第61話「勝ってるはずなのに、ピンチじゃありません!?」
竜人国の北部では、各国の協力によって影の討伐が進んでいます。
ところが、届く報告には少しずつ妙な食い違いが……?
勝っているはずなのに、なぜか安心できない。
第61話、お楽しみください!
竜人国北部、国境警備砦。
「影、三体接近!」
見張り台の声に、指揮官が顔を上げた。
「避難民は?」
「最後尾が南の街道へ入りました!」
「よし。影を街道へ近づけるな!」
盾を持つ兵士たちが前へ出る。
森からは、なおも魔物が飛び出していた。普段なら縄張りを争う獣たちが、互いに目もくれず砦の脇を駆け抜けていく。
兵士たちは、その流れを避けて陣を組んだ。
黒い腕が振り上がる。
その瞬間、砦の上から雷が落ちた。
「第一目標、命中!」
魔族国から先行して到着した魔術師たちが、次の術式を展開する。よろめいた影の進路を、竜人の兵士が左右から塞いだ。
胸の奥がざわつく。
盾を握る手に汗が滲む。
「距離を保て! 追うな!」
号令に従い、隊列を整える。
影が再び踏み込んだところへ、二撃目が落ちた。
三体を倒すまで、長くはかからなかった。
「対象、すべて消失!」
「負傷者は?」
「二名。救護班へ搬送済みです!」
砦の内側では、教国の神官が担架を受け取っていた。観測担当者が交戦時刻を書き留め、見張りは森へ目を戻す。
間もなく、王都へ報告が送られた。
『北部防衛線、維持。影三体を討伐。避難民の通過、完了』
◇
二日目、影四体を討伐。
砦の損害は軽微。周辺の村からは、予定どおり住民が避難した。
三日目、影二体を討伐。
獣人国の偵察隊が魔物の移動を捉え、護衛部隊は避難路を変更した。主要街道の通行は保たれた。
ただし、砦から離れた村で、魔術の不調が報告された。
四日目、北部防衛線に大きな変化なし。
後方の街道で、定時連絡が一件途絶えた。調査隊が見つけたのは、魔物の足跡と、道端に放置された荷車だった。
持ち主は、まだ見つかっていない。
そして五日目。
王都へ、二通の報告が届いた。
『北部防衛線、敵の突破を認めず』
『王都北方の街道にて、黒い人影を目撃』
前線は、破られていなかった。
◇
「……倒してるのに、増えてません?」
魔族国の研究室で、私は地図を見つめていた。
赤い印は、影が確認された場所。
青い印は、魔術の不調が報告された場所だ。
北部の砦には、討伐成功の記録が並んでいる。それなのに、青い印は後方の街道や村にも増えていた。
シルキーさんが、手元の報告から顔を上げる。
「不調の報告なのです?」
「はい。影がいなくなった場所でも続いてますし、目撃されてない場所にまで……」
「待つのです。この村は、影を見なかったという報告なのです。いなかったとまでは言えないのです」
「あっ、そっか」
私は報告書を引き寄せた。
試作指輪で測った記録もあれば、いつもの魔術が使いにくかったという証言もある。同じ印をつけたせいで、全部同じ確かめ方をしたように見えていた。
「ミライ、観測方法ごとに印を分けて。日時も出して!」
『YES、セリス。表示を変更します』
青い印が、丸と三角に分かれる。
その横へ、小さく日付が浮かんだ。
私は報告書と照らし合わせながら、一つずつ確かめた。
「この街道は、前に測ったときは安定してたんですね」
「ええ。同じ担当者の記録があるのです」
「そのあとに、補正が増えた……」
別の場所では、影を倒した翌日にも不調が残っていた。
まだ測り直せていない村もある。
全部を一つの原因で説明できるかは、分からない。
でも、印を分け直しても、後方から届く報告は消えなかった。
「影を見つけた場所だけ調べてたら、間に合わないかもしれません」
「避難先と、その途中の街道も確認する必要があるのです」
シルキーさんが、新しい用紙を取り出した。
「この比較結果を竜人国へ送るのです。観測班を増やせるか、こちらでも手配します」
「ミライ、元の記録も一緒にまとめて!」
『比較結果に添付します』
紙が揃うのを待つ間、私は地図の中央を見た。
北部から延びる街道。
そこに並ぶ村と、避難拠点。
守られた砦を通り抜けた人たちが、今、向かっている場所だった。
◇
「その街道は、防衛線の後方だな」
竜人国の王宮で、アルゼイン王が地図を指した。
「はっ。避難民の護衛部隊が黒い人影を確認。近くの救護拠点へ移動しています」
「砦からの通過報告は?」
「ありません。ただし、砦の間を抜けた可能性は、まだ否定できません」
軍務官が北部の地図を広げる。
砦は落ちていない。
だが、砦の間には森があり、谷がある。そのすべてを兵で埋めることはできなかった。
「偵察隊に迂回路の確認を求めよ。後方の予備部隊は、救護拠点と街道へ分けて配置する」
「はっ!」
そこへ、魔族国からの連絡が届いた。
影の目撃がない地点でも、魔術の不調が報告されている。
避難先を含め、観測範囲を広げる必要がある。
王は最後まで目を通し、地図の北端から中央へ視線を移した。
「各国へ追加支援を要請する」
軍務官が筆を取る。
「北部の守りは維持する。そのうえで、後方を巡回し、救護と観測を支えられる部隊が必要だ」
「迎撃部隊を戻しますか?」
「今引けば、北からの避難が止まる。まず予備部隊でつなぎ、支援を受け入れる」
王は、救護拠点を示す駒を置き直した。
「現地で影に対処した者にも、来てもらいたい。報告だけでは分からぬことがある」
◇
「私、行きます!」
届いた要請を読み終えるより先に、声が出た。
シルキーさんがこちらを見る。
「私たちが見た干渉と、同じなのか確かめたいです。現地なら、ミライの記録とその場で比べられますし」
「研究室で待つだけでは、分からないこともあるのです」
「はい。それに――」
私は地図の救護拠点を指した。
「ここ、今も人が集まってるんですよね。魔術が乱れているなら、守る人にも手伝いが必要です」
シルキーさんは頷き、杖を手に取った。
「観測担当と護衛を編成するのです。セリスさん、持っていく記録を選ぶのです!」
「全部です!」
「すぐ使う順に並べるのです!」
「……はいっ!」
ミライに整理を頼んでいると、ルシャナさんとカナメさんが入ってきた。
「二人とも、出発するつもりね?」
「はい!」
「では、私も一緒に行くわ。現地の救護の様子も、確かめたいもの」
カナメさんが、数通の連絡書を机へ置いた。
「教国では、ドーン殿が追加の神官隊と動く準備を始めたでござる。アルディス殿も、人間国の支援部隊と竜人国へ向かうとのこと」
「アルディスさんも?」
「護衛が必要な街道が増えていると聞いて、じっとしていられなかったようでござるな」
ルシャナさんが小さく笑った。
「ルカは?」
「偵察隊の報告を受けて、自ら後方の街道を調べるそうでござる。影がどこを通ったのか、確かめたいと」
「……みんな、動き始めてるんですね」
カナメさんは頷いた。
「拙者も支援の引き継ぎを済ませて同行するでござる。移動と連絡の手段は、多い方がよいでござるからな」
遠隔会議で地図を見ていた人たちが、今度はそこへ向かう。
私は机の上の指輪を箱へ収めた。
ミライの記録を確かめ、蓋を閉じる。
「セリスちゃん、忘れ物はない?」
「大丈夫です!」
「食事も済ませてからよ」
「……あっ」
ルシャナさんの視線が、手つかずの皿へ向いた。
私は慌ててパンを取った。
調べたいことも、準備したいことも、山ほどある。
でも、向こうへ着いてから動けなかったら意味がない。
パンを頬張りながら、もう一度、荷物を確かめた。
◇
その夜、竜人国の王宮には、続けて報告が届いていた。
「北部第三砦、影五体を討伐。防衛線を維持しています!」
「負傷者の救護と、部隊の交代を進めよ」
伝令が下がる前に、別の声が響く。
「王都北方の避難拠点より、緊急報告!」
アルゼイン王が顔を上げた。
「影を確認。救護所周辺で魔術の不調が発生し、搬送が滞っています!」
「予備部隊は?」
「すでに向かっております!」
王は地図へ寄った。
「次の避難隊を、その拠点へ入れるな。南側の受け入れ先へ連絡し、経路を切り替えよ」
「はっ!」
通信担当の魔術師が、光の窓へ呼びかける。
「北方救護所、予備部隊が向かっています。搬送可能な人数を知らせてください」
窓の中で、人影が揺れた。
『こちら、北方救護所! 影は街道側に……護衛が、対応中です!』
「搬送の状況は?」
『術式が安定せず……担架に切り替えて――』
声が歪んだ。
魔術師が手を動かし、窓の輪郭を支える。
一度は戻った光が、すぐに大きく波打った。
『こちらの声は……届いて……』
窓が消えた。
「再接続します!」
魔法陣が組み直される。
しかし、浮かんだ光は形を結ばず、ほどけた。
王は通信担当から、待機していた伝令へ向き直った。
「騎馬伝令を出せ。予備部隊との合流地点で状況を確かめ、連絡をつなげ」
「はっ!」
「再接続も続けよ。原因が分からぬうちは、通信だけを待つな」
伝令が走り出した。
室内には、報告を読み上げる声と、地図の駒を動かす音が残った。
北部の砦は、どこも健在だった。
交戦すれば、影は倒せている。避難できた村も増えていた。
それでも、後方へ回せる駒は、残り少なくなっていた。
「……守るべき場所が、増えている」
アルゼイン王は、通信の途絶えた拠点を見つめた。
援軍は、こちらへ向かっている。
その到着まで、今いる兵で街道を保たなければならない。
「次の報告を」
北部からは、その夜も討伐成功の知らせが届いた。
北方救護所との通信は、まだ戻らなかった。
影を倒し、避難も進み、防衛線も健在。
……なのに、なぜか危険な場所が増えていく!?
今回のポイントは、戦いには勝っているのに、状況が少しずつ悪くなっているという不思議な現象です。
そして、セリスたちもついに竜人国へ!
魔法オタクの研究が、この異変を解き明かす鍵になるのでしょうか?
次回もお楽しみに!
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