第36話「剣術のレベルアップ!?」
王宮から、二度目の招待状が届いた。
「……またですか!?」
思わず声を上げると、向かいに座っていたネスラさんが、静かにお茶を飲んだ。
「……今回は、前から決まってたでしょ」
「そうでしたっけ?」
「……褒賞授与式」
「あっ!」
そうだった。
スタンピードが終わった翌日、陛下が正式な場で褒賞を授与するとおっしゃっていたんだった。
私は招待状を開いた。
王家の紋章が入った、立派な紙。
そこには、私の名前が丁寧な文字で記されている。
セリス・アルフィーネ。
……何度見ても、こういうのって緊張するなあ。
「……ちなみに、何をいただけるんでしょう?」
「……知らない」
「魔石とか?」
「……さあ」
「珍しい魔道具とか?」
「……どうだろう」
「王宮の図書室を自由に使える権利とか!」
「……それが一番嬉しいんでしょ」
「はいっ!」
即答したら、ネスラさんが小さく笑った。
「……やっぱり」
エルが、私の肩で跳ねる。
「ぷいっ!」
レイも、髪の上で揺れた。
「ぷるん」
「ふふっ。二人にも何かご褒美があるといいですね!」
エルが、ますます元気よく跳ねた。
……でも。
私は、招待状をもう一度見つめた。
褒賞、かあ。
そういえば。
救護天幕で会った、あの女の子。
今頃、どうしているんだろう。
◇
王宮の大広間には、たくさんの人が集まっていた。
騎士団の皆さん。
魔法師団の皆さん。
救護活動に参加した治癒魔術師さんたち。
そして、避難民の誘導に尽力した兵士さんたち。
壇上には、レオニス・アルセリア三世陛下が立っていた。
その姿を見て、私は思わず背筋を伸ばす。
「……緊張しますね」
「……君でも緊張するんだ」
「しますよ!?」
ネスラさんが、猫耳フードの端を少しだけ直した。
隣では、アルディスさんが椅子に座っている。
右肩の包帯はまだ取れていないし、左足にも固定具がある。
……大丈夫なのかな。
「アルディスさん、痛くないですか?」
「……少しはな」
「無理しちゃ駄目ですよ?」
「お前に言われたくねえ」
「ええっ!?」
……ひどい。
私、ちゃんと休んでるのに!
……昨日は、研究ノートを少し書いただけだし。
……少し。
……たぶん。
「……セリス」
ネスラさんが、こちらを見た。
「……何ですか?」
「……昨日、何時間寝た?」
「…………」
「……セリス?」
「……えへへ?」
「……後で話そう」
……あっ。
怒られるやつだ。
◇
「此度の災厄に際し、王国のために尽くしたすべての者へ、感謝を伝える」
陛下の声が、大広間に響いた。
室内が静まり返る。
「北西大森林より発生したスタンピードは、我が国に未曾有の危機をもたらした」
陛下は、ゆっくりと人々を見渡した。
「しかし、我らはその危機を乗り越えた」
騎士たちが、胸に手を当てる。
「剣聖アルディスが、命を繋ぐ時間をその剣で切り開いた」
アルディスさんが、静かに頭を下げた。
「魔法師団長ネスラが、戦場に生き残る道を設けた」
ネスラさんも、頭を下げる。
「そして、セリス・アルフィーネが、スタンピード終焉の幕を引き、人々の命をここへ導いた」
……うう。
こうして改めて言われると、恥ずかしい。
「だが、勝利は彼らだけのものではない」
陛下は、声を強めた。
「負傷者を運んだ者。避難民を導いた者。結界を維持した者。魔物の進行を阻んだ者。食料と水を届けた者」
大広間に集まった人々を、一人ずつ見渡す。
「皆が、それぞれの場所で誰かの命を守った」
私は、胸の奥が温かくなるのを感じた。
……そうだ。
あの日、たくさんの人が頑張っていた。
私一人じゃ、絶対にできなかった。
「王国は、その功績を忘れぬ」
陛下は、力強く告げた。
「そして、失われた命も忘れぬ」
大広間に、静かな祈りの時間が流れた。
◇
最初に褒賞を受けたのは、王国軍と魔法師団の皆さんだった。
避難誘導に尽力した部隊。
救護活動を続けた治癒魔術師さんたち。
飛行艇の操縦士さんたち。
魔物の進行を食い止めた騎士たち。
それぞれの功績が読み上げられ、陛下から感謝が伝えられていく。
……よかった。
みんな、ちゃんと見てもらえてるんだ。
続いて、ネスラさんの名前が呼ばれた。
「魔法師団長ネスラ。そなたの迅速な判断と指揮により、多くの民が救われた」
「……恐れ入ります」
「さらに、広域結界の維持と、魔物誘導作戦の成功。その功績は極めて大きい」
ネスラさんは、いつもより少しだけ真剣な顔で頭を下げた。
「……魔法師団の皆が、よく働いてくれました」
「うむ。無論、承知しておる」
陛下は、穏やかに頷いた。
次に、アルディスさん。
「剣聖アルディス・レヴィン」
「……はっ」
アルディスさんは、椅子から立ち上がろうとした。
……あっ!
「無理しないでください!」
思わず声を上げてしまった。
大広間の視線が、一斉にこちらへ向く。
「…………」
……やっちゃった。
アルディスさんが、片手で顔を覆った。
「……お前なあ」
でも、陛下は笑った。
「ははっ! 構わぬ。そのままでよい」
「……すまねえ」
「そなたは、八時間にわたり魔物の大群を食い止めた。その働きなくして、王国の防衛は成り立たなかった」
アルディスさんは、静かに頭を下げた。
「……光栄です」
私は、胸を張った。
……そうだよね!
アルディスさん、本当にすごかったんだから!
◇
「セリス・アルフィーネ殿」
「は、はいっ!」
ついに、私の名前が呼ばれた。
私は、慌てて壇上へ向かった。
……転ばないように。
……転ばないように。
……よし!
無事に到着!
「そなたは、広域結界の新たな運用法を確立し、魔物の大群を撃退。さらに、無人地帯への誘導を成功させ、多くの民を救った」
「……はい!」
「その功績に対し、王国金貨五百枚を授与する」
「……ご、五百枚!?」
思わず声が裏返った。
五百枚。
前にいただいたのが、二十枚。
それでも、串焼きが何万本も買える金額だったのに。
五百枚って。
……串焼き、何本分!?
えっと、金貨一枚が銀貨百枚で、銀貨一枚が銅貨百枚だから……。
金貨五百枚は、銅貨五百万枚。
串焼き一本が銅貨三枚だから……。
百六十六万六千六百六十六本!?
……えええええっ!?
王都中の串焼き屋さんを回っても、食べきれませんよ!?
「さらに」
陛下の声で、我に返った。
「そなたを、王国特別研究協力者として遇する」
「……えっ!?」
「王立研究院の施設と資料について、研究に必要な範囲で利用を認めよう。また、他国の研究機関との交流についても、王国として支援する」
……え。
……ええっ!?
「ほ、本当ですか!?」
「うむ」
「王立研究院の資料も!?」
「必要な手続きを経ればな」
「他国の研究機関も!?」
「紹介状を用意しよう」
……すごい。
すごいすごいすごい!!
私は、思わず両手を握った。
「ありがとうございますっ!!」
……あ。
声、大きかったかも。
大広間から、小さな笑い声が上がった。
陛下も、楽しそうに笑っていた。
「そして、もう一つ」
「……はい?」
「民がそなたを呼ぶ名を、王国として公に認めたい」
陛下は、ゆっくりと告げた。
「――青銀の魔女」
……あ。
あの呼び名。
「そなたの功績を称え、今後、王国においてその名を正式な名誉称号として認める」
「……私が、ですか?」
「うむ」
陛下は、穏やかに頷いた。
「民が感謝を込めて呼んだ名だ。王が勝手に与えるより、よほど価値がある」
私は、少しだけ目を伏せた。
救護天幕で出会った人たち。
おばあさん。
男の子。
そして、あの女の子。
……みんなが、呼んでくれた名前。
「……ありがとうございます」
私は、深く頭を下げた。
◇
「あの、陛下」
頭を上げてから、私はもう一度声をかけた。
「うむ。どうした?」
「金貨のことなんですけど……」
陛下が、少し首を傾げた。
「何か不都合があるか?」
「いえ! すごくありがたいです!」
私は、慌てて首を振った。
「でも……二十枚だけ、いただいてもいいですか?」
大広間が、静まり返った。
「……二十枚?」
「はい!」
「残る四百八十枚は、どうするのだ?」
私は、少し考えた。
救護天幕で出会った人たち。
家を失ったおばあさん。
泣いていた子どもたち。
そして。
お母さんの最後の声を聞けたと、教えてくれた女の子。
「……あの子たちに、使ってほしいんです」
陛下は、何も言わなかった。
「家を建て直したり、ご飯を食べたり、学校へ行ったり……」
私は、両手を握った。
「私、魔術が使えます。研究もできます。自分で何とかする方法が、たくさんあるんです」
でも。
「あの子たちは、そうじゃないから」
私は、陛下を見つめた。
「だから、残りは、あの子たちのこれからに使ってください」
しばらく、沈黙が続いた。
やがて陛下が、静かに頷いた。
「……承知した」
その声は、先ほどより少し柔らかかった。
「四百八十枚は、そなたの意志により、被災した子どもたちと家族の生活再建に充てよう」
「ありがとうございます!」
「ただし、セリス殿」
「はい?」
「王国が負うべき復興の責任を、そなた一人に背負わせるつもりはない」
陛下は、真っ直ぐに私を見た。
「復興の費用は、王国として別途確保する。そのうえで、そなたの申し出を受けよう」
「……はい!」
私は、笑った。
よかった。
あの子たちの明日が、少しでも楽しくなりますように。
そのとき。
大広間のどこかから、拍手が聞こえた。
一つ。
二つ。
やがて、広間全体へ広がっていく。
私は、慌てて周囲を見回した。
「えっ!? あ、あの!?」
……何で拍手!?
私は、そんなつもりじゃ……!
陛下が、笑った。
「受け取っておくがよい。これも、民の感謝だ」
「……は、はい!」
私は、真っ赤になりながら頭を下げた。
◇
授与式が終わり、王宮の控え室へ戻ると。
「……お前、ほんと変なやつだな」
アルディスさんが、呆れたように言った。
「ええっ!? 何でですか!?」
「金貨五百枚だぞ?」
「はい!」
「普通、二十枚だけでいいなんて言わねえだろ」
「でも、二十枚もあれば、いっぱい研究できますよ?」
「……そういう話じゃねえ」
アルディスさんが、額に手を当てた。
ネスラさんも、小さく頷く。
「……君らしいけど」
「えへへ!」
「……褒めてる」
「やった!」
私は、思わず笑った。
アルディスさんも、少しだけ口元を緩めた。
「……ま、好きにしろ」
「はい!」
「ただし、次に何かあったら、ちゃんと頼れよ」
「……え?」
「一人で全部やろうとすんなってことだ」
私は、少し驚いた。
それから、笑った。
「……はい!」
◇
宿へ戻ったのは、夕方だった。
王宮からいただいた書類を机に並べる。
研究協力者としての証明書。
研究院利用の許可証。
他国の研究機関への紹介状についての案内。
そして、金貨二十枚。
「……ふふふっ」
私は、思わず頬を緩めた。
「研究し放題です……!」
「ぷいっ!」
「ぷるん」
エルとレイが、机の上で跳ねた。
「さて!」
私は、椅子に座り直した。
「今日は、もう一つ確認したいことがあるんですよね!」
スタンピード。
大量の魔物。
新しい結界。
アルディスさんの救出。
魔物の誘導。
……そういえば。
あれだけ色々やったのに、まだステータスを確認していなかった。
「……どれくらい上がったんでしょう?」
私は、軽い気持ちでステータスを開いた。
――――――――――
【ステータス】
名前:セリス・アルフィーネ
種族:人族
レベル:384(+256)
HP:9268(+7168)
MP:《測定不能》
筋力:947(+768)
耐久:943(+768)
敏捷:1244(+1024)
器用:1270(+1024)
知力:1854(+768)
魔力:《測定不能》
魔力制御:《測定不能》
――――――――――
「…………」
私は、瞬きをした。
一回。
二回。
三回。
「……え?」
もう一度、表示を見る。
レベル。
三百八十四。
「…………」
……え?
「……ええええええええっ!?」
思わず椅子から立ち上がった。
エルが跳ねる。
「ぷいっ!?」
レイも、机の上で震えた。
「ぷるん!?」
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
私は、慌てて表示を確認した。
「三百八十四!? 何ですかこれ!?」
前に確認したときは、百二十八。
その後、少し上がったのは覚えている。
でも。
二百五十二も!?
「……そんなに魔物、倒しましたっけ!?」
私は、スタンピードでの戦いを思い返した。
《アースウォール》。
《ウィンド》。
《ファイア》。
そして。
《インパクト》。
……あ。
そういえば。
結構、連発したような。
……結構?
……いや。
かなり?
「…………」
私は、そっと椅子に座り直した。
「……えへへ」
……ちょっと、やりすぎちゃったかも。
でも。
あのときは、必要だった。
アルディスさんを助けたかった。
街道の人たちを守りたかった。
逃げ遅れた人たちを、一人でも多く助けたかった。
……だから。
「……まあ、いいですよね!」
私は、笑った。
エルが、元気よく跳ねた。
「ぷいっ!」
レイも、静かに揺れた。
「ぷるん」
私は、もう一度ステータスを見た。
レベル384。
……すごい。
でも。
数字が増えたからって、あの森の奥にいた何かが分かるわけじゃない。
私は、スキル欄を開いた。
――――――――――
【スキル】
《属性魔術》初級10
《無属性魔術》初級10
《付与魔術》初級10
《剣術》初級3(+2)
《魔力操作》超級10
《???》解析不能
――――――――――
「……変わってませんね」
私は、小さく呟いた。
《???》。
相変わらず、解析不能。
何度調べても、何も分からない。
……まあ。
それは、それで。
「……ふふっ」
私は、研究ノートを開いた。
新しいページに、今日の日付を書く。
そして、大きく一行。
『未知の現象について』
……うん。
まずは、観測方法から考えよう。
◇
翌日。
「……おい」
「はい?」
王立研究院の一角で、アルディスさんが私を見ていた。
ネスラさんも、隣にいる。
「……お前、レベルいくつになった?」
「えっと……三百八十四です!」
「…………」
アルディスさんが、固まった。
「……は?」
「三百八十四です!」
「……聞こえてる」
彼は、ゆっくりと額に手を当てた。
「……俺が、今回の戦いで二つ上がったんだぞ」
「えっ!? そうなんですか!?」
「ああ。八百五十から、八百五十二だ」
「わあ! おめでとうございます!」
「……おう」
アルディスさんは、何とも言えない顔をした。
「……あっ!」
私は、ふと思い出してスキル欄を開いた。
「そういえば、剣術も上がってました!」
「……あ?」
「初級一だったのが、初級三になってるんです!」
アルディスさんが、眉をひそめた。
「……お前、剣なんか振ってねえだろ」
「はい! でも、アルディスさんの戦い、いっぱい見ましたから!」
「……見ただけで上がるのかよ!?」
「えへへ! すっごく勉強になりました!」
あの無駄のない足運び。
重心の移動。
相手の動きを先読みする視線。
そして、どんなに疲れていても崩れなかった剣筋。
思い出すだけで、今でも胸が高鳴る。
「最高の実技講義でした!!」
「戦争だよ!!」
アルディスさんが、思いきり叫んだ。
ネスラさんが、猫耳フードの下で肩を震わせている。
「……ふっ」
「ネスラ! 笑ってんじゃねえ!」
「……笑ってない」
「嘘つけ!!」
私は首を傾げた。
……あれ?
何か、おかしなこと言いました?
「……で、お前は?」
「百三十二から、三百八十四です!」
「…………」
沈黙。
ネスラさんも、静かにこちらを見ていた。
「……二百五十二」
ネスラさんが、ぽつりと呟いた。
「……はい!」
「……一度の戦いで?」
「……はい!」
「……おかしい」
「ええっ!?」
アルディスさんが、深いため息をついた。
「……化け物かよ」
「だから私、人間ですってば!!」
「……そこじゃねえんだよ!」
研究院の廊下に、私たちの声が響いた。
エルが、楽しそうに跳ねる。
「ぷいっ!」
レイも、静かに揺れた。
「ぷるん」
私は、思わず笑った。
……ふふっ。
レベルが上がっても。
魔術が強くなっても。
知らないことは、まだまだある。
そして。
知りたいことも、まだまだある。
私は、窓の外を見た。
青い空。
白い雲。
その向こうに広がる、果てしない世界。
「……よーし!」
私は、拳を握った。
「今日も、いっぱい研究しましょう!」
「……お前、少しは休め」
「……うん。僕もそう思う」
「えええっ!? 二人とも!?」
アルディスさんが笑った。
ネスラさんも、小さく笑った。
私は、頬を膨らませた。
でも、すぐに笑ってしまった。




