第42話「伝説の幕開け、語り部が奏でる歌!?」
六英雄ルシャナさん。
圧倒的な強さを見せてくれた彼女ですが、本職は吟遊詩人。
今夜は剣も魔法もひと休み。
竪琴の音色とともに、少し特別な夜が始まります。
それでは第42話、お楽しみください!
旅を始めて、まだ一日。
なのに、盗賊団を一つ壊滅させてしまった。
……いや、壊滅させたのはルシャナさんだけど。
私は攫われていた五人の人たちを助けただけで、盗賊団のボスが倒されるところすら見逃してしまった。
くうううっ!
もったいない!
六英雄の戦いだったのに!
「……セリスちゃん」
「はい?」
「まだ残念そうね?」
「だって、ルシャナさんのボス戦ですよ!? 見たかったです!」
「ボス戦……?」
ルシャナさんが首を傾げた。
「あ、えっと。盗賊団の頭との戦いです!」
「そういうことね。でも、あまり見応えはなかったと思うわよ?」
「そこが見たかったんです!!」
ルシャナさんは、困ったように笑った。
私たちは今、街道沿いの宿場町へ向かっている。
盗賊たちは、巡回していた衛兵さんたちに引き渡した。攫われていた人たちも保護してもらえたので、ひとまず安心だ。
衛兵さんたちは、捕まえた盗賊の人数を見て驚いていたけれど、ルシャナさんの名前を聞いた途端、ものすごい勢いで頭を下げていた。
……六英雄って、本当に有名なんだなあ。
「それにしても、ルシャナさん」
「何かしら?」
「どうして歌わなかったんですか?」
「歌?」
「はい! ルシャナさんって、歌で仲間を強くするんですよね?」
「ええ。そういう歌もあるわ」
「だったら、戦うときにも歌った方が強いんじゃないですか?」
ルシャナさんは少し考えた。
「そうね。必要なら歌うわ。でも、歌には魔力も集中力も使うの。何でも歌えばいいというものではないのよ」
「なるほど……!」
「それに、あの人たちを止めるだけなら、ルアールと私で十分だったでしょう?」
確かに。
十分どころか、圧倒的だった。
盗賊たちの剣は一度も届かなかったし、ルアールちゃんの水に捕まった人たちは、ほとんど身動きできなかった。
それでもルシャナさんは、必要以上に傷つけなかった。
あんなに強いのに、戦いが終わったらすぐに、攫われた人たちのことを心配していた。
……かっこよかったなあ。
「でも、歌うところも見たいです!」
「ふふ。そんなに気になる?」
「はいっ!」
「それなら、今夜の宿で聴かせてあげるわ」
「本当ですか!?」
「ええ。ちょうど、歌を聴いてもらえる場所もあると思うから」
「やったあ!」
ルシャナさんの歌!
六英雄の吟遊詩人の歌!
……どんな曲なんだろう?
すっごく楽しみ!
◇
夕方。
私たちは、小さな宿場町に到着した。
石畳の道に、木造の家々。
通りには露店が並び、焼きたてのパンや肉料理の匂いが漂っている。
「……いい匂い!」
「お腹が空いた?」
「はい!」
「それじゃあ、先に宿を取ってしまいましょうか」
「はいっ!」
宿は、町の中心にある二階建ての建物だった。
一階が食堂になっていて、奥には小さな舞台がある。
……舞台?
私は思わず足を止めた。
「ルシャナさん!」
「ええ。ここなら歌えると思うわ」
「おおおおっ!」
宿の主人らしいおじさんが、私たちを迎えてくれた。
「いらっしゃい! 二人かい?」
「ええ。今夜、泊めていただけるかしら」
「もちろんだ! 部屋は空いてるよ」
主人は帳簿を開き、ルシャナさんの顔を見た。
……ん?
何だろう。
おじさん、固まってる。
「……あれ?」
主人が目を細めた。
「……あんた、もしかして……」
ルシャナさんが微笑んだ。
「お久しぶりね」
「……ルシャナさん!?」
主人の声が裏返った。
「お、おい! みんな! ルシャナさんが来たぞ!!」
……。
…………。
食堂の奥から、料理人さんが顔を出した。
給仕のお姉さんも振り返った。
近くに座っていたお客さんたちまで、一斉にこちらを見る。
「えっ!? 六英雄の!?」
「本物か!?」
「竪琴だ! あの竪琴!」
……すごい。
またこの反応だ。
ルシャナさんが、少し困ったように笑った。
「そんなに騒がなくても大丈夫よ。今日は普通のお客として泊まりに来ただけだから」
「そ、そういうわけにはいきませんよ!」
主人が慌てて頭を下げた。
「前に来ていただいたときの歌、今でも覚えてます! あのとき、うちの親父がどれだけ喜んだか……!」
「お父様は、お元気?」
「ええ! 今は隠居してますが、毎日うるさいくらい元気です!」
「それはよかったわ」
ルシャナさんは嬉しそうに微笑んだ。
……へえ。
前にも来たことがあるんだ。
しかも、宿の人たちと仲がいい。
「ルシャナさんって、いろんなところに知り合いがいるんですね!」
「旅をしていると、自然に増えていくものよ」
「いいなあ……!」
「セリスちゃんも、これからたくさん出会うわ」
……そっか。
これから。
私も、いろんな人と出会えるんだ。
そう思うと、何だか胸が弾んだ。
◇
夕食は、肉と野菜の煮込み料理だった。
大きな鍋でじっくり煮込まれた肉は、フォークを入れただけでほろほろと崩れる。
口に運ぶと、香辛料の甘い香りが広がり、少し遅れてぴりっとした辛さが舌に残った。
「おいしいいいい!!」
「気に入った?」
「はい! この香辛料、何ですか!? ちょっと甘くて、後から辛い!」
「この辺りでよく使われるものよ。南の地方から運ばれてくるの」
「へええっ!」
私はもう一口食べた。
……おいしい。
すっごくおいしい。
魔法もいいけど、異世界の料理も最高だなあ。
足元では、エルとレイが小さく跳ねている。
「ぷいっ!」
「ぷるん」
「二人とも、そんなに見つめても人間の料理は食べられないよ?」
「ぷいっ……」
エルが、少ししょんぼりした。
……かわいい。
ルシャナさんが笑った。
「エルちゃんも、気になるのね」
「そうみたいです」
「ふふ。食いしん坊さんね」
食事を楽しんでいると、宿の主人が大きな皿を運んできた。
「お待たせしました! こちら、うちの自慢の焼き菓子です!」
「……え?」
私は目を丸くした。
「頼んでませんけど……?」
「ルシャナさんが来てくださったんです。親父から、何かお出しするように言われまして!」
「まあ。ありがとう。でも、そんなに気を遣わなくてもいいのよ?」
「いえいえ! うちの親父、さっきから厨房で大騒ぎですよ!」
主人は笑いながら、焼き菓子を置いた。
……おおおっ!
焼きたてだ!
表面がこんがりしていて、甘い香りが漂っている。
「いただいてもいいんですか!?」
「もちろん!」
「ありがとうございます!!」
一口かじる。
さくっ。
……。
…………。
「おいしいいいいい!!」
思わず声が出た。
ルシャナさんが楽しそうに笑った。
「セリスちゃん、本当に美味しそうに食べるわね」
「だって、美味しいんですもん!」
「ふふ。そうね」
私は、もう一口かじった。
……ああ。
旅って、最高だなあ。
◇
食事が終わるころには、食堂はすっかり賑やかになっていた。
旅人や商人、町の人たちが集まっている。
みんな、ちらちらとルシャナさんを見ていた。
……あ。
そういうことか。
歌を聴きたいんだ!
宿の主人が、少し申し訳なさそうに近づいてきた。
「あの、ルシャナさん……」
「はい?」
「もしよろしければ、今夜、一曲お願いできませんか?」
ルシャナさんは、客席をゆっくり見回した。
期待に満ちた顔。
楽しそうに話す人たち。
小さな子どもまで、舞台を見つめている。
ルシャナさんは、嬉しそうに微笑んだ。
「ええ。喜んで」
その一言で、食堂が沸いた。
「やったぞ!」
「ルシャナさんの歌が聴ける!」
「おい、席を詰めろ! まだ入れるぞ!」
……すごい。
みんな、本当に楽しみにしてるんだ。
ルシャナさんが竪琴を手に取ると、私は思わず立ち上がった。
「ルシャナさん!」
「何かしら?」
「私、一番前で聴いてもいいですか!?」
「もちろんよ」
「やったあ!」
私は急いで舞台の前の席へ移動した。
エルとレイも、ぴょんぴょんついてくる。
ルアールちゃんは、ルシャナさんの肩のそばをふわふわ漂っていた。
……楽しみ!
どんな歌なんだろう?
戦いの歌?
魔法の歌?
それとも、知らない土地のお話?
ルシャナさんは舞台に上がり、客席へ軽く頭を下げた。
「今夜は、久しぶりにこの町へ来られて嬉しいわ。せっかくだから、一曲聴いていただけるかしら」
拍手が起こる。
ルシャナさんが竪琴に指を添えた。
ぽろん。
柔らかな音が響いた。
もう一度。
ぽろん、ぽろん。
……。
…………。
きれい。
音が、すっと耳に入ってくる。
それから、ルシャナさんが歌い始めた。
遠い昔の、旅人の歌だった。
大きな川を越え、深い森を抜け、まだ誰も知らない土地を目指した人たちの物語。
歌に合わせて、ルアールちゃんが小さな水の粒を浮かべる。
水滴が、舞台の上で星みたいに光った。
……わあ。
すごい。
魔法なのかな?
でも、さっきの戦いとは全然違う。
誰かを倒すためでも、守るためでもない。
ただ、きれいで。
楽しくて。
もっと聴いていたくなる。
私は、いつの間にか竪琴の音に聞き入っていた。
歌の中では、旅人たちが川を渡り、山を越え、見知らぬ町で出会った人々と笑い合っている。
その景色が、何だか目の前に浮かんでくるようだった。
……ああ。
こういう歌も、いいなあ。
歌が終わると、食堂は大きな拍手に包まれた。
「すごい……!」
私も夢中で手を叩いた。
「ルシャナさん! すっごくよかったです!!」
彼女は舞台から私を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、セリスちゃん」
……なるほど。
ルシャナさんが吟遊詩人なのって、こういうことなんだ。
強くする歌だけじゃない。
人を楽しませる歌もある。
それに、今の歌を聴いていたら、知らない土地に行ってみたくなった。
私たちは、もう旅をしているのに。
……ふふ。
何だか、もっと遠くまで行きたくなっちゃった。
◇
拍手が落ち着いたころ、客席の奥から声が上がった。
「ルシャナさん! 今夜は英雄の歌も聴かせてくれ!」
「そうだ! 六英雄の歌を!」
「俺は剣聖アルディス様の話が聴きたいぞ!」
……おっ!?
アルディスさん!?
私は思わず身を乗り出した。
「アルディスさんの歌があるんですか!?」
隣のおじさんが、目を丸くした。
「お嬢ちゃん、知らないのかい?」
「はい!」
「そりゃあ、もったいない! ルシャナさんの英雄譚は、どれもすごいんだぜ!」
「へええっ!」
私は舞台を見上げた。
アルディスさん。
王都で一緒に戦って、剣を教えてもらって、勝負までした人。
あんなに強いのに、私が魔法の話を始めると、時々ものすごく嫌そうな顔をする。
……特に、新しい魔法を試したいって言ったとき。
ふふ。
でも、昔はどんな人だったんだろう?
最初から、あんなに強かったのかな?
どうやって剣を覚えたんだろう?
……聞きたい。
すっごく聞きたい!
「ルシャナさん!!」
私は思わず立ち上がった。
「私も聴きたいです! アルディスさんの昔のお話!」
ルシャナさんが、少し驚いたように私を見た。
それから、楽しそうに微笑んだ。
「……そうね」
彼女は竪琴を抱え直した。
「それなら、今夜は少し長いお話をしましょうか」
食堂が、期待に満ちたざわめきに包まれる。
宿の主人が、慌てて新しい酒を運び始めた。
客たちは椅子を寄せ合い、舞台の方へ身体を向ける。
誰かが、子どもを膝の上に座らせた。
私は、エルとレイを抱き上げた。
「二人とも、アルディスさんのお話だって!」
「ぷいっ!」
「ぷるん!」
ルアールちゃんが、ルシャナさんの傍らで小さく舞った。
……どんなお話なんだろう?
私が知っているのは、今のアルディスさんだ。
でも、あの人にも、子どもの頃があって。
初めて剣を握った日があって。
初めて誰かと戦った日があったはず。
……そう考えると、何だか不思議だ。
今では誰もが知っている、六英雄の剣聖。
その人が、まだ剣聖と呼ばれていなかった頃。
いったい、どんな少年だったんだろう?
ルシャナさんが、舞台の中央に立った。
私は胸を弾ませながら、その姿を見つめた。
――さあ。
アルディスさんの、まだ知らない物語が始まる。
強さだけが、英雄の魅力じゃない。
誰かを楽しませ、励まし、遠い日の物語を今に伝える。
そんなルシャナさんの姿も描いてみたかったんです。
そして、いよいよ次回からは『六英雄列伝』。
今ではレベル852を誇る剣聖アルディスにも、レベル1だった時代がありました。
彼がどんな仲間と出会い、どうやって英雄になったのか。
ルシャナさんの歌とともに、その始まりをお届けします。
次回、外伝:六英雄列伝 一曲目「剣聖の旅立ち」
英雄たちの、まだ英雄ではなかった頃の物語が幕を開けます!




