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『目指すは最強! ~魔法オタクの異世界無双~』  作者: 穂乃果
第6幕「絶望情報強度 ― Despair Information Intensity ―」
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第59話「倒しても、経験値が少なすぎる!?」

影との戦闘を終え、ようやく魔術師団本部へ帰還したセリスたち。


命がけの戦いだったけれど、そういえば経験値は……?


今回は、魔法オタク二人の研究回です!


それでは、第59話をお楽しみください!


 ヴァルゼオンの魔術師団本部へ戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。


 先に到着した救護馬車の兵士さんたちは、すでに本部の医療班へ引き継がれていた。今のところ、命に関わる状態の人はいないらしい。

 ただ、震えが続いている人や、まだ話せない人もいるという。


 ひとまず、ここまで連れてこられた。


 その報告を聞いて、ようやく肩の力が抜けた。


「セリスさん、お疲れさまなのです!」

「シルキーさんも! ……あ、そうだ」


 研究室へ向かう廊下で、ふと思い出した。


「そういえば、影を倒したとき、経験値は入ってましたよね」

「セリスさんも確認したのです?」

「はい! ……たぶん」

「たぶんでは確認にならないのです!」


 いや、だって。

 戦っている間は、それどころじゃなかったんですよ。


 いつものように、何かが身体へ流れ込んでくる感覚はあった。けれど、あまりに微かで、気のせいかもしれないと思っていたのだ。


「じゃあ、今、確かめます。ステータスオープン!」


 目の前に半透明の表示が現れた。

 レベルは変わっていない。経験値の欄を見て、前に確認したときの数字を思い出す。


「…………」

「どうしたのです?」

「……少なっ!」


 増えている。

 確かに増えているんだけど。


 魔術を乱されて、動けない兵士さんたちを運んで、救護馬車まで追いかけられて。

 あれだけ大変だったのに、これだけ?


「……もう一桁くらい、ありません?」

「見直しても増えないのです」

「ですよねえ……」


 私は表示を閉じた。


「影の戦闘能力に比べて、少ないのです?」

「うーん。それも、よく分からなくて」


 影そのものは、私たちの攻撃で倒せた。動きだって追えないほど速かったわけじゃない。


「倒すことより、守りながら戦う方が大変でした」


 兵士さんたちは動けず、いつも通りの魔術にも補正が必要だった。ようやく出発できた馬車にまで、別の影が向かっていった。


 経験値の数字だけ見て、簡単な相手だったとは思えない。


「……なるほどなのです」


 シルキーさんが、少し考えるように頷いた。


「それなら、先に確かめておきたいことがあるのです」

「おっ、研究ですね!」

「ふふーん♪ もちろんです!」


 よし。

 経験値のことは、ひとまず置いておこう。


 見直しても増えないなら、仕方ない。

 それより、あの魔術の乱れ方だ。


 何が起きていたのか、確かめたい。


     ◇


 研究室へ入ると、シルキーさんは警備所で使った測定用の回路を机へ置いた。


 その横に記録用の魔石を並べ、私もミライに観測結果を表示してもらう。

 魔力の供給量、光量の変化、途中で加えた補正。同じ術式を使っていたはずなのに、現地の記録は何度も細かく揺れていた。


「まずは、これを同じ条件で動かしてみるのです」

「はい! ミライ、記録をお願い」

『YES、セリス。観測を開始します』


 回路へ魔力が流れ、小さな光球が浮かんだ。


 一定の明るさを保ったまま、机の上に静止する。


「……揺れませんね」

「供給量は、現地の記録に合わせてあるのです」


 私は光球へ顔を近づけた。

 警備所では、何もしていないのに光が弱くなっていた。それが今は、じっと見ていても変わらない。


「ミライ、補正は?」

『追加補正なし。出力は安定しています』


 一度消して、もう一度。

 机の上で位置を変え、同じように魔力を流してみる。


 結果は変わらなかった。


「回路は、ちゃんと動いてるんですね」

「ええ。少なくとも、ここでは異常が出ていないのです」


 シルキーさんが現地の記録を指さした。


「こちらでは、光を保つために何度も補正しているのです。同じ回路、同じ供給量でも、必要な調整が違うのです」


 私は二つの記録を並べてもらった。


 もちろん、場所が変われば気温も、周囲の魔力の状態も違う。何もかも同じ条件にはできない。

 それでも、警備所で起きていた揺らぎが、ここでは再現しないことは分かった。


「……場所の影響を、もっと調べないとですね」

「そのとおりなのです」


 私は戦闘中の記録へ目を移した。


 シルキーさんの雷の輪が途切れた瞬間。

 馬車の後ろに展開した光壁を、私が支え直したところ。


 あのときも、いつもなら必要のない調整をしていた。


「同じ相手でも、いつも通りに魔術が使えなかったら、戦いにくくなりますよね」


 シルキーさんが頷いた。


「影の動きに対応するだけでなく、術式の乱れにも対処しなければならなかったのです」

「じゃあ、影そのものの強さと、周りで起きていることは、分けて考えた方がよさそうです」

「ええ。一緒にしてしまうと、どこを対策すべきか分からなくなるのです」


 机へ、新しい記録用紙が広げられた。


 影の動き。

 使用した魔術。

 そのとき加えた補正。


 シルキーさんが項目を書き出していく。


「影の方も、場所によって変わったりするんでしょうか?」

「その可能性は残るのです。ですが、今の記録では確かめられないのです」

「……そっか」


 倒せたから、強さが分かったつもりになっていた。

 でも、分かったのは、あの場所で出会った影に、私たちの攻撃が通じたということだ。


「じゃあ次は、影の動きと術式の乱れを、別々に記録しましょう!」

「ふふーん♪ わたくしも同じことを考えていたのです!」


 シルキーさんが、書きかけの用紙を得意げに見せた。


 ……もう項目まで作ってる。

 さすが、早い!


     ◇


「そこで、これを使いたいのです」


 シルキーさんが引き出しから取り出したのは、小さな箱だった。

 蓋を開くと、銀色の指輪が並んでいる。


「あっ! これ!」

「同じ仕様で、いくつか作っていたのです」


 アリアさんが初めて魔術を使った、あの指輪と同じ仕組みだ。


 魔石から魔力を供給し、使う人のイメージを現象へ結びつける。

 何を、どこへ、どんなふうに生み出すかは、使う人が思い描く。


 シルキーさんは一つをつまみ上げた。


「これなら、同じ回路を別の場所へ持っていけるのです」

「……なるほど!」


 私たちは術式が乱れると、つい直してしまう。

 警備所で光球を作ったときも、意識して確かめるまで、自分が補正していることに気づかなかった。


「指輪を使って、同じ大きさと明るさの光を作ってもらうんですね」

「はい。使った人がどれだけ調整したかも記録するのです」


 ただ光ったかどうかを見るだけでは、足りない。

 同じように光っていても、そのために必要な働きかけが違うかもしれないからだ。


「同じ人が、場所を変えて試した記録も欲しいですね!」

「魔石の残量と、供給量も揃えるのです」

「ミライ、比較する項目をまとめて!」

『YES、セリス』


 机の上へ文字が浮かぶ。

 使用者、魔石の状態、光の大きさと明るさ、供給量、補正の履歴。


 そこへ、シルキーさんが指を伸ばした。


「周囲の状況も必要なのです。影が見えたかどうか、戦闘の前か後か。それから、場所と時刻も」

「はい! 入れておきましょう!」


 ……うん。

 何を比べればいいか、少しずつ見えてきた。


 もちろん、指輪一つで異常の正体が分かるわけじゃない。

 光が揺れた理由も、魔石の残量かもしれないし、使う人が疲れていたからかもしれない。


 だからこそ、条件と結果を一緒に残す。

 記録が増えれば、同じところと違うところを探せるはずだ。


 私は指輪を一つ、手に取った。


 アリアさんは、この仕組みで棚の奥を照らした。

 今度は、これが兵士さんたちを守る手がかりになるかもしれない。


「……えへへ」

「セリスさん?」

「これ、作ってよかったですね」


 シルキーさんは一瞬きょとんとして、それから胸を張った。


「もちろんです! まだまだ、役に立ってもらうのです!」


     ◇


 比較観測の準備を進めていると、ミライの表示が切り替わった。


『セリス。比較を指示された対象二体の移動記録を表示します』

「あ、そうだった。ありがとう」


 警備所と街道の簡単な地図が浮かび、二つの光点が動き始めた。


 一体は門へ。

 もう一体は木々を抜け、馬車の走る街道へ向かう。


 私が門側の影と戦っている間に、もう一つの光点が馬車へ近づいていく。

 シルキーさんの雷をかわしたあとも、追い続けていた。


「……連携していたのでしょうか?」


 シルキーさんが呟いた。


 私は記録を少し戻してもらった。

 影が別々の方向へ走り出すところを、もう一度見る。


「そうも見えますけど……」


 たまたま違う相手へ向かっただけかもしれない。

 馬車を追った理由だって、分かっていない。


「今は、何とも言えないです」

「では、判断は保留にするのです。動きは、そのまま残しておくのです」


 私は頷いた。


 記録の中で、影が雷の輪を抜ける。

 そのまま馬車へ走り、私の光壁にぶつかった。


 壁が間に合わなかったら、どうなっていただろう。


「次の護衛にも、この動きは伝えておきたいです」

「ええ。戦っている相手だけに注意を向けないよう、知らせるのです」


 二本の線が、地図の上に残った。


     ◇


 夕方、シルキーさんは魔術師団の担当者たちを研究室へ集めた。


 机には、現地の報告と観測記録、そして試作指輪が並んでいる。

 私たちが確かめられたことは、まだ多くない。


 警備所では、普段必要のない術式の補正が生じた。

 影を倒しても、周辺の干渉反応はすぐには消えなかった。

 本部では、同じ回路を動かしても揺らぎは出ていない。


 その結果を伝えてから、シルキーさんが話し始めた。


「救護対象は、交戦した場所に留めずに搬送するのです。移動後も、症状の変化を記録してほしいのです」


 担当者の一人が頷き、書き留める。


「討伐報告には、影の数に加えて、周囲の異常と術式の不調も記載するのです。影が消えたからといって、その場所の異常まで消えたとは限らないのです」


 私は、机の上の指輪を示した。


「調査班には、これを使った比較観測もお願いしたいです。まず本部で記録を取って、移動先で同じように光を作ってもらいます」

「光が乱れたら、異常があると判断するのですか?」


 質問した人に、私は首を振った。


「それだけでは、まだ分かりません。魔石の状態や、使う人の調子でも変わるので。揺れなかった場合も、どのくらい調整したかを記録してほしいんです」


 シルキーさんが、記入用の用紙を配った。


「観測役と護衛役は分けるのです。記録を取るために、影へ近づく必要はないのです」

「はい。まずは、移動先や救護場所での比較からお願いします」


 担当者たちは指輪と用紙を確かめながら、役割や手順を相談し始めた。

 最初の観測をいつ行うか。搬送の記録と、どう照らし合わせるか。報告をどこへ集めるか。


 机の上で考えていたことが、少しずつ、皆で動かすための形になっていく。


 打ち合わせを終える頃には、窓から差す光が赤くなっていた。


「……少しは、前に進めましたかね」


 担当者たちを見送ってから呟くと、シルキーさんは迷わず頷いた。


「もちろんです! 次に何を確かめるか、決まったのです」

「そうですね」

「それに、記録を集めてくれる人も増えたのです。わたくしたち二人だけでは、見られる場所に限りがあるのですから」


 私は机に残った指輪を見つめた。


 明日には、これと同じものが、別の場所で光る。

 その一つ一つが、今日分からなかったことを教えてくれるかもしれない。


「ミライ。本部で取った記録、すぐ比べられるようにしておこう」

『YES、セリス』


 警備所の記録の隣に、まっすぐな線が浮かんだ。


 どうして、同じ光が揺れたのか。

 あの場所では、何が起きていたのか。


 私は椅子を引き寄せ、二つの記録をもう一度見比べた。


     ◇


 同じ頃、竜人国の北部国境で、一人の見張り兵が森を指さしていた。


「……おい。あれを見ろ」


 街道脇の茂みが大きく揺れ、角の生えた魔物が飛び出した。


 後ろから、別の魔物も続く。

 二種は街道を横切り、そのまま斜面を駆け下りていった。


「追われているのか?」

「いや……あいつら、いつもなら争うだろう」


 距離は近い。互いの姿も見えているはずだった。

 それなのに、威嚇することも、進路を塞ぐこともない。


 一人の兵士が弓を持ち上げた。


「撃ちますか?」

「待て。こちらへは来ていない」


 隊長が止めたとき、森からさらに小さな魔物たちが飛び出してきた。


 先を走る大型の魔物を避けながら、同じ斜面へ向かっていく。

 一頭が足を滑らせた。転がるように体勢を立て直し、また走り出した。


 森を振り返りもしなかった。


 隊長は、魔物たちが出てきた茂みへ目を凝らした。


 枝が揺れている。

 やがてその揺れも収まり、木々の間には、いつも通りの薄暗さだけが残った。


「……何から逃げている?」


 答える者はいなかった。


 魔物たちの足音が遠ざかっても、兵士たちは森から目を離せなかった。

強い、厄介、数も増える。


なのに経験値は雀の涙。


冒険者泣かせにもほどがありますね(笑)


さて、セリスとシルキーの研究も少しずつ前進しています。


分からないことを一つずつ確かめ、仲間と知恵を出し合う。そんな二人の姿も楽しんでいただけたら嬉しいです。


そして、竜人国の森では何やら不穏な動きが……。


次回もお楽しみに!


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