第22話「魔法って、唱えないと駄目なんですか!?」
王都へ向かう街道を歩きながら、私は昨日の戦いを思い返していた。
グレイファングの群れ。アルディスさんとの初めての共闘。そして、戦いの後に表示された経験値獲得の通知。
《連携攻撃を理解しました。》
《魔物の生態を理解しました。》
やっぱり、気になる。
この世界の経験値は、敵を倒した数だけで決まるものじゃないらしい。昨日だって、私はほとんど魔物を倒していない。それでも、ちゃんと経験値を獲得していた。
何を経験し、何を理解したのか。
それが成長に関係しているのだとしたら、戦闘以外でも経験値を得られる可能性がある。
例えば、新しい魔法を覚えたときとか。
新しい理論を発見したときとか!
「……ふふふ♡」
「おい、セリス」
「はい?」
「また何か企んでるだろ」
「企んでません! 考えてるんです!」
「似たようなもんじゃねえか!」
アルディスさんが豪快に笑った。
「昨日の戦いか?」
「はい! アルディスさんとの連携も面白かったですし、経験値の仕組みも気になって!」
「経験値?」
「敵を倒さなくても、何かを理解すると増えるみたいなんです!」
「へえ。そりゃ面白えな」
「ですよね!」
アルディスさんは少し考えるように顎をさすった。
「まあ、俺も剣の稽古だけでレベルが上がったことはあるぜ」
「ええっ! 本当ですか!?」
「おう。強い奴と何度も打ち合って、今まで見えなかった動きが見えるようになったときとかな」
「なるほど……!」
やっぱり!
理解と成長には、何か関係がありそうだ。
「ちなみに、どんな稽古だったんですか!?」
「そりゃもう、死ぬほど斬り合った!」
「……え?」
「何百回と打ち込んで、何百回と吹っ飛ばされてよ!」
「……それ、稽古なんですか?」
「ははっ! 生きてりゃ稽古だ!」
……剣聖の世界、怖い。
でも、何度も挑戦して、少しずつ理解していくという考え方には共感できる。
研究だって同じだ。
失敗して、観測して、仮説を立てて、また試す。
その繰り返しの先に、今まで見えなかったものが見えてくる。
「……あ、そうだ!」
「ん?」
「アルディスさんって、魔法も使いますよね?」
「おう。使うぜ」
「どんなふうに使ってるんですか?」
「どんなふうって……普通にだな」
「普通?」
「魔力を通して、身体能力を引き上げる。足を速くしたり、踏み込みを強くしたりな」
「ほうほう!」
私は思わず身を乗り出した。
「じゃあ、身体強化中に、足だけ強化を強めたりできます?」
「できなくはねえが、術式を調整し直す必要があるな」
「術式を?」
「おう。最初から足を重点的に強化する術式を使う方が早え」
「なるほど……!」
アルディスさんは剣を使うとき、身体強化を組み合わせているらしい。
面白い!だったら...
「ほかの系統の魔法も使うんですか?」
「使うぜ。相手が寝てくれりゃ、斬らずに済むからな」
「おお! 合理的!」
「効かねえ奴もいるけどよ。あとは弱体化だな。動きを鈍らせたり、力を落としたり」
「すごい! 剣と魔法を組み合わせて戦うんですね!」
「そりゃ使えるもんは使うだろ?」
……うん。
この人、やっぱり強い。
剣の腕だけじゃない。相手の動きを読み、状況に応じて魔法を使い分けている。
あれだけの剣技に、身体強化と妨害魔法まで組み合わせるんだから、普通の相手では勝負にもならないだろう。
「そういや、お前に聞きたかったことがあるんだが」
「はい?」
「セリス、お前って魔法を使うとき、詠唱しねえよな?」
「詠唱、ですか?」
「おう。昨日も水だの土だの、次から次へと使ってただろ」
「ああ、はい!」
「俺も身体強化くらいなら黙示で使うけどよ。お前の場合、発動してからの動きがおかしいんだ」
「……おかしい?」
「褒めてんだよ!」
アルディスさんが笑う。
「普通、魔法は術式を組んで発動するだろ? 黙示だって、頭ん中で詠唱するだけで、そこは変わらねえ」
「……頭の中で詠唱?」
「おう。声に出すか出さねえかの違いだな」
……へえ。
なるほど、なるほど。
つまり、この世界の無詠唱は、詠唱そのものを必要としないわけじゃない。
決められた術式を、頭の中で呼び出しているんだ。
それなら、発動が安定するのも分かる。
毎回、一から現象を組み立てる必要がない。複雑な魔力制御を、あらかじめ決められた手順に任せられる。
……うん。
なかなか合理的な仕組みだ。
「でも、お前は違うだろ?」
「はい?」
「昨日の水だってそうだ。地面を濡らしたと思ったら、今度は足場を作ってただろ。あれ、別々の術式じゃねえのか?」
「えっと……水と土は別の魔法ですよ?」
「そりゃ分かる。俺が聞きてえのは、出した後だ」
アルディスさんは、足元の地面を指さした。
「水を広げたり、流れを変えたり。ああいうのを、いちいち術式を組み直さずにやってるだろ?」
「ああ! はい!」
「……やっぱりか」
「魔力の共鳴状態を調整すれば、現象も変えられますから!」
「……共鳴?」
「はい!」
私は嬉しくなって、説明を続けた。
「魔法って、現象を顕現させるために魔力を共鳴させるでしょう? だから、その共鳴を変えれば、発動した後でも――」
「待て待て待て!」
「はい?」
「最初のところから分からねえ!」
「……え?」
「魔力を共鳴させるって、何だ?」
……あれ?
私は思わず立ち止まった。
「……魔法の基本ですよね?」
「少なくとも、俺が習った魔法の基本じゃねえな」
「…………」
えええっ!?
じゃあ、この世界では魔法をどう説明してるんだろう!?
「……アルディスさん!」
「お、おう?」
「王都の魔法研究院、すっごく楽しみになってきました!!」
「……ははっ! そりゃよかったな!」
◇
昼過ぎ。
私たちは街道沿いの休憩所に立ち寄った。
木造の屋根の下には長椅子と水桶があり、旅人が一息つけるようになっている。
先客は三人。
剣を腰に下げた青年と、弓を背負った女性。それから、杖を持った少年だった。
「こんにちはー!」
「お、おう」
三人がこちらを振り向いた。
その瞬間、杖を持った少年が目を見開く。
「……え?」
「ん?」
「も、もしかして……北の剣聖、アルディス様!?」
「おう! よく知ってんな!」
「ほ、本物!?」
少年が飛び上がった。
剣士の青年も慌てて立ち上がる。
「ろ、六英雄のアルディス様ですか!?」
「そうだぜ!」
……すごい。
やっぱりアルディスさん、有名人なんだなあ。
まあ、六英雄なんだから当然か。
「ところで、そっちの子は?」
弓を背負った女性が私を見た。
「セリスです! よろしくお願いします!」
「へえ、かわいい子ね。アルディス様のお弟子さん?」
「違います!」
「まあ、似たようなもんか?」
「違いますって!」
……もう!
アルディスさん、適当なんだから!
そんなやり取りをしていると、杖を持った少年がおずおずと話しかけてきた。
「あ、あの……セリスさんも魔法使いなんですか?」
「はい!」
「ぼ、僕もなんです!」
「本当ですか!?」
思わず身を乗り出した。
「どんな魔法を使うんですか!?」
「えっ!? えっと、火属性の初級魔術を少し……」
「見せてもらってもいいですか!?」
「ええっ!?」
少年が困ったように仲間を見る。
剣士の青年が笑った。
「いいじゃないか。せっかくだし、見せてやれよ」
「う、うん……!」
少年は杖を構え、休憩所から少し離れた空き地へ向かった。
私たちも、その後を追う。
「い、いきます!」
少年が深呼吸した。
「火よ、我が手に集いて――」
杖の先に、赤い光が集まり始める。
「――燃え盛る球となれ!」
ぽんっ!
小さな火球が現れた。
「おおおっ!」
私は思わず拍手した。
「すごい! 綺麗に魔力が集まってます!」
「えっ……あ、ありがとうございます!」
少年が照れくさそうに笑った。
「でも、まだ初級魔術しか使えなくて……」
「初級魔術、いいじゃないですか!」
「え?」
「だって、これだけでもいろんなことができますよ!」
私は隣に並び、手のひらを上に向けた。
「例えば、こう!」
小さな火球が現れる。
少年のものと、ほとんど同じ大きさだ。
「……え?」
少年が私の手元を見つめた。
「い、今、詠唱……」
「してませんよ?」
「黙示ですか?」
「えっと、頭の中で詠唱するやつですよね?」
「は、はい!」
「それもしてません!」
「…………え?」
少年が固まった。
……あれ?
「それでですね、この火球なんですけど」
私は火球に意識を向けた。
魔力の共鳴を、少しだけ変える。
球状だった炎が、ゆっくりと細長く伸びていく。
「……え?」
炎の帯を曲げる。
端と端をつなげる。
赤く輝く輪が、空中でくるくると回り始めた。
「……えええっ!?」
少年だけじゃない。
剣士の青年も、弓使いの女性も、口を開けていた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「はい?」
「い、今、何の魔術を使ったんですか!?」
「《火球》ですよ?」
「いや、途中の!」
「途中?」
「炎が伸びたり、輪になったりしたやつです!」
「え? 同じ魔法ですけど?」
「…………」
少年が、ゆっくりと杖を下ろした。
「……術式の切り替えは?」
「してませんよ?」
「じゃ、じゃあ、どうやって形を変えたんですか!?」
「魔力の共鳴を調整したんです!」
「……共鳴?」
……あ。
まただ。
アルディスさんも、そういえば同じところで首をかしげていた。
「えっと……魔法って、最初に現象をイメージしますよね?」
「は、はい」
「火の球を作りたいなら、火の球をイメージする」
「はい」
「それから、その現象に合うように魔力を動かすんです」
「……魔力を?」
「そうです!」
私は地面にしゃがみ、小枝を拾った。
土の上に小さな円を描き、その周囲にいくつかの線を引く。
「例えば、魔力の流れが綺麗に揃えば、現象が安定します。でも、流れを変えれば形も変わる。だから――」
「……待ってください」
少年が真剣な顔で私を見た。
「それって……術式を使わずに、魔法を作っているってことですか?」
「……え?」
私は少し考えた。
術式。
この世界では、決められた手順で魔法を発動する仕組み。
なるほど。
そういう見方になるのか。
「……そうですね!」
「…………」
「私は、現象を直接作っている感じです!」
少年が黙り込んだ。
しばらくして、小さく呟く。
「……そんな魔法、聞いたことない」
……えっ。
そうなの?
「おい、セリス」
後ろからアルディスさんが声をかけてきた。
「はい?」
「そいつ、誰でもできるのか?」
「え?」
「今の魔法だよ。練習すりゃ、誰でも同じことができるのか?」
「うーん……」
私は少し考えた。
魔力の流れを感じ取って、共鳴状態を調整する。
理屈としては、それだけだ。
でも、どの程度の魔力制御が必要なのかは、人によって違うかもしれない。
「練習すれば、できるようになると思います!」
「ほう。どのくらい練習すりゃいい?
「えっと……」
……どのくらい?
私は、これを覚えるまでに何をしたんだっけ。
魔力の観測装置を作って、共鳴状態を測定して、何度も実験して……。
失敗した記録も、ずいぶん溜まっていたような。
「……いっぱい?」
「はははっ!」
アルディスさんが豪快に笑った。
「ほらな! お前の言う『練習すりゃできる』は、あんまり当てにならねえんだよ!」
「むう……!」
「まあ、剣だって同じだけどな。できる奴には当たり前でも、できねえ奴には難しいもんだ」
……なるほど。
確かに、その通りだ。
私は炎の輪を消し、少年に向き直った。
「ごめんなさい。ちょっと説明が難しかったですね」
「い、いえ!」
少年は慌てて首を振った。
「でも……すごく面白かったです!」
「……本当ですか?」
「はい! 僕、魔法って決まった術式を覚えて使うものだと思ってました。でも、そんな方法もあるんですね!」
「……!」
思わず、顔がほころんだ。
「はい! 魔法って、すっごく面白いんですよ!」
少年も嬉しそうに笑った。
「僕も、もっと勉強してみます!」
「ぜひぜひ!」
……ふふふ。
こういうの、いいなあ。
自分が面白いと思ったことを、誰かも面白いと思ってくれる。
それだけで、なんだか嬉しくなる。
◇
休憩所を出て、再び街道を歩き始めた。
さっきの少年は、最後まで何度も頭を下げていた。
「……なあ、セリス」
「はい?」
「お前、あいつに魔法を教えるつもりだったのか?」
「え? そんな大げさなことじゃないですよ?」
「そうか?」
「はい! ただ、面白いなって思ってもらえたら嬉しいなって!」
「……ははっ!」
アルディスさんが笑った。
「お前らしいな!」
「そうですか?」
「おう。強くなりたいって言うくせに、他の奴が強くなるのも嬉しそうだ」
「え?」
私は首をかしげた。
「だって、みんなが強くなったら、もっと面白いことができるじゃないですか!」
「……ほう?」
「アルディスさんだって、強い相手と戦うのが好きでしょう?」
「そりゃもう!」
「私も同じです! いろんな魔法を見たいし、知らない使い方を知りたいし、一緒に新しい魔法を考えてみたいんです!」
「……ははっ! なるほどな!」
アルディスさんは楽しそうに笑った。
「じゃあ、王都に着いたら大忙しだな!」
「はい!」
王立魔法研究院。
王立大図書館。
魔道具工房街。
それに、アルディスさんが話してくれた若い魔法使い、ネスラさん。
どんな魔法を使うんだろう。
どんな研究をしているんだろう。
この世界の魔法理論は、どうなっているんだろう。
……ああ、もう!
考えただけで、わくわくしてくる!
「王都、早く着かないかなあ!」
「まだまだ歩くぞ!」
「ええーっ!」
「はははっ! そんなに急ぎたきゃ、身体強化でも使って走るか?」
「……あ!」
「ん?」
「アルディスさん! 身体強化魔法って、他人にもかけられます?」
「術式によるな。何だ、試してえのか?」
「はい! それで、魔力の共鳴を調整すれば、もっと効率よく走れるかも――」
「おいおい! 今から実験する気か!?」
「だって、面白そうじゃないですか!♡」
「ははっ! しょうがねえ奴だな!」
アルディスさんの笑い声が、街道に響いた。
そのときだった。
「……ん?」
アルディスさんが、ふと足を止めた。
「どうしました?」
「……静かだな」
「え?」
言われて、私も耳を澄ませる。
風が木々を揺らしている。
葉の擦れる音が、かすかに聞こえた。
でも……。
「……鳥の声がしませんね」
「おう」
アルディスさんは街道の先を見つめた。
「昨日の狼どもといい、何か妙だな」
私は森の方へ目を向ける。
木々の奥は暗く、何があるのか分からない。
昨日、グレイファングが街道まで出てきたことを、商人さんは不思議がっていた。
あれも、何か関係しているんだろうか。
「……魔物がいるんですか?」
「さあな」
アルディスさんは、いつもの調子で笑った。
「ま、何か出てきたら俺が斬る!」
「頼もしいですね!」
「おう! その代わり、面白え魔法を思いついたら見せてくれよ!」
「もちろんです!♡」
私たちは再び歩き始めた。
森の奥から吹いてきた風が、街道を横切る。
その風に混じって、ほんの一瞬。
何か大きなものが、遠くで地面を揺らしたような気がした。
……気のせい、かな?
私はもう一度だけ森を振り返った。
けれど、そこには静かな木々が並んでいるだけだった。
王都への旅は、まだ始まったばかり。
知らない魔法も、知らない生き物も、きっとたくさん待っている。
……ふふっ。
やっぱり、異世界って最高だ!♡




