第55話「魔力ゼロでも、魔術師になれますか!?」
翌朝。
「それでは本日、ミライさんの使用者適応試験を行うのです!」
研究室に入ると、シルキーさんが得意げに宣言した。
机には測定器と数種類の魔石。その向こうには、魔術師団の研究員が二人待っている。
「昨日まではセリスさん専用だったのです。今日は魔力特性の異なる人にも使ってもらい、演算機構の適応性を確認するのです!」
「なるほど! 面白そうですね!」
私はミライを持ち上げた。
「ミライ、今日はほかの人にも使ってもらうよ!」
『別使用者による試験予定を記録しました』
「よろしくね!」
まずは風属性を得意とする研究員さんに、《発光》を試してもらう。
ミライが魔力特性を測定し、それに合わせて術式を調整すると、杖の先に小さな光が灯った。
「……あら。いつもよりずっと簡単です」
「おおっ、成功ですね!」
続いて火属性が得意な研究員さんにも試してもらったけれど、こちらも問題なし。
ミライは使用者ごとの違いを記録し、術式の組み立て方を少しずつ調整していった。
「ふふーん♪ 予想以上の適応性なのです!」
シルキーさんが測定結果を見ながら、満足そうに頷く。
「これなら、使用者ごとに専用の杖を設計する手間も減らせるのです」
「よかった!」
私はミライを受け取り、持ち手を撫でた。
「ありがとう、ミライ!」
『試験結果を記録しました』
……えへへ。
ちゃんと、ほかの人の役にも立てたね。
でも、ふと思った。
「……シルキーさん」
「何なのです?」
「魔力がない人にも、使えるようにできませんか?」
シルキーさんが顔を上げた。
「魔力がない人、なのです?」
「はい! 魔術を使ってみたい人、きっといると思うんです」
「それなら、魔石式の魔導具があるのです」
シルキーさんは机の魔石を指さした。
「魔石から魔力を供給して、あらかじめ組み込んだ術式を起動するのです。街の照明も、保温器具も、基本的には同じ仕組みなのです」
「はい。それは知ってます!」
「……む?」
「でも、それって、魔術を使っているのは道具ですよね?」
シルキーさんが首を傾げた。
「……どういうことなのです?」
「例えば、明かりの魔導具なら、スイッチを入れたら光ります。でも、どこを照らすかとか、どのくらい明るくするかって、最初から決まってますよね?」
「もちろん、調整機能をつけることはできるのです」
「そうじゃなくて……」
私は少し考えてから、机の魔石を一つ手に取った。
「魔力がなくても、明るくしたいって思うことはできますよね?」
「……それは、そうなのです」
「だったら、その人が思い描いた明かりを、そのまま魔術にできないかなって!」
シルキーさんが、ぴたりと動きを止めた。
「……セリスさん」
「はい?」
「それは、魔導具の操作方法を変える話ではないのです?」
「違います!」
私は頷いた。
「その人自身が、魔術を使えるようにしたいんです!」
「…………」
シルキーさんは、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……魔力の供給と、魔術を顕現させる主体を、分けるのです?」
「はい!」
「魔力は魔石から供給する。けれど、何を顕現させるかは、使用者の内的世界から決める……」
「そうです!」
「……そんなことが、できるのです?」
「分かりません!」
「分からないのです!?」
「だから、試してみたいんです!」
シルキーさんは一瞬ぽかんとしたあと、額に手を当てた。
「……まったく、セリスさんは……」
そう言いながら、口元が緩んでいる。
「ふふーん♪ ですが、面白いのです!」
◇
問題は、魔力を持たない人のイメージを、どうやって術式へつなげるかだった。
普通の魔術なら、術者の魔力が内的世界と外部の現象を結びつける。
でも、魔力がなければ、その経路がない。
「……じゃあ、こっちからつなげばいいのかな?」
私は魔石を見つめた。
「ミライ、ちょっと相談していい?」
『YES、セリス』
「魔石から、すごく弱い魔力場を作るんだよ。その魔力場が、使う人のイメージに触れたときの変化を拾えないかな?」
『条件を確認。外部魔力場と使用者の内的情報との共鳴を測定する方式ですね』
「そう! 本人から魔力を出してもらわなくても、共鳴が起きるなら……」
『共鳴変化を入力情報として利用できる可能性があります』
「だよね!」
私は机に紙を広げた。
「じゃあ、《発光》に必要な部分だけ取り出して、この入力につなげられる?」
『共鳴顕現方程式から、指定現象に対応する構成を抽出します』
ミライの先端に、小さな魔法陣が浮かび上がった。
その内側を、細かな式が次々と流れていく。
「……あっ、そこは違うかな」
私は表示された構成を指さした。
「このままだと、使用者のイメージが曖昧なとき、出力が不安定になるよね?」
『指摘を確認。共鳴強度の閾値を設定します』
「うん。それと、光の大きさと熱量には上限をつけよう!」
『制限条件を追加します』
式が組み直され、魔法陣の形が変わる。
私は何度か確認しながら、必要な部分を抜き出していった。
今回は新しい魔術を自由に作る必要はない。
《発光》だけ。
ただし、光を生み出す場所や明るさは、使う人のイメージによって変わる。
「……これなら、いけるかも!」
「……ちょっと待つのです」
横から覗き込んでいたシルキーさんが、図面を引き寄せた。
「数式はさっぱりなのですが……この魔力の流れは、読めるのです」
シルキーさんは、魔石から伸びる線を指でなぞった。
「こちらから微弱な魔力場を作って、戻ってくる変化を拾うのです?」
「はい!」
「そして、その変化を術式の入力にする……」
シルキーさんが、ゆっくり顔を上げた。
「……待つのです」
「はい?」
「それでは、魔術の発動を決めているのは……」
「使う人です!」
「…………」
シルキーさんの目が、大きく見開かれた。
「……セリスさん」
「はい!」
「それは、魔導具を動かしているのではないのです。使用者が、魔術を発動しているのです……!」
「そうです!」
「……な、なんということを考えるのです!?」
シルキーさんが机に両手をついた。
「魔力を持たない人が、魔術師になれるかもしれないのです!!」
「えへへ。そうなったら、嬉しいですよね!」
「嬉しいどころの話ではないのです!!」
シルキーさんは興奮した様子で図面を見直し、それから突然、引き出しを開けた。
「……ですが、この構成なら!」
取り出したのは、小さな銀色の指輪だった。
「それだけの回路なら、この台座に収まるのです!」
「……指輪!?」
「ふふーん♪ 魔導銀の細線加工は、わたくしの得意分野なのです!」
「すごい! 持ち歩けますね!」
「もちろん、魔石の出力制限と安全機構も必要なのです。共鳴が不安定になったら、供給を遮断するのです!」
「お願いします!」
「任せるのです! えっへん!」
……うん。
やっぱりシルキーさん、頼りになるなあ。
◇
午後。
試作品の指輪が完成した。
銀色の細い輪に、小さな青い魔石。その周囲には、肉眼ではほとんど見えないほど細かな魔導回路が刻まれている。
「……可愛い!」
「ふふーん♪ 機能だけでなく、装着感も考えたのです!」
私は指輪を手に取った。
「じゃあ、試してみましょう!」
「その前に、協力者を呼ぶのです!」
シルキーさんが扉を開けると、一人の女性が入ってきた。
落ち着いた雰囲気の、魔術師団の道具管理を担当している人だった。
「アリアと申します。よろしくお願いします」
「セリスです! よろしくお願いします!」
アリアさんは机の指輪を見て、少し困ったように笑った。
「あの……本当に、私でいいんでしょうか?」
「もちろんです!」
「私、魔力がまったくないんです。子どもの頃から、一度も魔術を使えたことがなくて……」
「はい。だから、お願いしたいんです!」
「……え?」
私は指輪を差し出した。
「これ、魔力がなくても、自分で魔術を使えるようにするための道具なんです!」
アリアさんは、しばらく指輪を見つめていた。
「……そんなことが、できるんでしょうか?」
「まだ分かりません!」
「……えっ?」
「だから、一緒に確かめてほしいんです!」
アリアさんは目を丸くしたあと、ふっと笑った。
「……分かりました。私でよければ」
「ありがとうございます!」
指輪をはめてもらい、シルキーさんが測定器を確認する。
「魔力保有量、ゼロ。魔石の供給は正常なのです」
「ミライ、共鳴の変化を見ていてね!」
『YES、セリス。測定を開始します』
準備は整った。
「それじゃあ、アリアさん。明かりを灯してみてください!」
「……はい」
アリアさんが指輪を見つめる。
けれど、何も起こらなかった。
「……あの」
「はい?」
「どうすれば、いいんでしょう?」
私は首を傾げた。
……そうだよね。
魔術を使ったことがない人に、いきなり明かりを灯してって言っても、困っちゃうよね。
「ミライ、共鳴はどう?」
『微弱な反応を検出。ただし、顕現条件に達していません』
「……そっか」
私は表示された式を見直した。
共鳴は起きている。
でも、何を照らしたいのか、どこに光が必要なのかが、うまくつながっていない。
「……アリアさん」
「はい」
「普段、明かりがあったら便利だなって思うこと、ありますか?」
「……明かり、ですか?」
「はい! どんなときに、どこを明るくしたいですか?」
アリアさんは少し考えてから、研究室の隅にある棚を指さした。
「あそこの奥に、道具の管理札があるんです。でも、いつも影になっていて、文字が読みにくくて……」
「……なるほど!」
私は棚を見た。
確かに、奥の札には窓からの光が届いていない。
「じゃあ、あそこを照らしてみましょう!」
私はミライへ小声で相談した。
「ミライ、今の共鳴反応、対象の位置がうまく拾えてないよね?」
『YES、セリス。位置情報の一致率が不足しています』
「じゃあ、手を伸ばした方向と共鳴の変化を合わせてみよう。光を出す場所は、指輪じゃなくて、照らしたいところに!」
『条件を更新。位置推定方式を変更します』
私は新しい構成を確認した。
「……うん。これなら!」
シルキーさんも回路の反応を確かめる。
「魔力場は安定しているのです。出力制限も正常なのです!」
「ありがとうございます!」
私はアリアさんに向き直った。
「アリアさん。あの札を、読めるようにしてみませんか?」
「……私が、ですか?」
「はい!」
アリアさんは、少し戸惑いながら棚へ手を伸ばした。
その指先が、暗い棚の奥を向く。
「……あそこが、明るくなったら……」
小さな呟き。
指輪の魔石が、淡く輝いた。
『共鳴反応を検出』
ミライの声が響く。
『顕現条件に到達』
次の瞬間。
棚の奥に、小さな光が生まれた。
ぽうっと、柔らかな青白い光。
管理札の文字が、はっきりと浮かび上がる。
「…………」
アリアさんが、動きを止めた。
伸ばした手を見つめ、それから棚の奥へ目を向ける。
「……見える」
小さな声だった。
「……札が、読めます」
私は思わず、アリアさんの顔を見た。
驚いたように目を見開いていた彼女の口元が、少しずつ緩んでいく。
「……私が、光らせたんですか?」
その声は、わずかに震えていた。
私は、すぐには答えられなかった。
光は、本当に小さかった。
私なら、もっと大きな光を、いくつでも作れる。
でも。
アリアさんは、まるで初めて星を見つけたみたいに、その光を見つめていた。
「……セリスさん?」
呼ばれて、私は顔を上げた。
そして、笑った。
「はい」
私は、はっきりと頷いた。
「あなたの、魔術です」
「…………」
アリアさんの目に、涙が浮かんだ。
「……私にも」
もう一度、棚の光を見つめる。
「……私にも、魔術が使えたんですね」
「はい!」
今度は、すぐに答えられた。
「アリアさんが、使ったんです!」
シルキーさんが、隣で大きく頷いた。
「魔力は魔石から供給しているのです。ですが、術式を起動するスイッチは押していないのです。光を顕現させたのは、アリアさんの意志なのです!」
アリアさんは、指輪を見つめた。
そっと手を下ろすと、棚の光が消える。
もう一度、棚へ手を伸ばす。
小さな光が、また灯った。
「……あ」
アリアさんが笑った。
「……もう一度、できました」
「えへへ。できましたね!」
そのときだった。
――リン。
澄んだ音が、研究室に響いた。
目の前に、淡い光の文字が浮かび上がる。
《世界初の顕現事象を確認》
《魔力非保有者による自発的魔術顕現を認定》
「……え?」
私は目を瞬かせた。
文字は、まだ続いている。
《功績評価を開始》
《アリア:称号《始まりの魔術師》を獲得》
《経験値を付与》
《レベルアップ:Lv8 → Lv25》
「…………えっ?」
アリアさんが、固まった。
「……に、二十五?」
シルキーさんも測定器を覗き込む。
「……ま、間違いないのです! レベルが十七も上がっているのです!?」
「すごい! アリアさん、おめでとうございます!」
「えっ、あ、ありがとうございます! でも、私、何が何だか……!」
アリアさんが慌てていると、今度は私の前にも文字が浮かんだ。
《セリス・アルフィーネ:称号《可能性の開拓者》を獲得》
《経験値を付与》
《レベルアップ:Lv384 → Lv405》
「……あれ?」
……四百五?
「……えええっ!?」
さらに、シルキーさんの前にも光が現れる。
《シルキー・リーン:称号《共鳴の架け橋》を獲得》
《経験値を付与》
《レベルアップ:Lv800 → Lv804》
「…………」
シルキーさんが、静かに測定器を置いた。
「……四つ」
「……シルキーさん?」
「八百を超えてから、レベルが四つも……」
シルキーさんが、ゆっくり顔を上げる。
「何なのですか、この研究はぁぁぁ!?」
「わ、私に聞かれても!?」
アリアさんは指輪を見つめたまま、呆然としている。
でも、しばらくして。
「……あの、セリスさん」
「はい?」
「もう一度、光らせてもいいですか?」
私は笑った。
「もちろんです!」
アリアさんが、棚へ手を伸ばす。
小さな光が、また灯った。
レベルが上がったことよりも、称号をもらったことよりも。
アリアさんは、その光が嬉しいみたいだった。
……うん。
私も、そっちの方が嬉しいな。
『魔力保有量ゼロ。外部魔力供給による自発的魔術顕現を確認』
ミライが、静かに告げた。
『結果を記録しました』
私は杖を見下ろした。
「ありがとう、ミライ!」
『YES、セリス』
……えへへ。
今日は、本当にいい日だ。




