第5話「串焼き何本分ですか!?」
「……で、お前はこの薬草をどうした?」
ギルド長室に入って早々、私は難しい顔をした大男に問い詰められていた。
机の上には、私が採ってきたリーフ草が一本。金色に輝く葉脈を見つめながら、男の人は腕を組んでいる。
「えっと……魔力の流れを整えました!」
「それはさっき聞いた」
「じゃあ、根っこから説明します?」
「……頼む」
おおっ!
ちゃんと聞いてくれる!
私は嬉しくなって、椅子から少し身を乗り出した。
「まずですね、このリーフ草は根と葉の両方から魔力を吸収してるんです。でも、その二つの流れが茎の途中でぶつかっていて、ちょっと効率が悪いんですよ」
「……ほう」
「だから、流れがぶつからないように通り道を分けて、合流する角度を変えてみたんです!」
「……それだけか?」
「はいっ!」
男の人は黙り込んだ。しばらくして、額を押さえる。
「……ミーナ」
「はい、ギルド長」
「フィーネを呼んでこい」
「もう呼んであります」
「……仕事が早いな」
扉のそばに立っていた受付のお姉さん――ミーナさんが、にっこり笑った。
どうやら、この大きな男の人はギルド長らしい。
「俺はバルド。このリーヴェル支部を預かっている」
「セリスです! 今日、冒険者になりました!」
「……知ってる。登録したその日に妙な薬草を持ち込んだ新人だからな」
「えへへ!」
「褒めてないぞ」
……あれ?
◇
「金色のリーフ草って、どこ!?」
勢いよく扉が開いた。
飛び込んできたのは、緑色の髪を後ろで束ねた女の人だった。丸い眼鏡に、薬草の葉っぱが何枚も刺さったエプロン。手には、大きな鞄を抱えている。
「フィーネ、落ち着け」
「落ち着いてるわよ!」
「扉を蹴って開けるな」
「手が塞がってたの!」
女の人は机の上のリーフ草を見るなり、ぴたりと動きを止めた。
「…………」
眼鏡を外す。拭く。掛け直す。
「…………」
もう一度、外す。
「……フィーネ?」
「……ちょっと待って」
女の人は鞄から小さな器具を取り出した。透明な板と、細い針のようなものが付いている。
「……魔力濃度測定器?」
思わず呟くと、女の人が顔を上げた。
「あら、知ってるの?」
「いえ! 初めて見ました! でも、たぶんそういう仕組みですよね?」
「……仕組み?」
「その透明な板に魔力を流して、試料との反応を見るんじゃないかなって」
「…………」
女の人が、私をじっと見た。
「……あなた、誰?」
「セリスです!」
「この薬草を作ったのも?」
「はいっ!」
「…………」
女の人は深く息を吸った。
「……フィーネよ。薬師をしてるわ」
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ。……それで、ちょっと黙っててくれる?」
「はいっ!」
フィーネさんは薬草の葉を一枚切り取り、測定器に載せた。
透明な板が淡く光る。
次の瞬間。
ピシッ。
「……え?」
測定器に、小さなひびが入った。
「…………」
フィーネさんが固まった。
「……壊れちゃいましたね」
「……そうね」
「すみません……」
「あなたが謝ることじゃないわ」
フィーネさんは測定器をそっと置いた。そして、ゆっくり私の両肩を掴んだ。
「……セリスちゃん」
「は、はい?」
「これ、どうやって作ったの?」
「えっと、魔力循環を……」
「最初から! 全部! 詳しく!」
「……はいっ!」
……なんだろう。
この人、すっごく話が合いそう!
◇
「……つまり、植物の内部を流れる魔力を調整した、と」
「はい!」
「それで成長速度が上がった?」
「そうなんです!」
「……葉を切っても?」
「また伸びました!」
「…………」
フィーネさんは椅子の背にもたれ、天井を見上げた。
「……バルド」
「なんだ」
「この子、どこで拾ってきたの?」
「拾ってない。今日登録した新人だ」
「……嘘でしょ」
「俺が聞きたい」
私は首を傾げた。
「……そんなに珍しいんですか?」
二人が同時にこちらを見た。
「珍しいなんてもんじゃない!」
「珍しいどころの話じゃないわ!」
「わっ!?」
びっくりした。
フィーネさんが机の上の薬草を指さす。
「いい? リーフ草は回復薬の基本材料なの。でも、成長が遅いし、魔力濃度も安定しない。だから薬師は、品質のいいものを探すのに苦労するのよ」
「ふむふむ」
「それが、この薬草はどう? 魔力濃度が高い。葉の状態もいい。しかも、あなたの話が本当なら、成長速度まで上がってる!」
「はい!」
「……これが栽培で再現できたら、回復薬の生産量が大きく変わるわ」
「……おおっ!」
私は思わず身を乗り出した。
「ですよね! 私もそう思ったんです!」
「でしょう!?」
「でも、水分と栄養が足りなくなったら成長が止まると思うんです。だから、畑で育ててみたいなって!」
「……畑!」
フィーネさんの目が輝いた。
「あるわよ!」
「えっ?」
「うちの店の裏に、小さいけど薬草畑があるの!」
「本当ですか!?」
「ええ! そこで試してみない!?」
「やりたいですっ!!♡」
思わず、二人で手を握り合った。
「まずは普通のリーフ草と比較して!」
「魔力循環の違いを測定して!」
「水分と栄養の条件も揃えて!」
「成長速度を記録して!」
「……おい」
「できれば土壌の魔力濃度も調べたいです!」
「いいわね! 測定器も用意する!」
「……おい!」
「楽しみですねえ!」
「ええ! 楽しみだわ!」
「お前らぁぁぁ!!」
バルドさんの大声に、私たちは揃って振り向いた。
「……はい?」
「……何よ?」
バルドさんは、深いため息をついた。
「……研究の話は後にしろ。まずは依頼の精算だ」
「あっ!」
そうだった!
私、薬草を採りに行ったんだった!
◇
「今回の依頼は、リーフ草十株分の採集だ。報酬は銅貨十五枚」
「はいっ!」
「だが、お前が持ち込んだ薬草は、普通のものじゃない」
「……というと?」
「追加で買い取る」
「…………」
私は、ぴたりと動きを止めた。
「……追加?」
「ああ」
「……お金が増える?」
「そうだ」
「…………」
私は、そっと指を折った。
串焼き一本、銅貨三枚。
報酬、銅貨十五枚。
つまり、五本。
でも、追加でもらえるなら……。
「……あの!」
「なんだ?」
「それ、串焼き何本分ですか!?」
「…………」
バルドさんが固まった。
フィーネさんが吹き出した。
「……ふふっ」
「……何がおかしい?」
「だって、この子……!」
「笑うな、フィーネ」
バルドさんは額を押さえた。
「……セリス。お前、これの価値が分かってるか?」
「……回復薬の材料?」
「それは分かってるな」
「それで、すっごくいい薬草なんですよね?」
「……そうだ」
「じゃあ、串焼き何本分ですか!?」
「串焼きで換算するな!!」
「ひゃっ!?」
……怒られちゃった。
でも、知りたいものは知りたい。
「……銀貨十枚だ」
「…………」
「今回の薬草は、フィーネが鑑定用の試料として買い取る。金額は銀貨十枚。これでも、研究成果そのものの価値を含めたわけじゃねえ」
「……銀貨、十枚?」
「ああ」
「……あの」
「なんだ?」
「銀貨一枚って、銅貨何枚ですか?」
「百枚だ」
「…………」
私は指を折った。
百かける十。
千。
それに依頼報酬の十五枚を足して……。
「……三百三十八本……!」
「何がだ?」
「串焼き、三百三十八本買えるぅぅぅ!!♡」
「だから串焼きで換算するなぁぁぁ!!」
フィーネさんが机に突っ伏して笑っている。
バルドさんは頭を抱えていた。
……でも、三百三十八本だよ?
すごくない?
「……セリスさん」
それまで静かに見守っていたミーナさんが、優しく声をかけてきた。
「はいっ!」
「ところで、今夜のお宿は決まっていますか?」
「…………」
宿。
「……あ」
「お着替えは?」
「…………」
服。
「日用品は?」
「…………」
……何もない。
私は自分の格好を見下ろした。
異世界に来たときから着ている服。
それ以外、持っていない。
荷物もない。
お金も、今初めてもらったばかりだ。
「……あの」
「はい?」
「……私、今夜どこで寝ればいいんでしょう?」
ミーナさんが、にっこり笑った。
「まずはお宿を探しましょうね」
「……はい」
私は銀貨十枚をぎゅっと握りしめた。
「……串焼き、三百三十八本買ってる場合じゃなかったぁぁぁ!!」
バルドさんが天井を仰いだ。
「……やっと気づいたか」
◇
夕暮れの市場。
「おじさーん!」
私は、今朝の串焼き屋さんへ駆け寄った。
「おっ、朝会った嬢ちゃんじゃねえか!」
「はいっ! 約束どおり買いに来ました!」
「おお! そりゃ嬉しいな!」
「串焼き、五本ください!」
「五本!? そんなに食うのか?」
「はいっ!」
「ははは! よし、ちょっと待ってな!」
じゅうううっ。
鉄板の上で、肉が焼ける。
香ばしい匂い。滴る肉汁。ぱちぱちと弾ける脂。
「……うわあ」
私は思わず、両手を胸の前で握りしめた。
待ちきれない。
待ちきれないよぉ!
「ほらよ、焼きたてだ!」
「ありがとうございますっ!」
私は銅貨十五枚を渡し、串焼きを受け取った。
そして。
「……いただきますっ!」
ぱくっ。
「んんんん〜〜〜っ!!♡」
おいしい。
今朝も美味しかったけど、焼きたてはもっと美味しい!
外側は香ばしくて、中は柔らかい。噛むたびに肉汁が広がる。
「……幸せぇ……!」
私は市場の端にあるベンチへ座り、二本目の串焼きを手に取った。
……そうだ。
せっかくだし、ステータスを確認しよう。
「ステータス、オープン!」
目の前に、半透明の画面が浮かび上がった。
名前、セリス。
種族、人族。
レベル、百十三。
「……えへへ」
何度見ても嬉しい。
転生した直後は、九十九だった。それが、今は百十三。
……山を吹き飛ばしたせいだけど。
「……うん。次は気をつけよう」
私は串焼きをひと口かじり、詳細ステータスへ画面を切り替えた。
そこに並んでいたのは、転生直後とは少し違う数字だった。
HP 1280 → 1680(+400)
筋力 92 → 134(+42)
耐久 88 → 130(+42)
敏捷 104 → 160(+56)
器用 130 → 186(+56)
知力 999 → 1041(+42)
MP 測定不能
魔力 測定不能
魔力制御 測定不能
「……おおおっ!」
ちゃんと上がってる!
しかも、こうして並べると変化が分かりやすい。
「筋力が四十二。耐久も四十二。敏捷と器用は五十六……」
私は串焼きを口にくわえ、指を折った。
「……あれ?」
レベルは十四上がった。
筋力と耐久の上昇は四十二。
つまり、一レベルあたり三。
敏捷と器用は五十六だから、一レベルあたり四。
「……きれいに割り切れる」
偶然かな?
それとも、能力ごとに上昇値が決まっている?
私は知力の項目に目を移した。
「……千四十一」
転生直後は、九百九十九だった。
今は四桁。
「……ふむ」
レベル百を超えたから、能力値の上限も解除された?
いや、そもそも九百九十九が上限だったとは限らない。
私はまだ、この世界の普通を知らないのだ。
「……決めつけちゃダメだね」
串焼きをひと口かじる。
それに、知力が上がったからといって、勝手に新しい知識が増えるわけでもない。
頭の中に突然、知らない魔術理論が浮かんでくるわけじゃないし、難しい問題の答えが勝手に分かるわけでもない。
「……でも、前より複雑なことを考えやすくなってる気はするなあ」
さっきのリーフ草の魔力循環も、複数の流れを同時に追うのが不思議と楽だった。
観察できる情報が増えた。
でも、それが何を意味するかは、自分で考えないと分からない。
「……うん。そういう方が楽しいよね!」
私はにっこり笑った。
何でも勝手に答えが出るんじゃ、研究する楽しみがなくなっちゃう。
次に、スキル一覧を開いた。
《無属性魔術》初級10
《属性魔術》初級10
《付与魔術》初級10
《魔力操作》超級10
「……やっぱり、ここも気になる」
魔術の階級と、熟練度。
初級の次は中級?
上級や超級もあるのかな?
魔力操作が超級なら、その先もあったりして?
私は指先で画面をなぞった。
すると、一覧の端に小さな項目があることに気づいた。
《研究記録》
「……ん?」
こんなの、あったっけ?
試しに押してみる。
《観測記録》
《比較記録》
《仮説登録》
「……おおっ!」
私は目を輝かせた。
観測した情報を記録できる?
しかも、比較まで?
「……これ、研究ノートみたいに使えるのかな?」
試しに、今日のリーフ草の観察結果を登録してみた。
根と葉からの魔力吸収。
茎での流路の衝突。
魔力循環を調整した後の変化。
すると、画面に二つの記録が並んだ。
《調整前:魔力循環に滞留あり》
《調整後:魔力循環の滞留が減少》
《成長速度の変化:定量測定なし》
「……あっ」
私は思わず声を上げた。
「そうか! 今日、成長速度をちゃんと測ってなかった!」
伸びたことは分かる。
でも、どのくらい速くなったのかは分からない。
比較するなら、同じ条件で育てたリーフ草が必要だ。
「……明日、フィーネさんの畑でやってみよう!」
私は嬉しくなって、思わず足をぱたぱたさせた。
これなら、観測したことと、まだ分からないことを整理できる。
でも、答えは出してくれない。
何を調べるかも、どうやって確かめるかも、自分で考える必要がある。
「……いいねえ!」
私は最後の串焼きを頬張った。
「こういうの、大好き!♡」
◇
市場を出る頃には、空がすっかり茜色に染まっていた。
私はお腹をさすりながら、満足そうに歩いていた。
串焼き、美味しかったなあ。
明日はフィーネさんと薬草研究。
それから、普通の冒険者のステータスも調べてみたい。
魔道具も見たいし、スライムのことも気になる。
「……えへへ」
やりたいことが、いっぱいだ。
私は夕暮れの空を見上げ、大きく伸びをした。
「異世界生活、最高ぉぉぉ!!♡」
……と、そのとき。
「……あ」
足が止まった。
私は周囲を見回した。
店じまいを始める屋台。
家路を急ぐ人たち。
灯りがともり始めた家々。
「…………」
……宿。
そうだった。
ミーナさんに、ちゃんと言われたんだった。
今夜の寝る場所。
着替え。
日用品。
何一つ、持っていない。
「……えっと」
私は懐の銀貨十枚を確認した。
お金はある。
うん。
あるんだけど。
「……宿屋って、どこ?」
私は夕暮れの街角で、ぽつんと立ち尽くした。
……こうして私は。
山を吹き飛ばし、薬草の魔力循環を改善し、初めてのお給料を手に入れたその日に。
今夜寝る場所が分からなくなっていた。
「……ミーナさぁぁぁん!!」
私の声が、夕暮れのリーヴェルに響き渡った。




