第24話「魔法理論? それ、実験してみませんか!?」
王立魔法研究院。
その名前を聞いただけで、胸が高鳴る。
目の前には、白い石造りの巨大な建物。整然と並んだ窓の向こうには、魔力の光がちらちらと揺れていた。
そして、その門の前で。
「……君の魔力、もう少し詳しく見せて」
青い瞳の少年が、私をじっと見つめている。
「はい!!」
即答だった。
だって、魔力を見せてほしいだなんて!
この人、絶対に魔法が好きな人だ!
「……そんなに嬉しい?」
「もちろんです! 魔法の話ができるんですよ!?」
「……そう」
ネスラさんは少しだけ視線を逸らした。
……あれ?
照れてる?
「おい、ネスラ!」
アルディスさんが笑いながら近づいてきた。
「こいつ、魔法のことになると止まらねえぞ!」
「……見れば分かる」
「ははっ! じゃあ任せた!」
「……何を?」
「魔法の話だよ!」
「…………」
ネスラさんが私を見る。
私もネスラさんを見る。
「……とりあえず、中に入ろうか」
「はいっ!♡」
◇
案内されたのは、研究院の一角にある小さな実験室だった。
壁には魔法陣の図面が並び、棚には大小さまざまな魔石や測定器が置かれている。中央には広い作業台があり、その上には複雑な術式が描かれた紙が何枚も広げられていた。
「わあああ……!」
私は思わず駆け寄った。
「これ、魔力伝導率の測定装置ですか!? こっちは術式の安定性を調べるもの!?」
「……よく分かるね」
「だって、構造が似てますから!」
「……似てる?」
「あっ、いえ! こういう装置、大好きなんです!」
危ない危ない。
つい夢中になってしまった。
ネスラさんは私の顔を見てから、作業台の上に小さな魔石を置いた。
「……まず、普通の魔法を見せる」
「はい!」
彼が片手をかざす。
魔石が淡く輝き、その周囲に冷気が集まった。
次の瞬間、透き通った氷の結晶が空中に現れる。
「おおおっ!」
六角形の美しい結晶。
しかも、表面の厚みがほとんど均一だ。
「すごい! 綺麗な魔力制御ですね!」
「……ありがとう」
ネスラさんは少しだけ目を細めた。
「今のは《アイスシールド》の基本術式を応用したもの。防御範囲を狭めて、密度を上げている」
「なるほど! 防御魔法を結晶生成に応用したんですね!」
「……そう」
「すっごく合理的です!」
私は結晶を横から覗き込んだ。
……へえ。
術式の内部で、魔力の供給量と結晶化の速度を調整している。
この世界の術式、思っていたよりずっと洗練されている。
「……君なら、どうする?」
「え?」
「同じものを作るなら」
「……やってみてもいいんですか!?」
「……そのために呼んだ」
「やったあ!♡」
私は空中に手を伸ばした。
氷の結晶。
必要なのは、温度を下げることだけじゃない。
水分子の配置。結晶化の方向。成長速度。そして、それらを安定させる魔力の共鳴。
……うん。
こんな感じかな?
指先に、小さな光が集まる。
やがて、空中に氷の結晶が現れた。
ネスラさんのものと、ほとんど同じ大きさ。
ただし、形は少し違う。
「……え?」
ネスラさんが眉を寄せた。
「……今、術式は?」
「使ってませんよ?」
「…………」
「現象を直接作りました!」
「……直接?」
「はい!」
ネスラさんは私の結晶に顔を近づけた。
「……魔力の供給が、途切れてない」
「はい!」
「……それなのに、術式の起点が見えない」
「そうですね!」
「…………」
しばらく沈黙が続いた。
……あれ?
何か変だったかな?
「……セリス」
「はい?」
「魔法は、術式によって現象を定義するものだ」
「……はい?」
「魔力だけでは、火にも氷にもならない。術式が現象の形を決めて、魔力がそれを実現する」
「なるほど!」
私は頷いた。
この世界では、そう説明するのか。
……面白い。
すっごく面白い!
「でも、それだと一つ疑問があるんです!」
「……何?」
「その術式は、どうして現象を起こせるんですか?」
「…………」
ネスラさんが、ぴたりと動きを止めた。
「……どういう意味?」
「術式が魔法を作るのは分かります。でも、その術式が魔力に働きかける仕組みは、どう説明されているんですか?」
「……術式の構造と魔力の適合性で決まる」
「じゃあ、その適合性は?」
「……属性と魔力波長の関係だ」
「おお! 波長があるんですね!」
私は思わず身を乗り出した。
「じゃあ、位相の研究もありますか!?」
「……位相?」
「はい! 魔力の波が、どのタイミングで重なり合うかです!」
「……干渉のこと?」
「そうですそうです!!」
……あるんだ!
この世界にも、魔力干渉の概念が!
私は嬉しくなって、作業台の紙を一枚借りた。
「じゃあ、こういう考え方はどうですか?」
紙に二本の波を描く。
山と山が重なる波。
山と谷が打ち消し合う波。
「魔力って、ただ流せばいいわけじゃないですよね? 共鳴する条件が揃えば現象が強くなって、逆にずれれば弱くなる」
「……それは分かる」
「ですよね!」
「……でも、それと術式を使わないことに、何の関係が?」
「術式がやっていることを、自分でやればいいんです!」
「…………は?」
……あれ?
また説明が飛んじゃったかな?
「えっとですね!」
私は氷の結晶に指を向けた。
「術式は、現象を安定して再現するための手順なんです。だから、術式そのものが現象の原因というより、現象を起こすための条件を整えているんじゃないかって!」
「……待って」
ネスラさんが紙を引き寄せた。
「……つまり君は、術式を使わずに、その条件を直接制御している?」
「はい!」
「……そんなこと、できるわけが……」
言いかけて、彼は口を閉じた。
目の前には、私が作った氷の結晶が浮いている。
「…………」
ネスラさんは、しばらくそれを見つめていた。
そして。
「……もう一回」
「はい?」
「……もう一回、見せて」
「もちろんです!」
◇
それから、実験が始まった。
「……次は、結晶の厚みを変えて」
「はい!」
氷の結晶を薄く広げる。
「……途中で形を変えられる?」
「できますよ!」
六角形から、細長い針へ。
「……魔力供給量は?」
「ほとんど変えてません!」
「…………」
ネスラさんが測定器を確認する。
「……本当だ」
そして、もう一度私を見る。
「……今度は、僕がやる」
「おおっ!」
彼が片手をかざした。
氷の結晶が現れる。
先ほどと同じように、美しく整った形。
そこから、少しずつ細長く伸びていく。
「すごい! できるじゃないですか!」
「……術式を組み直してる」
「あ、なるほど!」
「……君は、それをしていない」
「はい!」
「……どうして?」
「魔力の共鳴を直接調整しているからです!」
「…………」
ネスラさんは、しばらく考え込んだ。
そして、ぽつりと呟いた。
「……面倒くさい」
「ええっ!?」
「……いや、君じゃなくて」
彼は作業台に置いた術式図を指さした。
「……この術式、無駄が多いのかもしれない」
「……!」
私は思わず目を見開いた。
……この人。
すごい。
自分の知っている理論と違うものを見せられて、すぐに否定するんじゃない。
ちゃんと観察して、考えている。
それどころか、自分が使っている術式の方を疑い始めた。
「……でも」
ネスラさんが続けた。
「術式を使わずに全部制御するなら、魔力操作の負担が大きすぎる。普通の魔法使いには無理だと思う」
「……あ!」
確かに。
その通りだ。
私にとっては当たり前でも、誰もが同じようにできるとは限らない。
「じゃあ、全部を直接制御するんじゃなくて……」
「……?」
「術式で安定させる部分と、自分で調整する部分を分けたらどうでしょう!?」
「…………」
ネスラさんが顔を上げた。
「……分ける?」
「はい! 例えば、氷を作るところまでは術式に任せて、形を変える部分だけ自分で制御するとか!」
「…………」
彼は黙って術式図を見下ろした。
指先が、紙の上をゆっくり動く。
「……できるかもしれない」
「ですよね!?」
「……でも、術式の途中に外部から魔力を干渉させると、普通は不安定になる」
「じゃあ、干渉する位置を変えれば!」
「……いや、それだと供給が乱れる」
「なら、供給経路を分けるとか!」
「……それなら、制御点を一つ増やせば……」
「おおおっ!!」
……楽しい!
すっごく楽しい!!
ネスラさんは、私が思いついたことをただ聞いているだけじゃない。
ちゃんと問題点を見つけて、別の方法を考えてくれる。
私も考える。
ネスラさんも考える。
そして、また新しい疑問が生まれる。
……これ!
これがやりたかったんだ!!
「ネスラさん!!」
「……何?」
「私、今、すっごく楽しいです!!♡」
「…………」
彼は一瞬だけ目を丸くした。
それから、小さく息をつく。
「……僕も、少し」
「えへへ!♡」
そのときだった。
ピコン♪
……ん?
目の前に、見慣れた半透明のウィンドウが現れた。
STATUS NETZACH
《異なる魔法体系への理解が深まりました。》
《新たな魔力制御方式の可能性を発見しました。》
《経験値を獲得しました。》
《LEVEL UP!》
129 >130
「……あっ!」
「……どうしたの?」
「レベルアップしました!!♡」
「…………は?」
「やったあああ!!」
思わず両手を上げる。
やっぱり!
魔法の研究でも、経験値がもらえるんだ!
しかも、今回はレベルアップまで!
「……セリス」
「はい?」
「……今、何か倒した?」
「いいえ!」
「……じゃあ、どうして?」
「新しいことが分かったからです!♡」
「…………」
ネスラさんは、私と作業台の術式図を交互に見た。
「……研究で、レベルが上がるの?」
「上がりました!!」
「…………」
……あれ?
ネスラさんが、また難しい顔になってる。
「……それも、調べたい」
「ですよねえええ!!」
……ふふふ!
魔法の研究をしていたら、経験値の研究まで始まっちゃった!
「……おーい」
実験室の扉が開いた。
「お前ら、いつまでやってんだ?」
アルディスさんだった。
……あ。
そういえば。
私たち、王都に着いたばっかりだった!
「アルディスさん!」
「おう! 楽しそうだな!」
「はい! すっごく!!」
「ははっ! そりゃよかった!」
アルディスさんは作業台に広がった紙を見て、眉を上げた。
「……何だ、この山」
「研究成果です!」
「……ずいぶん増えたな」
ネスラさんも、いつの間にか大量の紙が積み上がっていることに気づいたらしい。
「……まだ、検証が必要」
「もちろんです!」
私は元気よく頷いた。
「理論は、実験して確かめないと意味がありませんから!」
「……そうだね」
ネスラさんが、静かに頷く。
……ふふっ。
やっぱり、この人とは気が合いそう。
「ところで、セリス」
「はい?」
「お前、忘れてることがあるだろ」
「……え?」
アルディスさんが、私の肩を指さした。
「その二匹だよ」
「ぷい?」
「ぷるん?」
エルとレイが、揃って首をかしげるように揺れた。
……あ。
「ああああっ!! 従魔登録!!」
「ははっ! やっぱり忘れてたか!」
「す、すみません! すぐ行きます!」
私は慌てて荷物をまとめた。
ネスラさんが、二匹を見つめる。
「……従魔?」
「いえ! お友達です!」
「……そう」
「でも、王都では登録が必要みたいで!」
「……なるほど」
彼は少し考えてから、机の引き出しを開いた。
「……登録窓口なら、研究院の近くにある」
「本当ですか!?」
「……うん。案内する」
「ありがとうございます!!」
……やった!
魔法の研究もできたし、親切な人にも出会えた!
王都、最高!!
◇
研究院を出ると、夕方の風が頬を撫でた。
空は少しずつ茜色に染まり、街灯の魔法陣が淡い光を灯し始めている。
……ああ。
あの街灯も調べたい。
でも、その前に従魔登録だ。
エルとレイは私の肩と頭の上で、楽しそうに揺れていた。
「ぷいぷいっ!」
「ぷるん!」
「ふふっ。二人とも、もう少しだけ付き合ってくださいね!」
すると、隣を歩いていたネスラさんが口を開いた。
「……セリス」
「はい?」
「……君の魔法理論、名前はあるの?」
「……え?」
「……さっきの。術式を使わずに現象を作る理論」
「ああ!」
私は笑った。
「ありますよ!」
「……何ていうの?」
「情報共鳴・現象顕現理論です!」
「…………」
ネスラさんが、足を止めた。
「……聞いたことがない」
「そうでしょうね!」
「……誰が考えたの?」
「私です!」
「…………」
沈黙。
ネスラさんが、ゆっくりと私を見る。
「……君が?」
「はい!」
「……いつ?」
「えっと……ずいぶん前ですね!」
「…………」
ネスラさんの眉間に、深い皺が寄った。
……あれ?
何か変だったかな?
「……セリス」
「はい?」
「……君、何歳?」
「十六歳です!」
「…………」
ネスラさんが、静かに空を見上げた。
「……面倒くさい」
「えええっ!? またですか!?」
アルディスさんが、隣で大笑いした。
「ははははっ! ネスラ! そいつはまだ序の口だぞ!」
「……でしょうね」
「ええっ!? 二人ともひどいですっ!!」
私は頬を膨らませた。
……もう!
せっかく仲良くなれそうなのに!
でも。
ネスラさんは、少しだけ笑っていた。
ほんの少し。
見逃してしまいそうなほど、小さな笑み。
「……続き、明日もやろう」
「……!」
私は思わず顔を輝かせた。
「はいっ!!♡」
まだ知らないことがある。
まだ解けていない問題がある。
そして、その答えを一緒に探してくれる人がいる。
……ふふふ。
王都に来て、本当によかった!
明日は、どんな発見が待っているんだろう。
楽しみだなあ!♡




