第49話「魔女なのに、杖を持ってないんですか!?」
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
魔術の研究に夢中なセリス。
そんな彼女に、シルキーから素朴な質問が一つ。
魔術の難しい話より先に、確認しておくことがあったようです。
「……ところで、セリスさん」
「はいっ!」
訓練場での実験を終え、魔術師団の研究室へ戻ろうとしていたときだった。
シルキーさんが、ふと私の手元を見つめた。
「一つ、聞いてもいいのです?」
「もちろんです!」
「セリスさんの杖は、どこにあるのです?」
「……杖?」
「はい。杖なのです」
……杖。
ああ、魔術師さんが持っている、あの長い棒のことだよね?
「持ってませんけど?」
「…………」
シルキーさんが固まった。
「……シルキーさん?」
「…………」
あれ? 聞こえなかったのかな?
「杖なら、持ってないですよ?」
「持ってないんですかぁぁぁ!?」
「ひゃあっ!?」
突然の大声に、思わず肩が跳ねた。
「な、何ですか!?」
「何ですか、ではないのです! 昨日からずっと、杖を使わずに魔術を発動していたのですか!?」
「はい!」
「《電磁加速砲》も!?」
「はいっ!」
「超伝導の術式も!?」
「もちろんです!」
「…………」
シルキーさんは額に手を当て、ふらふらと近くの椅子へ座り込んだ。
「……信じられないのです」
「ええっ!? そんなに変ですか!?」
「変なのです!!」
……ううっ。そこまで言わなくても。
「ふふっ。シルキー、今さら気づいたの?」
隣でルシャナさんが楽しそうに笑っている。
「ルシャナ様! 知っていたのですか!?」
「ええ。セリスちゃん、王都でも杖を持っていなかったもの」
「どうして教えてくれなかったのです!?」
「あら。聞かれなかったから?」
「むきぃぃぃっ!!」
……あれ?
私、また何かやっちゃったのかな?
「でも、シルキーさん。杖って、そんなに必要なんですか?」
「必要かどうかではないのです!」
シルキーさんが、ばっと顔を上げた。
「杖は魔術師にとって、魔力を安定させ、術式を制御するための重要な魔導具なのです! 特に複雑な魔術では、杖の補助があるかどうかで精度が大きく変わるのです!」
「……おおっ!」
精度が変わる!?
「例えば、わたくしの杖には、魔力の流れを整えるための魔導銀が組み込まれているのです!」
シルキーさんが愛用の杖を掲げた。
先端には紫色の魔石がはめ込まれ、金属の装飾が幾重にも重なっている。昨日から何度も見ていたけれど、改めて眺めると、すっごく綺麗だ。
「この魔石が魔力の変動を抑え、魔導銀が術式への供給を安定させるのです!」
「……へええっ!」
「さらに、杖に刻まれた補助術式によって、複数の魔法陣を同時に制御することもできるのです!」
「……複数!?」
それ、便利そう!
私は思わず、シルキーさんの杖へ顔を近づけた。
「シルキーさん! ちょっと見せてもらってもいいですか!?」
「ふふーん♪ もちろんです!」
シルキーさんが得意げに杖を差し出してくれた。
私は両手で受け取り、先端の魔石をじっと見つめる。
……おおっ。
魔石の周囲に、細かい魔術回路が刻まれている。しかも、ただ魔力を流すだけじゃなくて、流れを分岐させたり、合流させたりできるみたい。
「……これ、面白いですね!」
「当然なのです!」
「でも、ここの回路をもう少し細かく分けたら、もっとたくさんの術式を制御できそうな……」
「……む?」
「それに、この魔石の配置なら、魔力の供給を切り替える仕組みも作れそうです!」
「…………」
シルキーさんが、私の手元をじっと見つめた。
「……セリスさん」
「はい?」
「今、初めて見た杖なのですよね?」
「はいっ!」
「…………」
「……シルキーさん?」
「……やっぱり、あなたはおかしいのです」
「えええっ!?」
また言われたぁぁぁ!!
「ふふっ。褒めているのよ、セリスちゃん」
ルシャナさんが笑いながら、私の肩をぽんぽんと叩いた。
「……そうなんですか?」
「ええ。たぶんね?」
「たぶん!?」
◇
「……決めたのです!」
シルキーさんが、勢いよく立ち上がった。
「セリスさん! 今日は魔導具街へ行くのです!」
「……魔導具街!?」
「はい! 魔族国でも有数の魔導具工房が集まる場所なのです!」
「……おおおっ!!」
魔導具工房!
それって、魔術の道具を作っている職人さんたちが、たくさんいるってことですよね!?
「行きたいですっ!!」
「ふふーん♪ そう言うと思ったのです!」
「杖もいっぱいあるんですか!?」
「もちろんです! 初心者向けから、宮廷魔術師が使う高級品まで、いろいろ揃っているのです!」
「……わああっ!」
すごい! 見たい! 全部見たい!
「ふふっ。それなら、私も一緒に行こうかしら」
ルシャナさんが、にっこり笑った。
「ルシャナ様もですか!?」
「ええ。セリスちゃん、せっかく魔族国まで来たんだもの。研究室にこもってばかりじゃもったいないでしょう?」
「……あっ!」
そういえば、魔族国に来てから、研究室と訓練場ばっかりだったかも。
「それにね、セリスちゃん」
「はいっ!」
「杖を買うなら、服も少し見てみない?」
「……服?」
私は自分の服を見下ろした。
黒と紺を基調にした、お気に入りの服。白いフリルも、青い飾りも、すっごく気に入っている。
「今の服じゃ、だめですか?」
「いいえ、とっても似合っているわよ」
ルシャナさんは優しく微笑んだ。
「でも、せっかく《青銀の魔女》って呼ばれるようになったんでしょう? それなら、魔女らしい装いを探してみるのも楽しそうじゃない?」
「……魔女らしい装い!」
……おおっ!
確かに、魔女っていったら、杖とか、マントとか!
「それ、面白そうです!」
「ふふ。決まりね♪」
「……むむむ」
シルキーさんが腕を組んだ。
「ルシャナ様。今日は杖を選ぶ日なのです!」
「あら。両方見ればいいじゃない?」
「……両方?」
「ええ。魔導具街の近くには、仕立て屋さんもあるでしょう?」
「……確かにあるのです」
「なら、ちょうどいいわね」
「…………」
シルキーさんが少し考え込んでから、ぱっと顔を上げた。
「ふふーん♪ それなら、わたくしがセリスさんにぴったりの魔術師装備を選んであげるのです!」
「わあっ! ありがとうございます!」
「ただし、見た目だけではだめなのです! 魔術師の装備は、機能性が重要なのです!」
「はいっ!」
「ふふっ。じゃあ、私は可愛い方を担当しようかしら」
「ルシャナ様!?」
……あれ?
何だか、二人ともすっごく張り切ってる?
◇
魔導具街へ向かう道は、思っていた以上に賑やかだった。
石畳の両側には、魔石や杖、魔術書を並べた店が続いている。建物の軒先には小さな魔法陣が浮かび、色とりどりの光が看板を照らしていた。
「……わあああっ!!」
すごい!
右を見ても左を見ても、魔導具だらけ!
杖を抱えた魔術師さんが歩いているかと思えば、空中に浮かぶ荷車が通り過ぎていく。店先では小さな炎が瓶の中で燃えていて、その隣では青い魔石が規則正しく点滅していた。
「シルキーさん! あの荷車、どうやって浮いてるんですか!?」
「《浮遊》の魔導具なのです!」
「じゃあ、あの瓶は!?」
「《保温》と《燃焼維持》を組み合わせたものなのです!」
「じゃあ、あっちの光ってる看板は!?」
「《発光》の術式を刻んであるのです!」
「……おおおっ!!」
すごい! 魔術って、こんなふうにも使えるんだ!
「ふふっ。セリスちゃん、楽しそうねえ」
「はいっ!!」
だって、魔術が街中にあるんですよ!?
戦うためだけじゃなくて、物を運んだり、温めたり、道を照らしたり。
……いいなあ。
こういう魔術、もっといっぱい作ってみたい!
「……あっ!」
私は一軒の店の前で足を止めた。
窓の向こうに、ずらりと並んだ杖が見えたのだ。
木製の細い杖。先端に大きな魔石がついた杖。金属製の短い杖。背丈よりも長い、立派な杖まである。
「シルキーさん! ここですか!?」
「ふふーん♪ そうなのです!」
シルキーさんが胸を張った。
「魔族国でも有名な、魔術師専門の杖工房なのです!」
「……わああっ!」
私は窓に顔を近づけた。
……ん?
あの杖、先端に魔石が三つもついてる。
こっちは、柄の部分に魔術回路がいっぱい刻まれている。
……あれ?
奥の杖は、魔石がついていない?
「……シルキーさん!」
「何なのです?」
「杖って、魔石がなくても作れるんですか!?」
「もちろんです。用途によっては、魔石を使わない杖もあるのです」
「……おおっ!」
そうなんだ!
ということは、杖の形も、魔石の数も、魔術回路の配置も、自由に考えられるってこと?
……だったら。
「……えへへ」
「……セリスさん?」
「ちょっと、面白いこと思いついちゃいました!」
「……む?」
私は窓の向こうに並んだ杖を見つめた。
魔力を安定させる。
術式を補助する。
複数の魔法陣を制御する。
……それなら、もっといろんなことができるんじゃないかな?
「シルキーさん!」
「はい?」
「杖って、自分で作ってもいいんですか!?」
「…………」
シルキーさんが、ゆっくりと私を見た。
「……セリスさん」
「はいっ!」
「まずは、お店の杖を見てから考えるのです!」
「……あっ!」
そうだった!
まだお店にも入ってなかった!!
「ふふっ。二人とも、ほんとに仲良しねえ」
ルシャナさんが楽しそうに笑いながら、工房の扉を開けた。
――カラン、カラン。
澄んだ鈴の音が響く。
店内には、見たこともない魔導具が所狭しと並んでいた。
……わああっ!!
これは、すっごく面白そうです!!
私は胸を弾ませながら、二人の後に続いて店へ入った。
……さて!
どんな杖があるんでしょうか!?
お読みいただき、ありがとうございます!
普通のお買い物。
「どれにしようかな?」
魔法オタクのお買い物。
「これ、自分で作ってもいいんですか!?」
せめて入店してからにしてください、セリスさん。
機能性担当のシルキーと、可愛さ担当のルシャナ。
頼もしい二人とのお買い物ですが、本人が見ているのは魔術回路ばかりです(笑)
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次回もお楽しみに!




