第53話「杖に計算してもらえばいいんです!」
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
せっかく作った杖より、自分で魔術を使った方が速かったセリス。
それなら、杖には何をしてもらえばいいのでしょう?
魔法オタクが一晩考えた答えを、シルキーと一緒にお確かめください。
第53話、どうぞお楽しみください!
翌朝、研究室へ入ると、シルキーさんが昨日の杖を分解していた。
机の上には冷却用の術式と、磁場形成の図面。その端には、小さく《保温》と書かれた紙まで置かれている。
「おはようございます!」
「おはようなのです! ちょうどよいところへ来たのです!」
シルキーさんは工具を置き、私を手招きした。
「冷却の維持回路は、ここへ収めるのです。ただ、磁場の制御まで入れると、場所が足りないのです」
「あっ! それ、昨日の夜に考えてきました!」
私は抱えてきた紙の束を広げた。
「魔術を一つずつ入れるの、やめてみませんか?」
「……朝から、昨日の仕事を片づけに来たのです?」
「ち、違います! 昨日作った仕組みは使うんです!」
維持用の経路も、切り替える回路も、伸縮部分の接点も必要だ。
ただ、その仕組みに渡す術式を、あらかじめ全部用意しておかなくてもいいと思った。
「使うときに、必要な術式を組めばいいんです」
「それは、魔術師がする仕事なのです」
「はい! だから、杖にも手伝ってもらいます!」
シルキーさんは私を見て、それから紙へ目を落とした。
中心には万物方程式。
その周囲に、共鳴顕現方程式やエネルギーの関係式を並べてある。温度や運動、圧力を扱うための式も、つながりが分かるように書き込んできた。
「……セリスさん」
「はい!」
「術式の図面は、どこなのです?」
「これです!」
「文字と記号しかないのです!」
私は椅子を寄せ、真ん中の式を指さした。
「ここがCOREです。やりたいことに合わせて、この式から必要な部分を使うんです」
「……この、曲がった記号は何なのです?」
「積分です」
「セキブン」
「はい! 細かい変化をまとめて扱うときに……」
説明しかけたところで、シルキーさんが手を上げた。
「待つのです。今の説明にも、分からないところが増えたのです」
……あっ。
そうか。いつも頭の中でやっていることを、そのまま言っても分からないよね。
私は別の紙へ、簡単な冷却の魔法陣を描いた。
「例えば、水を冷やすなら、今の状態と、どこまで冷やしたいかを入れます。そうすると、必要な変化を計算して、こういう術式にするんです」
シルキーさんが、こちらの紙へ身を乗り出した。
「この術式なら、分かるのです」
「よかった!」
「ですが、どうして、そちらの記号からこれが出てくるのです?」
私は二枚の紙を見比べた。
……うーん。
どこから説明したらいいんだろう。
「……順番に計算すると?」
「その順番が、全部分からないのです!」
◇
結局、実際に作りながら確かめることになった。
私が計算の仕組みを作り、シルキーさんが魔導回路としてつながるかを見る。対象を測る経路や、供給を止める仕組みは、シルキーさんに任せることにした。
「分からない式が入るからこそ、止める場所は必要なのです」
「はい! そこはお願いします!」
まずは、筒の内側へ魔導銀を薄く吹き付ける。
シルキーさんに補修用の道具を借りると、内壁が小さな鏡みたいになった。
「全面を使うのです?」
「はい。この上へ、演算に使う部分を作ります!」
細い光を導き、魔導銀の膜へ溝を刻んでいく。
一本ずつ線をつなぐ代わりに、必要なところを残しながら、内側全体を使えるようにするんだ。
測定した状態を受け取るところ。
条件を計算するところ。
結果を術式へ渡すところ。
それぞれをつなぎ、昨日の維持用経路へ接続すると、銀色の模様に淡い光が走った。
「……そこは、そのままつなぐと干渉するのです」
「あっ。じゃあ、こちらへ回します」
「はい。その間隔なら通るのです」
シルキーさんが、小さな魔石を内壁へかざして確かめる。
私はその結果を見ながら、経路を修正した。
やっぱり、一緒に作るとやりやすい。
計算が合っていても、魔力が思った通りに流れるかは別なんだ。
次に、COREの魔石へ中心の式を組み込む。
周囲とのつながりを確かめているうちに、少しだけ場所が残った。
……あ。
せっかくだから。
「ここへ、結果も残せるようにしておきますね!」
「結果?」
「はい。使ってみて、どのくらい目的に近づけたかを覚えておくんです」
私は図面の端へ、新しい流れを書き足した。
目的と、実際に起きたことを比べる。
ずれていたところを残し、次に似た条件で使うときには、その分を調整する。
毎回最初から考えるより、その方が便利そうだ。
「……それは、記録用なのです?」
「記録もしますけど、次に使うときの計算にも戻します」
「戻すと、どうなるのです?」
「使うほど、上手になります!」
シルキーさんの工具が止まった。
「……何がなのです?」
「杖が!」
しばらく、返事がなかった。
私は顔を上げたけれど、シルキーさんは図面を見つめたままだった。
「……セリスさん」
「はい?」
「昨日は、傾けても消えない杖を作っていたのです」
「はい!」
「今日は、どこまで行くつもりなのです?」
……どこまで。
私は杖と図面を見比べた。
「入るところまで?」
「大きさの話ではないのです!」
◇
昼過ぎには、杖の外装を閉じられるところまで進んだ。
見た目は昨日とあまり変わらない。
銀色の細い杖に、小さな青い魔石。ただ、内側にはびっしり計算の仕組みが入っている。
私は杖を伸ばし、持ち手から魔力を流した。
COREが淡く光る。
内側の経路を一巡した魔力が、先端まで届いた。
「……つながりました!」
「供給も安定しているのです。まずは小さく試すのです!」
机へ置いた水の器に、杖を向ける。
「この水を冷やしてください!」
『目標温度を指定してください』
透き通った声が、杖から響いた。
シルキーさんが動かなくなった。
私は器を見て、慌てて条件を足す。
「あっ、今より十度低くしてください!」
『対象の水を冷却。温度差、十度』
器の周囲へ薄い魔法陣が浮かび、すぐに消えた。
温度計の針が動き、指定したところで止まる。
「……できた!」
「今のは何なのです!?」
シルキーさんが椅子から立ち上がった。
「冷却です!」
「声の方なのです!」
……あっ。
そっちか。
「何をするか分かった方が、間違えたときに止められますよね? だから、返事をしてもらうようにしました」
「昨日、この杖は返事をしなかったのです!」
「昨日は、まだ入れてなかったので!」
シルキーさんは杖へ顔を近づけ、先端を見てから持ち手を見た。
「……これに、話しかけたのです?」
「はい! 言葉でも、魔力でも指示できるようにしました。細かい条件は、直接渡した方が早いと思って」
今度は声に出さず、魔力へ条件を重ねて送った。
対象は同じ水。目標は、元の温度。
『対象の水を加熱。指定温度へ調整』
違う魔法陣が浮かび、水温が戻った。
シルキーさんが、ゆっくりと私を見る。
「……今、何も言っていないのです」
「魔力で伝えました!」
「返事はするのです?」
「何をするか、確認したいので!」
シルキーさんは口を開きかけて、そのまま椅子へ座った。
「……一つずつ説明してほしいのです」
◇
そのあとは、いろいろな条件で試した。
水の量を変える。
器を替える。
冷やしている途中で、シルキーさんが外側から温める。
杖はそのたびに処理を短く返し、測定した状態に合わせて術式を変えた。
シルキーさんは、数式の方は見なくなっていた。代わりに、現れた魔法陣と計器の数字を、すごい速さで書き取っている。
「……さっきより、温度の揺れが小さいのです」
同じ器で三度目の試験をしたとき、シルキーさんが顔を上げた。
「セリスさん。今、どこを直したのです?」
「私は直してませんよ?」
「ですが、加熱した直後の反応が変わったのです」
私も記録を覗いた。
確かに、最初より目標の温度から外れなくなっている。
「さっきの結果を使ったんだと思います!」
「……杖が?」
「はい! どのくらい遅れて温度が変わるか、調整できたんですね!」
私は嬉しくなって、持ち手を撫でた。
ちゃんと、覚えたことが役に立っている。
一回目より二回目、二回目より三回目。これなら、使いながらもっとよくできそうだ。
シルキーさんは杖を見つめていたけれど、やがて新しい紙を取り出した。
「……次は、別の器へ戻すのです」
「はい!」
「前の条件を、そのまま使って失敗しないか確かめるのです。それから、温度を上げる場合と……」
ペンが止まらない。
……えへへ。
シルキーさんも、確かめたいことがいっぱいみたい。
◇
午後には、訓練場へ移ることになった。
温度の調整だけでは、実際の魔術でどこまで補助できるか分からない。シルキーさんが標的と防護の準備をしてくれたところへ、ルシャナさんもやって来た。
「今日は外なのね」
「はい! 杖を試すんです!」
「ふふっ。完成したの?」
「……動くところまでは、できたのです」
シルキーさんが、少しだけ間を置いて答えた。
訓練場の奥には、厚い石の標的が三つ並んでいる。
まずは中央の一つだけ。周囲へ影響が出ないよう、防護の結界も張ってある。
「何を使うのです?」
「《インパクト》で試したいです!」
ルシャナさんが標的を見て、少し後ろへ下がった。
「今度は、どのくらい飛ばすつもりかしら?」
「今日は飛ばさないようにしたいです」
「あら?」
私は杖を構え、中央の標的を見つめた。
これまでの《インパクト》は、衝撃を飛ばしたり、離れた場所で広げたりしていた。
ルシャナさんと一緒に使ったときは、衝撃の波を重ねて、アースドラゴンの群れをまとめて吹き飛ばした。
でも、全部を外へ広げる必要はない。
範囲を決めて、その内側へ向けたら。
周りへ逃がしていた衝撃を、中心で合わせたら。
「……押す向きを、変えてみたいんです」
シルキーさんが私の杖へ目を向けた。
「一方向からではなく?」
「はい。周りから、真ん中へ集めます」
標的の中央に、球形の範囲を思い浮かべる。
その境界から中心へ向かって、衝撃が同時に届くようにする。標的の厚さも、場所によって違うから、そこは測定した結果を使って調整してほしい。
条件を魔力へ重ねて、杖へ渡した。
『対象領域を確認。内向収束、演算完了』
「……もう?」
思わず声が出た。
今、条件を渡したばかりだ。
返ってきた術式を確かめると、衝撃の向きも、到達するタイミングも、もう組み上がっている。
私は自分で全体を確かめ、供給する魔力を絞った。
「シルキーさん、いきます!」
「こちらはよいのです!」
発動の意図を送る。
『《インパクト》。指定領域、圧縮』
声が終わった瞬間だった。
標的の中央が、へこんだ。
そう見えた次には、もう潰れていた。
短い、硬い音が一つ。
石の表面が四方から引き込まれ、中心へ向かって折り重なる。外へ飛ぶはずの破片まで内側へ巻き込まれ、次の瞬間には、球形にえぐれた空洞だけが残っていた。
その奥から、押し固められた小さな塊が落ちる。
こつん、と乾いた音がした。
……あれ。
もう、終わった?
左右の標的は動いていなかった。
中央の標的も、狙った部分の外側は残っている。縁から少しだけ石の粉がこぼれ、足元へ細い筋を作った。
私は杖を見て、もう一度、標的を見た。
「……わあ」
思っていた場所に、思っていた形で。
でも、潰れる速さは、想像していたよりずっと速かった。
「……今の」
シルキーさんが、標的を見つめたまま口を開いた。
「衝撃を、どこへ逃がしたのです?」
「逃がさないようにしたんです!」
私が答えると、シルキーさんはゆっくり振り返った。
「……だから、ああなったのです?」
「はい! 全部、内側へ向けたかったので!」
ルシャナさんが、静かに標的へ目を戻した。
「この前は、あんなに遠くまで飛んだのにねえ」
「今日は、ちゃんと残りました!」
「残ったと言ってよい形ではないのです!」
シルキーさんの声が、訓練場へ響いた。
◇
魔力の供給を止めてから、三人で標的へ近づいた。
空洞の縁は、ただ割れたのとは違っていた。
内側へ向かって石の筋が寄り、中心に近いところほど、ぎゅっと詰まっている。
その下に落ちていた塊を見て、私はしゃがみ込んだ。
「……これ、真ん中にあった部分ですよね?」
「そのようなのです」
シルキーさんは触れずに魔石をかざし、残った魔力を調べていた。
「指定した境界に、ほとんどずれがないのです。ですが、この圧縮は……」
途中で言葉を切り、私の杖を見る。
「セリスさん。今の術式を、もう一度見せるのです」
「はい!」
発動はせず、演算した内容だけを表示させた。
薄い魔法陣が杖の前へ浮かぶ。
シルキーさんは目を細め、その一部分へ指を向けた。
「ここで、衝撃の到達を揃えているのです?」
「はい。距離と、途中にあるものに合わせて調整してます」
「こちらは、横へ逃げる分を押さえている……。では、この補正は……」
図面を持ってくればよかった。
そう思ったときには、シルキーさんがすでに紙を取り出していた。
準備がいい!
私は隣へ座り、聞かれたところを順番に説明した。
数式を見せると首を傾げるのに、魔法陣になると、シルキーさんはどんどん仕組みを見つけていく。
私が気にしていなかった、魔力の流れが偏りやすい場所まで指摘してくれた。
「ここは、次に直した方がよいのです」
「分かりました!」
『実行結果を記録。収束補正を更新』
杖から声がした。
シルキーさんのペンが止まる。
「……今、何を更新したのです?」
私は杖から返ってきた内容を確かめた。
想定した衝撃の届き方と、実際の結果。そのわずかな差が、次の計算へ戻されている。
「今の結果から、中心へ揃えるところを調整したみたいです!」
「……次は、さらに揃うのです?」
「条件が合えば!」
シルキーさんが、空洞になった標的を見た。
それから杖を見て、紙へ大きく何かを書き込む。
「明日も、ここを使うのです」
「えっ?」
「試すことが増えたのです!」
……えへへ。
私も、そう思ってました!
◇
研究室へ戻ると、机の上には冷めたお茶が残っていた。
私は椅子へ座る前に、杖をカップへ向ける。
「このお茶を、飲み頃にしてください!」
『目標温度を指定してください』
「あっ。まだ、飲み頃は分からないですね」
さっきおいしかった温度を、魔力で直接渡す。
『対象を加温。指定温度を維持』
淡い光が消えると、カップから柔らかく湯気が立った。
一口飲むと、ちょうどいい温かさだった。
「……おいしい!」
隣で図面を広げていたシルキーさんが、私を見た。
「何ですか?」
「……さっきの杖なのです」
「はい?」
「標的を、あの形にした杖なのです」
「はい! 便利になりましたね!」
シルキーさんは何か言いかけ、それから長く息を吐いた。
ルシャナさんが、楽しそうに笑う。
「自分だけの杖ができて、よかったわね、セリスちゃん」
「はいっ!」
私は銀色の持ち手を撫でた。
昨日は、自分で魔術を使った方が速かった。
今日は、渡した条件の計算が、思ったよりずっと早く返ってきた。実際に使った結果まで残して、次へ生かしてくれる。
これから、どんな魔術を一緒に試せるんだろう。
「……そうだ。お茶も、さっきの温度を覚えておいてもらえますか?」
『指定温度を記録しました』
「わあっ! ありがとうございます!」
シルキーさんが、机へ両手をついた。
「明日は、先に杖の性能を測るのです!」
「はい!」
「お茶の好みより、先なのです!」
……ううっ。
でも、毎日使うなら、こっちも大事だと思うんです。
お読みいただき、ありがとうございます!
昨日は「傾けても消えない杖」。
今日は「返事をして、計算して、使うほど学ぶ杖」。
シルキーさん、一晩で仕事内容が変わってしまいました。
そして今回の《インパクト》は、衝撃を内側へ集める圧縮型。
飛ばさないようにした結果、標的はもっと大変なことに。
そんな杖で、帰って最初にすることがお茶の温め直しです。
セリスにとっては、どちらも「できたら嬉しいこと」なんでしょうね(笑)
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次回もお楽しみに♪




