第52話「魔女の杖、完成……しません!?」
翌朝、研究室へ入った私は、机の前で足を止めた。
「……あれ?」
昨日、青と白の魔石を交互に光らせた実験装置。その隣に、見覚えのない銀色の筒が三本並んでいる。
「シルキーさん、これって……」
「ふふーん♪ 試作杖の外装なのです!」
机の向こうから、シルキーさんが得意げに顔を出した。
「昨日のうちに、工房へ加工を頼んでおいたのです!」
「えっ!? もうできたんですか!?」
「外側だけなのです。中身は、これから一緒に作るのです!」
私は一番短い筒を手に取った。表面は滑らかで、持ってみると意外に軽い。
これに、昨日考えた回路が入るんだ。
シルキーさんは残りの筒を順番にはめ込むと、両端を持って引き伸ばした。するすると銀色の部分が現れ、最後に小さな金属音が鳴る。
――カチン。
「わあっ!」
「伸縮機構の基本形なのです。伸ばしきると、ここで留まるのです!」
受け取って床へ立てると、先端が胸のあたりまで届いた。縮めれば片腕より短くなるし、これなら冒険中も邪魔にならなさそうだ。
「いいですね! もう杖っぽいです!」
「まだ筒なのです」
「でも、こうやって構えると……」
「構えても筒なのです!」
……ううっ。
ちょっとくらい、魔術師気分を味わってもいいと思うんだけど。
シルキーさんは笑いながら筒を受け取り、机の端へ置いた。
「その中へ入れるものを、先に完成させるのです」
「はいっ!」
昨日できたのは、二つの回路を順番に動かすところまで。
今日は、起動した魔術を維持しながら、次の魔術を準備できるようにする。
これができれば、《電磁加速砲》の冷却や磁場形成を、少しずつ杖に任せられるはずだ。
◇
シルキーさんが、昨日の回路板の横へ新しい板を置いた。
「こちらが維持用の経路なのです。術式が起動したら、こちらから魔力を送り続けるのです」
私は図面と回路板を見比べた。
起動するための回路は、順番に切り替えて使う。一方、動き始めた術式には、別の道から魔力を送り続ける仕組みだ。
「それなら、前の魔術を止めずに、次の準備ができますね!」
「その通りなのです。ただし、維持する経路同士も干渉しないよう、間隔を取ってあるのです」
なるほど。何でも重ねればいいわけじゃないんだ。
接続を確かめ、まずは青い魔石へ魔力を送った。
光が灯ったところで維持用の経路へ引き継ぎ、次に白い魔石を起動する。
――ぽうっ。
「……あ!」
白い光が灯っても、青い方は消えなかった。
昨日は、片方が消えてから、もう片方が光った。
今日は、二つとも並んで光っている。
「シルキーさん! 両方ついてます!」
「ふふーん♪ まずは成功なのです!」
私は顔を近づけ、青と白を交互に眺めた。
昨日は一緒に光ったら失敗だったのに、今日は一緒に光ってほしかったんだよね。
……何だか、面白い。
「では、もう一つ増やすのです」
シルキーさんが、赤い魔石につながった回路板を持ってきた。
「三つですね!」
「はい。二つで動いたからといって、三つでも動くとは限らないのです」
接続を追加し、もう一度、最初から試す。
青を起動して維持。次に白。そこまでは、さっきと同じようにうまくいった。
ところが、赤い魔石へ魔力を送った瞬間だった。
――バチッ!
「ひゃっ!?」
青い光が大きく揺れ、白い魔石が消えた。赤い方は弱く点滅するばかりで、きちんと灯らない。
「停止なのです!」
シルキーさんが供給を切ると、三つの魔石が暗くなった。
私は浮かせていた肩を下ろし、そっと回路を覗き込む。
「……三つだと、だめでしたね」
「原因を調べるのです」
シルキーさんは魔導銀の線を一本ずつ確かめ、起動用と維持用の経路へ分かれる場所で手を止めた。
「ここなのです。分岐する手前の供給が、足りていないようなのです」
「三つ目を動かしたときに、他の二つの分まで使っちゃったんですか?」
「その可能性が高いのです。起動するときには、一時的に多くの魔力が必要になるのです」
私は図面の線を指でたどった。
道を分けても、その手前は一本につながっている。ここで足りなくなれば、先の回路にも影響が出るんだ。
「供給用の魔石を増やせば……」
「余裕はできるのです。ただ、杖が重くなるのです」
机の端にある銀色の筒を見た。
せっかく持ちやすい形になっているのに、魔石を増やし続けたら、振り回すだけで大変そう。
もう一度、維持用の経路へ目を戻す。
青にも白にも、同じ調整の回路がついていた。
「シルキーさん。維持に送っている魔力って、今は同じ量ですか?」
「はい。まずは確実に光り続けるよう、どちらも余裕を持たせてあるのです」
「だったら、その余裕を少し減らせませんか?」
シルキーさんが図面から顔を上げた。
「青と白で、必要な量が違うかもしれませんよね。それぞれ、光り続ける分だけにしたら、三つ目を動かす余裕ができるんじゃないでしょうか」
「……ふむ。供給を増やす前に、使う量を詰めるのです?」
「はい!」
シルキーさんは青い魔石を眺めてから、図面へ新しい印を書き込んだ。
「ならば、分岐した先で一つずつ流量を調整するのです。起動用に残しておく分も、確かめる必要があるのです」
「やってみましょう!」
小さな制御用の魔石を調整し、まずは青へ送る量を減らしていく。続いて白も調整してから、赤い魔石へ魔力を流した。
青、白、赤。
三つの光が順番に灯り、そのまま消えずに残った。
「……できた!」
思わずシルキーさんを振り返る。
シルキーさんも満足そうに頷きかけて、ふと私の向こうへ目を戻した。
「……待つのです。青が暗いのです」
「えっ?」
見ると、確かに青い光が弱くなっていた。消えてはいないけれど、最初よりずいぶん頼りない。
「減らしすぎました?」
「そのようなのです」
「……ううっ。節約しすぎた」
「光っていればよい、というものでもないのです!」
私は青への供給を少し戻した。
明るさが戻ると、今度は赤を起動したときに白が揺れる。
……むむ。
こっちを増やすと、あっちが足りない。
そこからは、一つずつ量を変えて確かめた。供給側にも少し余裕を持たせ、三つとも同じ明るさを保てるところを探していく。
ようやく安定したときには、記録の紙が数字でいっぱいになっていた。
「……光らせるだけなのに、結構大変ですね」
「これを調べておかなければ、冷却しているつもりで温まってしまうのです」
「それは困ります!」
私は最後の数字へ、大きく丸をつけた。
光が弱くなっただけで分かって、よかった。
本物の魔術を組み込む前に、確かめることはいっぱいあるんだ。
◇
午後、私たちは安定して動いた回路を、杖へ収める作業に取りかかった。
机いっぱいに広げていたものを、細い筒の中へ入れる。
言葉にすると簡単だけれど、実際にやってみると、とんでもなく細かかった。
「……ここで合ってます?」
「もう少し右なのです」
「このくらい?」
「戻りすぎなのです」
「……ううっ」
細い魔導銀の線を固定し、その上へ遮断石を挟む。回路板が触れ合わないように間隔を確かめながら、小さな魔石を所定の場所へ収めていった。
シルキーさんは、隣で同じ作業をすいすい進めている。
……速い。しかも、綺麗。
「シルキーさん、すごいですね」
「ふふーん♪ 魔術師団長の手仕事なのです!」
「私のもお願いしたくなってきました」
「セリスさんの杖なのです!」
「はいっ!」
もう一度、手元へ集中する。
自分の杖だもんね。どこに何が入っているのか、ちゃんと分かっていたい。
伸縮部分には、筒を引き出したときに重なる接点をつけた。手元と先端をつなぎ、確認用の青、白、赤の魔石も、それぞれ見える場所へ留めておく。
最後に筒を伸ばすと、朝と同じ金属音がした。
――カチン。
「……入りました!」
「では、弱く流してみるのです」
杖を握り、少しずつ魔力を送る。
手元の青い魔石が灯り、続いて中央の白、先端の赤へと光がつながった。
「わあっ……!」
今度こそ、ただの筒じゃない。
私は嬉しくなって、シルキーさんへ見せようと杖を傾けた。
白と赤が消えた。
「……あれ?」
立て直すと、また光る。
横へ傾けると、消える。
私はしばらく、杖を立てたり倒したりした。
「……シルキーさん」
「はい」
「これ、立てて使う杖になってます」
「そんな仕様にはしていないのです!」
シルキーさんが継ぎ目へ手を添え、軽く揺らした。
筒は抜けないけれど、ほんの少しだけ、こつ、と動く。
「留め具は働いているのです。ですが、この遊びで接点が離れるのです」
「じゃあ、接点を大きくしたら……」
「隣の経路と触れてしまうのです。この中は、もう狭いのです」
……確かに。
さっき、あんなに苦労して詰めたばかりだ。
私は供給を止め、継ぎ目の図面を引き寄せた。
一つの接点が離れただけで、その先が全部止まってしまう。それなら。
「同じ回路につながる接点を、何か所か作れませんか?」
「……複数に分けるのです?」
「はい。一つが浮いても、別のところが触っていれば、途切れないと思うんです」
シルキーさんは図面を覗き込み、私が指した場所へ小さな丸を描いた。
「ならば、こちらと反対側にも置くのです。少ししなる形にすれば、筒が動いても押しつけられるのです」
「おおっ! それなら、ずっと触っていられますね!」
「ただし、どの接点も同じ回路へつなぐのです。間違えれば、別の魔術が動くのです」
「そこは、絶対に間違えません!」
……光らせたつもりで、雷が出たら困るもんね。
私たちは接点の形を変え、位置を調整した。
留め具の緩みも詰め、伸ばしては縮め、そのたびに接続を確かめる。
何度目かの調整を終えたところで、私はもう一度杖を構えた。
青、白、赤。
三つとも灯った。
横へ傾けても、消えない。
反対側へ動かしても大丈夫。そっと振ってみても、光はそのままだった。
「……今度は、横でも使えます!」
「ようやく普通の使い方ができるのです!」
シルキーさんの声も弾んでいた。
私たちは顔を見合わせて笑い、それから、忘れないうちに図面へ修正を書き込んだ。
◇
夕方、机の上には一本の銀色の杖が置かれていた。
確認用の三色の魔石は外し、先端には小さな青い魔石を取り付けてある。手元の制御用回路も収まり、外側から見ただけでは、あの細かな線も遮断石も見えない。
私は杖を持ち上げ、指先で表面を撫でた。
「……本当に、できたんですね」
「ふふーん♪ 基本構造は完成なのです!」
朝には筒だったものが、今は私の魔力を受け取る杖になっている。
少し重くなったけれど、握りにくくはない。伸ばして構えると、何だか背筋まで伸びた。
「魔術を使ってみてもいいですか?」
「そのために、簡単な術式を二つ組み込んだのです。ただし、今日は小さく試すのです!」
「はいっ!」
まずは《発光》。
杖へ魔力を送り、先端の魔石に淡い光を灯す。その状態で次の回路へ切り替えると、《微風》が起動した。
そよそよと風が吹き、机の端の紙がかすかに揺れる。
先端の光は消えなかった。
「……できました!」
「えっへん! なのです!」
シルキーさんが腰へ手を当て、胸を張る。
「起動した術式を維持しながら、次の術式を使えているのです。回路を組み込んだ甲斐があったのです!」
「はい! ちゃんと順番に……」
……ん?
私は杖の先端を見つめた。
光が灯って、それから風が出た。確かに、その通りに動いている。
でも、今の感じ。
「どうしたのです?」
「……ちょっと、確かめてもいいですか?」
二つの魔術を止め、杖を左手へ持ち替える。
それから右手を軽く上げ、いつものように魔術を組み立てた。
ぽう、と光が灯る。
同時に、そよ風が髪を揺らした。
……あっ。
もう一度、杖で試す。
光。
風。
自分で使う。
光と風。
私は右手を見て、それから左手の杖を見た。
「……シルキーさん」
「何なのです?」
「杖を使わない方が、速いです」
シルキーさんが固まった。
研究室の中を、そよそよと風が通り抜ける。
机の上の図面が、ぺらりとめくれた。
「……もう一度、やるのです」
言われた通り、二つの魔術を同時に使った。
シルキーさんは私の右手をじっと見つめ、そのままゆっくり額へ手を当てる。
「……何なのですか、その速さは」
「えっ?」
「こちらは、回路を切り替えているのです! 干渉しないよう、間隔まで調整したのです!」
「はい。一緒にやりました」
「その間に、二つとも自分で使わないでほしいのです!」
「えええっ!?」
そ、そんなこと言われても!
「普段通りに使っただけですよ!?」
「その普段通りがおかしいのです!」
シルキーさんは杖を受け取り、自分でも《発光》と《微風》を起動した。先端に光が灯り、机へ向かって穏やかな風が吹く。
「正常なのです。きちんと補助しているのです。普通なら、十分便利なのです……!」
……何だか、杖を慰めてるみたいになってる。
私は空いた右手と、シルキーさんの持つ杖を見比べた。
ちゃんと動いている。今日作ったものは、間違っていない。
ただ、私が同じことをすると、その方が速かった。
「……私、もしかして杖に勝っちゃいました?」
「自分の杖と競争しないでほしいのです!」
ううっ。
せっかく完成したのに、何だか申し訳なくなってきた。
◇
シルキーさんはしばらく杖を眺めていたけれど、やがて息を吐き、私へ返してくれた。
「……いえ。速さだけを比べても仕方がないのです」
「そうなんですか?」
「最初に決めた目的を思い出すのです。この杖で、《発光》を誰より速く使うつもりだったのです?」
「……あっ」
違う。
《電磁加速砲》の準備を、手伝ってもらいたかったんだ。
冷却して、磁場を作って、それを保ちながら次の調整をする。その一部を任せられれば、私は残りに集中できると思った。
「……ちゃんと光ったのが嬉しくて、つい」
「わたくしも、つい得意になったのです」
目が合った。
少しだけ黙ってから、二人で笑ってしまった。
私はもう一度、杖で《発光》を起動した。
回路が維持へ切り替わったところで、光の形を自分で保とうとするのをやめてみる。魔力だけを送り続けながら、空いた右手へ別の魔法陣を展開した。
小さな水の球を浮かべ、ゆっくり形を変える。
丸く、細長く、それから輪っかに。
その間も、杖の先の光は変わらなかった。
「……どうなのです?」
「光の方を、ずっと見ていなくていい感じがします」
もちろん、《発光》くらいなら自分でも簡単に維持できる。
でも、これが冷却だったら。
決まった状態を保ってもらいながら、私は磁場の形や、雷の流し方を調整できるかもしれない。
私は水の輪を消し、杖を見下ろした。
「これなら、同じ魔術を二回準備しなくてもよくなるかもしれませんね」
「はい。繰り返し使う部分ほど、任せる意味があるのです」
「じゃあ、冷却の術式を記録して……」
「維持する温度を調整できるようにするのです」
「磁場の方も、形を決めておけたら……」
「そちらは必要な魔力量を調べてからなのです」
シルキーさんが図面を引き寄せ、空いている場所へ書き込み始めた。
私も椅子を寄せ、その横から覗き込む。
ただ魔術を使う速さなら、今は自分の方が速い。
でも、私が別のことをしている間も、この杖は任せた仕事を続けてくれる。
それなら、私だけで使うときとは違う組み合わせができるはずだ。
「シルキーさん! 明日は、冷却で試してみたいです!」
「ふふーん♪ そう言うと思ったのです!」
図面へ新しい線が加わる。
そこを見ていたら、つい別のことまで思いついてしまった。
「……あの」
「今度は何なのです?」
「冷却を任せられるなら、温める方もできますよね?」
「術式を変えれば可能なのです」
「じゃあ、お茶が冷めないようにしたりも……」
シルキーさんのペンが止まった。
二人の視線が、机の隅へ向かう。
作業を始める前に用意したお茶が、すっかり冷たくなっていた。
「……それは」
「便利ですよね?」
「……便利なのです」
図面の端へ、小さく《保温》と書き加えられた。
……えへへ。
また、欲しい機能が増えちゃった。
私は銀色の杖を机へ置き、シルキーさんの隣で新しい回路を考え始めた。
外側はできた。中身も動いた。魔術だって、ちゃんと使えた。
それなのに、完成の印をつけるはずの図面には、まだまだ書き込みが増えていく。
……私の杖。
これ、いつになったら完成するんでしょうか?




