第26話「国王陛下! 金貨二十枚って串焼き何本分ですか!?」
「……うーん」
私は鏡の前で、腕を組んでいた。
昨日、アルディスさんから聞いた話では、国王陛下との謁見は今日の午後。
つまり、午前中に服を選んで、身だしなみを整えて、それから王宮へ向かうことになる。
……よし。
予定は完璧だ。
問題は、どんな服を選ぶか。
「やっぱり、落ち着いた色がいいですよね……」
「ぷいっ!」
「ぷるん」
エルとレイが、ベッドの上で返事をする。
「でも、地味すぎるのも……うーん」
私は自分の銀髪を一房つまんだ。
この髪に似合う色。
それでいて、国王陛下の前でも失礼にならない服。
……よし。
「二人とも、お買い物に行きますよ!」
「ぷいぷいっ!」
「ぷるん!」
エルが元気よく跳ね、レイがのんびりと揺れた。
……ふふっ。
今日もよろしくお願いしますね!
◇
「おお、これなんかどうだ?」
アルディスさんが手に取ったのは、赤い布地に金色の飾りがついた服だった。
「……ちょっと派手じゃありません?」
「そうか? 王宮なら、これくらい普通だろ」
「普通……ですか?」
「たぶんな!」
「たぶん!?」
……もう!
この人に服選びを任せるのは、少し危険かもしれない。
私たちが訪れたのは、王都の商業区にある仕立て屋さんだった。
店内には、色とりどりの服が並んでいる。
普段着から冒険者向けの丈夫な服、貴族の令嬢が着るような華やかなドレスまで。
……すごいなあ。
服の種類も多いし、刺繍も細かい。
この世界の人たちは、こういう技術も大切にしてきたんだ。
「お嬢様、こちらはいかがでしょう?」
店員のお姉さんが、濃紺のワンピースを持ってきてくれた。
銀糸で細かな模様が刺繍されていて、袖口には白いレース。
胸元には、小さな青い宝石のブローチが留められている。
そして、肩から羽織る短いケープ。
「……わあ」
思わず、声が漏れた。
「綺麗……!」
「銀色のお髪によくお似合いになると思いますよ」
「……試着してもいいですか?」
「もちろんです」
私は服を受け取り、試着室へ向かった。
……ふふっ。
ちょっと、わくわくする。
◇
「……どうでしょう?」
試着室から出ると、アルディスさんがこちらを振り向いた。
「おおっ!」
私は鏡の前に立った。
濃紺の布地に、銀糸の刺繍。
短いケープが肩を覆い、歩くたびに裾が柔らかく揺れる。
銀髪には、服と同じ色のリボンを結んでもらった。
……うん。
これは、いいかもしれない。
「似合ってるじゃねえか!」
「本当ですか!?」
「おう! なんつーか、魔法使いっぽいな!」
「……それ、褒めてます?」
「もちろん!」
……ふふっ。
まあ、いいか。
私は鏡に向き直り、胸元をそっと整えた。
そして、小声で呼びかける。
「……エル、お願いします」
「ぷいっ!」
服の内側で、エルがほんの少しだけ位置を変えた。
「……もうちょっと上……はい、そこです!」
「ぷいっ!」
「レイも、お願いしますね」
「ぷるん」
腰の後ろに回ったレイが、ゆっくりと形を整える。
……うん。
胸元の形が綺麗に出て、腰のラインも自然になった。
私は鏡の前で、くるりと回った。
「……完成!♡」
「何がだ?」
「な、何でもありません!」
……危ない危ない。
国家機密は、厳重に守らなければ。
「ふふ。とてもお似合いですよ、お嬢様」
店員のお姉さんが微笑んだ。
「ありがとうございます!」
私はもう一度、鏡を見た。
少しだけ、大人っぽく見える。
でも、背伸びしすぎている感じはしない。
……うん。
これがいい。
「これにします!」
「かしこまりました」
こうして私は、王宮へ着ていく新しい服を手に入れた。
……ただ。
お値段を聞いたときは、少しだけ固まった。
……うう。
串焼き、何本分だろう。
◇
午後。
王宮へ向かう馬車の中で、私は何度目か分からないほど、服の裾を整えていた。
「……セリス」
「はい!」
「……大丈夫」
向かいに座るネスラさんが、小さく言った。
「……陛下は、怖い人じゃない」
「そ、そうなんですか?」
「……うん。ちゃんと話を聞いてくれる」
私は、ほっと息をついた。
「ありがとうございます、ネスラさん」
「……別に」
ネスラさんは窓の外に目を向けた。
隣では、アルディスさんが楽しそうに笑っている。
「ははっ! そんなに緊張すんなよ。陛下はいい人だぜ!」
「分かってますけど……国王陛下ですよ!?」
「おう!」
「おう、じゃありません!」
「はははっ!」
……もう。
この人、緊張というものを知らないのかな。
私は胸元に手を当てた。
青い宝石のブローチ。
その下では、エルが静かに形を保ってくれている。
レイも、腰の後ろで大人しくしていた。
……二人とも、ありがとう。
今日の私には、二人の協力が必要なんです。
◇
王宮は、想像していた以上に大きかった。
高い城壁。
磨き上げられた白い石畳。
広い中庭には噴水があり、その周囲には青い花が咲いている。
そして、建物のあちこちに組み込まれた魔力回路。
……わあ。
すごい。
柱の内部を流れる魔力。
壁面に刻まれた防護術式。
天井から吊るされた魔法灯。
……これ、全部つながってるのかな?
「……セリス」
「はっ!」
ネスラさんに呼ばれて、私は我に返った。
「……触らないでね」
「わ、分かってます!」
……そうだった。
今日は研究じゃなくて、謁見。
私は昨日の研究ノートを思い出した。
『※勝手に触らないこと』
……うん。
ちゃんと守ってますよ!
◇
「アルセリア王国国王、レオニス・アルセリア三世陛下の御前である!」
重厚な声が、謁見の間に響いた。
大きな扉が開かれる。
その先には、赤い絨毯がまっすぐに伸びていた。
左右には、騎士や文官たちが並んでいる。
そして、奥の玉座に座る一人の男性。
落ち着いた金色の髪に、威厳のある顔立ち。
派手さはない。
けれど、その姿には、不思議と人を安心させる重みがあった。
……この人が。
レオニス陛下。
私はアルディスさんたちに続き、玉座の前へ進んだ。
そして、教わった通りに膝を折り、頭を下げる。
「お初にお目にかかります。セリス・アルフィーネと申します。このたびは、お招きいただき、誠にありがとうございます」
……よし。
ちゃんと言えた。
「うむ。顔を上げよ」
穏やかな声が響いた。
私はゆっくりと顔を上げる。
国王陛下は、こちらを静かに見つめていた。
「そなたがセリス・アルフィーネか」
「はい」
「アルディスから話は聞いておる。随分と珍しい魔法を使うそうだな」
「……はい。少し、変わっているかもしれません」
「少し、か」
陛下の口元が、わずかに緩んだ。
……あれ?
何だか、含みのある笑い方だなあ。
「ネスラからも報告を受けておる。従来の術式とは異なる方法で、魔法を制御するという話だったな」
「はい!」
……おお。
ちゃんと研究の話が伝わってる!
「ただ、まだ分からないことも多くて……」
「ふむ」
「昨日もネスラさんと一緒に考えたんですけど、従来の魔法と私の方法を組み合わせれば、もっと使いやすい制御方式ができるかもしれないんです!」
「……ほう」
陛下が、ネスラさんに視線を向けた。
「ネスラ。そなたの見解は?」
「……可能性は、あります」
ネスラさんは静かに答えた。
「……ただし、まだ理論段階です。安全性と再現性の検証が必要になります」
「なるほど。慎重な評価だな」
「……はい」
陛下は満足そうに頷いた。
「よい。研究とは、可能性に心を躍らせるだけでなく、それを確かめる営みでもある。引き続き励むがよい」
「はい!」
……うん。
この人、研究のことをちゃんと分かってくれる。
なんだか、嬉しいな。
◇
「さて、セリス」
「はい!」
「そなたには、改めて礼を言わねばならぬ」
「……礼、ですか?」
「うむ。アルディスとの立ち合いの報告も受けておる。あの者が、あれほど楽しそうに剣を振るったのは久しい」
「陛下! そりゃ言いすぎですって!」
アルディスさんが笑う。
「そうか? そなたが自ら相手の話を何度も持ち出すなど、珍しいことだぞ」
「……ははっ!」
……あ。
アルディスさん、ちょっと照れてる?
「それに、ネスラもだ」
陛下は静かに続けた。
「研究について、あれほど熱のこもった報告を寄越したのは、いつ以来であろうな」
「……陛下」
ネスラさんが、少しだけ目を伏せた。
「……必要な報告です」
「うむ。もちろんだ」
陛下は穏やかに微笑んだ。
……ふふっ。
何だか、いいなあ。
この人たち、ちゃんとお互いを見ているんだ。
「そこで、そなたに褒賞を与えたい」
「……え?」
「ネスラとの共同研究において、従来の魔法制御に新たな可能性を示した。その着想と成果を、王国として評価したいのだ」
陛下が側近に目配せすると、小さな箱が運ばれてきた。
蓋が開かれる。
中には、金色に輝く硬貨が並んでいた。
「王国金貨二十枚。研究への貢献に対する褒賞として、受け取るがよい」
「……金貨、二十枚?」
私は思わず瞬きをした。
金貨一枚は銀貨百枚。
銀貨一枚は銅貨百枚。
つまり、金貨二十枚は……。
銅貨、二十万枚。
……えっと。
串焼き一本が銅貨三枚だから……。
「…………」
「どうした、セリス?」
陛下が不思議そうに尋ねた。
「……ろくまん、ろくせん……」
「……む?」
「ろっぴゃく、ろくじゅうろく……」
「セリス?」
アルディスさんが、隣から声をかけてくる。
私は顔を上げた。
「串焼きが、六万六千六百六十六本も買えます!!」
「…………」
謁見の間が、静まり返った。
……あれ?
「……串焼き?」
陛下が、ゆっくりと聞き返した。
「はい! 一本銅貨三枚なんです! あっ、銅貨二枚余ります!」
「…………」
アルディスさんが、隣で肩を震わせている。
「ぶっ……お前……国王からの褒賞を……串焼きで……!」
「だ、だって、分かりやすいじゃないですか!」
「ぶっはっはっはっ!!」
とうとうアルディスさんが吹き出した。
……あ。
しまった。
ここ、謁見の間だった!
「も、申し訳ありません! 陛下!」
私は慌てて頭を下げた。
「つい、嬉しくなってしまって……!」
しばらくの沈黙。
そして。
「……ふっ」
陛下が、小さく笑った。
「ははははっ!」
……えっ?
「余も長く王位にあるが、褒賞を串焼きで換算されたのは初めてだ!」
「……そ、そうなんですか?」
「うむ。実に初めてだ!」
陛下は愉快そうに笑っていた。
……よかった。
怒ってない。
「しかし、セリス。そなたはその金を、何に使うつもりだ?」
「はい! 研究です!」
「……即答だな」
「魔道具も調べたいですし、珍しい素材も見てみたいです! それから本も買いたいです!」
「ふむ」
「もちろん、お風呂のある宿にも泊まりたいです!」
「……風呂?」
「はい! お風呂は大事です!」
陛下が、また笑った。
「ははは! なるほど。そなたにとっては、研究と風呂が大切なのだな」
「はい!」
……あ。
串焼きも大切ですけどね!
◇
「なお、褒賞はこれで終わりではない」
「……え?」
陛下が、再び真面目な表情に戻った。
「今後、共同研究が進み、その有用性が確認されれば、成果に応じて追加の褒賞を与えよう」
「本当ですか!?」
「うむ。ネスラにも、研究に必要な設備と予算を認める。王国として支援する価値があると判断した」
「……ありがとうございます」
ネスラさんが、深く頭を下げた。
……すごい。
研究して、成果が出たら、また研究できる。
なんて素晴らしい仕組みなんだろう!
「ただし」
陛下が、少しだけ声を低くした。
「研究には、責任が伴う」
「……はい」
「人々の暮らしを豊かにする技術も、使い方を誤れば害をなす。ネスラと協力し、安全を確かめながら進めること。よいな?」
「はい! もちろんです!」
私はしっかりと頷いた。
……うん。
この人は、ただ新しい技術が欲しいわけじゃない。
それが人々にどう使われるかまで、考えているんだ。
国を治めるって、そういうことなんだろうな。
◇
「ところで、セリス」
「はい!」
「そなたは、これから何を望む?」
「……何を、ですか?」
「うむ。王国に留まり、研究を続けることもできよう。あるいは、別の道を選ぶこともできる」
私は少し考えた。
……何を望むか。
そんなの、決まっている。
「私、この世界の魔法を、もっともっと知りたいんです!」
「……この世界の魔法を?」
「はい! ネスラさんの氷魔法も、アルディスさんの魔法も、私の知っているものとは違っていて……すっごく面白いんです!」
「ふむ」
「それに、まだ会ったことのない魔法使いさんも、きっとたくさんいますよね!」
「もちろんだ」
「国が違えば、魔法も違うんでしょうか? 同じ魔法でも、使い方が違ったりするんでしょうか!?」
……ああ。
考えただけで、わくわくする。
「知りたいことが、いっぱいあるんです!」
陛下は、しばらく私を見つめていた。
「……そなたほどの力があれば、地位や名誉を望むこともできよう」
「……地位、ですか?」
「うむ」
「……それより、魔法を調べたいです!」
私は思わず答えてしまった。
……あ。
また即答しちゃった。
けれど、陛下は怒らなかった。
むしろ、少し楽しそうに目を細めた。
「……なるほどな」
そして、ゆっくりと頷いた。
「よかろう。王国の研究院、大図書館、魔道具工房。可能な範囲で、そなたが学べるよう取り計らおう」
「……本当ですか!?」
「うむ。ただし、研究院には研究院の規則があり、工房には職人たちの仕事がある。相手の都合を尊重することだ」
「はい!」
「そして、他国の魔法についても……紹介できる者がおる」
「……えっ!?」
私は思わず身を乗り出した。
「他国の魔法使いさんですか!?」
「うむ」
すると、アルディスさんがにやりと笑った。
「陛下、カナメなんかどうです?」
「ふむ。魔族国の宰相か」
「魔族国!?」
……魔族の国があるんだ!
「おう! カナメって奴がいてな。魔法剣と召喚魔法が得意なんだ!」
「魔法剣!? 召喚魔法!?」
……なにそれ!
めちゃくちゃ面白そう!!
「それから、シルキーって奴もいるぜ。魔法の話になると、あいつも止まらねえ!」
「会いたいです!!」
「ははは! まだ紹介状も書いておらぬぞ!」
陛下が愉快そうに笑った。
「必要ならば、紹介状を用意しよう。ただし、まずは王都での研究を落ち着いて進めるがよい」
「はい! ありがとうございます!!」
……すごい。
王都に来ただけで、こんなに世界が広がるなんて。
私は胸の前で、ぎゅっと手を握った。
……ああ。
楽しみだなあ!
◇
謁見が終わり、私はアルディスさんたちと一緒に王宮を後にした。
「はああ……緊張しました……!」
「ははっ! 全然そう見えなかったけどな!」
「しましたよ! ものすごく!」
「串焼き六万六千本って叫ぶくらいにはな!」
「六万六千六百六十六本です!」
「そこ訂正すんのかよ!!」
……もう!
大事な数字じゃないですか!
「……セリス」
ネスラさんが、ぽつりと声をかけてきた。
「はい?」
「……明日、研究院に来る?」
「もちろんです!!」
「……そう」
ネスラさんは、ほんの少しだけ笑った。
「……じゃあ、待ってる」
「はい!」
……ふふっ。
明日も研究だ。
王国の魔法も、まだ知らない魔法も。
これから、もっともっと調べられる。
私は新しい濃紺のケープを揺らしながら、王都の空を見上げた。
銀色の髪が、夕陽を受けて輝く。
……さあ。
次は、どんな魔法に出会えるんだろう?
◇
一方、その頃。
王宮の執務室では、レオニス国王が二通の報告書を机に並べていた。
一通は、アルディスによる立ち合いの報告。
もう一通は、ネスラによる魔法制御理論の研究報告。
「……不思議な娘よな」
国王が、静かに呟いた。
並外れた魔力制御能力。
既存の術式に縛られない発想。
そして、それほどの力を持ちながら、望むものは地位でも権力でもない。
新しい魔法を知ること。
ただ、それだけ。
「……陛下」
側近が声をかけた。
「よろしかったのでしょうか。あれほどの才能を、王国に留め置かずとも」
レオニスは、窓の外へ目を向けた。
「留め置けば、あの娘は王国のために働くやもしれぬ」
「……はい」
「だが、自由に学ばせれば、王国の外にある知恵まで持ち帰るやもしれぬ」
国王は、静かに笑った。
「それに……」
彼は報告書に目を落とした。
「アルディスも、ネスラも、あの娘と出会ってから実に楽しそうではないか」
「……確かに」
「人の才を見抜くことも大切だが、その才が周囲に何をもたらすかを見極めることも、王の務めよ」
レオニスは、二通の報告書を丁寧に重ねた。
「さて……あの娘は、次に何を見つけるのであろうな」
その声には、期待が込められていた。
もっとも。
数日後、魔道具、薬学、付与術式、魔法制御に関する報告書が次々と届けられることになるなど、このときの国王は、まだ知る由もなかった。
そして。
王国金貨二十枚という褒賞が、セリス・アルフィーネという少女にとって、どれほど素晴らしい研究資金になるのかも。
……いや。
本人に言わせれば。
串焼き六万六千六百六十六本分の、夢の始まりだった。




