第59話「倒しても、経験値が少なすぎる!?」
影との戦闘を終え、ようやく魔術師団本部へ帰還したセリスたち。
命がけの戦いだったけれど、そういえば経験値は……?
今回は、魔法オタク二人の研究回です!
それでは、第59話をお楽しみください!
ヴァルゼオンの魔術師団本部へ戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
先に到着した救護馬車の兵士さんたちは、すでに本部の医療班へ引き継がれていた。今のところ、命に関わる状態の人はいないらしい。
ただ、震えが続いている人や、まだ話せない人もいるという。
ひとまず、ここまで連れてこられた。
その報告を聞いて、ようやく肩の力が抜けた。
「セリスさん、お疲れさまなのです!」
「シルキーさんも! ……あ、そうだ」
研究室へ向かう廊下で、ふと思い出した。
「そういえば、影を倒したとき、経験値は入ってましたよね」
「セリスさんも確認したのです?」
「はい! ……たぶん」
「たぶんでは確認にならないのです!」
いや、だって。
戦っている間は、それどころじゃなかったんですよ。
いつものように、何かが身体へ流れ込んでくる感覚はあった。けれど、あまりに微かで、気のせいかもしれないと思っていたのだ。
「じゃあ、今、確かめます。ステータスオープン!」
目の前に半透明の表示が現れた。
レベルは変わっていない。経験値の欄を見て、前に確認したときの数字を思い出す。
「…………」
「どうしたのです?」
「……少なっ!」
増えている。
確かに増えているんだけど。
魔術を乱されて、動けない兵士さんたちを運んで、救護馬車まで追いかけられて。
あれだけ大変だったのに、これだけ?
「……もう一桁くらい、ありません?」
「見直しても増えないのです」
「ですよねえ……」
私は表示を閉じた。
「影の戦闘能力に比べて、少ないのです?」
「うーん。それも、よく分からなくて」
影そのものは、私たちの攻撃で倒せた。動きだって追えないほど速かったわけじゃない。
「倒すことより、守りながら戦う方が大変でした」
兵士さんたちは動けず、いつも通りの魔術にも補正が必要だった。ようやく出発できた馬車にまで、別の影が向かっていった。
経験値の数字だけ見て、簡単な相手だったとは思えない。
「……なるほどなのです」
シルキーさんが、少し考えるように頷いた。
「それなら、先に確かめておきたいことがあるのです」
「おっ、研究ですね!」
「ふふーん♪ もちろんです!」
よし。
経験値のことは、ひとまず置いておこう。
見直しても増えないなら、仕方ない。
それより、あの魔術の乱れ方だ。
何が起きていたのか、確かめたい。
◇
研究室へ入ると、シルキーさんは警備所で使った測定用の回路を机へ置いた。
その横に記録用の魔石を並べ、私もミライに観測結果を表示してもらう。
魔力の供給量、光量の変化、途中で加えた補正。同じ術式を使っていたはずなのに、現地の記録は何度も細かく揺れていた。
「まずは、これを同じ条件で動かしてみるのです」
「はい! ミライ、記録をお願い」
『YES、セリス。観測を開始します』
回路へ魔力が流れ、小さな光球が浮かんだ。
一定の明るさを保ったまま、机の上に静止する。
「……揺れませんね」
「供給量は、現地の記録に合わせてあるのです」
私は光球へ顔を近づけた。
警備所では、何もしていないのに光が弱くなっていた。それが今は、じっと見ていても変わらない。
「ミライ、補正は?」
『追加補正なし。出力は安定しています』
一度消して、もう一度。
机の上で位置を変え、同じように魔力を流してみる。
結果は変わらなかった。
「回路は、ちゃんと動いてるんですね」
「ええ。少なくとも、ここでは異常が出ていないのです」
シルキーさんが現地の記録を指さした。
「こちらでは、光を保つために何度も補正しているのです。同じ回路、同じ供給量でも、必要な調整が違うのです」
私は二つの記録を並べてもらった。
もちろん、場所が変われば気温も、周囲の魔力の状態も違う。何もかも同じ条件にはできない。
それでも、警備所で起きていた揺らぎが、ここでは再現しないことは分かった。
「……場所の影響を、もっと調べないとですね」
「そのとおりなのです」
私は戦闘中の記録へ目を移した。
シルキーさんの雷の輪が途切れた瞬間。
馬車の後ろに展開した光壁を、私が支え直したところ。
あのときも、いつもなら必要のない調整をしていた。
「同じ相手でも、いつも通りに魔術が使えなかったら、戦いにくくなりますよね」
シルキーさんが頷いた。
「影の動きに対応するだけでなく、術式の乱れにも対処しなければならなかったのです」
「じゃあ、影そのものの強さと、周りで起きていることは、分けて考えた方がよさそうです」
「ええ。一緒にしてしまうと、どこを対策すべきか分からなくなるのです」
机へ、新しい記録用紙が広げられた。
影の動き。
使用した魔術。
そのとき加えた補正。
シルキーさんが項目を書き出していく。
「影の方も、場所によって変わったりするんでしょうか?」
「その可能性は残るのです。ですが、今の記録では確かめられないのです」
「……そっか」
倒せたから、強さが分かったつもりになっていた。
でも、分かったのは、あの場所で出会った影に、私たちの攻撃が通じたということだ。
「じゃあ次は、影の動きと術式の乱れを、別々に記録しましょう!」
「ふふーん♪ わたくしも同じことを考えていたのです!」
シルキーさんが、書きかけの用紙を得意げに見せた。
……もう項目まで作ってる。
さすが、早い!
◇
「そこで、これを使いたいのです」
シルキーさんが引き出しから取り出したのは、小さな箱だった。
蓋を開くと、銀色の指輪が並んでいる。
「あっ! これ!」
「同じ仕様で、いくつか作っていたのです」
アリアさんが初めて魔術を使った、あの指輪と同じ仕組みだ。
魔石から魔力を供給し、使う人のイメージを現象へ結びつける。
何を、どこへ、どんなふうに生み出すかは、使う人が思い描く。
シルキーさんは一つをつまみ上げた。
「これなら、同じ回路を別の場所へ持っていけるのです」
「……なるほど!」
私たちは術式が乱れると、つい直してしまう。
警備所で光球を作ったときも、意識して確かめるまで、自分が補正していることに気づかなかった。
「指輪を使って、同じ大きさと明るさの光を作ってもらうんですね」
「はい。使った人がどれだけ調整したかも記録するのです」
ただ光ったかどうかを見るだけでは、足りない。
同じように光っていても、そのために必要な働きかけが違うかもしれないからだ。
「同じ人が、場所を変えて試した記録も欲しいですね!」
「魔石の残量と、供給量も揃えるのです」
「ミライ、比較する項目をまとめて!」
『YES、セリス』
机の上へ文字が浮かぶ。
使用者、魔石の状態、光の大きさと明るさ、供給量、補正の履歴。
そこへ、シルキーさんが指を伸ばした。
「周囲の状況も必要なのです。影が見えたかどうか、戦闘の前か後か。それから、場所と時刻も」
「はい! 入れておきましょう!」
……うん。
何を比べればいいか、少しずつ見えてきた。
もちろん、指輪一つで異常の正体が分かるわけじゃない。
光が揺れた理由も、魔石の残量かもしれないし、使う人が疲れていたからかもしれない。
だからこそ、条件と結果を一緒に残す。
記録が増えれば、同じところと違うところを探せるはずだ。
私は指輪を一つ、手に取った。
アリアさんは、この仕組みで棚の奥を照らした。
今度は、これが兵士さんたちを守る手がかりになるかもしれない。
「……えへへ」
「セリスさん?」
「これ、作ってよかったですね」
シルキーさんは一瞬きょとんとして、それから胸を張った。
「もちろんです! まだまだ、役に立ってもらうのです!」
◇
比較観測の準備を進めていると、ミライの表示が切り替わった。
『セリス。比較を指示された対象二体の移動記録を表示します』
「あ、そうだった。ありがとう」
警備所と街道の簡単な地図が浮かび、二つの光点が動き始めた。
一体は門へ。
もう一体は木々を抜け、馬車の走る街道へ向かう。
私が門側の影と戦っている間に、もう一つの光点が馬車へ近づいていく。
シルキーさんの雷をかわしたあとも、追い続けていた。
「……連携していたのでしょうか?」
シルキーさんが呟いた。
私は記録を少し戻してもらった。
影が別々の方向へ走り出すところを、もう一度見る。
「そうも見えますけど……」
たまたま違う相手へ向かっただけかもしれない。
馬車を追った理由だって、分かっていない。
「今は、何とも言えないです」
「では、判断は保留にするのです。動きは、そのまま残しておくのです」
私は頷いた。
記録の中で、影が雷の輪を抜ける。
そのまま馬車へ走り、私の光壁にぶつかった。
壁が間に合わなかったら、どうなっていただろう。
「次の護衛にも、この動きは伝えておきたいです」
「ええ。戦っている相手だけに注意を向けないよう、知らせるのです」
二本の線が、地図の上に残った。
◇
夕方、シルキーさんは魔術師団の担当者たちを研究室へ集めた。
机には、現地の報告と観測記録、そして試作指輪が並んでいる。
私たちが確かめられたことは、まだ多くない。
警備所では、普段必要のない術式の補正が生じた。
影を倒しても、周辺の干渉反応はすぐには消えなかった。
本部では、同じ回路を動かしても揺らぎは出ていない。
その結果を伝えてから、シルキーさんが話し始めた。
「救護対象は、交戦した場所に留めずに搬送するのです。移動後も、症状の変化を記録してほしいのです」
担当者の一人が頷き、書き留める。
「討伐報告には、影の数に加えて、周囲の異常と術式の不調も記載するのです。影が消えたからといって、その場所の異常まで消えたとは限らないのです」
私は、机の上の指輪を示した。
「調査班には、これを使った比較観測もお願いしたいです。まず本部で記録を取って、移動先で同じように光を作ってもらいます」
「光が乱れたら、異常があると判断するのですか?」
質問した人に、私は首を振った。
「それだけでは、まだ分かりません。魔石の状態や、使う人の調子でも変わるので。揺れなかった場合も、どのくらい調整したかを記録してほしいんです」
シルキーさんが、記入用の用紙を配った。
「観測役と護衛役は分けるのです。記録を取るために、影へ近づく必要はないのです」
「はい。まずは、移動先や救護場所での比較からお願いします」
担当者たちは指輪と用紙を確かめながら、役割や手順を相談し始めた。
最初の観測をいつ行うか。搬送の記録と、どう照らし合わせるか。報告をどこへ集めるか。
机の上で考えていたことが、少しずつ、皆で動かすための形になっていく。
打ち合わせを終える頃には、窓から差す光が赤くなっていた。
「……少しは、前に進めましたかね」
担当者たちを見送ってから呟くと、シルキーさんは迷わず頷いた。
「もちろんです! 次に何を確かめるか、決まったのです」
「そうですね」
「それに、記録を集めてくれる人も増えたのです。わたくしたち二人だけでは、見られる場所に限りがあるのですから」
私は机に残った指輪を見つめた。
明日には、これと同じものが、別の場所で光る。
その一つ一つが、今日分からなかったことを教えてくれるかもしれない。
「ミライ。本部で取った記録、すぐ比べられるようにしておこう」
『YES、セリス』
警備所の記録の隣に、まっすぐな線が浮かんだ。
どうして、同じ光が揺れたのか。
あの場所では、何が起きていたのか。
私は椅子を引き寄せ、二つの記録をもう一度見比べた。
◇
同じ頃、竜人国の北部国境で、一人の見張り兵が森を指さしていた。
「……おい。あれを見ろ」
街道脇の茂みが大きく揺れ、角の生えた魔物が飛び出した。
後ろから、別の魔物も続く。
二種は街道を横切り、そのまま斜面を駆け下りていった。
「追われているのか?」
「いや……あいつら、いつもなら争うだろう」
距離は近い。互いの姿も見えているはずだった。
それなのに、威嚇することも、進路を塞ぐこともない。
一人の兵士が弓を持ち上げた。
「撃ちますか?」
「待て。こちらへは来ていない」
隊長が止めたとき、森からさらに小さな魔物たちが飛び出してきた。
先を走る大型の魔物を避けながら、同じ斜面へ向かっていく。
一頭が足を滑らせた。転がるように体勢を立て直し、また走り出した。
森を振り返りもしなかった。
隊長は、魔物たちが出てきた茂みへ目を凝らした。
枝が揺れている。
やがてその揺れも収まり、木々の間には、いつも通りの薄暗さだけが残った。
「……何から逃げている?」
答える者はいなかった。
魔物たちの足音が遠ざかっても、兵士たちは森から目を離せなかった。
強い、厄介、数も増える。
なのに経験値は雀の涙。
冒険者泣かせにもほどがありますね(笑)
さて、セリスとシルキーの研究も少しずつ前進しています。
分からないことを一つずつ確かめ、仲間と知恵を出し合う。そんな二人の姿も楽しんでいただけたら嬉しいです。
そして、竜人国の森では何やら不穏な動きが……。
次回もお楽しみに!
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