第51話「全部入りの杖じゃ、だめですか!?」
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
自分だけの杖を作ることになったセリス。
まずは、どんな杖が欲しいのかを決めるところから。
魔法オタクに欲しい機能を聞いたら……まあ、こうなりますよね(笑)
第51話、どうぞお楽しみください!
翌朝、魔術師団の研究室へ入ると、シルキーさんが大きな机の前で待っていた。
「セリスさん! 準備はできたのです?」
「はいっ! ばっちりです!」
机の上には三本の杖と、魔石や金属片。それから、何枚もの図面が広げられている。
……あれ?
お出かけの準備にしては、ずいぶん荷物が多いような。
「今日は、素材を探しに行くんじゃなかったんですか?」
「その前に、決めなければならないことがあるのです!」
シルキーさんは図面を押さえ、空いている椅子を私の方へ引いた。
「どんな杖を作るのか。まずは、そこからなのです!」
なるほど。
何を作るか決まっていなければ、何を買えばいいかも分からないよね。
椅子へ座ると、シルキーさんが三本の杖を順番に並べてくれた。
「魔力の増幅。制御精度の向上。術式の発動補助。昨日も見た通り、杖にはそれぞれ得意な仕事があるのです」
「はい!」
「セリスさんは、どれを重視したいのです?」
私は机の上を見比べた。
魔力を増幅できれば、大きな魔術を使うときに便利そう。
細かく制御できれば、実験がもっとやりやすくなる。
術式の補助だって、もちろん欲しい。
……うん!
「全部欲しいです!」
シルキーさんの手が止まった。
「……セリスさん」
「はい?」
「昨日、一晩考えたわたくしが、最も予想していた答えなのです」
「えっ! じゃあ!」
「予想していたことと、できることは別なのです!」
ううっ。
先回りされてた。
「機能を増やせば、魔術回路も増えるのです。魔石も、それをつなぐ魔導銀も必要になるのです」
「その分、杖が大きくなるんですね?」
「その通りなのです!」
シルキーさんが、壁に立てかけてあった杖を指さした。
私よりも背が高い。先端には大きな魔石がついていて、見るからに重そうだった。
……あれを持って走るのは、ちょっと大変かも。
「では、質問を変えるのです。杖が完成したら、最初に何をしてみたいのです?」
「最初に……」
私は三本目の杖を手に取った。
術式の発動を補助する杖。昨日の説明では、術式の一部を記録しておけるんだったよね。
「《電磁加速砲》の準備を、短くしてみたいです」
シルキーさんの表情が変わった。
「……ふむ。詳しく聞くのです」
「冷却して、磁場を作って、雷を制御して。今は、その準備を一つずつ自分でやっているんです。でも、一部を杖に任せられたら……」
「セリスさんは、発射の調整に集中できるのです」
「はいっ!」
それに、先日のカナメさんの話。
発動までにかかる時間を短くできれば、使える場面も増えるはずだ。
「ならば、まずは術式補助を中心に考えるのです。増幅や細かな調整は、それに合わせて組み込むのです」
「おおっ! 全部入りですね!」
「優先順位をつけたのです!」
でも、全部は諦めなくていいんだ。
私は嬉しくなって、空いている紙を引き寄せた。
◇
シルキーさんに見せてもらった図面には、魔力の通り道が細かく描き込まれていた。
供給する道。
分岐する道。
術式へつながる道。
……うーん。
これを全部、杖の中へ入れるのかあ。
「回路を小さくすれば、もっと入りませんか?」
「細くしすぎると、魔力を流したときに壊れるのです。通り道には、それぞれ許容量があるのです」
「そっか……」
細い道へ、無理にたくさん流すわけにはいかない。
でも、太さを変えずに、場所を節約する方法なら。
「……重ねるのはどうでしょう?」
「重ねる?」
「はい。回路を一つの面に全部並べるんじゃなくて、何層かに分けるんです」
私は紙へ三本の線を引き、その間に小さな回路を描いた。
「ここが魔力の供給。こっちが術式を選ぶところで、一番上が発動を補助するところです。こうすれば、長さを増やさなくても入りませんか?」
シルキーさんは図を覗き込むと、隣り合った二本の線を指でなぞった。
「この距離では、魔力が干渉するのです」
「……あっ」
「こちらへ流した魔力が、隣の回路に影響するのです。別の術式まで動いたら、大変なのです」
冷やしたいだけなのに、雷まで出ちゃったら困る。
それは、とっても困る。
「間に、魔力を通しにくい素材を挟んだらどうですか?」
「遮断石が使えるのです。ただ、薄く加工すれば防げる量にも限界があるのです」
シルキーさんが私の図へ線を書き足した。
回路と回路の間に、遮断するための層ができる。
私はその図を見つめながら、ペンの先で順番に回路をたどった。
「……だったら、使うタイミングもずらせば」
「む?」
「全部に一度に流さずに、必要なところへ順番に流すんです。それなら、干渉も減らせませんか?」
シルキーさんはすぐには答えなかった。
私からペンを受け取ると、冷却の回路へ小さく丸をつけた。
「ただし、冷却は次の工程でも続けなければならないのです」
「あっ、そうですね。磁場も、発射するときには必要ですし……」
順番に動かしても、前の魔術が全部消えてしまったら意味がない。
私が図面を覗き込む横で、シルキーさんのペンが動いた。
三つの層から少し離れたところへ、もう一本、太い線が引かれる。
「維持するための魔力は、別の経路で供給するのです」
「……別に?」
「はい。こちらは冷却や磁場を保つための経路。そして、こちらの層では、術式を起動したり、調整したりする命令を順番に送るのです」
私は二つの経路を見比べた。
魔術を動かし続けるための道。
その魔術へ、何をするか伝えるための道。
「……おおっ! それなら、冷却を続けながら次の準備ができますね!」
「ふふーん♪ ただし、切り替える順番と精度が重要になるのです」
「そこを合わせれば……」
「干渉を抑えながら、複数の術式を扱える可能性があるのです」
目が合った。
……えへへ。
今、シルキーさんも、ちょっと楽しそうな顔をした。
「試してみたいです!」
「そう言うと思ったのです。ですから、今日はそのための素材を買うのです!」
◇
魔導具街の奥には、素材を専門に扱う店が集まっていた。
棚に並んだ色とりどりの魔石。束ねられた金属線に、木目の中を光が走る不思議な木材。
昨日の杖工房もすごかったけれど、ここは、その杖になる前のものがいっぱいだ。
「……あの青い石も見ていいですか?」
「先に遮断石なのです」
「じゃあ、その隣の金属は……」
「遮断石なのです」
「はいっ!」
今日は、何を買うか決まっている。
……決まっているんだけど、気になるものが多すぎる!
「ふふっ。帰りにも見られるわよ、セリスちゃん」
一緒に来てくれたルシャナさんが、笑いながら私の背中をそっと押した。
店主さんに出してもらった遮断石は、黒くて、少しざらざらしていた。
許可をもらって魔力を流してみると、押し返されるような手応えがある。
でも、少しずつなら向こう側へ抜けていく。
「……本当だ。完全には止まらないんですね」
「厚さによっても変わるのです。今日は薄板に加工したものを、何種類かいただくのです」
シルキーさんは厚さを確かめながら選び、私はその横で必要な枚数を数えた。
魔導銀の細線と、小さな制御用の魔石も買う。まずは杖そのものではなく、仕組みを確かめるための材料だ。
「ところで、セリスちゃん」
「はい?」
「杖の形は、もう決まったの?」
ルシャナさんの言葉に、私は手を止めた。
……形。
中身のことばっかり考えてた。
「持ち歩くなら、短い方がいいです。でも、回路を入れる場所は欲しいですし……」
「長い杖を、ずっと手に持っているのも大変でしょう?」
「そうなんです。両手を使いたいときもありますし」
短く持ち歩けて、使うときだけ長くなる。
そんな形にできたら便利なんだけど。
「……伸ばせませんか?」
「む?」
「普段は縮めておいて、使うときに伸ばすんです!」
シルキーさんは、店先に並んでいた筒状の金属部品へ目を向けた。
「伸縮する構造は作れるのです。ただし、動く部分に回路を通すと、接続が不安定になるのです」
「だったら、伸ばしきったところでつながるようにしたらどうでしょう?」
私は指を二本、少し離して並べてから、ぴたりと合わせた。
「ここに接点をつけて、長さを固定したら回路もつながるんです」
「……ふむ。それなら、接点を押さえる留め具も必要なのです」
シルキーさんが金属部品を一本手に取り、内側を確かめる。
「縮めている間は、手元の回路だけを使う。伸ばして固定すると、先端側の回路も使える。その形なら考えられるのです」
「おおっ!」
「ただし、伸ばせば中身を入れる場所まで増えるわけではないのです。縮めたときに収まる構造を、きちんと考えるのです」
「はいっ!」
持ち歩くときは短く。
大きな魔術の準備をするときは、伸ばして全部の回路を使う。
……うん。
だんだん、私の杖の形が見えてきた!
「ふふっ。今日は二人とも、ちゃんと買うものを選べたわね」
「もちろんなのです!」
シルキーさんが胸を張る。
その腕には、いつの間にか予定より多い金属部品が抱えられていた。
……あれ?
その三つ、さっきまでは持ってませんでしたよね?
◇
研究室へ戻ると、私たちはさっそく机を片づけた。
杖を作る前に、まずは二つの簡単な回路で試してみる。
薄い板に魔導銀の線を固定し、それぞれへ小さな魔石をつなぐ。魔力を流すと、片方は青く、もう片方は白く光る仕組みだ。
「まずは、離した状態で確かめるのです」
「はい!」
青い方へ魔力を流すと、青い魔石だけが光った。
白い方も同じ。うん、ちゃんと別々に動いている。
次は二枚を近づけ、その間へ薄い遮断石を挟む。
「少しずつなのです」
「分かりました」
私は青い方の回路へ、ゆっくり魔力を送った。
青い光が灯る。
少しだけ明るくした、そのときだった。
隣の白い魔石が、ちかっと瞬いた。
「……あっ!」
「そこまでなのです」
すぐに魔力を止める。
二つの光が消えたあとも、私は白い魔石から目を離せなかった。
「今、こっちには流してません」
「それが干渉なのです」
……なるほど。
図面の上では分かったつもりだったけれど、実際に見ると全然違う。
別々に作ったはずの回路が、近づけただけで影響し合ってしまうんだ。
「では、切り替える仕組みを入れてみるのです」
シルキーさんが、小さな制御用の魔石を二つの回路の手前につないだ。
私は魔力を送る役。シルキーさんは、流す先を交互に切り替える役だ。
「いくのです」
「はい!」
青。
白。
青、白。
今度は、二つの魔石が順番に光った。
「……できた!」
思わず身を乗り出した瞬間、青と白が同時に瞬いた。
「あっ」
「まだなのです」
シルキーさんが供給を止め、回路へ顔を近づける。
私はさっきの光り方を思い返した。
白が灯る直前、青い方がまだ、うっすら光っていたような。
「……前の回路に、魔力が残ってるんでしょうか?」
「そのようなのです。切り替えるだけでは、抜けきらないのです」
「じゃあ、次へ流す前に、少しだけ待ったら……」
シルキーさんは頷き、制御用の魔石を調整した。
「もう一度なのです」
私は両手を机へつき、今度こそ魔石をじっと見つめた。
青が灯る。
消える。
ほんの一瞬、間を置いて、白が灯った。
青。白。
青。白。
何度繰り返しても、今度は重ならない。
「……シルキーさん」
「はい」
「別々に、光ってます」
「……そうなのです」
二人で顔を見合わせた。
「できました!」
「この間隔、この魔力量なら、なのです!」
そう言ったシルキーさんの口元も、すっかり緩んでいた。
「光らせるだけなら成立したのです。次は、術式を維持する回路と組み合わせて確かめるのです」
「もっと速く切り替えられるかも、試したいです!」
「遮断石の厚さも変えるのです」
「魔力を増やしたときもですね!」
「記録が先なのです! 今の条件を忘れたら、もう一度最初からなのです!」
あっ、そうだった!
私は慌てて紙を引き寄せた。
使った遮断石の厚さ。回路の間隔。流した魔力と、切り替えるまでの時間。
書いている間も、隣では青と白の光が交互に灯っていた。
「……ふふっ。綺麗ねえ」
お茶を持ってきてくれたルシャナさんが、机の上を覗き込んだ。
「はいっ! これ、別々に光るんです!」
「ええ。見ていたわ」
「でも、最初は一緒に光っちゃって。それで、少し待ってから流すようにしたら……」
「セリスちゃん」
ルシャナさんは私の隣へカップを置き、にっこり笑った。
「よかったわね」
「……はいっ!」
◇
夕方、設計図の横には、実験の記録が何枚も並んでいた。
遮断石を厚くすると、干渉は減った。
魔力を増やすと、同じ切り替え方ではうまくいかなかった。
速くしすぎると、青と白が一緒に光ってしまった。
できる条件と、できない条件。
少しずつだけれど、その境目が分かってきた。
「……考えること、いっぱいですね」
図面へ書き足しながら呟くと、シルキーさんが隣で頷いた。
「回路の干渉。素材の耐久性。伸縮部分の接続精度。杖にするまでには、まだ山ほどあるのです」
「はい」
「ですが、今日は一つ、確かめられたのです」
私は机の上の、小さな魔石を見た。
朝には、紙に描いただけだった仕組み。
それが今は、目の前で動いている。
「……えへへ」
「セリスさん?」
「明日は、維持する回路もつないでみたいです」
「また難しくなるのです」
「はい! でも、今日できたこととつながったら、もっとすごいじゃないですか!」
シルキーさんは私を見つめ、それから小さく笑った。
「あなた、難しいと言われるほど楽しそうになるのです」
「だって、できたらすごいですもん!」
「……まったくなのです」
そう言いながら、シルキーさんは新しい紙を一枚、机の真ん中へ置いた。
「なら、明日試す回路だけ、先に描いておくのです」
「はいっ!」
「二人とも、お茶が冷めてしまうわよ?」
ルシャナさんの声に、私たちはそろって手を止めた。
……あっ。
せっかく入れてもらったのに、まだ一口も飲んでなかった。
カップを両手で包みながら、描きかけの図面を眺める。
その端には、伸ばした姿と縮めた姿、二つの杖が描かれていた。
「そういえば、この杖の名前はどうするのです?」
「名前ですか?」
「はい。図面に書いておくのです」
私は少し考えてから、首を横に振った。
「完成してから、決めたいです」
「む?」
「作っているうちに、もっと面白い杖になるかもしれませんから!」
シルキーさんは、図面と実験の記録を見比べた。
「……確かに、その可能性はあるのです」
図面の上へ、さらさらと文字が書き込まれる。
セリス用試作杖。
まだ名前もない、私の杖。
魔石も、回路も、長さだって、これから何度も変わるかもしれない。
でも、最初の仕組みは動いた。
私はお茶を一口飲んでから、また机の上へ目を向けた。
青、白。青、白。
二つの小さな光が、順番に灯っている。
……えへへ。
今日のところは、この光だけでも、ずっと見ていられそうです!
お読みいただき、ありがとうございます!
山を吹き飛ばす魔術を使うセリスが、二つの小さな光に大喜び。
自分で考えて、試して、できなかったことができるようになる。
彼女には、これもたまらなく楽しい時間なのだと思います。
そして、寄り道を止めていたシルキーさん。
しっかり予定外の部品を買い足していました(笑)
一緒に夢中になれる相手がいると、研究はますます止まりませんね。
ルシャナさん、お茶の声かけを引き続きお願いします。
二人の杖作りを見守りたい!と思っていただけましたら、ブックマークや下の☆で応援していただけると嬉しいです♪
次回もお楽しみに!




