第3話「初めての街で、ご飯を食べたいだけなのに!?」
山を壊してしまった。
しかも、初級魔術で。
「…………」
私は、もう一度遠くの山を見た。
やっぱり、上半分がない。
「……うん。現実逃避しても戻らないよね」
とりあえず、被害状況を確認しよう。
魔力を広げて周囲を探ると、山の方角には大きな魔力の乱れが残っていた。地形が変わったせいか、土煙もまだ収まっていない。
幸い、確認できる範囲に人の反応はない。
ただし、すべてを調べられたわけではなかった。
「……ちゃんと報告しなきゃ」
誰に報告すればいいのかは分からないけど、街に行けば何とかなるだろう。
そう考えたところで、お腹が鳴った。
ぐうううう。
「……そうだった」
私は今、猛烈にお腹が空いている。
山を壊したことと、空腹であること。
どちらも深刻な問題だけど、ひとまず歩けなくなったら困る。
「よし。まずは街を探そう!」
そう決めて、私は森を歩き始めた。
◇
「……おおっ!」
森を抜けてしばらくすると、遠くに大きな壁が見えてきた。
石造りの城壁だ。
その向こうには赤い屋根の建物が並び、ひときわ高い塔が空へ伸びている。
「街だ! 本物のファンタジーの街だ!」
思わず駆け出しかけて、足を止めた。
落ち着こう。
ここで全力疾走して、また何か壊したら大変だ。
「……普通に歩こう。うん」
街道には荷馬車が行き交い、旅人らしい人たちが歩いていた。
剣を腰に下げた男性。
大きな荷物を背負った商人。
そして、耳の長い女性。
「……エルフ!?」
危うく声を上げそうになった。
すごい。
本当にいる。
しかも、その隣には小柄でがっしりした男性までいる。
あれは、もしかしてドワーフ?
「……やばい」
胸が高鳴る。
この世界、想像以上にファンタジーだ。
私はにやけそうになる口元を押さえながら、街の門へ向かった。
「止まれ。身分証を見せてくれ」
門番の男性に声をかけられた。
「……身分証?」
「ああ。持っていないのか?」
「えっと……はい」
しまった。
異世界転生したばかりなので、そんなものは持っていない。
いや、そもそも持ち物自体ほとんどない。
門番は少し困った顔をした。
「なら、仮入市の手続きをしてもらう。名前は?」
「セリスです!」
「出身は?」
「……遠いところです!」
「どの辺りだ?」
「えっと……すっごく遠いところ?」
「…………」
門番が眉をひそめた。
まずい。
完全に怪しい人になっている。
「あ、あの! 悪い人じゃないです!」
「悪い奴は大体そう言うんだがな……」
「ですよねぇ……」
困った。
どう説明したものだろう。
異世界から転生してきました、と言って信じてもらえるだろうか。
……いや、無理だろうなあ。
しばらく考え込んでいると、門番がため息をついた。
「まあいい。荷物もないし、武器も持っていないようだな。入市税を払えるか?」
「……お金、ないです」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が流れた。
門番は額を押さえた。
「お嬢ちゃん、よくここまで来られたな……」
「えへへ……」
「褒めてないぞ」
結局、私は門の脇にある詰所へ案内された。
事情を聞かれ、簡単な確認を受ける。
幸い、冒険者ギルドで身分登録をすることを条件に、一時的な入市を認めてもらえた。
「ギルドは大通りを真っすぐだ。大きな剣と盾の看板があるから、すぐ分かる」
「ありがとうございます!」
「それと、登録が済むまでは余計な騒ぎを起こすなよ」
「はいっ!」
私は元気よく返事をした。
……すでに山を壊していることは、まだ言い出せなかった。
◇
「わあああ……!」
街の中は、想像以上に賑やかだった。
石畳の道。
色とりどりの看板。
軒先に並ぶ果物や焼き菓子。
鍛冶屋から響く金属音。
通りの向こうでは、ローブ姿の人が小さな光を浮かべている。
「魔法だ……!」
思わず立ち止まる。
あの光、どういう術式なんだろう。
魔力を直接発光させている?
それとも、空気中の微粒子を励起しているのかな?
「……ちょっと調べたい」
いやいや。
駄目だ。
まずは身分登録。
それから、ご飯。
ぐうううう。
「……うん。ご飯が先でもいいかも」
ちょうどそのとき、鼻をくすぐる香ばしい匂いが漂ってきた。
「……ん?」
通りの角に、小さな屋台がある。
鉄板の上で、何かがじゅうじゅうと焼かれていた。
「……お肉?」
近づいてみると、串に刺した肉が並んでいる。
表面には照りのあるタレ。
香辛料のいい匂い。
そして、焼けた脂が鉄板に落ちる音。
「……おいしそう」
「おっ、嬢ちゃん。一串どうだい?」
屋台のおじさんが笑顔で声をかけてきた。
「た、食べたいです!」
「一串、銅貨三枚だ」
「…………」
銅貨。
三枚。
私は自分の服を見下ろした。
ポケットを探る。
何もない。
「……お金、ないです」
「おっと、そりゃ残念だ」
「……はい」
目の前で、肉が焼けている。
じゅううう。
いい匂い。
お腹が鳴る。
ぐうううう。
「…………」
おじさんが私を見た。
私はおじさんを見た。
「……そんな顔するなよ」
「えっ?」
「ほら、これ。端っこの余った肉だが、食べるか?」
「……いいんですか!?」
「腹減ってるんだろ?」
「はいっ!!」
差し出された小さな肉を受け取る。
熱い。
でも、我慢できない。
「いただきます!」
ぱくっ。
「…………!」
おいしい。
噛んだ瞬間、肉汁が広がった。
少し濃いめの塩味に、香ばしい香辛料。
何の肉かは分からないけど、そんなことはどうでもよかった。
「……おいひい……!」
思わず頬が緩む。
ああ。
生き返る。
「そんなにうまいか?」
「はい! すっごくおいしいです!」
「ははは! そりゃよかった!」
おじさんが豪快に笑った。
「冒険者ギルドに行くなら、仕事でも探してきな。稼いだらまた買いに来いよ」
「はい! 絶対来ます!」
私は何度も頭を下げた。
……異世界、いいところだなあ。
◇
冒険者ギルドは、すぐに見つかった。
大通りの先に建つ、三階建ての大きな建物。
入口の上には、剣と盾を組み合わせた看板が掲げられている。
「……ついに」
私は建物を見上げた。
冒険者ギルド。
ファンタジー世界の定番中の定番。
依頼を受けて、魔物を倒して、お金を稼いで、ランクを上げる。
ああ、なんて素晴らしい仕組みなんだろう。
「……よし!」
私は両手を握りしめた。
「冒険者デビューだぁぁぁ!!♡」
勢いよく扉を開ける。
中には大勢の人がいた。
鎧を着た戦士。
弓を背負った女性。
ローブ姿の魔術師。
大きな斧を担いだ獣人。
壁には依頼書がびっしりと貼られている。
「……うわあ」
すごい。
本当にギルドだ。
私はきょろきょろしながら受付へ向かった。
「こんにちは!」
「いらっしゃいませ。ご依頼ですか?」
受付にいたのは、柔らかな笑顔の女性だった。
「冒険者登録をしたいです!」
「新規登録ですね。では、こちらへどうぞ」
案内された机に、薄い板のようなものが置かれている。
「こちらの登録石に手を置いてください」
「……登録石?」
「はい。魔力を読み取り、基本情報を記録する魔道具です」
「魔道具!?」
思わず身を乗り出した。
「これ、どういう仕組みなんですか!?」
「えっ?」
「魔力の波形を読み取るんですか? それとも個体ごとの魔力特性を記録する方式? 記憶媒体は結晶構造を利用してるとか!?」
「え、えっと……」
受付のお姉さんが困った顔をした。
「あ、すみません! つい!」
いけない。
研究者の悪い癖が出た。
私は大人しく登録石に手を置いた。
すると、石が淡く光った。
ピコン。
目の前に、小さな文字が浮かぶ。
名前:セリス
種族:人間
冒険者ランク:F
「おおおおっ!」
私は思わず歓声を上げた。
「Fランク! ついに冒険者!」
「はい。最初は皆さんFランクからのスタートになります」
「ちなみに、ランクってどこまであるんですか?」
「F、E、D、C、B、A、Sの七段階です。それぞれにプラス評価もありますよ」
「Sランク……!」
いい。
すっごくいい。
目標があるって素晴らしい。
「よーし! まずはSランクを目指します!」
「ふふ。頑張ってくださいね」
受付のお姉さんが微笑んだ。
「それでは、初めての方には簡単な依頼をおすすめしています。街の清掃や荷物運び、薬草採集などですね」
「薬草採集!」
私は目を輝かせた。
「それ、研究してもいいんですか!?」
「……研究、ですか?」
「はい! 成分を調べたり、魔力の流れを観察したり!」
「採集した薬草を傷めなければ、構いませんけど……」
「やったぁ!♡」
最高だ。
仕事をしながら研究できる。
しかも、お金まで稼げる。
なんて素晴らしい職業なんだろう。
「じゃあ、さっそく――」
そのときだった。
バァンッ!!
ギルドの扉が勢いよく開いた。
「緊急事態だ!!」
飛び込んできた兵士の声に、ギルド中の視線が集まる。
「北方の山岳地帯で、大規模な破壊を確認した!」
ざわっ。
冒険者たちが顔を見合わせた。
「破壊? 何があった?」
「……山が」
兵士が息を切らしながら言った。
「山が……消えたんだ!!」
「…………」
私は固まった。
……山?
……北方?
……消えた?
いや。
まさか。
「おいおい、冗談だろ?」
「レッドドラゴンでも出たのか!?」
「そんな規模の攻撃、普通の魔物じゃ不可能だぞ!」
ギルド内が一気に騒がしくなる。
受付のお姉さんの顔色が変わった。
「ギルド長に連絡を! Aランク以上の冒険者を緊急招集してください!」
「王都への報告は!?」
「すでに伝令を出しています!」
「周辺の村にも警戒を呼びかけろ!」
あちこちから怒号が飛び交う。
私は受付の前で、そっと視線を逸らした。
「…………」
まずい。
これは非常にまずい。
いや、違う。
ちゃんと報告するつもりだった。
本当だ。
ただ、先に冒険者登録をして、ご飯を食べて、それから相談しようと思っていただけで。
「……あのぉ」
小さく声を出す。
でも、誰にも聞こえなかった。
「Aランクの連中を呼べ!」
「原因が分かるまで街の外には出すな!」
「魔物の大群かもしれんぞ!」
「……あ、あのぉ!」
もう一度、声を出す。
受付のお姉さんが振り返った。
「どうしました、セリスさん? 今は少し立て込んでいて……」
「あ、はい。分かってます。分かってるんですけど……」
私はごくりと唾を飲み込んだ。
周囲では、屈強な冒険者たちが武器を手に取り始めている。
みんな、真剣な顔だ。
私のせいで、こんなに大騒ぎになっている。
……うん。
やっぱり、言わなきゃ。
私は覚悟を決めて、そっと右手を上げた。
「あ、あの……」
「はい?」
「その……北の山のことなんですけど……」
「何かご存じなんですか!?」
「……はい」
受付のお姉さんが身を乗り出した。
周囲の冒険者たちも、こちらを見ている。
私は、冷や汗をだらだら流しながら答えた。
「……たぶん」
一度、言葉を切る。
そして。
「……私が、やりました」
「…………」
「…………」
「…………」
ギルド中が、静まり返った。
私は泣きそうになりながら、もう一度頭を下げた。
「ご、ごめんなさぁぁぁい!!」
新連載企画です。良かったらぜひ応援してください。よろしくお願いいたします。




