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『目指すは最強! ~魔法オタクの異世界無双~』  作者: 穂乃果
第6幕「絶望情報強度 ― Despair Information Intensity ―」
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第63話「英雄の賛歌」

空を飛ぶ船に、久しぶりの研究仲間。

セリスの「気になる!」は、今日も止まりません。


そして、再び顔を合わせる英雄たち。

世界を救った彼らにも、仲間にだけは忘れてほしくないことと、できれば忘れてほしいことがあるようです。


第63話、英雄たちの旅路をお楽しみください!


 ヴァルゼリア魔導国、王都。


「来ましたね」


 ルシャナさんの声に、私は空を見上げた。


 雲の切れ間に、小さな影がある。

 鳥にしては、妙に角張っているような……。


 近づくにつれ、尖った船首が見えた。その後ろには長い船体が続き、側面には窓が並んでいる。


「……船?」


 空に、船が浮いていた。


「えええっ!? あれが飛行魔道具ですか!?」

「そうなのです! アルセリア王国が誇る、大型飛行魔道具なのです!」


 シルキーさんが胸を張る。


 話には聞いていた。

 聞いていたけど!


「あんなに大きなものを、どうやって浮かせてるんですか!? 浮遊術式!? 風圧制御!? それとも――」


 船底で、幾つもの魔法陣が輝いていた。

 船首が少し傾くと、左右の魔法陣が別々に明滅する。


 ……あっ。


「浮かせる術式と、姿勢を保つ術式が別なんですね!」

「ええ。左右の出力を調整しているようなのです」

「だったら、横風を受けたときは? 荷物の重さが変わったら、重心も変わりますよね!?」

「セリスさん。質問は、船が着いてからにするのです」

「はいっ! まとめておきます!」

「何枚にもまとめる必要はないのです!」


 ううっ。

 もう五つくらいあるんですけど!


 飛行魔道具が高度を落とす。

 船底の光が広がると、巻き起こりかけた砂埃が外側へ流れていった。


 そして、大きな船体が静かに地面へ触れる。


「着陸の衝撃まで抑えてる……!」


 すごい。

 絶対、近くで見たい!


 船腹の扉が開き、渡り板が下ろされた。


「……分解は駄目だからね」


 聞き覚えのある声に、私は顔を上げた。


 猫耳のついたフード。

 その下から覗く青銀色の髪と、少し眠たそうな目。


「ネスラさん!」

「……久しぶり」


 私は思わず駆け寄った。


「お元気でしたか!?」

「……それなりに」

「魔力可視化装置の検証は!? どうなりました!?」

「……二つ目には、もうそれなんだ」

「あっ!」


 しまった。


 けれど、ネスラさんは驚いた様子もなく、脇に抱えた資料を持ち上げた。


「記録は持ってきた。現地で使えそうな器材も」

「本当ですか!?」

「君の分も積んである」

「……私の?」


 ネスラさんは、当たり前みたいに頷いた。


「必要になるでしょ」


 その言い方が、王立研究院にいた頃と同じで。

 何だか、急に嬉しくなった。


 面倒そうな顔をしているのに、いつも先に用意してくれるんだ。


「ありがとうございます!」

「……読むのは乗ってから。今は積み込み」


「セリス! その箱、こっちへ頼む!」


 船の上から、アルディスさんが手を振っていた。


「はいっ!」


 足元の箱を抱えて渡り板を上がると、アルディスさんが受け取ってくれる。


「助かる。元気そうだな」

「アルディスさんも!」

「ああ。……直接会うと、やっぱり安心するな」


 いつもの、飾らない笑顔だった。


 その向こうでは、カナメさんが船員さんへ物資の一覧を渡している。


「追加分でござる。治療用は、到着後すぐ下ろせる場所へ」

「奥へ積むなよ。昔みたいに、食料の下へ埋めるな」

「それをまだ覚えているのでござるか」

「おかげで一晩、干し肉の上で寝たからな」

「でも、一番よく眠っていたのはアルディスでしたよ」


 ルシャナさんが笑う。

 アルディスさんは、一瞬だけ言葉に詰まった。


「……疲れてたんだよ」

「存じているでござる。見張りの交代にも起きなかったゆえ」

「そっちは忘れてくれ」


 思わず、私まで笑ってしまった。


 遠隔会議では、あんなに頼もしかった人たちなのに。

 こうしていると、ずっと一緒に旅をしている冒険者みたいだ。


 そのとき、船内から通信担当の人が出てきた。


「竜人国より続報です。北方救護所の被害が確認されました」


 アルディスさんの手が止まった。


「避難した人たちは?」

「所在は、まだ確認できていません」


 誰も、すぐには口を開かなかった。


 アルディスさんが、受け取った箱へ目を落とす。

 それから、船員さんへ手渡した。


「積み込みを急ごう」

「残りはこちらで運ぶでござる」

「私は、受け入れ先の確認をしますね」


 三人が、それぞれ違う方向へ動き出した。


 私も踵を返す。

 広場には、まだ運ぶべき箱が残っていた。


     ◇


「……わあ」


 窓の下で、街並みが小さくなっていく。


 城壁の向こうには街道が続き、荷車が列を作っていた。

 あれも、竜人国へ向かう物資なのだろうか。


 飛行魔道具は、ほとんど揺れずに高度を上げていった。


 外周の魔法陣が、風に合わせて形を変えている。

 浮遊、姿勢制御、それから船体の保護。


 これだけの術式を、同時に動かしているんだ。


「ネスラさん。制御用の回路って――」

「……これ」


 膝の上に、薄い記録板を置かれた。


「外に出ている術式の記録。船体へ魔力を流す前に、そっちを見て」

「まだ何もしてませんよ!?」

「……まだ、でしょ」


 うっ。

 どうして分かるんでしょうか。


「セリスの扱いがうまいな」

「……分かりやすいから」


 アルディスさんまで笑っている。


 私は少し頬を膨らませながら、記録板を受け取った。


「……ありがとうございます」


 船内では、皆さんが短い休憩を取っていた。

 シルキーさんは奥の器材室で、積み荷の確認を続けているらしい。


 向かいに座るアルディスさんの剣が、窓からの光を受けた。

 鞘には、いくつもの傷がある。


 さっきの話みたいに、この剣も長い旅をしてきたのだろう。


「あの。皆さんが一緒に旅をしていた頃のお話、聞いてもいいですか?」


 ルシャナさんが顔を上げた。


「六英雄のお話?」

「はい。戦いのことは聞いているんですけど、どうやって一緒になったのかは、知らなくて」


「最初から仲がよかった、とは言えんでござるな」

「お前が初対面で、俺の剣の使い方に口を出したからだろ」

「敵へ近づく前に、相談くらいしてほしかったのでござるよ」

「……あら。今も似たようなお話をしていますね」


 ルシャナさんの一言に、二人が顔を見合わせた。


「まあ、そんな始まりだ」


 アルディスさんが肩をすくめる。


 ルシャナさんは膝へ竪琴を置き、弦へそっと指を添えた。


「当時は、人間の国々へ侵攻していた暗黒皇帝と、竜人国を襲った邪龍王。二つの脅威がありました」

「別々の場所で、同時に?」

「ええ。それぞれ戦っていた私たちが、旅の途中で出会ったのです」


 人間のアルディスさん。

 エルフのルシャナさん。

 獣人のルカさん。

 魔族のカナメさん。

 ドワーフのドーンさん。


 そして、竜人のドグルさん。


「六つの種族から、一人ずつ……」

「六柱の神々に、それぞれ適合した者でもありました。もっとも、集まっただけで何でもできたわけではありませんよ」

「船を出してくれた者も、傷を治してくれた者もいたでござる。そうして魔の島へ渡り、暗黒皇帝を倒した」

「その後、邪龍王との戦いへ向かったんだ」


 アルディスさんが続けた。


「大勢に助けられた。俺たち六人だけじゃ、辿り着くことすらできなかったさ」


 目の前の人たちが、歴史の中にいる。


 不思議な感じだった。

 さっきまで、干し肉の話をしていたのに。


「ドグルさんも、その旅で出会ったんですか?」

「ああ。会ってすぐに一戦やった」

「ええっ!?」

「俺の剣を見て、強そうだと言い出してな」

「アルディスも、嬉しそうに抜いていましたけれど」

「……まあ、それは否定しない」


 カナメさんが呆れたように息を吐いた。


「二人とも、日が暮れるまで戻らなかったのでござる」

「どっちが勝ったんですか?」

「決着はつかなかった」


 アルディスさんは、剣の柄へ軽く触れた。


「次に会ったら続きをやろうって、何度も言ってたんだがな」


 その指が止まる。


 私は、次の質問を飲み込んだ。


 もう、その続きはできない。


 ルシャナさんが窓の外へ目を向けた。


「ドグルは、邪龍王との戦いで亡くなりました」

「……はい」


 雲の影が、船内をゆっくり横切った。


 アルディスさんは、しばらく剣を見つめていた。

 やがて顔を上げ、少しだけ笑う。


「あいつの話なら、ドーンが来てからにしよう」

「そうでござるな」

「自分抜きで話したと知ったら、きっと拗ねますから」


 ルシャナさんの言葉に、二人が頷いた。


 私は、膝の上の記録板を抱え直した。


     ◇


 翌日、飛行魔道具は教国の集積地へ降りた。


 倉庫の前には、薬品や魔石の箱が積まれている。

 その脇を、毛布を載せた荷車が通り過ぎた。


 全部が船へ来るわけではない。

 国境の避難民受け入れ施設へ向かう荷物もあるのだと、ネスラさんが教えてくれた。


「がっはっは! ようやく来おったか!」


 渡り板が下りるより早く、声が届いた。


「相変わらず、遠くまで聞こえるな」

「お前の耳がよいんじゃろう!」


 ドーンさんが船へ上がり、アルディスさんの肩を叩く。


「痛い」

「嘘をつけ。今、身を逃がしたじゃろ」

「避けなきゃ痛いからな」

「剣聖が、その程度で壊れるか!」


 そのまま二人で笑い出した。


「カナメ、積み荷の一覧じゃ」

「確かに」

「ルシャナ。薬草は日差しの当たらん場所で頼む」

「ええ。こちらへ運んでもらいますね」


 挨拶の続きをしながら、仕事が進んでいく。


 私も箱を運ぼうと身をかがめた、そのときだった。


「あっ!」


 荷車の車輪が、地面の窪みにはまった。

 積み上がった箱が傾く。


 私は反射的にミライへ手を伸ばした。


 けれど、箱は落ちなかった。


 地面へぶつかる寸前で、ふわりと浮く。

 蓋の隙間からこぼれかけた小瓶まで、その場に留まっていた。


「そのまま、車輪を引き上げてください」


 落ち着いた声がした。


 金色の長い髪を後ろで束ねた青年だった。

 黒と金の衣装の袖口から、指をわずかに動かしている。


 箱が水平へ戻り、小瓶が一本ずつ収まった。

 最後に蓋が閉じ、荷台へ静かに降りる。


「怪我はありませんね?」

「はい! ありがとうございます!」


 ……今の、風?


 すぐ隣の書類は、一枚も飛んでいない。


 箱と瓶。

 それぞれの形に合わせて、必要なところだけ支えたんだ。


「すごい……!」


「レスター、助かった」

「いえ、大神官様。救援部隊の準備も整いました。国内に残る部隊への引き継ぎは済ませてあります」

「うむ。頼りにしておるぞ」


 青年はドーンさんへ一礼した。


 その後ろで、シルキーさんがぴたりと足を止める。


「……お兄様?」


 レスターさんが振り返った。


 そして、さっきまでの落ち着いた顔が、ぱっと明るくなる。


「シルキー!」


 早い。


 気づいたときには、もう妹の前にいた。


「無事だったか!」

「もちろんです! わたくしも救援に――」

「怪我は?」

「していないのです」

「魔力の消耗は? 昨夜は眠れた? 食事はちゃんと取っている?」

「お兄様、質問は一つずつなのです!」

「少し痩せていないか?」

「最後に会ったときも、同じことを言っていたのです!」


 ……あれ?


 さっきまで、とっても落ち着いた人だったのに。


「ネスラさん。あの人、シルキーさんのお兄さんなんですか?」

「……レスター・リーン。教国の魔法師団長」

「魔法師団長!?」

「シルキーさんとは、実の兄妹」


 教国の魔法師団長が、シルキーさんのお兄さん。


 その団長さんは今、魔族国の魔法師団長の頭を撫でていた。


「よかった。本当に、元気そうでよかった」

「もう! わたくしは子どもではないのです!」

「分かっているよ。立派な魔法師団長だ」

「ふふーん♪ 当然なのです!」


 あ、喜ぶんだ。


「でも、僕の妹だろう?」

「それとこれとは、別なのです!」


 シルキーさんは頬を膨らませた。

 けれど、頭の上の手を振り払う様子はない。


 レスターさんが、ようやくこちらへ顔を向ける。


「君がセリスさんだね」

「は、はいっ! セリス・アルフィーネです!」

「妹の手紙で、何度も名前を見たよ。研究が楽しいと、よく書いてあった」

「お兄様! 手紙の話はしなくてよいのです!」

「食事を忘れるほど、とは書いていなかったけれど」

「…………」

「シルキー?」


 シルキーさんの視線が、すうっと横へ流れた。


 ……あ。

 その方向、私なんですけど。


「セリスさん。もし妹が食事を忘れていたら、教えてもらえるかな」

「は、はい!」

「睡眠も」

「お兄様!」

「あと、危険な実験をするときは――」

「わたくしを何歳だと思っているのですかぁっ!」


 ドーンさんが、腹を抱えて笑い始めた。


「がっはっは! 諦めい、シルキー! お前さんの兄は、昔からこうじゃ!」

「分かっているのです! 分かっているから困るのです!」


 レスターさんは、少しも悪びれていなかった。


「心配くらいさせてほしいな。大切な妹なんだから」


 ……すごい。

 今、真顔で言った。


「……セリス」

「はい?」

「このままだと、出発が遅れる」


 ネスラさんが、小さく息を吐いた。


 そのとき、シルキーさんが器材箱を指さした。


「それより、お兄様! 教国での観測記録は!?」

「ああ、こちらだよ。現地で術式が乱れた箇所を、見てもらいたい」


 箱の留め具が外れる。

 シルキーさんは、すぐさま記録を覗き込んだ。


「……むむ。ここ、補正が遅れているのです」

「そう。供給量を上げても改善しなかった」

「なら、顕現する直前の変動も確認するのです!」

「頼めるかな」

「えっへん! 任せるのです!」


 レスターさんが、嬉しそうに微笑んだ。


「やっぱり、僕の妹は頼もしい」

「ふふーん♪」


 ……これは、ずっと続きそうです。


     ◇


 教国を離れた船は、北へ進んだ。


 器材室では、シルキーさんとレスターさんが記録を広げている。

 兄妹だからだろうか。二人とも、相手の説明が終わる前に次の回路へ目を向けていた。


 レスターさんが問題の箇所を示し、シルキーさんが補正案を書き込む。

 その手つきには、互いの技量への迷いがなかった。


 ネスラさんも、人間国から持ってきた記録を隣へ並べる。


 人間国、魔族国、教国。

 三つの国の魔法師団長が、同じ机を囲んでいる。


 ……ううっ。

 このまま、ずっと見ていたい。


「セリス殿。ルカ殿から連絡でござる」


 カナメさんに呼ばれ、私は船室へ向かった。


 通信魔道具の向こうで、木の葉が揺れていた。

 その下から、黒と白の猫耳が覗く。


『教国を出たんだね。じゃあ、もう少しにゃ』

「ルカさん!」

『北側の街道は、人も荷車も増えてる。船は予定どおりの場所へ。こっちは別の道を調べてから合流するよ』


 眠たそうだった目は、周囲へ細かく動いていた。


「一人で先へ行きすぎるなよ」

『あんたに言われるとは思わなかったにゃ、アルディス』

「今は、ちゃんと船に乗ってる」

『昔も、降りた途端に走り出したでしょ』


 ドーンさんが噴き出した。


「がっはっは! あったのう!」

『ドーンも一緒に走ったにゃ』

「……そうじゃったか?」

「二人とも走ったでござる」


 カナメさんの返事が、妙に早かった。


『こっちは道を調べてたのに、後ろから敵を連れてくるんだもん。斥候を何だと思ってるにゃ』

「道を見つける天才」

『褒めれば済むと思うなにゃ』


 そう言いながら、ルカさんの尻尾が窓の端で揺れた。


 ルシャナさんが、そっと声をかける。


「食事は取れていますか?」

『……ルシャナまで、お母さんみたいなこと言わないで』

「帰ってきたら、温かいものを用意しますね」

『それはお願いするにゃ』


 ルカさんは、周囲へ目を向けた。


『次の連絡は、日暮れ前。遅れたら、そっちの予定を優先して』

「分かった。こちらの進路も送るでござる」

『よろしく。……みんなも、気をつけてね』


 最後の声だけ、少し柔らかかった。


 光の窓が閉じる。


「相変わらずじゃな、あやつも」


 ドーンさんは椅子へ腰を下ろし、隣へ戦槌を立てかけた。


「俺たちの失敗を、よく覚えてる」

「忘れさせてやらんからじゃろう」


 ルシャナさんが、お茶を差し出す。


「セリスちゃんに、昔のお話をしていたんです」

「ほう?」

「ドグルさんのことも、少し」


 私が答えると、ドーンさんは湯気の向こうで目を細めた。


「そうか。何を聞いた?」

「強い敵へ、真っ先に飛び込んでいく人だったって」

「がっはっは! 間違ってはおらんな!」


「作戦を聞き終える前に走るので、困ったものでござる」

「でも、ちゃんと聞いていたでしょう?」


 ルシャナさんに言われ、カナメさんが苦笑した。


「……聞いていたでござるな」


 アルディスさんが、椅子の背へ身体を預ける。


「山道の橋、覚えてるか?」

「忘れるわけがなかろう。わしが渡り終える前に崩れたんじゃぞ!」

「ドーンさん、大丈夫だったんですか!?」

「見てのとおり、ここにおる!」


 ドーンさんが笑った。


「負傷者を背負っておってな。あと少しというところで、足場が落ちた」

「私は対岸にいて、間に合わなかったんです」


 ルシャナさんがカップへ目を落とす。


「そのとき、ドグルが戻ってきて」

「槍を橋桁に引っ掛けて、俺に柄を渡したんだ。『持っとれ!』って、それだけ」

「それだけ!?」

「ああ。それで、自分は崩れかけた方へ飛び移った」


 カナメさんが、懐かしそうに息を吐いた。


「こちらが命綱を渡そうとしていたのに、勝手に行くのでござる」

「じゃが、わしらを引き上げてから、ちゃんとその綱を使ったぞ」

「使って当然でござる!」


 声が重なり、また笑いが起きた。


「そのあと、何て言ったと思う?」

「……何て?」

「『遅いぞ、置いていくぞ!』だ」

「自分で戻ってきたのに!?」

「そうじゃ! わしらを担いでおいて、それじゃからのう!」


 同じ出来事なのに、覚えているところが少しずつ違う。

 その全部を合わせると、一人の人の姿が見えてくる。


「アルディスさんは、槍を離さなかったんですね」

「離せるか。向こうに三人ぶら下がってるんだぞ」

「ドグルさん、分かっていたんですね」


 私が言うと、アルディスさんはこちらを見た。


「アルディスさんなら、絶対に持っていてくれるって」


 一瞬、誰も何も言わなかった。


 それから、アルディスさんが小さく笑う。


「……そうだな。あいつなら、そう思ってただろうな」


 ドーンさんの手が、戦槌の柄を撫でた。


「最後も、勝手な男じゃった」


 今度は、誰も笑わなかった。


「わしを生かして、自分だけ先に逝きおって」


 船体を流れる魔力の低い音が、耳に届いた。


 私は、何があったのか聞けなかった。

 ドーンさんの手が、柄から離れなかったから。


「……もう一度、背中を預けたかったわい」


 その声は、さっきまでよりずっと小さかった。


 アルディスさんが、ゆっくり頷く。


「ああ」


 それだけだった。

 けれど、ドーンさんは一度、強く唇を結んだ。


 ルシャナさんが、空になったカップへお茶を注ぐ。

 カナメさんは何も言わず、北へ向かう窓の外を見ていた。


 やがて、ドーンさんが顔を上げた。


「……教国の宿は、空けてきたぞ」


 アルディスさんが、そちらを見る。


「寝床も、飯も用意した。あいつの故郷の者たちが来るんじゃ。腹を空かせたままにはせん」

「なら、連れていこう」

「もちろんじゃ」


 声に、力が戻った。


「竜人たちが助けを求めておる。あいつなら、誰に止められようと走っていくじゃろう」

「ええ。私たちが支度を終える前に」

「今度ばかりは、先に作戦を決めさせてもらうでござる」


 カナメさんが笑う。


 アルディスさんは、剣の柄へ手を置いた。


「六人で守った世界だ」


 その声に、私は顔を上げた。


「あいつがいなくなったからって、残った五人で背を向けられるかよ」


 ドーンさんが、大きく頷いた。


「そのとおりじゃ!」

「ルカも、きっと同じことを言うでござる」

「ええ」


 ルシャナさんは、竪琴を抱き寄せた。


「帰ってきたら、また六人のお話をしましょう。ドグルが呆れるくらい、何度でも」


 私は、四人を見つめていた。


 ドグルさんは、ここにいない。

 でも、誰かが話し始めると、ほかの人が続きを覚えている。


 笑い方も、困った癖も。

 何を言って、どんなときに駆けつけてくれたのかも。


 この人たちにとっては、今も六人なんだ。


「……私も」


 気づけば、声が出ていた。


「私も、竜人国を守りたいです!」


 四人がこちらを見る。


「逃げている人たちを、ちゃんと安全な場所へ連れていきたい。魔術が乱れても、守れる方法を見つけたいです」


 ぎゅっと、ミライを握る。


「ドグルさんには、会えませんけど……皆さんがこんなに大切にしている人の故郷なら、私も一緒に守りたい!」


 アルディスさんが笑った。


「ああ。力を貸してくれ、セリス」

「はいっ!」

「がっはっは! 頼もしいのう!」

「研究の成果、存分に頼らせてもらうでござるよ」

「ありがとうございます、セリスちゃん」


 胸の奥が、熱くなった。


 世界を救った英雄たちが、私の力を求めてくれている。

 嬉しくて、少し怖くて。


 それでも、この人たちと一緒に行きたかった。


     ◇


 席を立つと、入口にネスラさんがいた。


「……観測器材、準備できた」

「ありがとうございます! すぐ行きます!」


 すれ違おうとして、袖を軽く引かれた。


「……無茶はしないでね」

「ネスラさんまで。私、そんなに危なっかしいですか?」

「……うん」

「即答!?」


 ネスラさんの口元が、少し緩んだ。


「応援はしてる」

「本当ですか?」

「だから、ちゃんと帰ってきて」


 袖をつまむ指に、ほんの少しだけ力がこもる。


「研究の続き、まだ残ってるから」


 ……もう。


 私はその手を見て、それから顔を上げた。


「はい。帰って、一緒に調べましょう!」


 ネスラさんが、手を離す。


 器材室では、シルキーさんが私を呼んでいた。


「セリスさん! この記録、見てほしいのです!」

「はいっ! 今行きます!」


 窓の下を、街道が延びていた。


 その道を、たくさんの荷車が進んでいる。

 私たちの船も、その先へ向かっていた。


     ◇


 竜人国、王都。


「確認隊から、新たな報告は」


 アルゼイン王の問いに、軍務官が首を振った。


「救護所周辺を捜索中です。避難民の所在は、依然として確認できておりません」

「捜索は続けよ。ただし、帰還時刻を守らせるのだ。隊まで失うわけにはいかぬ」


 王は、机上の地図へ目を落とした。


 壊滅した救護所の周囲には、まだ人々を受け入れている拠点がある。


「ここへの新規の移送は止める。教国側の受け入れ先へ振り分けられる人数を、至急確認せよ」

「はっ」

「既に滞在している者には護衛を増やす。移動できる者から、次の拠点へ」


 文官が指示を書き取る。

 その隣で、通信担当が顔を上げた。


「援軍の飛行魔道具が、教国を出発しました」


 王の指が、地図の上で止まった。


「……そうか」


 空を進む船。

 地上を進む物資。

 国境で開かれた受け入れ先。


 救うための道は、少しずつつながり始めている。


「到着予定地までの街道を確保せよ。現地の記録を揃え、着き次第、動けるようにしておくのだ」

「承知しました」


 文官たちが部屋を出ていく。


 王は、北部の砦から届いた報告を手に取った。


 防衛線、維持。


 その下にあるのは、後方拠点からの増援要請だった。

 同じ地図の上で、二つの報告が重なる。


 そのとき、通信担当の手元で、小さな音がした。


 定時連絡を受けていた魔道具の光が揺れている。


『こちら、第二救護拠点。予定していた馬車が――』


 声が切れた。


「第二救護拠点、応答を」


 魔術師が術式を調整する。

 光は戻らない。


 アルゼイン王は、手にしていた報告書を置いた。


「予備の連絡経路へ切り替えよ。伝令も出すのだ」

「はっ!」


 窓の外では、援軍を迎えるための旗が上がっていた。


 王は、その向こうの空を見つめる。


「……間に合ってくれ」


 まだ、船の姿は見えなかった。

お読みいただき、ありがとうございます!


教国魔法師団長、レスター・リーン登場!

小瓶一本まで自在に支える風の使い手も、妹を前にすると心配が止まりません。

シルキーも、なんだかんだ嬉しそうですね。


そして、六英雄。

誰かが思い出を語れば、別の誰かが続きを覚えている。

ドグルがどんな男だったのか、彼を知る仲間たちの笑い声から感じてもらえたら嬉しいです。


「帰ってきたら、また六人のお話をしましょう」


その約束を胸に、船は竜人国へ。

次回も、よろしくお願いします!

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