マント。
革のベルト。
冒険者向けの丈夫そうな服もある。
「……すごい!」
私は目を輝かせながら、店内を見回した。
「いらっしゃいませ」
店員さんが近づいてきた。
「何かお探しですか?」
「はい! 冒険者用の服が欲しいです!」
「かしこまりました。普段はどのような依頼を?」
「薬草採集です!」
「なるほど。でしたら、動きやすい服がいいですね」
店員さんは、何着かの服を持ってきてくれた。
薄い生成り色のブラウス。
深い青色のスカート。
丈夫な革のベルト。
それから、森を歩くための短いブーツ。
「……かわいい!」
私は鏡の前で、くるりと回った。
銀色の髪が、ふわりと揺れる。
「……えへへ♡」
似合ってる。
自分で言うのも何だけど、すっごく似合ってる。
「こちらの一式で、銀貨二枚と銅貨二十枚になります」
「……二枚と二十枚」
串焼き七十三本分と、銅貨一枚。
「……うっ」
「お客様?」
「……買います!」
必要経費!
必要経費だから!
私は心の中でそう唱えながら、お金を払った。
さらに、着替え用の下着や靴下、寝間着も購入する。
……気づけば、合計で銀貨三枚ほど使っていた。
「……生活って、お金がかかるんだなあ」
私は買い物袋を抱えながら、しみじみ呟いた。
……でも。
「……えへへ」
新しい服。
新しい靴。
自分で稼いだお金で買ったもの。
何だか、すごく嬉しい。
◇
服屋を出た私は、そのまま市場を歩いていた。
雑貨屋さん。
食器屋さん。
魔道具屋さん。
……魔道具屋さん!?
「……おおおっ!」
私は思わず足を止めた。
店先には、淡く光るランプが並んでいる。
その隣には、小さな金属の箱。
透明な石がはめ込まれた道具。
見たことのない形の器具。
「……魔道具だぁぁぁ!」
私は吸い寄せられるように、店へ近づいた。
「いらっしゃい」
店主のおじさんが顔を上げる。
「何か探してるのかい?」
「見てるだけでもいいですか!?」
「もちろんだよ」
「ありがとうございます!」
私は一つ一つの道具を観察した。
光るランプ。
魔力を流すと発熱する板。
小さな風を起こす箱。
「……へええ」
どれも、魔力を特定の現象へ変換する仕組みらしい。
私はランプを手に取った。
「……これ、どうやって光ってるんですか?」
「中に光属性の魔術式が刻んであるんだよ」
「……光属性?」
「そうさ。魔石から魔力を供給して、術式を動かしてる」
「……なるほど」
私はランプをじっと見つめた。
魔力を流す。
術式が起動する。
光が発生する。
……ふむ。
「……これ、無属性魔術でもできそう」
「……ん?」
「いえ! 何でもないです!」
私は慌てて笑った。
危ない危ない。
また研究モードに入るところだった。
今日は生活用品を買う日。
魔道具の研究は、また今度。
「……でも、面白いなあ」
私は名残惜しくランプを棚へ戻した。
……絶対、また来よう。
◇
昼前。
私は買い物袋を抱えたまま、冒険者ギルドへ立ち寄った。
「ミーナさーん!」
「あら、セリスさん」
「宿、見つかりました!」
「それはよかったです」
「服も買いました!」
「とてもお似合いですよ」
「えへへ♡」
私はその場でくるりと回った。
ミーナさんが微笑む。
「これで、少しは生活が落ち着きそうですね」
「はいっ!」
……そうだ。
聞きたいことがあったんだった。
「あの、ミーナさん!」
「はい?」
「皆さんのステータスって、見せてもらえたりしますか?」
「……ステータス、ですか?」
「はい! 普通の人の能力値が知りたくて!」
「……なるほど」
ミーナさんは少し考えた。
「ステータスは個人情報ですから、勝手に見ることはできません。でも、ご本人が同意してくだされば、見せてもらうことはできますよ」
「……おおっ!」
「ただし、無理にお願いしてはいけませんからね」
「もちろんです!」
私は大きく頷いた。
「……じゃあ、聞いてみます!」
「ええ。丁寧にお願いしてくださいね」
「はいっ!」
私はくるりと振り向いた。
ギルドの食堂には、何人かの冒険者が座っている。
ちょうどいい。
私は一番近くにいた、がっしりした男の人へ声をかけた。
「すみません!」
「ん?」
「ちょっとお願いがあるんですけど!」
「なんだい、嬢ちゃん?」
「……筋力、見せてもらってもいいですか!?」
「…………」
男の人が固まった。
隣の冒険者も固まった。
受付では、ミーナさんが盛大にお茶を吹き出した。
「ぶふっ!?」
「……え?」
私は首を傾げた。
……あれ?
何か変なこと言った?
「……嬢ちゃん」
男の人が、ゆっくり口を開いた。
「……初対面で、いきなりそれか?」
「……はい?」
「……大胆だなあ」
「……え?」
周囲から、くすくすと笑い声が漏れた。
私はますます分からなくなった。
「……あの」
「なんだ?」
「……筋力って、見せてもらっちゃダメなんですか?」
男の人は、とうとう腹を抱えて笑い始めた。
「ぶっはははは!!」
……ええええっ!?
こうして私は。
異世界生活二日目にして。
初めて、冒険者ギルドで盛大に笑われることになった。
……いや、昨日も笑われた気がするけど。
「……何でぇぇぇ!?」
私の叫び声が、昼下がりのギルドに響き渡った。




