第57話 「ここだけじゃ、ないんです!?」
第6幕、早くも第2話です!
謎の影は倒したものの、兵士たちの異変は収まらず……。
魔法大好きセリスとシルキー、今回はちょっと真面目な調査のお時間です!
二人はこの奇妙な現象の正体に迫れるのでしょうか?
第57話、お楽しみください!
兵士さんの手は、思っていたより冷たかった。
「ゆっくりで大丈夫です。立てそうですか?」
小さく頷いたので肩を貸したけれど、腰が浮いたところで膝が折れた。慌てて支えると、反対側からシルキーさんも腕を添えてくれる。
「……すまない」
「謝らなくていいですよ。少しずつ行きましょう」
二人で支えながら、中庭を横切った。交代要員の人たちも、動けない兵士さんを担架へ乗せている。
目立つ怪我はない。それなのに、足に力が入らない人もいれば、呼びかけに気づかない人もいた。
門の手前まで来たところで、壁際の兵士さんが顔を上げた。
「……外へ、出すのか」
その視線は、開いた門に向いていた。
「あっちは……また、来る」
「森とは反対の方へ行きます。治療班の人たちが、馬車を用意してくれていますから」
答えると、兵士さんは首を振った。
「道にも、いたんだ……」
私は門の外を見た。
街道には交代要員が立ち、周囲を警戒している。その先には救護の馬車も見えた。
今、影の姿はない。
でも、この人も、さっきまではいつも通りの門を見ていたはずだ。
「……私たちも一緒に行きます」
安全だと重ねて言う代わりに、そう伝えた。
シルキーさんが街道の兵士へ合図を送る。返ってきた合図を確かめてから、私たちはもう一度、歩き始めた。
◇
救護の馬車は、警備所から少し離れた街道に止まっていた。
治療班へ兵士さんを引き継ぎ、毛布を掛けてもらう。私が離れようとすると、袖に触れていた指が動いた。
「……少し、ここに」
「はい」
馬車のそばへ腰を下ろした。
兵士さんは渡された水を両手で持ち、少しずつ飲んだ。何度か休みながら喉を湿らせると、ようやく長く息を吐く。
「……森から、来たんだ」
私は顔を上げた。
「さっきの影ですか?」
「ああ。最初に見えたのは、一体だった」
兵士さんは器を膝へ下ろした。
「見張りが知らせて、門を閉めた。弓を構えて、近づいたところへ魔術を撃った。……ちゃんと、当たったんだ」
「倒せたんですか?」
「消えた。あんたが倒したときと、同じように」
声は震えていたけれど、そこだけは、はっきりしていた。
警備隊の人たちも倒せていた。
それなら、どうして。
「次が来た。そいつも倒した。これなら守れるって、隊長が……」
兵士さんの手が止まった。
器の中で、水が細かく揺れている。
「……でも、後ろで叫び声がした」
「後ろ?」
「中庭だ。門は閉まってた。俺はずっと、門を見てたんだ。それなのに……」
視線が警備所へ向き、そこで動かなくなった。
「もう、大丈夫です。無理に思い出さなくても」
「……伝えないと」
兵士さんは首を横に振った。
「また、誰かが同じことになる」
私は口を閉じた。
器を落とさないように手を添え、続きを待つ。
「振り返ったら、そこにもいた。仲間が倒れてて……誰かが、逃げろって」
「……はい」
「逃げようとしたんだ。でも、足が動かなかった。門まで、ほんの少しだったのに」
俯いた顔に、毛布の影が落ちた。
「戦っても駄目だと思った。逃げても、どこへ行っても……」
その先は、聞き取れなかった。
私は兵士さんの隣に座っていた。
馬車の周りでは、治療班の人たちが担架を運び、出発の準備を進めている。
しばらくして、兵士さんが呟いた。
「……兵士なのに、情けないな」
私は少し考えてから、首を振った。
「中庭も警戒しなきゃいけないって、今、分かりました」
「……え?」
「門の外だけ見ていたら、同じことになるかもしれません。教えてくれて、ありがとうございます」
兵士さんが私を見た。
私は近くの交代要員へ声をかけ、聞いた話を伝えた。その人はすぐに頷き、警備所の内側にも見張りをつけるよう、仲間へ指示を出した。
兵士さんは、そのやり取りを黙って見ていた。
「……そうか」
膝の上の手は、まだ震えている。
それでも、もう一口だけ、自分で水を飲んだ。
◇
「セリスさん。こちらを見てほしいのです」
シルキーさんに呼ばれたのは、最後の担架を門の外へ運び出したあとだった。
中庭の石畳に、小さな測定用の回路が置かれている。その上に浮かぶ光球が、かすかに明るさを変えていた。
「光が、揺れてる?」
「先ほどの防御結界でも、補正が必要だったのです。最初は兵士の皆さんを動かした影響かと思ったのですが……」
シルキーさんが、回路の横に置いた魔石を示した。
「こちらは供給を一定にしているのです。それでも、同じ揺らぎが出るのです」
見ている間に、光球がふっと暗くなった。
すぐに元へ戻ったけれど、シルキーさんの手は動いていない。
「ミライ、観測できる?」
『YES、セリス』
杖の先端が淡く光り、光球と回路の周囲へ細い魔法陣が広がった。
『観測範囲では、魔力供給に明確な変動はありません。術式の変化と一致しない、光量の低下を確認しました』
「……式は変わってないのに、結果だけ変わってる?」
私はしゃがみ込み、回路を覗いた。
アリアさんの指輪を作ったときには、イメージと魔力を、どう現象へ結びつけるか考えた。
今は、その途中で何かが起きているように見える。
「シルキーさん。私も同じものを作っていいですか?」
「比べるのです?」
頷き、隣へ同じ術式を展開した。
二つの光球が並ぶ。
私の方は、明るさが変わらなかった。
でも、何も起きていないわけではない。
「……あれ」
私は光を保つ感覚へ、意識を向けた。
ほんの少しだけ、直している。
傾いたものを指で支えるように、揺らぐたびに魔力の流し方を変えていた。
「私、勝手に補正してました」
「やはりなのです」
シルキーさんが指先を動かすと、隣の光もぴたりと安定した。
「意識して制御すれば、この程度は抑えられるのです。ですが、何もせず維持できるはずの術式に、手を加えなければならないのです」
「……いつもなら、必要ないのに」
私は二つの光を見比べた。
魔術が使えなくなったわけではない。
けれど、いつもと同じように使っているつもりでも、結果がずれる。
「現象になるところで、何かが邪魔してるのかな」
「その可能性はあるのです。ただ、今はまだ、この光で確かめただけなのです」
シルキーさんは記録用紙へ書き込み、それから、兵士さんたちの去った門へ目を向けた。
「ほかの術式にも影響するのなら、治療班にも知らせる必要があるのです」
私は頷いた。
調べたいことは、次々に浮かんでくる。
でも、今必要なのは、全部を解き明かすことより、分かったことを助ける人たちへ渡すことだ。
「ミライ。この場所から離れたら、反応は変わる?」
『移動しながらの比較観測が可能です』
「じゃあ、馬車のところまで測ってみよう」
シルキーさんが回路を片づけ、私たちは中庭を出た。
門を抜け、街道を進む。
ミライに表示してもらった反応は、警備所から離れるにつれて、少しずつ弱くなった。
救護の馬車が止まる場所まで来ても、完全には消えない。
それでも、中庭よりは弱い。
「離した意味は、ありそうですね」
「ええ。このまま街道を戻ってもらうのです」
治療班へ観測結果を伝え、搬送の準備を進めてもらう。
私は振り返った。
警備所の向こうには、あの影が現れた森がある。
門のそばで、ミライが記録した反応は、森の側ほど強かった。
まだ、何かがいるのか。
それとも、あそこに残っているものが多いだけなのか。
光球を揺らした反応と、兵士さんたちを苦しめているものが同じかどうかさえ、まだ分からなかった。
◇
馬車が出発する直前、街道の向こうから騎馬が現れた。
「シルキー様!」
馬を降りた伝令兵が、封をした書類を差し出す。
「本部からです。出立後に届いた報告を、お届けするよう命じられました」
シルキーさんは封を切り、最初の一枚へ目を通した。
すぐに次の紙を取り出し、二枚を並べる。
「……報告は、これで全部なのです?」
「私が出た時点では。北の街道には、別の確認隊が向かっています」
私はシルキーさんの横へ寄った。
「ほかにも、何かあったんですか?」
「北の巡回隊が、黒い人影と交戦しているのです」
差し出された紙を読んだ。
街道脇で正体不明の影を発見。
交戦後、対象は消失。
隊員二名が歩行困難となり、搬送。
私は、その最後の行をもう一度読んだ。
「……倒したあとに?」
「そのようなのです」
二枚目は、村からの救援要請だった。
森から戻った住民の様子がおかしい。
夜明けから、同じように家を出られなくなった者が増えている。
黒いものを見たと話す者もいるが、詳細は確認できていない。
「これも、同じ影なんでしょうか」
「まだ決められないのです。ですが、無関係として扱うわけにもいかないのです」
シルキーさんは、持っていた地図を馬車の荷台へ広げた。
今いる警備所。
北の街道。
救援を求めている村。
報告された場所へ、順に印がつけられる。
近くはない。
少なくとも、さっき倒した一体を、みんなが見ていたとは思えない距離だった。
「ミライ。この二つの報告も記録して。ここの観測とは、分けておいてね」
『YES、セリス。未確認の報告として記録します』
シルキーさんの手が、残っていた書類の上で止まった。
「……こちらも、なのです?」
「教国方面から届いた連絡の写しです。先方からも、似た事例を把握していないかと照会が」
紙を受け取ったシルキーさんが、黙って読み進める。
教国。
少し前、ルシャナさんがカナメさんからの手紙を持ってきたときにも、聞いた名前だ。
私は地図を見た。
そこへ新しい印をつけるには、折り畳んでいた部分まで広げなければならなかった。
「……ここだけじゃ、ないんですね」
風が吹き、紙の端が浮いた。
私は手で押さえた。
報告には、分からないことがたくさんある。
本当に同じ現象なのか。いつから起きていたのか。今も増えているのか。
それでも、似た知らせが別々の場所から届いている。
私たちが、あの一体を倒していた間にも。
「本部へ返答をお願いするのです」
シルキーさんが、伝令兵へ向き直った。
「影は撃破できること。ただし、撃破後も周囲の異常反応と、被害を受けた人の症状が残ること。救護の際は、その場に留めず、移動先の状態も確認してほしいのです」
伝令兵が復唱する。
シルキーさんは頷き、報告書へ短く書き足した。
「未確認のものは、未確認のまま伝えるのです。ですが、知らせるのは急いでほしいのです」
「承知しました!」
馬の蹄が、街道を遠ざかっていった。
救護の馬車も動き出す。
幌の隙間から、さっきの兵士さんがこちらを見ていた。
目が合うと、小さく頭を下げてくれた。
私は手を振り、馬車が進んでいくのを見送った。
この人たちを、ここから連れ出せた。
それは、よかった。
でも、地図の上には、まだ助けを求めている場所がある。
「……セリスさん」
シルキーさんが呼んだ、そのときだった。
『警備所方向に、活動反応を検出』
私は振り返った。
森に面した石壁の向こうで、黒い輪郭が動いた。
一つ。
少し離れた木の陰から、もう一つ。
さっき倒した影は、消えている。
あの場所には、何も残っていなかった。
「……まだ、いたんだ」
私はミライを伸ばした。
隣でシルキーさんが杖を構え、交代要員へ馬車の護衛を指示する。
影は倒せる。
今度だって、倒すつもりだ。
けれど、その向こうの森が、さっきよりずっと深く見えた。
あと、何体いるんだろう。
そして今、地図についたほかの印でも、誰かが同じものを見ているんだろうか。
敵は倒せる。でも、それだけでは解決しない。
今回は、そんな奇妙な現象にセリスたちが少しずつ迫るお話でした。
個人的には、震えながらも自分の経験を伝えようとした兵士さんの姿も、見どころの一つです。
そして、どうやら異変は国境警備所だけではないようで……?
次回、再び現れた影にセリスたちはどう立ち向かうのか!
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次回もお楽しみに!




