第27話「魔道具+魔道具=報告書!?」
翌朝。
「……セリス」
「はい!」
「……今日は、見学だからね」
「もちろんです!」
「……見学」
「はい!」
「……勝手に実験しないで」
「分かってますってば!」
……もう。
ネスラさん、ちょっと心配しすぎじゃありません?
昨日、国王陛下から研究院や魔道具工房を見学する許可をいただいた。
しかも、研究への褒賞として金貨二十枚!
串焼きに換算すると、六万六千六百六十六本分!!
……ふふふ。
しばらく生活費の心配をしなくていいなんて、素晴らしすぎる。
お風呂にも入れるし、珍しい魔石も買える。
研究って、最高だなあ!
「……何か、嬉しそう」
「はい! とっても!」
「……そう」
ネスラさんは小さく息を吐き、工房の扉を開けた。
◇
そこは、王都の魔道具工房街でも古くから続く工房だった。
天井には、大小さまざまな魔法灯。
壁には温度を保つ魔道具や、荷物を持ち上げる補助器具。
奥の作業台では、職人さんたちが魔石を削り、細かな魔力回路を刻んでいる。
「わあああ……!」
私は思わず声を上げた。
……すごい。
どこを見ても、魔道具だらけ!
しかも、ただ魔法を込めてあるだけじゃない。
魔力の供給量を抑え、効果を安定させるための工夫が、あちこちに施されている。
「……ネスラ様」
奥から、大柄な男性が姿を現した。
日に焼けた肌。
太い腕。
指先には、長年の仕事でできた細かな傷がいくつも残っている。
「今日は見学だと聞いておりますが……」
「……うん。王宮からの許可も出てる」
「そちらのお嬢さんが?」
「……セリス・アルフィーネ」
「はじめまして! セリスです!」
私はぺこりと頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします!」
「おう。俺はこの工房の親方だ。まあ、好きに見ていきな」
「ありがとうございます!!」
……ふふっ。
何から見ようかな!
◇
「……これ」
私は作業台の上に置かれた、小さな魔法灯を覗き込んだ。
「この術式、見てもいいですか?」
「おう。壊さねえならな」
「はい!」
私はそっと魔力の流れを観察した。
魔石から供給された魔力が、細い回路を通り、光へと変換されている。
……あれ?
私は、もう少し顔を近づけた。
入力された魔力が、ほとんど揺らがない。
変換の途中で生じるはずの損失も、驚くほど小さい。
しかも、回路の形が……。
「……綺麗」
「……ん?」
親方が振り向いた。
「この術式、すっごく綺麗です!!」
「……綺麗?」
「はい! 魔力の流れがほとんど乱れてないんです! 共鳴の位相も揃ってるし、回路の配置にも無駄がない!」
私は思わず作業台に身を乗り出した。
「これ以上削ったら、かえって安定性が崩れちゃいそう……!」
「…………」
親方が黙った。
……あれ?
何か変なこと言ったかな?
「……お嬢ちゃん」
「はい?」
「それが分かるのか?」
「はい! とっても丁寧に作られてますよね!」
私はもう一度、魔法灯を見つめた。
「これ、何年くらいかけて改良したんですか?」
親方が、ゆっくりと口を開いた。
「……俺の代だけじゃねえ」
「……?」
「親父も、そのまた親父も、ずっと改良してきた。魔石の質が変わっても安定して光るように、何度も何度もな」
「……すごい」
私は思わず呟いた。
何世代にもわたって、一つの技術を磨き続けてきたんだ。
きっと、失敗もたくさんあったはず。
それでも諦めずに、少しずつ改良を重ねて。
今、こうして、誰でも使える魔法灯になっている。
「……素敵ですね」
「……何?」
「こんなに綺麗な魔法、初めて見ました!」
親方は、しばらく私を見つめていた。
そして。
「……ははっ」
少しだけ、照れくさそうに笑った。
「変わったお嬢ちゃんだな」
「えへへ!」
◇
それから私は、工房にある魔道具を一つずつ見せてもらった。
温度を一定に保つ保温器。
魔力の供給量を調整する装置。
周囲の明るさを測る光量感知器。
どれも、それぞれの目的に合わせて、丁寧に作られている。
……うん。
本当に、すごい。
「……あれ?」
私は、ふと首を傾げた。
「親方さん」
「おう?」
「この光量感知器って、何に使うんですか?」
「倉庫の採光管理だな。暗くなったら警報が鳴る」
「なるほど……」
私は感知器と魔法灯を交互に見た。
……ん?
待って。
これって。
「……あのう」
「何だ?」
「この二つ、つなげたりしないんですか?」
「……つなげる?」
「はい! 暗くなったら、魔法灯が明るくなるように!」
親方が眉をひそめた。
「……別々の術式だぞ?」
「はい!」
「そりゃ、同じ器具に刻むことはできる。だが、動く仕組みが違うんだ」
「……ああ!」
私は頷いた。
なるほど。
この世界では、付与術式がそれぞれ独立した機能として完成されている。
一つの術式で、一つの働き。
だから、同じ器具に複数の術式を刻んでも、それぞれが別々に動く。
……でも。
「それなら、術式そのものを変えなくても……」
私は紙を一枚もらい、三つの図形を描いた。
「これが照明の術式。こっちが光量感知。それから、魔力調整!」
「……おう」
「それぞれを、一つの項として考えるんです!」
「……項?」
「はい! 今までの術式が単項式なら……」
私は三つの図形を線で結んだ。
「多項式にすればいいんですよ!♡」
「…………」
親方が、紙を見つめる。
ネスラさんも、隣から覗き込んだ。
「……セリス」
「はい?」
「……それ、どういう意味?」
「えっとですね!」
私は三つの術式を指さした。
「照明の術式は、今のままで完成してるんです。だから、変えなくていいんです!」
「……うん」
「でも、光量感知器が測った明るさを、魔力調整器に伝えられたら?」
「……出力が変わる」
「そうです! それで、調整された魔力を照明に送れば……!」
「……周囲の明るさに合わせて、光が変わる?」
「はいっ!!」
親方が、ゆっくりと腕を組んだ。
「……理屈は分かる」
「ですよね!」
「だが、魔力の供給路をつなげば干渉が起きる。別々の術式を無理に動かせば、どっちも不安定になるぞ」
「……あっ!」
私は、はっとした。
そうか。
魔力の流れそのものを共有すると、位相がずれるんだ。
……じゃあ。
「供給路は分けたままで、制御情報だけ渡せば……!」
「…………」
親方の目が変わった。
「……お嬢ちゃん」
「はい?」
「その図、もう一度描いてみろ」
「はい!♡」
◇
それからの時間は、あっという間だった。
親方が回路を組み、私が魔力の流れを確認する。
ネスラさんは、二つの術式が干渉しないよう、遮断機構を考えてくれた。
照明。
光量感知。
魔力調整。
三つの術式を、独立させたまま連動させる。
……よし。
「できました!」
作業台の上に、小さな魔法灯が置かれた。
「じゃあ、試すぞ」
親方が、窓の遮光板を閉じる。
室内が暗くなった。
すると。
ぽわっ。
魔法灯が明るくなる。
「おおっ!」
「やりましたね!!」
……と、思った瞬間。
ぴかっ!
「……え?」
ぽわっ。
ぴかっ!
ぽわっ!
「まぶしっ!?」
魔法灯が、猛烈な勢いで明滅し始めた。
「わああっ! 制御が振動してます!!」
「喜んでる場合か!!」
親方が叫ぶ。
「……遮断」
ネスラさんが魔力供給を止めた。
ぴたり。
魔法灯が消える。
「……危なかった」
「す、すみません!」
私は慌てて頭を下げた。
……うう。
そうか。
照明が明るくなると、光量感知器もそれを検知する。
すると、明るすぎると判断して出力を下げる。
今度は暗くなって、また出力を上げる。
……なるほど。
完全に、制御が振動してる。
「……感知位置を変える必要があるな」
親方が呟いた。
「それと、出力を急に変えすぎない方がいいです!」
「……うん」
ネスラさんが頷いた。
「……一定の幅では、反応しないようにする」
「それです!!」
私は思わず手を叩いた。
……ふふっ。
面白い!
失敗した理由が分かると、次に試したいことが増えるんだよね!
◇
二度目の実験。
親方が遮光板を閉じた。
室内が、ゆっくりと暗くなる。
すると。
ぽう……。
魔法灯が、静かに明るさを増した。
「…………」
誰も、何も言わなかった。
親方が遮光板を開ける。
差し込んだ陽光に合わせて、魔法灯の光がゆっくり弱まった。
「……できた」
親方が、ぽつりと呟いた。
「できましたね……!」
私は、隣に立つ親方を見上げた。
「すごいです! 親方さんの術式、本当にすごいです!!」
「……いや」
親方は、完成した魔法灯を見つめていた。
「俺たちは、ずっと一つの術式を磨いてきた」
ごつごつした指が、灯具の縁に触れる。
「だが……まだ、こんな使い方があったんだな」
「はい!」
私は大きく頷いた。
「完成した魔法にも、まだ先があるんです!」
親方は、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと笑った。
「……お嬢ちゃん。面白えこと考えるな」
「えへへ!」
……嬉しい。
でも。
私は、もう一度魔法灯を見た。
……あれ?
ちょっと待って。
◇
「……親方さん」
「おう?」
「これって、三つじゃなくてもいいですよね?」
「……何がだ?」
「術式の数です!」
私は紙を引き寄せた。
「四つでも、五つでも、十個でも!」
「……おい、待て」
「それに、条件も一つじゃなくていいですよね!?」
私は夢中で図を描き始めた。
「温度、湿度、魔力量、時間、距離……!」
ペンが止まらない。
「それぞれの術式を項として扱えば、条件によって組み合わせを変えられる!」
「……お嬢ちゃん?」
「しかも、同じ術式を別の組み合わせにも使えるんです!」
……あ。
これって。
「魔道具の機能そのものを、設計できるってことじゃないですか!?」
工房が、しんと静まり返った。
「……ちょっと待て」
親方が、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「……俺たちは今まで、何を作ってたんだ?」
「魔道具ですよね?」
「……じゃあ、お嬢ちゃんは何を作ろうとしてる?」
「え?」
私は首を傾げた。
「魔道具を作るための仕組み、ですけど?」
「…………」
ネスラさんが、静かに目を閉じた。
「……セリス」
「はい?」
「……それ、たぶん大発見」
「えっ!? そうなんですか!?」
◇
「……ちょっと、こっち来てみろ」
親方が案内してくれたのは、工房の奥にある加工室だった。
そこには、魔石を削るための作業台が並んでいる。
職人さんが一人、魔石を固定し、慎重に魔力を流し込んでいた。
「……これ、何をしてるんですか?」
「魔石の研磨だ。素材によって硬さも魔力の通りも違うから、出力を細かく調整しなきゃならねえ」
「なるほど……」
私は作業台をじっと見た。
魔石の表面。
そこを流れる魔力。
削る力を調整するための術式。
……ん?
待って。
「……親方さん」
「おう?」
「素材の状態を測る術式と、魔力を調整する術式と、加工する術式をつないだら……」
「……おい」
「素材に合わせて、自動で加工できませんか?」
「…………は?」
親方が固まった。
……あれ?
そんなに変なこと言ったかな?
「いや……理屈は分かるが……」
「じゃあ、試してみませんか!?」
「……お嬢ちゃん」
「はい!」
「……お前さん、本当に見学に来たんだよな?」
「もちろんです!♡」
「…………」
ネスラさんが、深くため息をついた。
◇
それから、さらに時間が過ぎた。
親方と職人さんたちが、加工台の回路を組み替える。
私は魔力の流れを観察しながら、制御条件を考える。
ネスラさんは、安全装置の確認を担当してくれた。
……よし。
今回の目的は、決まった規格の魔石を、一定の形に研磨すること。
素材の状態を読み取り、必要な魔力を調整し、加工する。
そして、異常があれば自動停止する。
……うん。
これなら、いけるかもしれない。
「……準備、できたぞ」
親方が声をかけた。
「はい!」
私は作業台の前に立った。
加工する魔石を固定する。
魔力を供給する。
そして。
「……起動します!」
淡い青い光が、回路を走った。
魔石の表面を、細かな光がなぞっていく。
きゅううう……。
研磨器が、静かに動き始めた。
「…………」
誰も、声を出さない。
魔石の状態に合わせて、出力が少しずつ変わる。
硬い部分では力を強め、脆い部分では弱める。
……うん。
安定してる。
そして。
こつん。
加工を終えた魔石が、受け皿に転がり落ちた。
「…………」
「……できました?」
私は親方を見上げた。
親方は、完成した魔石を手に取った。
光に透かし、表面を確かめる。
そして。
「……できた」
「……!」
「……本当に、できやがった」
「やったあああ!!」
私は思わず飛び跳ねた。
「これなら、魔石の加工も楽になりますね!」
親方は、しばらく黙っていた。
やがて、震える声で言った。
「……お嬢ちゃん」
「はい?」
「これ……熟練工が付きっきりじゃなくても、同じ規格の加工ができるってことか?」
「はい! ただし、対応できる素材の範囲は限られますけど!」
「…………」
「それに、術式を変えれば、ほかの作業にも応用できそうです!」
「……ほかの、作業?」
「はい!」
私は指を折り始めた。
「温度に合わせて火力を調整する調理器具!」
「……おう」
「水の汚れを検知して浄化する装置!」
「……おう?」
「荷物の重さに合わせて補助力を変える運搬具!」
「…………」
「それから、建物の損傷を検知して警報を出す仕組みとか!」
「…………」
私は、はっとした。
……あれ?
これって。
……もしかして。
「街じゅうの魔道具を、もっと便利にできちゃうんじゃ……!?」
親方が、ゆっくりと天井を見上げた。
「……ネスラ様」
「……何?」
「俺、今日、何を見せられてるんでしょうか」
「……たぶん」
ネスラさんが、静かに答えた。
「……魔道具の歴史が変わるところ」
◇
夕方。
工房の作業台には、二つの試作品が並んでいた。
周囲の明るさに合わせて光量を変える魔法灯。
そして、決まった規格の魔石を自動で研磨する加工装置。
どちらも、まだ試作品だ。
長時間の安定性も、耐久性も、これから調べなければならない。
……でも。
私は、二つの魔道具を見つめた。
……ふふっ。
すごいなあ。
この世界の魔法って、本当に面白い。
「……お嬢ちゃん」
親方が、ぽつりと声をかけた。
「はい?」
「俺たちは、魔道具の完成形を作ってたつもりだった」
「……?」
「だが、あれは……部品だったのかもしれねえな」
私は、思わず首を振った。
「違いますよ!」
「……ん?」
「完成してるから、組み合わせられるんです!」
「…………」
「親方さんたちが、ずっと磨いてきてくれたからです! 一つ一つの術式が、こんなに安定してるから……新しいことができるんです!」
私は、魔法灯にそっと触れた。
「皆さんが積み上げてきた時間がなかったら、今日の実験はできませんでした!」
親方は、しばらく何も言わなかった。
そして。
「……ははっ」
小さく笑った。
「……参ったな」
ごつごつした手で、目元をこする。
「こんなこと、お嬢ちゃんに言われるとは思わなかったぜ」
「えへへ!♡」
……だって、本当のことだもん。
◇
「……セリス」
工房を出たところで、ネスラさんが声をかけてきた。
「はい?」
「……今日、何をしに来たんだっけ」
「魔道具の見学です!」
「……そうだよね」
「はい!」
「……見学で、魔道具の設計体系を変えないで」
「えええっ!? 変えたつもりはないですよ!?」
「…………」
ネスラさんが、深くため息をついた。
「……陛下に報告しなきゃ」
「えっ!? もうですか!?」
「……うん」
「でも、まだ調べたいことがいっぱいあるんですけど!」
「……知ってる」
……うう。
せっかく面白くなってきたのに!
私は名残惜しく工房を振り返った。
窓の向こうでは、親方と職人さんたちが、さっそく試作品を囲んで何やら話し込んでいる。
……ふふっ。
明日も、来たいなあ。
すると。
《既存魔法体系への理解が深まりました。》
《複合付与術式の新たな構造を発見しました。》
《経験値を獲得しました。》
……あ。
まただ。
私は、思わず笑みを浮かべた。
……ふふふ。
やっぱり、この世界は面白い!
知らなかったことを知るたびに、新しい可能性が見えてくる。
そして、その先には、まだ誰も見たことのない魔法が待っている。
「……よし!」
私は小さく拳を握った。
「明日も、頑張りましょう!」
「……セリス」
「はい?」
「……明日は、研究院で報告書」
「ええええっ!?」
「……今日の分」
「……ううっ」
……研究って、報告書までついてくるんだった。
ネスラさんが、ほんの少しだけ笑った。
「……逃がさないから」
「ネスラさあああん!!」
王都の夕暮れに、私の声が響いた。
……でも。
報告書を書いたら、また研究できる。
そう考えたら、ちょっとだけ楽しみになった。
……うん。
明日も、きっと面白い一日になる。




