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『目指すは最強! ~魔法オタクの異世界無双~』  作者: 穂乃果
第5幕 青銀の魔女、世界を巡る!
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第37話「青銀の魔女って、私のことですか!?」


 王都アストリアの朝は、今日も賑やかだった。


 通りには焼きたてのパンの香りが漂い、露店の店主たちが元気な声を張り上げている。荷馬車が石畳を進み、行き交う人々の間を子どもたちが駆け抜けていった。

 私は、その光景を眺めながら大きく伸びをした。


「んんーっ! いい朝ですねえ!」


「ぷいっ!」


「ぷるん」


 右肩のエルが元気よく跳ね、左肩のレイが静かに揺れる。


 昨日は、王国からいただいた研究協力者の証明書を何度も眺めてしまった。


 だって、王立研究院の資料を利用できるんですよ?

 しかも、他国の研究機関との交流まで支援していただけるんですよ!?


 これって、ものすごいことだ。


 この世界には、まだ知らない魔術がたくさんある。


 エルフの精霊魔法。

 魔族の魔術体系。

 ドワーフの魔道具。

 竜人の身体強化。

 獣人の感覚と魔力の関係だって、調べてみたい。


 ……ああ、どうしよう。

 考えただけで、楽しくなってきちゃう!


「よーし! 今日も研究院に行きましょう!」


 私は、足取りも軽く通りを歩き始めた。

 ところが。


「あっ!」


 すれ違った女性が、突然立ち止まった。


「もしかして……青銀の魔女様!?」


「……はい?」


 私は、思わず振り返った。

 女性は、目を輝かせてこちらを見ている。


「やっぱり! 銀色の髪に、青い瞳! それに、肩の小さな魔物たち!」


「えっ? あ、はい。エルとレイですけど……」


「きゃあ! 本物だわ!」


 ……本物?

 何の?


「ありがとうございます! 私の弟、スタンピードのときに助けていただいたんです!」


「……え?」


「街道で魔物に追われていたところを、大きな結界が守ってくれたって!」


 女性は、深々と頭を下げた。


「本当に、ありがとうございました!」


 私は、慌てて両手を振った。


「い、いえ! 結界は魔法師団の皆さんと一緒に作ったものですから!」


「それでも、あなたが考えてくださったんでしょう?」


「えっと……はい。でも、ネスラさんたちがいなかったら、あんなに広く展開できませんでしたし……」


 女性は、にっこり笑った。


「そういうところも、噂どおりですね!」


「……噂?」


「はい! 青銀の魔女様は、すごく強いのに、とっても優しい方だって!」


「…………」


 ……え?

 ちょっと待って。

 私、いつの間にそんな人になったんですか!?


     ◇


 王立研究院へ向かうまでに、私は三回呼び止められた。


 一回目は、さっきの女性。


 二回目は、街道の避難誘導に参加したという商人さん。


 三回目は、パン屋のおじさんだった。


「青銀の魔女様! これ、持っていきな!」


「えっ!? パンですか!?」


「うちの親戚が世話になったんだ! 代金なんかいらねえよ!」


「だ、駄目です! ちゃんと払います!」


「いいっていいって!」


「でも、お店のお仕事ですし!」


 結局、銅貨を渡そうとする私と、受け取ろうとしないおじさんで、しばらく押し問答になった。

 最後には、おじさんが笑いながら言った。


「じゃあ、次も買いに来てくれよ!」


「はいっ!」


 ……よかった。

 これなら、ちゃんとお店の役にも立てる。

 私は、いただいたパンを一つ頬張った。


「んんっ! おいしい!」


「ぷいっ!」

「ぷるん」


「ふふっ。二人にも分けてあげますね!」


 小さくちぎったパンをエルとレイに渡す。

 ……でも。


 私は、少しだけ首を傾げた。


「……青銀の魔女、かあ」


 昨日、陛下が正式に認めてくださった名前。

 でも、こんなに早く広まるものなのかな?


 ……まあ、いいか。

 呼びやすいなら、それで。


 私は、残りのパンを食べながら研究院へ向かった。


     ◇


「……遅い」


 研究院の一室に入ると、ネスラさんが机に向かっていた。

 猫耳フードの下から、少しだけ不機嫌そうな目がこちらを見る。


「す、すみません!」


「……約束の時間、十五分過ぎてる」


「途中で何度も声をかけられちゃって……」


「……青銀の魔女?」


「えっ!? 何で分かるんですか!?」


「……昨日から、研究院でもその話ばっかり」


 ネスラさんは、小さくため息をついた。


「……君の名前を知らない研究者まで、称号は知ってる」


「えええっ!?」


 ……そんなに!?


「……ちなみに」


 ネスラさんが、机の上の書類を指さした。


「……今日の研究会、見学希望者が増えた」


「研究会?」


「……結界の運用報告」


「あっ!」


 そうだった!

 今日は、スタンピードで使用した新しい結界運用法について、魔法師団と王立研究院の合同検討会があるんだった。


「楽しみですねえ!」


「……うん。君はそうだろうね」


「ネスラさんは楽しみじゃないんですか?」


「……楽しみ」


 ネスラさんは、少しだけ視線を逸らした。


「……ただ、人数が多い」


「何人くらいですか?」


「……四十人」


「わあ! そんなに!」


「……君、嬉しそうだね」


「もちろんです!」


 私は、思わず両手を握った。


「だって、四十人もいたら、私が思いつかなかったことを誰かが知ってるかもしれませんよ!?」


「…………」


 ネスラさんが、少しだけ笑った。


「……そういう考え方、好きだよ」


「えへへ!」


     ◇


 研究会が始まると、私は早速、黒板の前に立った。


 会場には、魔法師団の魔術師さんたちと、王立研究院の研究者さんたちが集まっている。


 中には、以前お会いした方もいた。


 私は、ぺこりと頭を下げた。


「セリス・アルフィーネです! 今日はよろしくお願いします!」


 すると。


「青銀の魔女殿!」


 最前列の研究者さんが、勢いよく立ち上がった。


「お噂はかねがね!」


「えっ!? あ、ありがとうございます!」


「初級魔術のみで災厄級を十三体討伐されたとか!」


「……えっと、はい」


「千を超える魔物を一度に殲滅されたとも!」


「一度に、ではないですよ!?」


 ……噂って、どうして少しずつ大きくなるんだろう。

 私は、慌てて説明した。


「《インパクト》を何度も使ったんです。あとは《アースウォール》や《ウィンド》で位置を調整して……」


「なるほど! 魔術の複合運用ですな!」


「はい!」


 ……よし。

 研究の話になった!


「では、まず結界の構造から説明しますね!」


 私は、黒板に大きな四角を描いた。


「普通の広域結界って、一枚の大きな壁として扱うことが多いですよね?」


 研究者たちが頷く。


「はい。魔力供給源から結界全体へ均等に魔力を流す方式が一般的です」


「ですよね!」


 私は、四角の中に小さな区切りを描き加えた。


「でも、魔物がぶつかる場所って、全部同じじゃないんです」


 右側の一部分を指さす。


「例えば、ここに魔物が集中したとします」


「ふむ」


「この場合、反対側の結界まで同じ強度で維持する必要はありませんよね?」


「……確かに」


「だったら!」


 私は、区切った部分を一つずつ指さした。


「結界を小さな単位に分けて、必要な場所だけ魔力を多く送ればいいんです!」


 研究者たちが、ざわめいた。


「……分割制御か」


「しかし、結界を分割すれば、接合部分が弱くなるのでは?」


「そこなんです!」


 私は、嬉しくなって頷いた。


「だから、接合部分の魔力位相を合わせる必要があるんです!」


 黒板に、隣り合う二つの区画を描く。


「区画ごとに独立させるんじゃなくて、境界部分では情報を共有させます。そうすれば、負荷が集中した場所へ、周囲から魔力を融通できるんです!」


 研究者たちの目が、変わった。


 ……あ。

 これ、伝わってる!


「ただし!」


 私は、チョークを持ち直した。


「ここからが、まだ難しいところなんです!」


「……難しい?」


「はい! 区画同士の反応が速すぎると、魔力供給が行ったり来たりして、結界が不安定になる可能性があります!」


 研究者の一人が、はっとした顔をした。


「……制御の振動か!」


「そうです!」


 私は、大きく頷いた。


「だから、負荷の変化に対して、どれくらいの速さで魔力を動かすか。その調整が必要なんです!」


 会場が、急に騒がしくなった。


「供給速度に上限を設ければ……」


「いや、区画ごとに遅延を持たせる方法もあるぞ」


「魔力石を緩衝材として利用できないか?」


 ……おおっ!

 私は、思わず目を輝かせた。


「それです! そういうの、いっぱい聞きたいんです!」


 すると、後方から声が上がった。


「青銀の魔女殿!」


「はい!」


「その方式、魔道具にも応用できるのでは!?」


「……っ!」


 私は、思わず身を乗り出した。


「できますよね!?」


 ……そうだ!

 結界を維持するための魔力供給装置。

 負荷を検知する魔道具。

 そして、区画ごとの自動調整。

 これを組み合わせれば……!


「……ネスラさん!」


「……何?」


「魔道具班の方も呼びましょう!」


「……もう呼んでる」


「えっ!?」


 ネスラさんが、後方を指さした。

 そこには、魔道具研究部門の方々が座っていた。


「……君が絶対そう言うと思ったから」


「ネスラさん!!」


 私は、思わず駆け寄った。


「最高ですっ!!」


「……近い」


 ネスラさんが、少しだけ顔を赤くした。

 会場から、笑い声が上がった。


     ◇


 検討会は、予定より一時間長くなった。

 ……だって、皆さんが面白いことを言うんですもの!


 魔力供給の分散。

 結界区画の交換。

 損傷部分の自動補修。

 そして、既存の魔道具との接続。


 議論が進むたびに、新しい課題が見つかる。

 私は、研究ノートを何ページも使って書き込んだ。


「……ふふふっ」


 ……楽しい。

 やっぱり、研究って最高だ。


 一人で考えるのも好きだけど、こうして色々な人と話すと、自分では思いつかなかったことが次々に出てくる。


「……セリス」


 ネスラさんが、隣から声をかけた。


「はい?」


「……一つ、確認したい」


「何ですか?」


「……この結界理論、君の名前で発表していい?」


 私は、首を傾げた。


「……私の名前だけですか?」


「……最初に考えたのは君だから」


「でも、ネスラさんがいなかったら、実際に運用できませんでしたよ?」


「……それは、そうだけど」


「それに、今日も皆さんからたくさん意見をいただきましたし!」


 私は、研究ノートを見せた。


「だから、共同研究にしましょう!」


 ネスラさんが、少し驚いた顔をした。


「……いいの?」


「もちろんです!」


 私は、笑った。


「だって、私が欲しいのは名前じゃなくて、ちゃんと使える結界ですから!」


 ネスラさんは、しばらく黙っていた。

 それから、小さく頷いた。


「……分かった」


 そして。


「……じゃあ、僕も本気でやる」


「はいっ!」


 私は、思わず笑った。

 ……ふふっ。

 これで、もっと面白くなる!


     ◇


 研究会が終わる頃には、窓の外が夕焼けに染まっていた。


 私は、机の上に広げた資料をまとめながら、今日の議論を思い返していた。


 結界の区画化。

 魔力供給の最適化。

 自動制御。


 ……うん。

 まだまだ改良できる。


「……セリス」


 ネスラさんが、声をかけた。


「はい?」


「……今日の資料、明日までに整理できる?」


「もちろんです!」


「……徹夜は禁止」


「…………」


「……セリス?」


「……えへへ」


「……禁止」


「はーい……」


 ……残念。

 でも、ネスラさんが言うなら仕方ない。

 私は、研究ノートを鞄にしまった。


「じゃあ、明日もよろしくお願いします!」


「……うん」


 研究院を出ると、夕方の風が頬を撫でた。

 街には、仕事を終えた人々の声が響いている。

 私は、ふと立ち止まった。


 ……そういえば。

 今日、何人もの人から「青銀の魔女」と呼ばれた。

 昨日までは、ただのセリスだったのに。


 ……不思議だなあ。


「……青銀の魔女、かあ」


 私は、小さく呟いた。


 名前が変わったわけじゃない。

 魔術が好きなことも。

 知らないことを知りたい気持ちも。


 何も変わっていない。

 ……うん。


「やっぱり、セリスでいいですよね!」


「ぷいっ!」

「ぷるん」


 エルとレイが、同意するように揺れた。

 私は、笑って歩き出した。


 明日は、どんな発見があるんだろう。

 考えるだけで、わくわくする。


     ◇


 ――その頃。


 王都アストリアから遠く離れた街。

 賑やかな酒場の一角で、一人のエルフが竪琴を奏でていた。


 長い金髪には、小さな花飾り。

 白と若草色の衣装には、繊細な金の刺繍が施されている。

 エメラルドグリーンの瞳は、どこか楽しげだった。


 その傍らでは、青く透き通った水の精霊が、静かに揺れている。


 竪琴の音が、酒場に広がった。

 柔らかく、澄んだ音色。

 それに重なる、優しい歌声。


「――♪ 北の空に剣閃走り、邪龍の咆哮は途絶えたり――」


 歌われているのは、北の剣聖アルディス・レヴィンの英雄譚。


 かつて邪龍王を討ち果たした、若き英雄の物語だった。

 最後の一音が消えると、酒場は大きな拍手に包まれた。


「いやあ! 何度聞いてもすげえ歌だ!」


「さすがだな、姉ちゃん!」


 エルフの女性は、にっこり微笑んだ。


「あらあら、ありがとう♪」


 すると、酒場の奥から一人の旅商人が声を上げた。


「そういや、その剣聖がまたやったらしいぞ!」


「あら?」


 女性の長い耳が、ぴくりと動いた。


「アルディスちゃんが?」


「ああ! アルセリア王国でスタンピードが起きてな。八時間も魔物の大群を食い止めたんだと!」


「……八時間?」


 女性の指が、竪琴の弦の上で止まった。


「それで、あの子は?」


「生きてるよ! 大怪我したらしいがな!」


「……そう」


 女性は、小さく息をついた。


「相変わらず、無茶するんだから……」


 その声には、長い付き合いを思わせる親しみがあった。


「でもよ、今回は剣聖だけじゃねえんだ!」


「へえ?」


「青銀の魔女ってのが現れて、千を超える魔物をぶっ飛ばしたらしい!」


「……魔女?」


「しかも、あの剣聖を助けたって話だ!」


 女性の瞳が、わずかに見開かれた。


「……アルディスちゃんを?」


「ああ! なんでも初級魔術だけで、魔物の大群を薙ぎ払ったんだと!」


「…………」


 女性は、しばらく黙っていた。

 そして。


「……うふふっ」


 笑った。


「なあに、それ」


 その瞳が、楽しそうに輝く。


「あの子の英雄譚に、突然主役がもう一人増えちゃったじゃない♡」


 旅商人が、首を傾げた。


「主役?」


「そうよ。八時間も戦った剣聖と、空から現れた青銀の魔女」


 女性は、竪琴を軽く爪弾いた。


「……それで、その魔女さんは?」


「王国から金貨五百枚もらったのに、ほとんど寄付しちまったらしいぜ!」


「あらあら……」


 女性は、楽しそうに微笑んだ。


「強くて、優しくて……ちょっと変わった女の子なのね♪」


「研究が大好きなんだとよ。魔法師団長と一緒に、新しい結界まで作ったらしい!」


「……まあ」


 女性の笑みが、深くなった。


「ますます面白いわねえ」


 そして、ふと思いついたように尋ねた。


「ねえ。その子、アルディスちゃんと仲がいいの?」


「さあなあ。友達だって噂は聞いたぞ」


「…………」


 女性は、竪琴を抱え直した。


「……あらあらあら♡」


 その笑顔は、完全に悪戯を思いついたお姉さんのものだった。


「これは、直接聞かなくちゃねえ」


「お? 新しい歌でも作るのか?」


「もちろん♪」


 女性は、片目をつむった。


「だって、あのアルディスちゃんが誰かに助けられたんでしょう?」


 くすくすと笑う。


「本人に聞いたら、きっとものすごーく嫌な顔をするわよ♡」


 水の精霊が、くるりと回った。

 まるで、彼女の考えに賛成するように。


「うふふ。ルアールも気になる?」


 青い精霊が、きらきらと輝いた。

 女性は、窓の外を見た。

 遠く、アルセリア王国のある方角へ。


「……楽しみねえ、アルディスちゃん」


 竪琴を抱き、静かに微笑む。


「それから……青銀の魔女さん♪」


 彼女の名は、ルシャナ。

 六英雄の一人。


 水と森の詩を紡ぐ、エルフの吟遊詩人。

 幾多の英雄譚を歌い継いできた、伝説の語り部。


 その彼女が今、新しい物語の気配を感じ取っていた。


 そして、その物語の中心にいる少女へ、強い興味を抱き始めていた。


「……さて」


 ルシャナは、楽しそうに竪琴を爪弾いた。


「次は、どんな歌になるのかしらね♪」


 その音色は、夜の街へと溶けていった。


 ――青銀の魔女は、まだ知らない。

 自分の物語を歌おうとする者が、すでに動き始めていることを。

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