第54話「ミライ、よろしくね!」
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
計算して、返事をして、使うほど学んでいく杖。
でも、まだ決まっていない大切なことが一つありました。
今回は、名前をつけるところから始まる一日。
セリスと新しい杖の練習に、どうぞお付き合いください!
翌朝、研究室の机に置かれた杖を見て、私は小さく拳を握った。
昨日作った演算の仕組みは、ちゃんと動いた。
水を冷やしたり、温めたり。訓練場では《インパクト》の衝撃を内側へ集めることまでできた。
まだ試したいことはいっぱいあるけれど、これから一緒に冒険できる杖になったと思う。
……ただ、一つだけ。
「シルキーさん。この子、まだ名前がないんですよね」
「む? そういえば、記録はまだ『セリス用試作杖』なのです」
図面を整理していたシルキーさんが、紙の上を指で叩いた。
「正式名称は、完成してから決める予定だったのです」
「でも、完成を待ってたら、ずっと決まらない気がします」
「……それは、否定できないのです」
昨日だけでも、作っている途中で何度も機能が増えた。
これから使っていったら、もっといろんなことを思いつくと思う。
私は杖を持ち上げた。
銀色の細い筒に、青い魔石。持ち手の内側には、私とシルキーさんが何度も直した回路が収まっている。
まだ知らない魔術も、見たことのない景色も、いっぱいある。
この杖と一緒なら、今はできないことにも手が届くかもしれない。
「……ミライ」
口に出してみると、何だか、すとんと収まった。
「この子の名前、ミライにします!」
「ミライ、なのです?」
「はい! これから、まだできないことも、一緒にできるようになりたいので!」
持ち手の魔石が淡く光った。
『名称を登録。ミライ』
「……おおっ!」
『YES、マイマスター。私はミライです』
私は思わず、杖へ顔を近づけた。
「覚えてくれました!」
「昨日は温度を覚えていたのです。今日は名前まで覚えたのですか……」
シルキーさんも、図面を置いて覗き込んでいる。
私は嬉しくなって、持ち手を両手で包んだ。
「よろしくね、ミライ! それから、私のことはセリスって呼んでくれる?」
『使用者の呼称を、セリスに変更します』
「うん!」
『YES、セリス』
……えへへ。
昨日までと同じ杖なのに、少し違って見えた。
呼んだら返事をしてくれるだけでも嬉しかったけれど、自分の名前まで呼んでもらえるとは思わなかった。
「ふふっ。素敵な名前が決まったのね」
振り向くと、ルシャナさんが入口に立っていた。
「おはよう、セリスちゃん。ミライちゃんも」
「おはようございます!」
『呼びかけを確認。ミライです』
ルシャナさんが、楽しそうに目を細めた。
「ええ。よろしくね」
私がもう一度ミライを見下ろしたところで、机へ大きな箱が置かれた。
計測用の魔石と、記録用紙がぎっしり入っている。
「では、そのミライさんの性能を調べに行くのです!」
シルキーさんが箱を抱えた。
「今日は、名前以外の欄も埋めるのです!」
「はいっ!」
◇
訓練場には、朝から厚い標的が並んでいた。
その後ろには防護結界が何重にも張られている。昨日より増えている気がするのは、たぶん気のせいじゃない。
「今日は、発射までの時間と、続けて使ったときの安定性を調べるのです」
シルキーさんが記録用紙を広げた。
「威力は、最初に決めたところから変えないのです」
「分かりました!」
私も、今日はそこを確かめたい。
以前、カナメさんと試した《電磁加速砲》は、発射までに準備が必要だった。冷却して、磁場を作り、加速の経路を整える。その調整をしている間に、カナメさんには隙を見抜かれてしまった。
ミライに準備を手伝ってもらえたら、どのくらい変わるんだろう。
「ミライ、まずは一発だけ試そう!」
『YES、セリス。対象と発射条件を指定してください』
杖を伸ばし、中央の標的へ向ける。
弾体を用意し、質量と目標の速度、狙う位置を魔力に重ねて渡した。
内側へ青銀色の光が走り、先端に魔法陣が重なる。
『演算完了。発射可能』
「……もう?」
私は術式を確かめた。
冷却は安定している。磁場も揃っているし、加速する経路も問題なさそうだ。
「シルキーさん、撃ちます!」
「こちらもよいのです!」
発射の意図を送る。
『《電磁加速砲》。発射』
――バシュンッ!
青白い閃光が走り、標的の中央に穴が開いた。
後方の結界が光を帯び、抜けた衝撃を受け止める。
「……命中!」
振り返ると、シルキーさんは計測用の魔石と記録を見比べていた。
「準備は、明らかに短くなっているのです」
「やった!」
「次は三発なのです。冷却を保ったまま、続けて使えるか確かめるのです!」
◇
標的が三つ、少しずつ離れた位置に置かれた。
私は左から順に狙うことをミライへ伝え、出力はさっきと同じに設定する。
今回は撃ったあとも維持用の経路を止めず、次の発射に必要な部分を準備してもらう。
「一発目、いきます!」
閃光が左の標的を貫いた。
私は杖を中央へ動かしながら、冷却の状態を確かめようとした。
『二射目、発射可能』
「えっ?」
もう、次の魔法陣が整っている。
慌てて目を通したけれど、冷却も磁場も崩れていなかった。狙いを定め、発射の意図を送ると、中央の標的にも穴が開く。
よし。
次は、先に確かめておけば――。
『三射目、発射可能』
「……速い!」
まだ、右へ向けている途中なんですけど!
私は標的へ狙いを合わせ、最後の一発を撃った。
三つとも中央を貫いている。杖を下ろしても、先端に余分な熱が残る感じはなかった。
「……できた!」
嬉しくてシルキーさんを見ると、何だか不思議な顔をしていた。
「二射目と三射目の前に、間があるのです」
「あっ、それは私です」
「む?」
「確認して、狙いを合わせていたので。準備は、もっと前に終わってました」
シルキーさんが記録へ目を戻す。
それから、私とミライを順番に見た。
「……今日は、セリスさん待ちなのです」
「ううっ。そうなりますね」
昨日は、自分で使った方が速かったのに。
私はミライを見下ろした。
「……追い越されちゃいました」
「ご自分で速くしたのです」
「そうなんですけど!」
嬉しい。
嬉しいんだけど、ちょっと悔しい!
「でも、確かめずに撃つわけにはいかないですよね?」
「もちろんです。今は試験中なのです」
シルキーさんは頷き、記録の一部を指さした。
「問題は、毎回、全部の魔法陣を最初から見直していることなのです。先ほどと同じ条件か、維持状態はどうか。そこを見やすくするのです」
「……あっ。確かめたいところを、まとめてもらえばいいんですね!」
私はミライへ魔力を通した。
「発射前に、対象と出力、冷却の状態、それから射線を見せてくれる? 変更したところがあったら、そこも分かるようにしてほしいです」
『確認表示を設定します』
杖の先に、小さな魔法陣が浮かんだ。
指定した標的へ細い光の印が重なり、その横へ出力と冷却の状態が短く表示される。射線は、私が意識を向けたときだけ、淡い線として見えた。
「……おおっ!」
全部を目で追わなくても、今どんな状態なのかが分かる。
詳しく見たいところへ意識を向ければ、そこにつながる術式も確かめられた。
「それから、冷却が崩れたり、射線に何か入ったりしたら、発射を止めて教えてね」
『異常検出時は発射を保留。最終発射指示は、セリスから受信します』
「うん。それでお願いします!」
シルキーさんが横から覗き込み、対象を示す印と標的を見比べた。
「では、表示が正しいかも含めて、もう一度なのです」
「はいっ!」
次の三発は、さっきよりずっと撃ちやすかった。
ミライが準備を終え、私は状態と狙いを確かめて発射する。
それでも、三射目の前には少し待たせてしまった。
「……ミライ、ちょっと速すぎません?」
『発射待機中です』
「分かってます!」
◇
「次は、動く標的なのです」
シルキーさんが訓練場の端にある操作盤へ向かうと、遠くに置かれた標的が横へ動き始めた。
「わあっ! そんなこともできるんですか!」
「魔術師団の訓練用なのです。速さも、移動の仕方も変えられるのです!」
ルシャナさんが、防護結界の内側から標的を眺めた。
「これなら、追いかけて直す手間も少なくて済むわね」
「壊さなければ、なのです」
……あっ。
今日は、もう何個か穴を開けちゃった。
今回は遠くの標的へ、小さな弾体を使う。
まずはゆっくり、一定の速さで動かしてもらった。
「ミライ、動きに合わせて狙う位置を教えてください!」
『対象を測定。予測位置を表示します』
標的へ重なるように、小さな光の印が浮かんだ。
少しだけ、進む方向へ寄っている。
私はその印に合わせて杖を動かし、状態を確認して発射した。
閃光が標的の中央を貫く。
「……当たった!」
「ふふーん♪ 測定は安定しているのです! わたくしが調整した回路なのです!」
シルキーさんが胸を張った。
でも、すぐに記録へ顔を戻す。
「そこから、どうやってこの狙いを出しているのかは、まだ説明してもらう必要があるのです」
「計算のところですか?」
「数式以外の説明を希望するのです!」
……頑張ります。
速度を少しずつ上げてもらい、同じように試す。
最初は中央。その次も、ほぼ同じ場所へ当たった。
けれど、さらに速くしたところで、弾体は標的の後ろ側の端をかすめた。
「あっ!」
『予測位置と着弾位置の差を検出』
ミライの表示へ、狙った位置と実際に当たった位置が重なった。
見比べると、進む方向に対して少し遅れている。
「測定が遅れたんでしょうか?」
「記録を見るのです」
シルキーさんが計測用の魔石を操作した。
標的の動きと、私が杖を向けて発射するまでの順番が、簡単な光の軌跡で浮かぶ。
私は表示された場所を見て、そこへ杖を向ける。
状態を確かめて、それから撃つ。
その間にも、標的は動き続けていた。
「……また、私ですか?」
「少なくとも、その時間は含める必要があるのです」
シルキーさんは、標的と私の動きを交互に示した。
「標的がどこへ行くかだけでは足りないのです。セリスさんが、いつ撃てるかも関係するのです」
「……なるほど」
ミライの演算が終わっても、私はすぐには撃っていない。
表示を見て、杖を動かして、確かめる。その分を含めて、狙う位置を出してもらう必要があるんだ。
「ミライ。私が狙いを合わせて撃つまでの時間も、計算に入れられる?」
『操作記録を参照。補正を開始します』
「じゃあ、同じ条件でもう一度お願いします!」
標的が動き始める。
私は印へ狙いを合わせ、確認して撃った。
今度は内側へ寄ったけれど、まだ中央ではなかった。
もう一度。
少し近づく。
三度目で、弾体が中央を貫いた。
「……やった!」
『着弾位置を確認。補正結果を記録しました』
私は嬉しくなって、持ち手を撫でた。
「ありがとう、ミライ!」
ミライだけが速く動けばいいわけじゃない。
私がどう使うかも含めて、少しずつ合ってきている。
……えへへ。
本当に、一緒に練習しているみたいだ。
「では、次は反対向きなのです」
「はい!」
今度は、右から左へ。
向きが変わると、杖を動かす感覚も少し変わった。私はさっきより肩を開き、狙いを合わせ直す。
何度か試すうちに、印を追う動きにも慣れてきた。
「セリスさんの動きも、速くなっているのです」
「本当ですか?」
「はい。ミライさんだけでなく、こちらも記録し直しなのです」
私は杖を見下ろした。
「じゃあ、二人とも練習ですね!」
『操作時間の変化を記録しました』
◇
夕方には、記録用紙が何枚も埋まっていた。
最後に同じ条件で試した三連射は、朝よりずっと滑らかに撃てた。
ミライの表示を確かめて、狙いを合わせる。発射後も冷却が保たれ、次の術式が準備されている。
最初ほど、慌てなくなった。
「……よしっ!」
最後の標的へ命中したところで、私は杖を下ろした。
「今日はここまでなのです!」
シルキーさんが記録をまとめ、満足そうに頷く。
片づけを終えると、ルシャナさんが冷たい飲み物を持ってきてくれた。
「お疲れさま。二人とも、よく働いたわね」
「ありがとうございます!」
受け取ったカップを飲みながら、私はミライを見つめた。
朝、名前をつけたばかりなのに。
今日は一緒に何度も魔術を使って、うまくいかなかったところを直して、また試した。
私の操作を待たせたり、狙いがずれたりもしたけれど、最後は少しだけ、お互いの動きが分かるようになった気がする。
「……ミライ」
『YES、セリス』
「今日は、ありがとう!」
『実行結果を記録しました』
私は小さく笑い、持ち手をそっと撫でた。
……うん。
また一緒に、試そうね。
「さて、セリスさん!」
シルキーさんが、分厚くなった記録を抱えて戻ってきた。
「明日は、魔術師団の皆さんにも立ち会ってもらいたいのです」
「お披露目ですか?」
「それもあるのです。ですが、まず確かめたいことがあるのです」
シルキーさんがミライを指さした。
「セリスさん以外でも、同じように使えるのです?」
「……あっ」
そういえば。
作ってから、ちゃんと使っているのは私だけだ。
言葉で指示はできる。
でも、流す魔力が違ったらどうなるんだろう。細かな条件を魔力で伝えずに、どこまでお願いできるのかな。
「……試してみたいです!」
「ふふーん♪ そう言うと思ったのです!」
シルキーさんが新しい紙を取り出した。
「最初は《発光》からなのです。入力する魔力を変えて、それから言葉だけで指示した場合と……」
「目標の伝え方も、人によって違いますよね!」
「それも確かめるのです!」
「続きは、夕食のあとにしましょうね」
私たちは揃って顔を上げた。
ルシャナさんが、にっこり笑っている。
「二人とも、帰り道まで実験を始めないでちょうだい?」
「……はいっ」
「分かったのです」
シルキーさんが紙をしまう。
私もミライを縮め、腕へ抱えた。
「じゃあ、帰ろうか。ミライ!」
『YES、セリス』
名前を呼ぶと、返事がある。
私はそれだけで、また少し嬉しくなった。
明日は、私以外の人もミライを使う。
どんなことができて、何を覚えるんだろう。
ルシャナさんとシルキーさんの後を追いながら、私は腕の中の杖へ目を落とした。
……これから、よろしくね。
ミライ!
お読みいただき、ありがとうございます!
杖の名前は「ミライ」になりました。
まだできないことも、これから一緒にできるように。
そんなセリスの願いを込めた名前です。
そして、以前は「自分で使った方が速い」と言っていたセリス。
今回は、見事に杖から待たされる側……ではなく、杖を待たせる側になりました(笑)
ミライがセリスの使い方を学び、セリスもミライに慣れていく。
これからの二人が、どんな魔術を見せてくれるのか楽しみです。
「ありがとう」に、まだ「実行結果を記録しました」と返すミライ。
その返事も含めて、見守っていただけたら嬉しいです。
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次回もお楽しみに!




