第23話「王都到着! 乙女のプライドは国家機密!?」
街道の先に、白い城壁が見えてきた。
「……わああああっ!!」
思わず声が出た。
遠くからでも分かるほど巨大な城壁が、緩やかな丘の上に広がっている。その向こうには赤い屋根の建物が幾重にも重なり、街の中央にはひときわ高い尖塔がそびえていた。
街道には荷馬車が行き交い、旅人や商人たちが列を作っている。城門の上では王国の旗が風にはためき、そのさらに向こうには、陽光を受けて輝く王城の姿まで見えた。
「アルディスさん! あれが王都ですか!?」
「おう! 王都アストリアだ!」
「すっごおおおい!!♡」
私は思わず駆け出しかけた。
人口十八万人の城塞都市。
王立魔法研究院に、王立大図書館。魔道具工房街に、王都魔法師団本部!
ああ、もう!
どこから行こう!?
まずは図書館で、この世界の魔法理論を調べる?
それとも研究院で、実際に使われている術式を見せてもらう?
工房街だって気になる。魔道具の内部構造を調べられたら、魔力回路の設計思想も分かるかもしれない。
……ふふふ。
楽しみすぎる!!
「おいおい、セリス! まだ門にも着いてねえぞ!」
「だってアルディスさん! あんなにたくさんの建物があるんですよ!?」
「そりゃ王都だからな!」
「きっと、知らない魔法もいっぱいありますよね!?」
「あるだろうな!」
「うわあああ! 早く行きましょう!!」
「ははっ! 落ち着けって!」
アルディスさんが笑いながら、私の後を追ってくる。
……そのときだった。
「ぷいっ!」
……ひょこっ。
「…………え?」
胸元から、小さな青い頭が飛び出した。
「エ、エル!?」
「ぷいぷいっ!」
どうやら、私がはしゃぎすぎたせいで起こしてしまったらしい。
小さな身体をぷるぷると揺らしながら、エルが周囲を見回している。
「ちょ、ちょっと! 今は駄目ですって!」
「ぷい?」
エルが不思議そうに身体を傾けた。
……まずい。
非常にまずい。
私は慌てて胸元を押さえた。
「エル! 持ち場に戻ってください!」
「ぷいっ!」
「今は勤務時間中ですっ!」
すると、今度は腰の後ろがもぞもぞと動いた。
「ぷるん……」
「レイまで!?」
振り返ると、服の隙間からレイがひょっこり顔を覗かせていた。
……あああ!
二匹とも、今は出てきちゃ駄目なのに!!
ちなみに、エルとレイには、それぞれ少し変わった魔力特性がある。
エルは外向き。
魔力を周囲へ広げるのが得意で、レイはその逆。魔力を内側へ集めるのが得意なのだ。
この違いに気づいたとき、私は思った。
外向き。内向き。
拡散と収束。
魔力の流れを利用すれば、形状を安定させることもできる。
……となれば。
これはもう、アレを補正するしかない!!
そう。
胸元と、お尻のシルエットである。
……何ですか、その目は。
世界の法則を解き明かしたからといって、乙女の悩みが消えるわけじゃないんですよ?
むしろ、解決できる技術があるのなら、使わない理由がないじゃないですか!
乙女とは、そういう生き物……ですよね?♡
そんなわけで、エルには胸元、レイには腰の後ろで、旅の間だけ協力してもらっている。
もちろん、二匹が嫌がるようなことはしない。
むしろ、適度な温かさと揺れが心地いいのか、すっかりお気に入りの場所になってしまった。
……ふふふ。
理論よし。実用性よし。協力者の満足度よし。
完璧な研究成果である。
ただし、一つだけ問題があった。
「ぷいっ!」
「ぷるん!」
……ひょこっ。ひょこっ。
エルとレイが、揃って顔を出した。
待って。
今、二匹に抜けられたら。
私のプライドが、文字どおり崩壊する!!
「……おい、セリス」
アルディスさんがこちらを見ていた。
「お前、さっきから何やってんだ?」
「…………」
「セリス?」
「……アルディスさん」
「おう?」
「研究には、時として重大な機密事項があるんです!!」
「……何の研究だよ!?」
「詳しくは聞かないでくださいっ!!」
アルディスさんは私の胸元と腰の後ろを交互に見て、少し考えた。
そして、ゆっくりと頷く。
「……おう。分かった」
……さすが六英雄。
撤退の判断が早い。
◇
王都の城門前は、大勢の人で賑わっていた。
荷馬車が列を作り、商人たちが通行証を見せている。冒険者らしい人たちは武器の確認を受け、旅人たちは門番に身分を尋ねられていた。
「わあ……!」
私は思わず周囲を見回した。
人間だけじゃない。
尖った耳を持つエルフ。立派な髭を蓄えたドワーフ。獣の耳や尻尾を持つ人たちまでいる。
……すごい!
こんなにたくさんの種族が集まってるんだ!
「アルディスさん! あの人、耳が!」
「獣人だな」
「あっちは!?」
「ドワーフだろ」
「じゃあ、あの綺麗な人は!?」
「エルフじゃねえか?」
「うわあああ! 本当にいろんな人がいるんですね!」
「ははっ! 王都だからな!」
……もう!
さっきからアルディスさん、そればっかり!
でも、確かにそうなのかもしれない。
これだけ多くの人が集まる場所なら、魔法の種類だってきっと多い。
種族によって魔力の性質が違う可能性もあるし、魔法の発展の仕方だって違うかもしれない。
……調べたい。
全部、調べたい!!
「おい、セリス。順番が来たぞ」
「あ、はい!」
気づけば、私たちは城門の前まで進んでいた。
鎧を着た門番さんが、こちらを見ている。
「身分証を提示してください」
「おう!」
アルディスさんが冒険者証を差し出した。
門番さんはそれを確認すると、途端に姿勢を正した。
「……アルディス・レヴィン様!?」
「おう! 久しぶりだな!」
「お帰りなさいませ! 王都へのご帰還、歓迎いたします!」
「ははっ! そんな畏まらなくていいって!」
……おお。
やっぱり六英雄って、すごいんだなあ。
「そちらのお嬢様は?」
「セリスだ。俺と一緒に王都へ呼ばれててな」
「承知しました。招待状を確認させていただけますか?」
「あ、はい!」
私は荷物から、ギルドマスターのバルドさんに渡された書状を取り出した。
門番さんが封印を確かめ、内容に目を通す。
「……確かに。王立魔法研究院への案内も含まれていますね」
「本当ですか!?」
「え、ええ」
「やったあああ!!♡」
思わず両手を上げた。
その瞬間。
「ぷいっ!」
……ぽよん。
「あっ!」
胸元から、エルが飛び出した。
小さな青い身体が空中で弧を描き、私の肩に着地する。
「ぷいぷいっ!」
「エ、エル!?」
……あああ!
だから、まだ駄目ですって!!
すると、今度は腰の後ろから。
「ぷるん」
……ぽよん。
レイまで飛び出して、私の頭の上に乗った。
「レイまでえええ!?」
……終わった。
私の完璧な補正システムが。
王都の城門前で。
崩壊した。
「…………」
私は、ゆっくりと両手を下ろした。
……うん。
落ち着こう。
大丈夫。
まだ誰も気づいていない。
きっと。
「……あの」
門番さんが、困惑した顔でこちらを見ていた。
「その……スライムは?」
「……お友達です!」
「……お友達?」
「はい! エルとレイです!♡」
「…………」
門番さんが二匹を見つめる。
エルは私の肩で元気に跳ね、レイは頭の上でのんびり揺れていた。
「……魔物を連れての入都には、確認が必要なのですが」
「えっ!?」
……しまった。
そういう決まりがあるのか!
「こ、この子たち、危なくないですよ!?」
「それは見れば分かりますが……」
「とってもいい子なんです!」
「ぷいっ!」
「ぷるん!」
……ほら!
ちゃんと返事もできる!
門番さんは少し考えた後、隣の兵士さんに声をかけた。
「従魔の登録状況を確認してくれ」
「はっ!」
……従魔?
そういえば、魔物を仲間にする仕組みもあるんだった。
でも、エルとレイは……。
「……あの」
「はい?」
「この子たち、従魔じゃないんですけど……」
「……違うのですか?」
「はい! お友達です!」
「…………」
門番さんが、また固まった。
……あれ?
何かおかしいこと言ったかな?
「ははははっ!」
隣でアルディスさんが笑い始めた。
「お前、ほんと面白えな!」
「笑い事じゃないですよ!?」
「いやいや、普通は魔物を連れて歩くなら従魔登録するだろ!」
「ええっ!? そうなんですか!?」
「そりゃそうだろ!」
……知らなかった。
また一つ、この世界の常識を学んでしまった。
門番さんは、そんな私たちを見て小さく息をついた。
「……ひとまず、危険性の確認をさせていただきます」
「はい!」
「その二匹は、命令に従いますか?」
「命令……?」
私は肩のエルを見た。
「エル、お手!」
「ぷいっ!」
エルが、私の手のひらに飛び乗った。
「おおっ!」
「レイ、お手!」
「ぷるん」
レイも頭の上から、ぽよんと手のひらに落ちてくる。
「どうですか!?」
「……ええ。大変よく懐いているようですね」
門番さんが少し笑った。
「ただし、これだけでは登録の代わりにはなりません。正式な手続きが必要です」
「……あ、はい」
そりゃそうだよね。
私は少しだけ肩を落とした。
すると、アルディスさんが口を開いた。
「なあ、俺が身元を保証する。それで一旦、城内の登録所まで連れていけねえか?」
「アルディス様が、ですか?」
「おう。こいつらが危険な魔物じゃねえことは、俺も見てるからな」
門番さんは少し考え、書状をもう一度確認した。
「……承知しました。ただし、入都後は指定の窓口で登録手続きを行ってください。登録が済むまでは、二匹を放さないようお願いいたします」
「はい! ありがとうございます!」
「ぷいっ!」
「ぷるん!」
……ふう。
よかったあ。
アルディスさんが一緒で、本当によかった。
「ありがとうございます、アルディスさん!」
「おう! 気にすんな!」
そう言って笑ったアルディスさんが、ふと私の肩を見た。
「……で、セリス」
「はい?」
「結局、その二匹は何であんなところに入ってたんだ?」
「…………」
私は、静かに視線を逸らした。
「……国家機密です」
「まだ言うか!」
◇
城門をくぐった瞬間、私は息を呑んだ。
「……わあ」
目の前に、広い石畳の大通りが伸びていた。
左右には商店が立ち並び、色とりどりの看板が風に揺れている。露店からは焼きたてのパンの香りが漂い、通りの向こうでは吟遊詩人が楽器を奏でていた。
行き交う人々の服装も、街で見かけたものとは少し違う。
立派なローブを着た魔法使い。
珍しい装飾の武器を持った冒険者。
魔道具らしい小さな光を浮かべながら歩く商人。
……ああ。
すごい。
本当に、すごい。
「アルディスさん……!」
「おう?」
「私、ここに住みたいです!!」
「ははっ! まだ入ったばっかりだろ!」
「だって! 見てください、あれ!」
私は通りの端に置かれた街灯を指さした。
昼間だというのに、その上部には小さな魔法陣が浮かんでいる。
「魔力回路が外側に露出してる……! あれ、維持術式を交換できる構造なんでしょうか!?」
「さあな!」
「じゃあ、あっちの荷車は!?」
車輪の横に、小さな魔石が埋め込まれていた。
「荷重軽減!? それとも推進補助!? うわあ、調べたい!!」
「おいおい! 道の真ん中で止まるな!」
「あっ、すみません!」
慌てて歩き出す。
……でも。
目が足りない。
時間が足りない。
見たいものが多すぎる!!
肩のエルも、私と同じように周囲を見回していた。
「ぷいぷいっ!」
「エルも気になります?」
「ぷいっ!」
「ですよねえ!♡」
頭の上のレイは、相変わらずのんびりしている。
「ぷるん……」
「レイは眠いですか?」
「ぷるん」
「ふふっ。あとでゆっくり休みましょうね」
……あ。
そういえば。
エルとレイが肩と頭にいるということは……。
私は、そっと自分の胸元を見下ろした。
…………。
……うん。
まあ。
これはこれで。
「……セリス?」
「何でもありませんっ!!」
「まだ何も聞いてねえぞ!?」
……乙女のプライドとは、時に儚いものなのである。
◇
大通りをしばらく進むと、遠くに巨大な建物が見えてきた。
白い石造りの壁。
いくつもの尖塔。
そして、正面に掲げられた大きな紋章。
「……あれは?」
私が尋ねると、アルディスさんがそちらを指さした。
「王立魔法研究院だ」
「…………」
……え?
あれが?
「……王立、魔法研究院?」
「おう」
私は、ゆっくりと建物を見上げた。
窓の奥には、淡い光が揺れている。
建物の周囲には複数の魔法陣が配置され、敷地の一角には実験場らしい広場まで見えた。
……すごい。
こんなに大きな研究施設があるんだ。
きっと、たくさんの研究者がいる。
きっと、いろんな魔法を研究している。
私が知らない術式も、知らない理論も、山ほどあるはずだ。
……ふふ。
ふふふふ。
「……アルディスさん」
「ん?」
「私、ちょっとだけ見てきてもいいですか?」
「ちょっとだけ、な」
「はい!」
私は研究院の門へ駆け寄った。
そのとき、建物の脇から、一人の少年が姿を現した。
青みを帯びた銀髪。
涼しげな青い瞳。
猫耳のついた白と淡い青のフードをかぶり、長めの上着の裾を揺らしている。
胸元には、小さな青い魔石のペンダント。
腰には短剣が下がり、背中には氷属性の魔導具らしい装備が見えた。
……わあ。
なんだか、すっごく綺麗な人。
少年は手元の書類を読みながら歩いていたが、ふと足を止めた。
「…………」
その青い瞳が、こちらへ向けられる。
……あれ?
目が合った。
少年は一瞬だけ私を見つめ、それから視線を落とした。
正確には、私の周囲に漂う魔力へ。
「……君」
「はい?」
「……今、何か魔法を使っている?」
「え?」
私は首をかしげた。
「いいえ? 何も使ってませんよ?」
「…………」
少年の眉が、わずかに動いた。
「……そう」
それだけ言うと、彼は私をもう一度見つめた。
まるで、何か理解できないものを見つけたような顔だった。
……うーん。
不思議な人だなあ。
「あの!」
「……何?」
「ここって、王立魔法研究院ですよね!?」
「……そうだけど」
「私、魔法の研究が大好きなんです!」
「…………」
「よかったら、いろいろ教えてもらえませんか!?」
少年は少し困ったように視線を逸らした。
「……僕は、研究院の案内係じゃない」
「あっ、そうですよね! すみません!」
「……別に」
短い返事。
でも、怒っているわけではなさそうだった。
……ちょっと無口な人なのかな?
「……それより」
「はい?」
「君の魔力……」
少年が言いかけた、そのときだった。
「おーい! ネスラ!」
背後からアルディスさんの声が響いた。
少年が顔を上げる。
「……アルディス様?」
「おう! 久しぶりだな!」
「……お久しぶりです」
少年は小さく頭を下げた。
その仕草は丁寧で、どこか落ち着いていた。
「王都に戻られたんですね」
「おう! ちょいと呼ばれてな!」
「……そうですか」
「相変わらず、難しい顔してんな!」
「……別に」
「ははっ! 変わんねえな!」
……え?
ネスラ?
私は目の前の少年を見つめた。
アルディスさんが話してくれた、若い魔法使い。
王都で会えるのを楽しみにしていた、その人。
「……もしかして!」
「……?」
「あなたが、ネスラさんですか!?」
「……そうだけど」
「わああああ!!」
思わず両手を握りしめた。
「初めまして! 私、セリスです! 魔法のこと、いっぱい教えてください!!」
「…………」
ネスラさんは、私を見つめたまま、しばらく動かなかった。
「……君、僕のことを知ってるの?」
「はい! アルディスさんから聞きました!」
「……余計なことを」
「おいおい! 褒めてたんだぞ!」
「……そうですか」
……ふふっ。
なんだか、この二人も仲が良さそう。
ネスラさんは私の肩にいるエルと、頭の上のレイへ視線を向けた。
「……スライム?」
「はい! エルとレイです!」
「……二匹とも、魔力の流れが違う」
「えっ!?」
私は思わず身を乗り出した。
「分かるんですか!?」
「……見れば、分かる」
「すごい!!」
「…………」
「エルは外向きに魔力を広げるんです! レイは逆に、内側へ集めるのが得意で!」
「……なるほど」
ネスラさんの視線が、二匹の間を行き来する。
「……面白いね」
「ですよね!!♡」
……おお!
この人、分かってくれる!
私は嬉しくなって、さらに説明しようとした。
「それで、この特性を利用すると、実はすっごく便利なことが――」
「セリス!」
アルディスさんが、慌てて口を挟んだ。
「それ以上は国家機密なんじゃねえのか!?」
「…………あっ!」
……危ない。
危うく、乙女の重大機密を公開するところだった。
「……国家機密?」
ネスラさんが首をかしげた。
「……魔力の研究が?」
「そ、そうなんです! 極秘研究なんですっ!」
「…………」
ネスラさんは少しだけ眉を寄せた。
「……変なの」
……うぐっ。
否定できない。
けれど、彼はすぐに真剣な表情へ戻った。
「……それより、君」
「はい?」
「さっきから、ずっと気になってたんだけど」
「何ですか?」
ネスラさんの青い瞳が、まっすぐ私を見つめた。
「……君の魔力、どうしてそんなに変な流れ方をしてるの?」
「…………え?」
私は思わず、自分の手を見下ろした。
……変?
魔力の流れが?
そんなこと、考えたこともなかった。
だって、これが私にとっては普通だから。
「……ふふっ」
「……?」
「ふふふふふっ♡」
ネスラさんが、少しだけ身構えた。
「……何?」
「いえ!」
私は満面の笑みで答えた。
「やっぱり王都って、最高ですね!!」
「…………」
ネスラさんは、しばらく私を見つめていた。
そして、小さくため息をつく。
「……面倒な人が来た」
「ええっ!?」
「……別に。悪い意味じゃない」
そう言いながら、彼は手元の書類を閉じた。
「……君の魔力、もう少し詳しく見せて」
「はい!!♡」
……やったあ!
まだ王都に着いたばかりなのに、もう新しい研究仲間ができそうだ!
私の知らない魔法。
私とは違う魔力の使い方。
そして、目の前には、私の魔力を不思議がる研究者。
……ふふふ。
これだから、異世界はやめられない!!




