第63話「英雄の賛歌」
空を飛ぶ船に、久しぶりの研究仲間。
セリスの「気になる!」は、今日も止まりません。
そして、再び顔を合わせる英雄たち。
世界を救った彼らにも、仲間にだけは忘れてほしくないことと、できれば忘れてほしいことがあるようです。
第63話、英雄たちの旅路をお楽しみください!
ヴァルゼリア魔導国、王都。
「来ましたね」
ルシャナさんの声に、私は空を見上げた。
雲の切れ間に、小さな影がある。
鳥にしては、妙に角張っているような……。
近づくにつれ、尖った船首が見えた。その後ろには長い船体が続き、側面には窓が並んでいる。
「……船?」
空に、船が浮いていた。
「えええっ!? あれが飛行魔道具ですか!?」
「そうなのです! アルセリア王国が誇る、大型飛行魔道具なのです!」
シルキーさんが胸を張る。
話には聞いていた。
聞いていたけど!
「あんなに大きなものを、どうやって浮かせてるんですか!? 浮遊術式!? 風圧制御!? それとも――」
船底で、幾つもの魔法陣が輝いていた。
船首が少し傾くと、左右の魔法陣が別々に明滅する。
……あっ。
「浮かせる術式と、姿勢を保つ術式が別なんですね!」
「ええ。左右の出力を調整しているようなのです」
「だったら、横風を受けたときは? 荷物の重さが変わったら、重心も変わりますよね!?」
「セリスさん。質問は、船が着いてからにするのです」
「はいっ! まとめておきます!」
「何枚にもまとめる必要はないのです!」
ううっ。
もう五つくらいあるんですけど!
飛行魔道具が高度を落とす。
船底の光が広がると、巻き起こりかけた砂埃が外側へ流れていった。
そして、大きな船体が静かに地面へ触れる。
「着陸の衝撃まで抑えてる……!」
すごい。
絶対、近くで見たい!
船腹の扉が開き、渡り板が下ろされた。
「……分解は駄目だからね」
聞き覚えのある声に、私は顔を上げた。
猫耳のついたフード。
その下から覗く青銀色の髪と、少し眠たそうな目。
「ネスラさん!」
「……久しぶり」
私は思わず駆け寄った。
「お元気でしたか!?」
「……それなりに」
「魔力可視化装置の検証は!? どうなりました!?」
「……二つ目には、もうそれなんだ」
「あっ!」
しまった。
けれど、ネスラさんは驚いた様子もなく、脇に抱えた資料を持ち上げた。
「記録は持ってきた。現地で使えそうな器材も」
「本当ですか!?」
「君の分も積んである」
「……私の?」
ネスラさんは、当たり前みたいに頷いた。
「必要になるでしょ」
その言い方が、王立研究院にいた頃と同じで。
何だか、急に嬉しくなった。
面倒そうな顔をしているのに、いつも先に用意してくれるんだ。
「ありがとうございます!」
「……読むのは乗ってから。今は積み込み」
「セリス! その箱、こっちへ頼む!」
船の上から、アルディスさんが手を振っていた。
「はいっ!」
足元の箱を抱えて渡り板を上がると、アルディスさんが受け取ってくれる。
「助かる。元気そうだな」
「アルディスさんも!」
「ああ。……直接会うと、やっぱり安心するな」
いつもの、飾らない笑顔だった。
その向こうでは、カナメさんが船員さんへ物資の一覧を渡している。
「追加分でござる。治療用は、到着後すぐ下ろせる場所へ」
「奥へ積むなよ。昔みたいに、食料の下へ埋めるな」
「それをまだ覚えているのでござるか」
「おかげで一晩、干し肉の上で寝たからな」
「でも、一番よく眠っていたのはアルディスでしたよ」
ルシャナさんが笑う。
アルディスさんは、一瞬だけ言葉に詰まった。
「……疲れてたんだよ」
「存じているでござる。見張りの交代にも起きなかったゆえ」
「そっちは忘れてくれ」
思わず、私まで笑ってしまった。
遠隔会議では、あんなに頼もしかった人たちなのに。
こうしていると、ずっと一緒に旅をしている冒険者みたいだ。
そのとき、船内から通信担当の人が出てきた。
「竜人国より続報です。北方救護所の被害が確認されました」
アルディスさんの手が止まった。
「避難した人たちは?」
「所在は、まだ確認できていません」
誰も、すぐには口を開かなかった。
アルディスさんが、受け取った箱へ目を落とす。
それから、船員さんへ手渡した。
「積み込みを急ごう」
「残りはこちらで運ぶでござる」
「私は、受け入れ先の確認をしますね」
三人が、それぞれ違う方向へ動き出した。
私も踵を返す。
広場には、まだ運ぶべき箱が残っていた。
◇
「……わあ」
窓の下で、街並みが小さくなっていく。
城壁の向こうには街道が続き、荷車が列を作っていた。
あれも、竜人国へ向かう物資なのだろうか。
飛行魔道具は、ほとんど揺れずに高度を上げていった。
外周の魔法陣が、風に合わせて形を変えている。
浮遊、姿勢制御、それから船体の保護。
これだけの術式を、同時に動かしているんだ。
「ネスラさん。制御用の回路って――」
「……これ」
膝の上に、薄い記録板を置かれた。
「外に出ている術式の記録。船体へ魔力を流す前に、そっちを見て」
「まだ何もしてませんよ!?」
「……まだ、でしょ」
うっ。
どうして分かるんでしょうか。
「セリスの扱いがうまいな」
「……分かりやすいから」
アルディスさんまで笑っている。
私は少し頬を膨らませながら、記録板を受け取った。
「……ありがとうございます」
船内では、皆さんが短い休憩を取っていた。
シルキーさんは奥の器材室で、積み荷の確認を続けているらしい。
向かいに座るアルディスさんの剣が、窓からの光を受けた。
鞘には、いくつもの傷がある。
さっきの話みたいに、この剣も長い旅をしてきたのだろう。
「あの。皆さんが一緒に旅をしていた頃のお話、聞いてもいいですか?」
ルシャナさんが顔を上げた。
「六英雄のお話?」
「はい。戦いのことは聞いているんですけど、どうやって一緒になったのかは、知らなくて」
「最初から仲がよかった、とは言えんでござるな」
「お前が初対面で、俺の剣の使い方に口を出したからだろ」
「敵へ近づく前に、相談くらいしてほしかったのでござるよ」
「……あら。今も似たようなお話をしていますね」
ルシャナさんの一言に、二人が顔を見合わせた。
「まあ、そんな始まりだ」
アルディスさんが肩をすくめる。
ルシャナさんは膝へ竪琴を置き、弦へそっと指を添えた。
「当時は、人間の国々へ侵攻していた暗黒皇帝と、竜人国を襲った邪龍王。二つの脅威がありました」
「別々の場所で、同時に?」
「ええ。それぞれ戦っていた私たちが、旅の途中で出会ったのです」
人間のアルディスさん。
エルフのルシャナさん。
獣人のルカさん。
魔族のカナメさん。
ドワーフのドーンさん。
そして、竜人のドグルさん。
「六つの種族から、一人ずつ……」
「六柱の神々に、それぞれ適合した者でもありました。もっとも、集まっただけで何でもできたわけではありませんよ」
「船を出してくれた者も、傷を治してくれた者もいたでござる。そうして魔の島へ渡り、暗黒皇帝を倒した」
「その後、邪龍王との戦いへ向かったんだ」
アルディスさんが続けた。
「大勢に助けられた。俺たち六人だけじゃ、辿り着くことすらできなかったさ」
目の前の人たちが、歴史の中にいる。
不思議な感じだった。
さっきまで、干し肉の話をしていたのに。
「ドグルさんも、その旅で出会ったんですか?」
「ああ。会ってすぐに一戦やった」
「ええっ!?」
「俺の剣を見て、強そうだと言い出してな」
「アルディスも、嬉しそうに抜いていましたけれど」
「……まあ、それは否定しない」
カナメさんが呆れたように息を吐いた。
「二人とも、日が暮れるまで戻らなかったのでござる」
「どっちが勝ったんですか?」
「決着はつかなかった」
アルディスさんは、剣の柄へ軽く触れた。
「次に会ったら続きをやろうって、何度も言ってたんだがな」
その指が止まる。
私は、次の質問を飲み込んだ。
もう、その続きはできない。
ルシャナさんが窓の外へ目を向けた。
「ドグルは、邪龍王との戦いで亡くなりました」
「……はい」
雲の影が、船内をゆっくり横切った。
アルディスさんは、しばらく剣を見つめていた。
やがて顔を上げ、少しだけ笑う。
「あいつの話なら、ドーンが来てからにしよう」
「そうでござるな」
「自分抜きで話したと知ったら、きっと拗ねますから」
ルシャナさんの言葉に、二人が頷いた。
私は、膝の上の記録板を抱え直した。
◇
翌日、飛行魔道具は教国の集積地へ降りた。
倉庫の前には、薬品や魔石の箱が積まれている。
その脇を、毛布を載せた荷車が通り過ぎた。
全部が船へ来るわけではない。
国境の避難民受け入れ施設へ向かう荷物もあるのだと、ネスラさんが教えてくれた。
「がっはっは! ようやく来おったか!」
渡り板が下りるより早く、声が届いた。
「相変わらず、遠くまで聞こえるな」
「お前の耳がよいんじゃろう!」
ドーンさんが船へ上がり、アルディスさんの肩を叩く。
「痛い」
「嘘をつけ。今、身を逃がしたじゃろ」
「避けなきゃ痛いからな」
「剣聖が、その程度で壊れるか!」
そのまま二人で笑い出した。
「カナメ、積み荷の一覧じゃ」
「確かに」
「ルシャナ。薬草は日差しの当たらん場所で頼む」
「ええ。こちらへ運んでもらいますね」
挨拶の続きをしながら、仕事が進んでいく。
私も箱を運ぼうと身をかがめた、そのときだった。
「あっ!」
荷車の車輪が、地面の窪みにはまった。
積み上がった箱が傾く。
私は反射的にミライへ手を伸ばした。
けれど、箱は落ちなかった。
地面へぶつかる寸前で、ふわりと浮く。
蓋の隙間からこぼれかけた小瓶まで、その場に留まっていた。
「そのまま、車輪を引き上げてください」
落ち着いた声がした。
金色の長い髪を後ろで束ねた青年だった。
黒と金の衣装の袖口から、指をわずかに動かしている。
箱が水平へ戻り、小瓶が一本ずつ収まった。
最後に蓋が閉じ、荷台へ静かに降りる。
「怪我はありませんね?」
「はい! ありがとうございます!」
……今の、風?
すぐ隣の書類は、一枚も飛んでいない。
箱と瓶。
それぞれの形に合わせて、必要なところだけ支えたんだ。
「すごい……!」
「レスター、助かった」
「いえ、大神官様。救援部隊の準備も整いました。国内に残る部隊への引き継ぎは済ませてあります」
「うむ。頼りにしておるぞ」
青年はドーンさんへ一礼した。
その後ろで、シルキーさんがぴたりと足を止める。
「……お兄様?」
レスターさんが振り返った。
そして、さっきまでの落ち着いた顔が、ぱっと明るくなる。
「シルキー!」
早い。
気づいたときには、もう妹の前にいた。
「無事だったか!」
「もちろんです! わたくしも救援に――」
「怪我は?」
「していないのです」
「魔力の消耗は? 昨夜は眠れた? 食事はちゃんと取っている?」
「お兄様、質問は一つずつなのです!」
「少し痩せていないか?」
「最後に会ったときも、同じことを言っていたのです!」
……あれ?
さっきまで、とっても落ち着いた人だったのに。
「ネスラさん。あの人、シルキーさんのお兄さんなんですか?」
「……レスター・リーン。教国の魔法師団長」
「魔法師団長!?」
「シルキーさんとは、実の兄妹」
教国の魔法師団長が、シルキーさんのお兄さん。
その団長さんは今、魔族国の魔法師団長の頭を撫でていた。
「よかった。本当に、元気そうでよかった」
「もう! わたくしは子どもではないのです!」
「分かっているよ。立派な魔法師団長だ」
「ふふーん♪ 当然なのです!」
あ、喜ぶんだ。
「でも、僕の妹だろう?」
「それとこれとは、別なのです!」
シルキーさんは頬を膨らませた。
けれど、頭の上の手を振り払う様子はない。
レスターさんが、ようやくこちらへ顔を向ける。
「君がセリスさんだね」
「は、はいっ! セリス・アルフィーネです!」
「妹の手紙で、何度も名前を見たよ。研究が楽しいと、よく書いてあった」
「お兄様! 手紙の話はしなくてよいのです!」
「食事を忘れるほど、とは書いていなかったけれど」
「…………」
「シルキー?」
シルキーさんの視線が、すうっと横へ流れた。
……あ。
その方向、私なんですけど。
「セリスさん。もし妹が食事を忘れていたら、教えてもらえるかな」
「は、はい!」
「睡眠も」
「お兄様!」
「あと、危険な実験をするときは――」
「わたくしを何歳だと思っているのですかぁっ!」
ドーンさんが、腹を抱えて笑い始めた。
「がっはっは! 諦めい、シルキー! お前さんの兄は、昔からこうじゃ!」
「分かっているのです! 分かっているから困るのです!」
レスターさんは、少しも悪びれていなかった。
「心配くらいさせてほしいな。大切な妹なんだから」
……すごい。
今、真顔で言った。
「……セリス」
「はい?」
「このままだと、出発が遅れる」
ネスラさんが、小さく息を吐いた。
そのとき、シルキーさんが器材箱を指さした。
「それより、お兄様! 教国での観測記録は!?」
「ああ、こちらだよ。現地で術式が乱れた箇所を、見てもらいたい」
箱の留め具が外れる。
シルキーさんは、すぐさま記録を覗き込んだ。
「……むむ。ここ、補正が遅れているのです」
「そう。供給量を上げても改善しなかった」
「なら、顕現する直前の変動も確認するのです!」
「頼めるかな」
「えっへん! 任せるのです!」
レスターさんが、嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱり、僕の妹は頼もしい」
「ふふーん♪」
……これは、ずっと続きそうです。
◇
教国を離れた船は、北へ進んだ。
器材室では、シルキーさんとレスターさんが記録を広げている。
兄妹だからだろうか。二人とも、相手の説明が終わる前に次の回路へ目を向けていた。
レスターさんが問題の箇所を示し、シルキーさんが補正案を書き込む。
その手つきには、互いの技量への迷いがなかった。
ネスラさんも、人間国から持ってきた記録を隣へ並べる。
人間国、魔族国、教国。
三つの国の魔法師団長が、同じ机を囲んでいる。
……ううっ。
このまま、ずっと見ていたい。
「セリス殿。ルカ殿から連絡でござる」
カナメさんに呼ばれ、私は船室へ向かった。
通信魔道具の向こうで、木の葉が揺れていた。
その下から、黒と白の猫耳が覗く。
『教国を出たんだね。じゃあ、もう少しにゃ』
「ルカさん!」
『北側の街道は、人も荷車も増えてる。船は予定どおりの場所へ。こっちは別の道を調べてから合流するよ』
眠たそうだった目は、周囲へ細かく動いていた。
「一人で先へ行きすぎるなよ」
『あんたに言われるとは思わなかったにゃ、アルディス』
「今は、ちゃんと船に乗ってる」
『昔も、降りた途端に走り出したでしょ』
ドーンさんが噴き出した。
「がっはっは! あったのう!」
『ドーンも一緒に走ったにゃ』
「……そうじゃったか?」
「二人とも走ったでござる」
カナメさんの返事が、妙に早かった。
『こっちは道を調べてたのに、後ろから敵を連れてくるんだもん。斥候を何だと思ってるにゃ』
「道を見つける天才」
『褒めれば済むと思うなにゃ』
そう言いながら、ルカさんの尻尾が窓の端で揺れた。
ルシャナさんが、そっと声をかける。
「食事は取れていますか?」
『……ルシャナまで、お母さんみたいなこと言わないで』
「帰ってきたら、温かいものを用意しますね」
『それはお願いするにゃ』
ルカさんは、周囲へ目を向けた。
『次の連絡は、日暮れ前。遅れたら、そっちの予定を優先して』
「分かった。こちらの進路も送るでござる」
『よろしく。……みんなも、気をつけてね』
最後の声だけ、少し柔らかかった。
光の窓が閉じる。
「相変わらずじゃな、あやつも」
ドーンさんは椅子へ腰を下ろし、隣へ戦槌を立てかけた。
「俺たちの失敗を、よく覚えてる」
「忘れさせてやらんからじゃろう」
ルシャナさんが、お茶を差し出す。
「セリスちゃんに、昔のお話をしていたんです」
「ほう?」
「ドグルさんのことも、少し」
私が答えると、ドーンさんは湯気の向こうで目を細めた。
「そうか。何を聞いた?」
「強い敵へ、真っ先に飛び込んでいく人だったって」
「がっはっは! 間違ってはおらんな!」
「作戦を聞き終える前に走るので、困ったものでござる」
「でも、ちゃんと聞いていたでしょう?」
ルシャナさんに言われ、カナメさんが苦笑した。
「……聞いていたでござるな」
アルディスさんが、椅子の背へ身体を預ける。
「山道の橋、覚えてるか?」
「忘れるわけがなかろう。わしが渡り終える前に崩れたんじゃぞ!」
「ドーンさん、大丈夫だったんですか!?」
「見てのとおり、ここにおる!」
ドーンさんが笑った。
「負傷者を背負っておってな。あと少しというところで、足場が落ちた」
「私は対岸にいて、間に合わなかったんです」
ルシャナさんがカップへ目を落とす。
「そのとき、ドグルが戻ってきて」
「槍を橋桁に引っ掛けて、俺に柄を渡したんだ。『持っとれ!』って、それだけ」
「それだけ!?」
「ああ。それで、自分は崩れかけた方へ飛び移った」
カナメさんが、懐かしそうに息を吐いた。
「こちらが命綱を渡そうとしていたのに、勝手に行くのでござる」
「じゃが、わしらを引き上げてから、ちゃんとその綱を使ったぞ」
「使って当然でござる!」
声が重なり、また笑いが起きた。
「そのあと、何て言ったと思う?」
「……何て?」
「『遅いぞ、置いていくぞ!』だ」
「自分で戻ってきたのに!?」
「そうじゃ! わしらを担いでおいて、それじゃからのう!」
同じ出来事なのに、覚えているところが少しずつ違う。
その全部を合わせると、一人の人の姿が見えてくる。
「アルディスさんは、槍を離さなかったんですね」
「離せるか。向こうに三人ぶら下がってるんだぞ」
「ドグルさん、分かっていたんですね」
私が言うと、アルディスさんはこちらを見た。
「アルディスさんなら、絶対に持っていてくれるって」
一瞬、誰も何も言わなかった。
それから、アルディスさんが小さく笑う。
「……そうだな。あいつなら、そう思ってただろうな」
ドーンさんの手が、戦槌の柄を撫でた。
「最後も、勝手な男じゃった」
今度は、誰も笑わなかった。
「わしを生かして、自分だけ先に逝きおって」
船体を流れる魔力の低い音が、耳に届いた。
私は、何があったのか聞けなかった。
ドーンさんの手が、柄から離れなかったから。
「……もう一度、背中を預けたかったわい」
その声は、さっきまでよりずっと小さかった。
アルディスさんが、ゆっくり頷く。
「ああ」
それだけだった。
けれど、ドーンさんは一度、強く唇を結んだ。
ルシャナさんが、空になったカップへお茶を注ぐ。
カナメさんは何も言わず、北へ向かう窓の外を見ていた。
やがて、ドーンさんが顔を上げた。
「……教国の宿は、空けてきたぞ」
アルディスさんが、そちらを見る。
「寝床も、飯も用意した。あいつの故郷の者たちが来るんじゃ。腹を空かせたままにはせん」
「なら、連れていこう」
「もちろんじゃ」
声に、力が戻った。
「竜人たちが助けを求めておる。あいつなら、誰に止められようと走っていくじゃろう」
「ええ。私たちが支度を終える前に」
「今度ばかりは、先に作戦を決めさせてもらうでござる」
カナメさんが笑う。
アルディスさんは、剣の柄へ手を置いた。
「六人で守った世界だ」
その声に、私は顔を上げた。
「あいつがいなくなったからって、残った五人で背を向けられるかよ」
ドーンさんが、大きく頷いた。
「そのとおりじゃ!」
「ルカも、きっと同じことを言うでござる」
「ええ」
ルシャナさんは、竪琴を抱き寄せた。
「帰ってきたら、また六人のお話をしましょう。ドグルが呆れるくらい、何度でも」
私は、四人を見つめていた。
ドグルさんは、ここにいない。
でも、誰かが話し始めると、ほかの人が続きを覚えている。
笑い方も、困った癖も。
何を言って、どんなときに駆けつけてくれたのかも。
この人たちにとっては、今も六人なんだ。
「……私も」
気づけば、声が出ていた。
「私も、竜人国を守りたいです!」
四人がこちらを見る。
「逃げている人たちを、ちゃんと安全な場所へ連れていきたい。魔術が乱れても、守れる方法を見つけたいです」
ぎゅっと、ミライを握る。
「ドグルさんには、会えませんけど……皆さんがこんなに大切にしている人の故郷なら、私も一緒に守りたい!」
アルディスさんが笑った。
「ああ。力を貸してくれ、セリス」
「はいっ!」
「がっはっは! 頼もしいのう!」
「研究の成果、存分に頼らせてもらうでござるよ」
「ありがとうございます、セリスちゃん」
胸の奥が、熱くなった。
世界を救った英雄たちが、私の力を求めてくれている。
嬉しくて、少し怖くて。
それでも、この人たちと一緒に行きたかった。
◇
席を立つと、入口にネスラさんがいた。
「……観測器材、準備できた」
「ありがとうございます! すぐ行きます!」
すれ違おうとして、袖を軽く引かれた。
「……無茶はしないでね」
「ネスラさんまで。私、そんなに危なっかしいですか?」
「……うん」
「即答!?」
ネスラさんの口元が、少し緩んだ。
「応援はしてる」
「本当ですか?」
「だから、ちゃんと帰ってきて」
袖をつまむ指に、ほんの少しだけ力がこもる。
「研究の続き、まだ残ってるから」
……もう。
私はその手を見て、それから顔を上げた。
「はい。帰って、一緒に調べましょう!」
ネスラさんが、手を離す。
器材室では、シルキーさんが私を呼んでいた。
「セリスさん! この記録、見てほしいのです!」
「はいっ! 今行きます!」
窓の下を、街道が延びていた。
その道を、たくさんの荷車が進んでいる。
私たちの船も、その先へ向かっていた。
◇
竜人国、王都。
「確認隊から、新たな報告は」
アルゼイン王の問いに、軍務官が首を振った。
「救護所周辺を捜索中です。避難民の所在は、依然として確認できておりません」
「捜索は続けよ。ただし、帰還時刻を守らせるのだ。隊まで失うわけにはいかぬ」
王は、机上の地図へ目を落とした。
壊滅した救護所の周囲には、まだ人々を受け入れている拠点がある。
「ここへの新規の移送は止める。教国側の受け入れ先へ振り分けられる人数を、至急確認せよ」
「はっ」
「既に滞在している者には護衛を増やす。移動できる者から、次の拠点へ」
文官が指示を書き取る。
その隣で、通信担当が顔を上げた。
「援軍の飛行魔道具が、教国を出発しました」
王の指が、地図の上で止まった。
「……そうか」
空を進む船。
地上を進む物資。
国境で開かれた受け入れ先。
救うための道は、少しずつつながり始めている。
「到着予定地までの街道を確保せよ。現地の記録を揃え、着き次第、動けるようにしておくのだ」
「承知しました」
文官たちが部屋を出ていく。
王は、北部の砦から届いた報告を手に取った。
防衛線、維持。
その下にあるのは、後方拠点からの増援要請だった。
同じ地図の上で、二つの報告が重なる。
そのとき、通信担当の手元で、小さな音がした。
定時連絡を受けていた魔道具の光が揺れている。
『こちら、第二救護拠点。予定していた馬車が――』
声が切れた。
「第二救護拠点、応答を」
魔術師が術式を調整する。
光は戻らない。
アルゼイン王は、手にしていた報告書を置いた。
「予備の連絡経路へ切り替えよ。伝令も出すのだ」
「はっ!」
窓の外では、援軍を迎えるための旗が上がっていた。
王は、その向こうの空を見つめる。
「……間に合ってくれ」
まだ、船の姿は見えなかった。
お読みいただき、ありがとうございます!
教国魔法師団長、レスター・リーン登場!
小瓶一本まで自在に支える風の使い手も、妹を前にすると心配が止まりません。
シルキーも、なんだかんだ嬉しそうですね。
そして、六英雄。
誰かが思い出を語れば、別の誰かが続きを覚えている。
ドグルがどんな男だったのか、彼を知る仲間たちの笑い声から感じてもらえたら嬉しいです。
「帰ってきたら、また六人のお話をしましょう」
その約束を胸に、船は竜人国へ。
次回も、よろしくお願いします!




