第25話「従魔登録って、友達にも必要なんですか!?」
「……ここ」
ネスラさんが足を止めたのは、王立魔法研究院から少し歩いたところにある、三階建ての建物だった。
入口には、剣と杖、それから小さな魔物の絵が描かれた看板が掲げられている。
『王都冒険者ギルド・従魔登録窓口』
「おおおっ! ここで登録できるんですね!」
「……うん」
私は肩に乗ったエルと、頭の上でぷるぷるしているレイを見上げた。
「二人とも、到着ですよ!」
「ぷいっ!」
「ぷるん……」
エルは元気いっぱいに跳ね、レイは眠そうに一度だけ揺れた。
……ふふっ。
相変わらず、性格が正反対だなあ。
「じゃ、さっさと済ませようぜ!」
アルディスさんが扉を開ける。
中に入ると、広い受付には冒険者らしい人たちが何人も並んでいた。鎧姿の人、獣耳の人、巨大な鳥を肩に乗せた人までいる。
「わあ! あの鳥、魔力が羽根の先まで流れてます!」
「おい、セリス。登録だぞ、登録」
「分かってますよ!♡」
……でも、あの鳥も気になる。
後で聞いてみようかな?
◇
「従魔登録ですね。では、契約の確認をお願いします」
受付のお姉さんが、にこやかに書類を差し出した。
「はい!」
私は元気よく頷いてから、書類を覗き込む。
……ん?
『従魔契約の種類』
『契約者による命令権』
『契約魔法の確認』
「……あのう」
「はい?」
「契約してないんですけど」
「…………はい?」
お姉さんの笑顔が止まった。
「この子たち、お友達なので!♡」
「……お友達、ですか?」
「はい! エルとレイです!」
「ぷいっ!」
「ぷるん!」
二匹が揃って返事をする。
お姉さんは、私と二匹を交互に見た。
「ええと……従魔登録は、通常、契約魔法によって主人と魔物の関係を確認するのですが……」
「主人じゃありませんよ?」
「……え?」
「一緒に旅をしてる、お友達です!」
「…………」
お姉さんが困った顔になった。
……あれ?
何かおかしなこと言ったかな?
「おいおい、困らせてやるなよ」
アルディスさんが笑いながら横から口を挟んだ。
「こいつ、こういう奴なんだ」
「……アルディス様!?」
受付のお姉さんが、ぱっと背筋を伸ばす。
「お、お帰りになっていたのですね!」
「おう! で、こいつらは俺が城門で身元保証してる。王都に入るための登録を済ませたいんだ」
「なるほど……」
お姉さんは書類を確認し、少し考え込んだ。
「契約魔法がない場合でも、同行魔物として登録する方法はあります。ただし、管理責任者の確認が必要になります」
「それなら俺が引き受けるぜ!」
「……ありがとうございます。では、こちらの書類に」
「はいよ!」
アルディスさんが、さらさらと署名する。
……おお。
さすが六英雄。
こういうとき、頼りになるなあ。
「セリスさんにも、確認していただきたいことがあります」
「はい!」
「登録した魔物が王都内で問題を起こした場合、同行者としての責任が生じます。よろしいですか?」
「もちろんです!」
私はエルとレイを見た。
「二人とも、街の人に迷惑をかけないようにしましょうね!」
「ぷいっ!」
「ぷるん!」
「……あら」
お姉さんが目を丸くした。
「本当に、お返事するんですね」
「はい! とってもいい子たちなんですよ!」
◇
「では、魔力特性の測定を行いますね」
案内されたのは、受付の奥にある小さな測定室だった。
中央には、淡く光る水晶球が置かれている。
「まずは一匹ずつ、こちらに乗せてください」
「エル、お願いします!」
「ぷいっ!」
エルがぴょんっと跳ねて、水晶球の上に乗った。
すると。
ぽわんっ!
水晶球から、淡い青色の光が外側へ広がった。
「……あら?」
お姉さんが測定器を覗き込む。
「魔力が、外側に拡散していますね」
「はい! エルは外向きなんです!」
「外向き?」
「魔力を広げるのが得意なんですよ!♡」
「……なるほど」
隣で見ていたネスラさんが、小さく呟いた。
「……魔力の放出が、均一じゃない」
「そうなんです! でも、その偏りが面白くて!」
「……意図的に方向を変えてる?」
「たぶん、本人は遊んでるだけです!」
「…………」
ネスラさんがエルを見つめる。
エルは得意げに、ぷるんっと跳ねた。
「じゃあ、次はレイですね!」
「ぷるん……」
レイをそっと水晶球に乗せる。
すると今度は。
きゅうううっ。
水晶球の周囲にあった淡い光が、中心へ吸い込まれるように集まった。
「……えっ?」
お姉さんが測定器を二度見した。
「今度は……魔力が内側に?」
「はい! レイは内向きです!」
「同じ種類のスライムですよね?」
「元は一匹だったんですけど、今は二人なんですよ!」
「…………はい?」
……あ。
また説明が足りなかったかな?
「……セリス」
ネスラさんが静かに口を開いた。
「……今、何て?」
「え?」
「……元は一匹?」
「はい!」
「…………」
ネスラさんが額に手を当てた。
「……その話、昨日は聞いてない」
「そうでしたっけ?」
「……聞いてない」
「じゃあ、今度詳しくお話ししますね!」
「……絶対」
……ふふっ。
また研究の約束が増えちゃった!
「……セリス」
アルディスさんが、何とも言えない顔で私を見る。
「お前、またネスラの仕事増やしてねえか?」
「ええっ!? そんなつもりは!」
「……僕が聞いたから、いい」
ネスラさんがぽつりと答えた。
アルディスさんは一瞬きょとんとして、それから豪快に笑った。
「はははっ! お前ら、ほんと気が合うな!」
◇
登録が終わると、エルとレイにはそれぞれ小さな登録証が発行された。
魔物の種類、特徴、同行者の名前。
そして、王都内での同行許可。
「これで正式に登録完了です」
「ありがとうございます!!」
私は二枚の登録証を受け取った。
「エル! レイ! これで王都を一緒に歩けますよ!」
「ぷいぷいっ!」
「ぷるん!」
二匹が嬉しそうに跳ねる。
私は思わず二人を抱きしめた。
「これからも、よろしくお願いしますね!♡」
「ぷいっ!」
「ぷるるん!」
すると、受付のお姉さんが微笑んだ。
「ふふ。従魔登録なのに、お友達の証明書みたいですね」
「はい! そうなんです!♡」
……うん。
この方が、ずっと嬉しい。
◇
「さて、次は宿だな!」
ギルドを出たところで、アルディスさんが言った。
「宿!」
「おう。王都に着いてから研究院に直行しちまったからな。まずは落ち着く場所を決めねえと」
「なるほど!」
……そういえば、そうだった。
王都に着いて、ネスラさんと出会って、魔法の研究をして。
楽しすぎて、宿のことをすっかり忘れていた。
「どんな宿がいい?」
「えっとですね!」
私は指を折りながら考える。
「まず、王立魔法研究院に近いところ!」
「おう」
「それから、大図書館にも行きやすくて!」
「……おう」
「魔道具工房街にも近くて!」
「……おう?」
「それから!」
「まだあるのか?」
「お風呂!! お風呂は絶対です!!」
「……風呂?」
「はい! 足を伸ばして、ゆっくり浸かれるお風呂がいいです!」
「……お前、宿選びに厳しいな」
「当然です! 一日の研究を終えたら、お風呂でゆっくり考えるのが最高なんですよ!」
……そう。
お風呂は大事だ。
身体を温め、疲れを取り、頭を空っぽにする。
すると不思議なことに、研究室では思いつかなかった発想が、ふっと浮かんでくる。
あれが、たまらない。
「……それなら、知ってる宿がある」
ネスラさんが小さく頷いた。
「本当ですか!?」
「……研究院の近く。浴室付きの部屋がある。少し高いけど」
「そこにします!!♡」
「決断早えな!?」
アルディスさんが目を丸くした。
「お風呂ですよ!?」
「いや、分かるけどよ!」
「……ただし」
ネスラさんが私を見る。
「……夜中に実験はしないで」
「えええっ!?」
「……昨日、見たから」
「ううっ……」
……この人、鋭い。
◇
案内された宿は、研究院から歩いて十分ほどのところにあった。
白い壁に、青い屋根。
入口には小さな花壇があり、窓辺には魔法灯が吊るされている。
『青い月の宿』
「わあ……素敵ですね!」
「……静かだから、気に入ると思う」
宿の中は、落ち着いた雰囲気だった。
木の床は丁寧に磨かれ、受付の奥からは美味しそうな料理の匂いが漂ってくる。
「いらっしゃいませ!」
宿の女将さんが、明るい声で迎えてくれた。
部屋は二階。
小さな机と椅子、柔らかそうなベッド。
そして。
「……お風呂!!」
私は浴室の扉を開け、思わず声を上げた。
白い石造りの浴槽。
壁には、青い魔石が埋め込まれている。
その魔石から伸びる細い魔力回路が、浴槽の底へと続いていた。
「……わあ」
私は思わず、しゃがみ込んだ。
「これ……魔道具ですよね?」
女将さんが頷いた。
「ええ。お湯を温める魔道具ですよ。王都では、少し高い宿なら珍しくありません」
「へええ……!」
私は魔力の流れを観察した。
魔石から供給された魔力が、一定の術式を通って熱へと変換されている。
……綺麗。
無駄の少ない、安定した流れ。
魔力の供給量も、ほとんど揺らいでいない。
「すごい……これ、ずっと同じ温度を保てるんですか?」
「ええ。魔石が切れない限りはね」
「……なるほど!」
私は浴槽の縁に手を置き、もう一度術式を見つめた。
……面白い。
こんな身近なところにも、魔法の技術が使われているんだ。
この世界の人たちは、魔法を戦うためだけに使っているわけじゃない。
暮らしの中で、ちゃんと育ててきたんだ。
「……ふふっ」
なんだか、嬉しくなってしまった。
◇
部屋に荷物を置き、アルディスさんたちと別れた私は、さっそくお風呂に入ることにした。
「ふわあああ……♡」
温かいお湯に肩まで浸かる。
……ああ。
幸せ。
やっぱり、お風呂は最高だ。
エルとレイは浴槽の縁に並んで、ぷるぷると揺れている。
「二人とも、気持ちいいですか?」
「ぷいっ!」
「ぷるん!」
……ふふっ。
かわいいなあ。
私は天井を見上げた。
王都に来てから、まだほとんど時間が経っていない。
なのに、もうこんなに面白いことがあった。
ネスラさんの氷魔法。
王立魔法研究院の測定装置。
この世界の術式と、私の魔法理論の違い。
そして、エルとレイの魔力特性。
……ああ。
まだまだ調べたいことが山ほどある。
「……ふふふ」
お湯の中で、思わず笑みがこぼれた。
……やっぱり。
この世界、面白すぎる!
◇
お風呂から上がり、髪を乾かしていると。
コンコン。
扉がノックされた。
「セリス、いるか?」
アルディスさんの声だ。
「はい! どうぞ!」
扉が開き、アルディスさんが顔を覗かせた。
「おう。王宮から使いが来てるぞ」
「……王宮?」
「陛下からの正式な招待だ」
……あ。
そうだった!
私、王様に呼ばれてたんだ!
「明日、王宮で謁見だとよ」
「……明日ですか!?」
「おう。俺も一緒だ」
私は、差し出された封書を受け取った。
白い封筒。
そこには、金色の紋章が刻まれている。
……国王陛下。
この国の、最高責任者。
当然、失礼があってはいけない。
私は封書を机に置き、自分の服を見下ろした。
「……アルディスさん」
「ん?」
「この服で、国王陛下にお会いしても大丈夫でしょうか?」
「……お?」
「やっぱり、もう少しきちんとした服の方がいいですよね?」
アルディスさんが目を丸くした。
「お前、そういうの気にするんだな」
「気にしますよ!? 国王陛下ですよ!?」
「いや、研究室に突っ込む勢いで王宮にも行くのかと……」
「行きませんよ!!」
……もう!
私を何だと思ってるんですか!
「まあ、陛下は堅苦しいのが嫌いだからな。清潔で、きちんとした服なら大丈夫だろ」
「……そうですか」
私は、もう一度自分の服を見た。
旅の途中で着ていた服。
汚れは落としてあるし、破れもない。
でも。
……うーん。
やっぱり、少し気になる。
「明日の朝、服を見に行く時間はありますか?」
「おう。謁見は午後だからな」
「よかった!」
「……お前、ちゃんと女の子なんだな」
「失礼ですね!?」
アルディスさんが、楽しそうに笑った。
「ははは! 悪い悪い!」
「もうっ!」
……本当に。
この人は!
◇
アルディスさんが部屋を出たあと、私は鏡の前に立った。
銀色の髪。
青紫の瞳。
そして、旅装のままの服。
「……うーん」
やっぱり、もう少し大人っぽい服がいいかな。
せっかく国王陛下にお会いするんだし。
……それに。
私は胸元と腰の後ろに目を向けた。
「エル、レイ」
「ぷいっ!」
「ぷるん!」
「明日は、大事なお仕事があります!」
二匹がぴょこんと跳ねた。
「エルは上! レイは後ろ! いつもより、ちょっとだけ自然にお願いします!」
「ぷいぷいっ!」
「ぷるん!」
……よし。
協力体制は万全だ。
「まず、エル。もう少しだけ下に……あ、そこです!」
「ぷいっ!」
「レイは……うん! その位置なら歩いても大丈夫そう!」
「ぷるん!」
私は鏡の前で、くるりと回った。
……おお。
いい感じ。
胸元は自然に整い、腰のラインも綺麗に見える。
……ふふふ。
「ちょっと、大人っぽく見えるかな?」
「ぷいっ!」
「ぷるん!」
「ありがとうございます! 二人とも、頼りになりますね!」
……よし。
明日の準備は、これで半分くらい完了だ。
あとは服。
そして、国王陛下へのご挨拶。
私は机に向かい、研究ノートの新しいページを開いた。
『明日の予定』
一、謁見用の服を選ぶ。
二、国王陛下へのご挨拶。
三、王宮の魔法を観察する。
四、時間があれば大図書館へ。
……うん。
完璧。
……あ。
そうだ。
私は、三番目の予定の横に、小さく書き足した。
『※勝手に触らないこと』
……よし。
これで本当に完璧!♡
窓の外では、王都の魔法灯が一つ、また一つと灯り始めていた。
明日は王様に会う。
その先には、まだ知らない魔法が待っているかもしれない。
「……ふふっ」
楽しみだなあ。
王都に来てから、毎日が宝箱を開けるみたいだ。
私は研究ノートを閉じ、エルとレイを抱き寄せた。
「それじゃ、明日に備えて、今日は早く寝ましょうね!」
「ぷいっ!」
「ぷるん!」
……明日は、どんな一日になるんだろう?
胸の奥が、わくわくして仕方なかった。




