第60話「六英雄、緊急対策会議!?」
影との戦闘を経て、少しずつ集まり始めた観測記録。
セリスとシルキーの研究が進む一方、各国でも不穏な動きが……。
そして今回は、六英雄たちによる緊急対策会議!
果たして、魔法オタクのセリスは真面目に会議へ参加できるのでしょうか?(笑)
それでは、第60話をお楽しみください!
「おおっ! もう記録が届いてます!」
翌朝、研究室へ入ると、机の上に報告書が並んでいた。昨日渡した試作指輪を使い、近隣の警備隊が比較観測を始めてくれたらしい。
私はさっそく一枚を手に取った。
同じ兵士さんが、同じ指輪で光を作った記録だ。
詰め所では、補正はほとんど必要なかった。ところが、影が目撃された街道沿いでは、明るさを保つために何度も調整している。
「違いが出てますね!」
「ふふーん♪ こちらも見るのです!」
シルキーさんが、隣の報告書を差し出した。
そちらでは、影が現れた場所でも光は安定していた。一方、討伐後にも補正が必要だったという記録もある。
「……影がいた場所なら、どこでも同じってわけじゃないんですね」
「ええ。時刻も含めて、比べていく必要があるのです」
私はミライに記録を整理してもらい、地図の上へ観測地点を並べた。
私たちが行っていない場所にも、調べてくれる人がいる。
昨日は分からなかったことが、こうして少しずつ届くのだ。
次の紙を手に取ったところで、扉が開いた。
「シルキー様! 第二警備所から緊急報告です!」
入ってきた魔術師さんが、息を整えながら書状を差し出す。
「昨夜出現した影は討伐されました。しかし、救護中の兵士に異常が続き、周辺では魔術の不調も確認されています」
「搬送は進んでいるのです?」
「はい。ただ、まだ現地に残っている者がおります。救護と護衛の増援を求めています」
シルキーさんは書状に目を通し、頷いた。
「両班を手配するのです。わたくしたちも向かいます」
「はい!」
私は観測用の指輪を箱へ戻し、ミライを手に取った。
「セリスさん、記録も持っていくのです」
「もう入れました!」
「ふふーん♪ では、出発なのです!」
◇
第二警備所の門前には、救護用の馬車が並んでいた。
担架を運ぶ人。その人たちの通り道を空ける人。街道へ目を配り、周囲へ合図を送る人。
昨日伝えた役割分担が、ここではもう動き始めている。
「シルキー様!」
隊長さんが駆け寄ってきた。
「搬送できる者から出発させています。残る一人が門へ近づくのを怖がっており、医療班が付き添っています」
「様子を見に行くのです。その間に、増援を配置してほしいのです」
布で仕切られた救護所には、若い兵士さんが座っていた。
毛布を握り、門の方を見つめている。
「……あそこには、戻りたくない」
「森へは戻りませんよ。馬車は、反対の街道へ進みます」
隣にしゃがんだ医療班の人が、進む方を手で示した。
「ここから馬車までは、私も一緒です」
兵士さんはしばらく動かなかった。
やがて、毛布から片手を離し、差し出された腕へ触れた。
私は入口で足を止めた。
医療班の人がこちらへ小さく頷く。私も頷き返し、通り道を空けた。
「観測班の準備ができました」
背後から声がした。
シルキーさんが隊長さんへ振り返る。
「救護は、このまま進めてほしいのです。こちらは観測に入ります」
「承知しました」
◇
最初の観測地点は、警備所から離れた街道だった。
護衛が周囲を見る中、観測役の兵士さんが指輪をはめた。
魔石から魔力が供給され、指先に小さな光が灯る。
「明るさ、基準どおりです。補正はほとんど要りません」
記録を取ってから、昨夜の交戦地点へ移った。
同じ人が、同じ指輪で、同じ明るさの光を作る。
今度は、灯った直後に輪郭が揺れた。
「……少し、弱くなります」
兵士さんが意識を集中させると、光が戻った。
けれど、しばらくすると、また細く揺らぎ始める。
「ミライ、今の調整を記録して」
『YES、セリス。出力維持に必要な補正量が増加しています』
私は光と、その向こうの地面を見た。
昨夜、影が倒された場所だ。今は、焦げた跡だけが残っている。
「ここでも、続いてますね」
「ええ。次は時間を変えて、同じ地点を測るのです」
シルキーさんが記録係へ声をかけた、そのときだった。
「森に影! 二体です!」
観測役の兵士さんが光を消した。
私も顔を上げる。
木々の間に黒い輪郭が二つ。その一方がこちらへ進み、もう一方は街道の方へ身を翻した。
……また、馬車へ?
「救護班、出発するのです! 護衛は馬車について!」
「了解!」
「観測班は後退! 討伐班、街道側を押さえるのです!」
声が飛び、兵士さんたちが動いた。
記録用の魔石は箱へ収まり、観測班が下がっていく。馬車の車輪は、もう回り始めていた。
「ミライ、二体を捕捉!」
『対象二体を捕捉』
「セリスさん、森側を!」
「はい!」
私は近づいてくる影へ、雷の術式を展開した。
光の輪が閉じかけたところで、端がわずかに歪む。
今度は、その揺れを待たずに魔力を調整した。
「そこ!」
輪の内側を雷が走り、黒い身体を包む。
影は腕を振り上げたまま崩れ、消えた。
『対象一体、消失』
すぐに街道へ視線を移す。
もう一体の前には、討伐班の盾が並んでいた。影が横へ抜けようとすると、紫色の雷が地面を貫く。
「そちらへは行かせないのです!」
シルキーさんの杖が、影の動きを追った。
馬車の護衛は戻ってこない。そのまま馬車を送り出し、討伐班が影の進路を狭めていく。
「右へ出るぞ!」
兵士さんの声と同時に、影が身を翻した。
その先へ、一本に束ねられた雷撃が落ちる。
黒い輪郭が、光の中で崩れた。
「対象消失!」
「周囲の警戒は続けるのです!」
シルキーさんの指示に、兵士さんたちが再び外へ目を向ける。
私は街道の先を確かめた。
救護馬車は、すでに遠ざかっている。観測班も、荷物を抱えて後方へ移れていた。
「……皆さん、早かったですね!」
「えっへん! 打ち合わせた甲斐があったのです!」
シルキーさんが胸を張った。
昨日は、影を止めながら、馬車をどう逃がすか考えていた。
今日は私たちが倒し終わる前に、馬車が離れていた。
私は戻ってきた観測役の兵士さんへ声をかけた。
「記録は無事ですか?」
「はい。全部持って下がれました」
箱を掲げる姿に、思わず笑みがこぼれた。
「よかったです!」
◇
夕方、本部へ戻った私たちを待っていたのは、ルシャナさんとカナメさんだった。
「お帰りなさい。ちょうど、こちらも準備が整ったところよ」
ルシャナさんの隣で、カナメさんが床の魔法陣へ最後の線を加える。
「各国との遠隔会議でござる。二人の報告も、共有してもらいたいのでござるよ」
「遠隔会議!」
私は思わず魔法陣へ近づいた。
「これ、複数の場所と同時につなぐんですか!?」
「そのとおりでござるが――」
「送り先ごとに回路が分かれてる! じゃあ、受け取る声はどうやって混ざらないように……」
「セリス殿。まず、つなぐ相手の話を聞くでござる」
「……あっ。はい!」
ルシャナさんが、くすっと笑った。
「仕組みのお話は、終わってからね」
「約束ですよ!」
カナメさんが苦笑しながら魔力を流すと、空中に光の窓が開いた。
『おう、セリス! 久しぶりだな!』
「アルディスさん!」
思わず手を振る。
その隣にも、別の窓が浮かび上がった。
黒と白の猫耳を持つ女性が、頬杖をついてこちらを見ている。腰には短剣。背後で揺れる尻尾に目がいきかけたところで、女性が片手を上げた。
『やっとつながったにゃ。……お、初めましての子だ』
「セリス・アルフィーネです!」
『ルカ・ノクス。よろしくね〜』
「獣人国のルカ殿も、六英雄の一人でござるよ」
カナメさんの説明に、私は背筋を伸ばした。
すると、次の窓から大きな声が響く。
『がっはっは! 噂の娘がおると聞いて、楽しみにしておったぞ!』
赤い髪に、編み込まれた立派な髭。
分厚い鎧には神官らしい紋章があり、傍らには大きな戦槌が置かれていた。
『ドーン・グラディウスじゃ。よろしく頼む!』
「よろしくお願いします!」
アルディスさん、ルカさん、ドーンさん。
そして、この部屋にはルシャナさんとカナメさんがいる。
……ちょっと待って。
六英雄と呼ばれる人たちが、五人も集まってる!?
そこで最後の窓が開いた。
立派な角を持つ竜人の男性が、静かにこちらを見渡す。
銀灰色の髪と金色の瞳。背後には、広い王宮の一室が見えた。
シルキーさんが姿勢を正した。
「アルゼイン陛下。お時間をいただき、感謝するのです」
『構わぬ。各国の状況を聞ける機会は貴重だ』
「竜人国の国王、アルゼイン・ヴェルグラード陛下よ」
ルシャナさんが、そっと教えてくれる。
「こ、国王陛下!?」
『そう畏まらずともよい。今日は、皆の知恵を借りたい』
慌てて頭を下げた私に、陛下は穏やかに笑った。
カナメさんが一歩前へ出る。
「本日は、魔術師団長シルキー・リーン殿と、現地の調査に協力している冒険者にも参加してもらうでござる」
こちらへ手が向けられた。
「《青銀の魔女》、セリス・アルフィーネ殿でござる!」
『ああ、この子がそうなのかにゃ』
ルカさんが頬杖を外す。
「おおっ! もう記録が届いてます!」
翌朝、研究室へ入ると、机の上に報告書が並んでいた。昨日渡した試作指輪を使い、近隣の警備隊が比較観測を始めてくれたらしい。
私はさっそく一枚を手に取った。
同じ兵士さんが、同じ指輪で光を作った記録だ。
詰め所では、補正はほとんど必要なかった。ところが、影が目撃された街道沿いでは、明るさを保つために何度も調整している。
「違いが出てますね!」
「ふふーん♪ こちらも見るのです!」
シルキーさんが、隣の報告書を差し出した。
そちらでは、影が現れた場所でも光は安定していた。一方、討伐後にも補正が必要だったという記録もある。
「……影がいた場所なら、どこでも同じってわけじゃないんですね」
「ええ。時刻も含めて、比べていく必要があるのです」
私はミライに記録を整理してもらい、地図の上へ観測地点を並べた。
私たちが行っていない場所にも、調べてくれる人がいる。
昨日は分からなかったことが、こうして少しずつ届くのだ。
次の紙を手に取ったところで、扉が開いた。
「シルキー様! 第二警備所から緊急報告です!」
入ってきた魔術師さんが、息を整えながら書状を差し出す。
「昨夜出現した影は討伐されました。しかし、救護中の兵士に異常が続き、周辺では魔術の不調も確認されています」
「搬送は進んでいるのです?」
「はい。ただ、まだ現地に残っている者がおります。救護と護衛の増援を求めています」
シルキーさんは書状に目を通し、頷いた。
「両班を手配するのです。わたくしたちも向かいます」
「はい!」
私は観測用の指輪を箱へ戻し、ミライを手に取った。
「セリスさん、記録も持っていくのです」
「もう入れました!」
「ふふーん♪ では、出発なのです!」
◇
第二警備所の門前には、救護用の馬車が並んでいた。
担架を運ぶ人。その人たちの通り道を空ける人。街道へ目を配り、周囲へ合図を送る人。
昨日伝えた役割分担が、ここではもう動き始めている。
「シルキー様!」
隊長さんが駆け寄ってきた。
「搬送できる者から出発させています。残る一人が門へ近づくのを怖がっており、医療班が付き添っています」
「様子を見に行くのです。その間に、増援を配置してほしいのです」
布で仕切られた救護所には、若い兵士さんが座っていた。
毛布を握り、門の方を見つめている。
「……あそこには、戻りたくない」
「森へは戻りませんよ。馬車は、反対の街道へ進みます」
隣にしゃがんだ医療班の人が、進む方を手で示した。
「ここから馬車までは、私も一緒です」
兵士さんはしばらく動かなかった。
やがて、毛布から片手を離し、差し出された腕へ触れた。
私は入口で足を止めた。
医療班の人がこちらへ小さく頷く。私も頷き返し、通り道を空けた。
「観測班の準備ができました」
背後から声がした。
シルキーさんが隊長さんへ振り返る。
「救護は、このまま進めてほしいのです。こちらは観測に入ります」
「承知しました」
◇
最初の観測地点は、警備所から離れた街道だった。
護衛が周囲を見る中、観測役の兵士さんが指輪をはめた。
魔石から魔力が供給され、指先に小さな光が灯る。
「明るさ、基準どおりです。補正はほとんど要りません」
記録を取ってから、昨夜の交戦地点へ移った。
同じ人が、同じ指輪で、同じ明るさの光を作る。
今度は、灯った直後に輪郭が揺れた。
「……少し、弱くなります」
兵士さんが意識を集中させると、光が戻った。
けれど、しばらくすると、また細く揺らぎ始める。
「ミライ、今の調整を記録して」
『YES、セリス。出力維持に必要な補正量が増加しています』
私は光と、その向こうの地面を見た。
昨夜、影が倒された場所だ。今は、焦げた跡だけが残っている。
「ここでも、続いてますね」
「ええ。次は時間を変えて、同じ地点を測るのです」
シルキーさんが記録係へ声をかけた、そのときだった。
「森に影! 二体です!」
観測役の兵士さんが光を消した。
私も顔を上げる。
木々の間に黒い輪郭が二つ。その一方がこちらへ進み、もう一方は街道の方へ身を翻した。
……また、馬車へ?
「救護班、出発するのです! 護衛は馬車について!」
「了解!」
「観測班は後退! 討伐班、街道側を押さえるのです!」
声が飛び、兵士さんたちが動いた。
記録用の魔石は箱へ収まり、観測班が下がっていく。馬車の車輪は、もう回り始めていた。
「ミライ、二体を捕捉!」
『対象二体を捕捉』
「セリスさん、森側を!」
「はい!」
私は近づいてくる影へ、雷の術式を展開した。
光の輪が閉じかけたところで、端がわずかに歪む。
今度は、その揺れを待たずに魔力を調整した。
「そこ!」
輪の内側を雷が走り、黒い身体を包む。
影は腕を振り上げたまま崩れ、消えた。
『対象一体、消失』
すぐに街道へ視線を移す。
もう一体の前には、討伐班の盾が並んでいた。影が横へ抜けようとすると、紫色の雷が地面を貫く。
「そちらへは行かせないのです!」
シルキーさんの杖が、影の動きを追った。
馬車の護衛は戻ってこない。そのまま馬車を送り出し、討伐班が影の進路を狭めていく。
「右へ出るぞ!」
兵士さんの声と同時に、影が身を翻した。
その先へ、一本に束ねられた雷撃が落ちる。
黒い輪郭が、光の中で崩れた。
「対象消失!」
「周囲の警戒は続けるのです!」
シルキーさんの指示に、兵士さんたちが再び外へ目を向ける。
私は街道の先を確かめた。
救護馬車は、すでに遠ざかっている。観測班も、荷物を抱えて後方へ移れていた。
「……皆さん、早かったですね!」
「えっへん! 打ち合わせた甲斐があったのです!」
シルキーさんが胸を張った。
昨日は、影を止めながら、馬車をどう逃がすか考えていた。
今日は私たちが倒し終わる前に、馬車が離れていた。
私は戻ってきた観測役の兵士さんへ声をかけた。
「記録は無事ですか?」
「はい。全部持って下がれました」
箱を掲げる姿に、思わず笑みがこぼれた。
「よかったです!」
◇
夕方、本部へ戻った私たちを待っていたのは、ルシャナさんとカナメさんだった。
「お帰りなさい。ちょうど、こちらも準備が整ったところよ」
ルシャナさんの隣で、カナメさんが床の魔法陣へ最後の線を加える。
「各国との遠隔会議でござる。二人の報告も、共有してもらいたいのでござるよ」
「遠隔会議!」
私は思わず魔法陣へ近づいた。
「これ、複数の場所と同時につなぐんですか!?」
「そのとおりでござるが――」
「送り先ごとに回路が分かれてる! じゃあ、受け取る声はどうやって混ざらないように……」
「セリス殿。まず、つなぐ相手の話を聞くでござる」
「……あっ。はい!」
ルシャナさんが、くすっと笑った。
「仕組みのお話は、終わってからね」
「約束ですよ!」
カナメさんが苦笑しながら魔力を流すと、空中に光の窓が開いた。
『おう、セリス! 久しぶりだな!』
「アルディスさん!」
思わず手を振る。
その隣にも、別の窓が浮かび上がった。
黒と白の猫耳を持つ女性が、頬杖をついてこちらを見ている。腰には短剣。背後で揺れる尻尾に目がいきかけたところで、女性が片手を上げた。
『やっとつながったにゃ。……お、初めましての子だ』
「セリス・アルフィーネです!」
『ルカ・ノクス。よろしくね〜』
「獣人国のルカ殿も、六英雄の一人でござるよ」
カナメさんの説明に、私は背筋を伸ばした。
すると、次の窓から大きな声が響く。
『がっはっは! 噂の娘がおると聞いて、楽しみにしておったぞ!』
赤い髪に、編み込まれた立派な髭。
分厚い鎧には神官らしい紋章があり、傍らには大きな戦槌が置かれていた。
『ドーン・グラディウスじゃ。よろしく頼む!』
「よろしくお願いします!」
アルディスさん、ルカさん、ドーンさん。
そして、この部屋にはルシャナさんとカナメさんがいる。
……ちょっと待って。
六英雄と呼ばれる人たちが、五人も集まってる!?
そこで最後の窓が開いた。
立派な角を持つ竜人の男性が、静かにこちらを見渡す。
銀灰色の髪と金色の瞳。背後には、広い王宮の一室が見えた。
シルキーさんが姿勢を正した。
「アルゼイン陛下。お時間をいただき、感謝するのです」
『構わぬ。各国の状況を聞ける機会は貴重だ』
「竜人国の国王、アルゼイン・ヴェルグラード陛下よ」
ルシャナさんが、そっと教えてくれる。
「こ、国王陛下!?」
『そう畏まらずともよい。今日は、皆の知恵を借りたい』
慌てて頭を下げた私に、陛下は穏やかに笑った。
カナメさんが一歩前へ出る。
「本日は、魔術師団長シルキー・リーン殿と、現地の調査に協力している冒険者にも参加してもらうでござる」
こちらへ手が向けられた。
「《青銀の魔女》、セリス・アルフィーネ殿でござる!」
『ああ、この子がそうなのかにゃ』
ルカさんが頬杖を外す。
『おお! 王都の民を救った青銀の魔女か! がっはっは! 思ったより小柄じゃのう!』
「え、えへへ……」
ドーンさんの声に、何と答えればいいか分からなくなったところで、アルディスさんが笑った。
『セリス、現場で見たことを、そのまま話せばいい』
「……はい!」
そうだ。
今日は、研究の結果を伝えに来たんだった。
私はミライを持ち直した。
◇
「では、各地で起きていることを確認しましょう」
ルシャナさんの言葉に、最初にアルディスさんが頷いた。
『人間国では、先日のスタンピードに気になる点がある。魔物の群れが、何かから逃げていたことだ』
私は顔を上げた。
本来なら争う魔物たちが、同じ方向へ押し寄せていた。
あのとき私は土の壁で道を作り、人のいない谷へ誘導したのだ。
『災厄級の個体まで逃げていた。だが、何が追っていたのかは分からない』
「……森の奥の、あれでしょうか」
『ああ。お前が感じたものも、話してくれ』
私は頷き、少し息を整えた。
「森の奥に、何かがいたんです。姿は見えませんでしたし、魔力を探っても正体は分かりませんでした。でも……ものすごく、怖かった」
思い出すと、ミライを握る指が冷たくなる。
「防御結界は張れました。魔術が使えなくなったわけじゃないんです。それなのに、守れる気がしませんでした」
光の窓の向こうで、ドーンさんが髭を撫でた。
『敵の姿も分からぬまま、それほどの恐怖を覚えたか』
「はい。エルもレイも震えていました。今回の影と関係があるかは、まだ分かりませんけど……」
『その場所は示せるか?』
アルゼイン陛下の問いに、私は頷いた。
「正確に、何かがいた場所までは分かりません。でも、私が探った方角なら」
『それを記録に残してほしい。魔物の進路とも照らし合わせられる』
ミライに地図を表示してもらうと、ルカさんが身を乗り出した。
『獣人国では、今のところ影の報告はないよ。でも、森の変化を探るなら手伝えるにゃ』
「偵察隊を出せるのです?」
『まず国境沿いの森と街道を調べる。ほかの国へ入るなら、受け入れ先も決めてもらえると助かるにゃ』
「それは拙者たちで調整するでござる」
カナメさんが書き留める間に、ルカさんは大きく伸びをした。
『……明日の仕事が決まっちゃったにゃ』
『今日、手配だけはしておけよ』
アルディスさんに言われ、ルカさんはひらひらと手を振った。
『分かってるよ。出発は早い方がいいんでしょ』
眠そうな顔のまま、地図へ向ける目は動いていた。
◇
『教国では、すでに影が出ておる』
ドーンさんが、戦槌の柄へ手を置いた。
『特に竜人国との国境付近じゃ。神官隊が救護に当たり、魔術師隊が神殿を守っておるが、討伐後も立ち直れぬ者がいる』
「私たちが助けた兵士さんたちも、同じような状態でした」
私はミライに、観測記録を開いてもらった。
「それから、影を倒しても、魔術への干渉が残っていました。ここを見てください」
警備所での記録と、本部で取った記録を並べる。
現地では細かく揺れていた光量が、本部では一定に保たれていた。
「同じ回路を使っても、現地では何度も調整が必要でした。今日行った第二警備所でも、似たことが起きています」
『どの魔術にも起きるのか?』
「そこは、まだ調べきれていません。私たちは光と雷、防御結界で確認しています」
ドーンさんの目が細くなった。
『治療の術も、念のため記録させよう』
「お願いしたいのです。使った術式と、そのときの不調を一緒に残してほしいのです」
シルキーさんが、今日の配置図を示した。
「現場では、討伐、救護、観測の役割を分けたのです。影が現れても搬送を止めず、戦う者が進路を押さえます」
「今日は、影を倒し終える前に馬車を離せました」
私が付け加えると、ドーンさんは大きく頷いた。
『その手順は、すぐに伝えよう。救護に向かった者まで動けなくなっては、助けられるものも助けられん』
「観測方法もまとめて渡すのです。試作指輪は数に限りがあるので、まず現地の観測担当者に使い方を伝えるのです」
「人員と物資の手配は、拙者たちで進めるでござる」
カナメさんが顔を上げた。
「それから、連絡手段は複数用意しておきたいでござるな」
『通信魔術への影響を心配しておるのか?』
「まだ不調の確認はないでござる。ですが、使えなくなってから代わりを決めるのでは遅いでござるよ」
私は床の魔法陣を見た。
今は、遠くの声がはっきり届いている。
この術式も乱れるとしたら、そのとき、どうやって知らせればいいんだろう。
「定時の連絡と、途絶えた場合の伝令経路を決めましょう」
ルシャナさんの提案に、窓の向こうの人たちが頷いた。
◇
『我が国にも、気になる報告が届いている』
アルゼイン陛下が、手元の書類へ目を落とした。
『北部国境で、複数種の魔物が生息域を離れ、同じ方向へ移動しているという』
「……同じ方向に?」
『ああ。争うはずの種同士が、互いを無視して走っていたそうだ。影は、まだ確認されていない』
私はアルディスさんの窓を見た。
アルディスさんも、真剣な顔で陛下の話を聞いていた。
『スタンピードの前兆と、断定はできぬ。しかし、確認すべき点は増えた』
陛下は書類を置いた。
『北部の警戒を強める。周辺の村には避難先と経路を確認させ、教国との情報共有も進めたい』
『こちらも国境付近の救護拠点を確かめておこう』
ドーンさんが応じる。
『感謝する。魔族国と人間国には、魔術師の支援を願いたい。現地で影に対処した者の経験を、我が国の兵にも伝えてほしい』
「部隊を編成するのです。観測担当も同行させます」
『人間国からの派遣も、こちらで調整しよう』
シルキーさんとアルディスさんが答えると、陛下はルカさんへ向いた。
『偵察隊の受け入れ先は、北部の砦に用意しよう。周辺の地図も渡す』
『助かるにゃ。森に詳しい案内役も、一人お願い』
『手配する』
話が、一つずつ具体的になっていく。
誰が向かうのか。
どこで合流するのか。
何を調べ、どこへ知らせるのか。
ルシャナさんが決まったことを読み上げ、カナメさんが連絡先を確かめた。
私は、地図の上に増えていく書き込みを見つめていた。
さっきまで遠い国の話だった場所に、会ったばかりの人たちが向かおうとしている。
私たちが警備所で取った記録も、そこへ持っていってもらえるのだ。
『セリス殿』
呼ばれて、私は顔を上げた。
『観測結果に変化があれば、我が国にも知らせてほしい』
「はい! 分かったことは、すぐに!」
アルゼイン陛下が頷いた。
『こちらで得た情報も送ろう。互いの見えているものを、持ち寄っていこう』
私はミライを見下ろした。
明日には、また新しい記録が届く。
今度は、この部屋だけで比べるものではなくなった。
◇
遠隔会議が終わり、竜人国の王宮から最後の光の窓が消えた。
アルゼイン王は席を立ち、控えていた側近へ向き直った。
「北部の監視を増やせ。避難経路の確認と、支援部隊の受け入れ準備も進める」
「はっ」
「教国との定時連絡は、本日から始めよ」
指示を受けた側近たちが動き出す。
窓の外では、王都の夕暮れが始まっていた。
商人が荷車を引き、店先では灯りがともされている。広場を走る子どもを、大人が呼び止める姿も見えた。
「……何事もなければ、それでよい」
王が呟いたとき、扉の向こうから足音が響いた。
「陛下! 北部国境より、緊急報告です!」
入室を許された伝令が、王の前で膝をつく。
「魔物の群れが砦周辺へ流入しております。数は増え続け、街道にも出ているとのこと!」
「砦を攻撃しているのか?」
「いいえ。砦を避け、そのまま南へ走っております」
アルゼイン王の視線が、壁の地図へ向いた。
北部の砦。その南には、街道に沿って村が続いている。
「さらに、後方の森で――」
伝令が息を継いだ。
「正体不明の黒い人影を、複数確認したとの報告です」
側近の一人が、手にしていた書類を握り直した。
王は伝令へ向き直る。
「砦は警戒態勢へ移行。周辺住民の避難を開始せよ。魔物の逃走路と重ならぬ経路を選べ」
「はっ!」
「黒い人影の追跡には深入りするな。救護と街道の確保を優先するよう伝えよ」
続けて、側近へ指示を出す。
「教国と魔族国へ、この報告を送れ。先ほど確認した連絡経路を使うのだ」
会議の記録が、再び開かれた。
担当者が宛先を読み上げ、通信の準備に走る。その間にも、別の側近が地図へ駒を置いていった。
北部の砦から、南へ。
その先には村があり、町があり、王都がある。
「避難先への連絡も忘れるな。送り出すだけでは、民を守れぬ」
アルゼイン王は地図の前へ進み、次の報告を待った。
ついに六英雄が本格的に動き始めました!
豪快な神官戦士ドーンに、自由気ままな猫盗賊ルカ。そして、竜人国の賢王アルゼインも登場です。
戦うだけではなく、調べる、守る、助ける、情報をつなぐ。それぞれの得意分野を活かして、少しずつ対策が形になってきました。
……もっとも、魔法オタクのセリスは会議用の通信魔術にも興味津々でしたが(笑)
さて、各国が協力して備えを進める中、竜人国の国境ではついに影が確認されました。
次回、竜人国では何が起こるのか。
引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです!
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