↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/76

第35話「国王陛下! まだ終わってないんです!」


 王宮から呼び出しが来た。

 ……また!?


「ええっ!? 私、今度は何をしちゃったんですか!?」


「……心当たりがないの?」


 向かいに座ったネスラさんが、呆れたようにこちらを見た。


「えっと……」


 私は指を折って数えてみた。


「結界を作って、魔物を倒して、逃げ道を変えて……」


「……うん」


「アルディスさんを助けて……」


「……うん」


「森の奥を調べて……」


「……それ」


「……え?」


「……最後のやつ。まだ詳しく聞いてない」


「あっ」


 そうだった。

 昨日、王都へ戻った後は、救護活動と報告書の整理で精一杯だった。


 森の奥で感じた、あの奇妙なもの。

 ネスラさんには、まだきちんと説明できていない。


「……王宮で話すことになると思う」


「……ですよね」


 私は、小さく頷いた。

 それから、ふと思い出す。


「ところで、アルディスさんは?」


「……来るよ。治癒魔術師が同行するけど」


「怪我、大丈夫なんですか?」


「……無理をしなければ、って言われてる」


「……無理、しそうですよね」


「……すると思う」


 二人で、顔を見合わせた。

 ……うん。

 間違いなく、する。


     ◇


 王宮の謁見室は、相変わらず広かった。

 高い天井。

 白い柱。

 磨き上げられた床。

 そして、奥にある玉座。

 ……何度来ても、緊張する。


「セリス殿。よく来てくれた」


 玉座から立ち上がったのは、レオニス・アルセリア三世陛下。

 前にお会いしたときと同じ、穏やかな表情だった。


 でも、今日は少し違う。

 目の下に、薄い疲れが見える。

 ……きっと、昨日はほとんど眠っていないんだろうな。


「陛下、お招きいただきありがとうございます!」


「うむ。まずは、無事で何よりだ」


 陛下は、私たちを見渡した。

 ネスラさん。

 王国軍の将軍さんたち。

 魔法師団の幹部さんたち。

 そして。


「……よお」


「アルディスさん!」


 壁際に置かれた椅子に、アルディスさんが座っていた。

 右肩には包帯。

 左足にも固定具。

 それでも、こちらを見て片手を上げる。


「……元気そうですね!」


「お前ほどじゃねえよ」


「えへへ」


「褒めてねえ」


 ……ええっ!?

 陛下が、小さく笑った。


「ふむ。いつもどおりで安心した」


 アルディスさんは、少し気まずそうに視線を逸らした。


     ◇


「では、報告を始めよう」


 陛下の言葉で、室内の空気が引き締まった。

 最初に立ち上がったのは、王国軍の将軍さんだった。


「北西大森林より発生した大規模スタンピードは、昨日夕刻をもって終結を確認いたしました」


 卓上に、大きな地図が広げられる。


「確認された魔物は、およそ一万。正確な数は現在も調査中です」


 ……一万。

 改めて聞くと、すごい数だ。


「災厄級に相当する個体も複数確認されました。通常であれば、王都周辺に甚大な被害が生じていたものと思われます」


 将軍さんは、アルディスさんへ視線を向けた。


「しかし、剣聖アルディス殿が長時間にわたり魔物の進行を阻止。王都への報告と、軍の展開に必要な時間を確保してくださいました」


 室内の視線が、アルディスさんに集まる。


「……俺は、やるべきことをやっただけだ」


 彼は、短く答えた。

 将軍さんは、深く頷いた。


「その働きがなければ、我々は間に合いませんでした」


 次に、ネスラさんが立ち上がった。


「……魔法師団から報告します」


 彼は、地図の上に小さな魔石を並べた。


「……先行した飛行艇八隻を中心に、避難路の確保、救護活動、魔物の迎撃を実施しました」


 魔石が淡く光る。

 地図の上に、青い線が浮かび上がった。


「……セリスが開発した広域結界を、魔法師団が維持。避難民の安全確保に成功しました」


 続いて、茶色い線が現れる。


「……その後、魔物の逃走行動を確認。無人の谷へ進行方向を誘導しました」


「……改めて見ると、すごいですね」


 思わず呟くと、ネスラさんがこちらを見た。


「……君がやったんだけど」


「そうなんですけど!」


 だって。

 こうして地図で見ると、規模がよく分かるんだもん!

 陛下が、感心したように頷いた。


「敵を討つだけでなく、その動きを利用して被害を抑えたか」


「はい!」


 私は立ち上がった。


「魔物たち、私たちを襲いたかったわけじゃないみたいだったので!」


「……ほう?」


「逃げていたんです。森の奥から」


 陛下の表情が、わずかに変わった。


「……それは、後ほど詳しく聞こう」


「はい!」


     ◇


 報告は、さらに続いた。


 避難できた人の数。

 負傷者の状況。

 被害を受けた集落。

 救援物資の輸送。

 今後の復旧計画。


 私は、黙って聞いていた。

 昨日、救護天幕で会った人たちの顔が浮かぶ。


 おばあさん。

 男の子。

 そして、あの女の子。

 ……みんな、これからどうするんだろう。


「陛下」


 気づけば、声を上げていた。


「うむ。どうした、セリス殿」


「あの……家を失った人たちは、どうなるんですか?」


 陛下は、すぐに答えた。


「王都と近隣の町に、一時的な住居を用意する。食料と衣服も、王国が責任を持って届けよう」


「……よかった」


「無論、それだけでは足りぬ。家を建て直すにも、畑を戻すにも時間がかかる」


 陛下は、地図の上に手を置いた。


「ゆえに、これからが王国の仕事だ」


 私は、顔を上げた。


「昨日、そなたたちが守ってくれた命を、明日へつなぐ」


 その言葉に、胸が温かくなった。


「……はい!」


 陛下は、穏やかに微笑んだ。


     ◇


「さて」


 報告が一段落したところで、陛下が姿勢を正した。


「セリス殿。そなたに聞きたいことがある」


「はい!」


「森の奥で、何を見た?」


 ……来た。

 私は、少しだけ息を吸った。


「……正確には、見ていません」


 室内が静かになった。


「何かを、感じたんです」


「何か、とは?」


「……分かりません」


 私は、正直に答えた。


「魔力を探しても、反応がありませんでした。魔物の気配とも、殺気とも違いました」


 陛下は、黙って聞いている。


「でも、確かに何かがあったんです」


 私は、両手を握った。


「……すごく、怖かったです」


 口にすると、あの感覚が少しだけ蘇った。

 森の静けさ。

 震えるエルとレイ。

 動かなくなった身体。

 そして。

 あの、比較にならないほどの何か。


「……アルディスさん」


「あ?」


 私は、彼を見た。


「アルディスさんって、すごく強いですよね」


「……今さら何だよ」


「私、初めて戦ったとき、びっくりしました」


「……そりゃどうも」


「でも」


 私は、言葉を探した。


「……あれは、違ったんです」


 アルディスさんの表情が、引き締まった。


「強いとか、速いとか、魔力が多いとか……そういう話じゃなくて」


 私は、首を横に振った。


「……比べられませんでした」


 沈黙。

 陛下が、静かに問いかけた。


「そなたほどの魔術師が、恐怖したのか」


「……はい」


 私は頷いた。


「正直、もう一度近づくのは怖いです」


 誰も、笑わなかった。

 誰も、弱気だとは言わなかった。

 陛下は、しばらく考え込んでいた。

 そして。


「……分かった」


 ゆっくりと、顔を上げた。


「北西大森林の奥地について、調査を命じる」


 将軍さんたちが、姿勢を正す。


「ただし、無理な接近は禁ずる。まずは周辺地域の安全確認と、遠距離からの観測を優先せよ」


「はっ!」


「魔法師団は、観測手段の検討を」


「……承知しました」


 ネスラさんが頷く。

 陛下は、私を見た。


「セリス殿」


「はい!」


「そなたにも、協力を願いたい」


「もちろんです!」


 私は、勢いよく答えた。


「私も、調べたいと思ってました!」


「……怖いのではなかったか?」


「怖いですよ!」


 私は、正直に言った。


「でも、分からないままにしておくのは、もっと気になるんです!」


 陛下が、目を丸くした。

 そして。


「……ははっ!」


 声を上げて笑った。


「なるほど! そなたらしい!」


「えへへ!」


「ただし、無茶はするなよ」


「はい!」


 ……ネスラさんが、横で小さくため息をついた気がした。


     ◇


 会議が終わりかけた頃。

 陛下が、もう一度口を開いた。


「最後に、皆へ伝えておきたい」


 室内が静まる。


「今回の災厄を防いだのは、一人の英雄ではない」


 陛下は、アルディスさんを見た。


「剣聖が、命を懸けて時間を稼いだ」


 ネスラさんを見る。


「魔法師団が、空から人々を守った」


 将軍さんたちを見る。


「王国軍が、救援と防衛を担った」


 そして、私へ。


「セリス殿が、戦場そのものを変えた」


 私は、思わず背筋を伸ばした。


「だが、それだけではない」


 陛下の声が、少し強くなった。


「負傷者を運んだ者。避難民を導いた者。食料を分け合った者。隣人の手を引いた者」


 陛下は、ゆっくりと室内を見渡した。


「皆が、誰かの命を守ったのだ」


 ……ああ。

 そうだ。


 昨日、私が見たもの。


 戦場にいた、たくさんの人たち。

 みんな、必死だった。

 みんな、誰かを守ろうとしていた。


「ゆえに、王国はその働きを忘れぬ」


 陛下は、力強く告げた。


「そして、失われた命も忘れぬ」


 室内の誰もが、静かに頭を下げた。

 私も、ゆっくりと頭を下げた。


 そのときだった。


「なお、アルディス、ネスラ、セリス殿」


 陛下が、改めて私たちの名を呼んだ。


「はい!」

「……はい」

「……何だ?」


「此度の功績に対する褒賞は、後日、正式な場を設けて授与する」


 ……褒賞?

 私は、思わず瞬きをした。


「そなたたちの働きに、王国として報いねばならぬからな」


「……ありがとうございます!」


 私は頭を下げた。

 陛下は、穏やかに頷いた。


「もっとも、そなたたちだけではない。救援に尽くした兵士や魔術師たちについても、功績を調べ、相応に報いるつもりだ」


「……はい」


 ネスラさんが、静かに頷いた。

 アルディスさんは、少し困ったように頭をかいた。


「……俺は、別に褒美が欲しくてやったわけじゃねえんだが」


「分かっておる」


 陛下が、笑った。


「だからこそ、王が忘れてはならぬのだ」


 アルディスさんは、しばらく黙っていた。

 やがて、小さく頷く。


「……なら、ありがたく受け取る」


「うむ」


 私は、二人のやり取りを見ながら、ふと思った。


 ……褒賞って、何がいただけるんだろう?


 研究に使える魔石とか?


 珍しい魔道具とか?


 それとも、王宮の図書室をもっと使わせてもらえるとか……!


 ……あっ。

 それ、すっごく嬉しいかも!


「……セリス」


「はいっ!?」


 ネスラさんが、小声で囁いた。


「……顔に出てる」


「ええっ!?」


「……研究のこと考えてたでしょ」


「……何で分かるんですか!?」


「……分かるよ」


 ……うう。

 ネスラさん、最近ちょっと鋭すぎません?


     ◇


 王宮を出ると、午後の日差しが眩しかった。


「……終わりましたねえ」


 私は、大きく伸びをした。


「……うん」


 ネスラさんが、隣を歩く。

 アルディスさんは、治癒魔術師さんに付き添われながら、少し後ろを歩いていた。


「……セリス」


「はい?」


「森の奥のやつ」


 アルディスさんが、真剣な顔で言った。


「……一人で行くなよ」


「……はい」


 私は頷いた。


「次は、ちゃんと準備します!」


「……次がある前提かよ」


「もちろんです!」


 アルディスさんが、額に手を当てた。


「……ったく」


 ネスラさんも、小さく呟く。


「……やっぱり」


「ええっ!? 何ですか二人とも!?」


 二人は、顔を見合わせた。

 そして。


「……面倒なやつだな」


「……うん」


「ひどいですー!!」


 私は、思わず声を上げた。


 でも。

 何だか、嬉しかった。

 こんなふうに、笑い合えることが。

 昨日まで、命懸けで戦っていた人たちと。

 今日、こうして並んで歩けることが。


「……ふふっ」


 私は、空を見上げた。


 青い空。

 白い雲。

 王都の賑やかな声。

 世界は、今日も動いている。


 そして。

 そのどこかに。

 まだ知らない何かがある。


「……よーし!」


 私は、両手を握った。


「まずは、観測魔道具の研究ですね!」


「……休むんじゃなかったの?」


「研究は休憩みたいなものです!」


「……違うと思う」


「ええっ!?」


 アルディスさんが、声を上げて笑った。


「ははっ! そりゃいい!」


「……アルディスさんまで!」


 私は頬を膨らませた。

 でも、すぐに笑ってしまった。


 怖いものは、まだ怖い。

 知らないものは、まだ知らない。


 それでも。

 知りたいと思える限り、私の旅は終わらない。

 私は、二人の少し先を歩き始めた。


 エルとレイが、肩の上で揺れる。


「ぷいっ!」

「ぷるん」


 さあ。

 次は、何を調べよう?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。