第20話「王都への旅は、出発前から大騒ぎ!?」
ーーー王都への出発当日。
私は朝から、人生最大級の難問に直面していた。
「……入らない」
ベッドの上に広げた荷物を見下ろす。
着替え。保存食。水筒。予備の靴。旅先で使う日用品。
ここまではいい。
問題は、その隣に積み上がったものだ。
魔法の実験に使う金属片。石ころ。小瓶。用途の違う糸が三種類。それから、これまでに書きためた魔法の研究メモ。
「……どれも必要なんだけどなあ」
荷物袋の口を引っ張ってみる。
閉まらない。
もう少し押し込む。
やっぱり閉まらない。
「むむむ……」
仕方がない。
優先順位を考えよう。
まず、研究メモは絶対に必要。
実験道具も必要。
小瓶は現地で買えるかもしれないけど、今持っているものは形がちょうどいい。
金属片は……。
「……これも必要!」
うん。
全部必要だった。
◇
「セリスー! まだかー!」
窓の外から、聞き覚えのある声がした。
「はーい! もうちょっとです!」
「さっきも聞いたぞー!」
アルディスさんだ。
慌てて窓を開けると、宿の前に立っている姿が見えた。
肩には小さな旅袋が一つ。
腰には、いつもの剣。
……以上。
「えっ、アルディスさん、荷物それだけですか!?」
「おう!」
「着替えは!?」
「入ってる!」
「食料は!?」
「途中で買う!」
「実験道具は!?」
「いらねえだろ!」
「えええっ!?」
なんて身軽な人なんだろう。
「お前、何持ってくつもりなんだ?」
「えっと、着替えと食料と研究メモと小瓶と金属片と――」
「研究室でも引っ越すのか?」
「違います! 旅先で何があるか分からないじゃないですか!」
「だから旅なんだろ?」
「……あ」
なるほど。
そういう考え方もあるのか。
知らない土地で、必要なものを探す。
現地の道具を使って、新しい方法を試す。
「……それも面白そう!」
「だろ?」
「じゃあ、半分置いていきます!」
「最初からそうしろ!」
そう言われても。
何を置いていくかが、また難しいんだけど。
◇
結局、出発できたのは予定より少し遅れてからだった。
「すみません……」
「気にすんな。まだ朝だ」
アルディスさんは笑いながら、街道の先を指さした。
「ほら、行くぞ。王都まで、ちょっとした旅だ!」
「はいっ!」
振り返ると、見慣れ始めた街並みが朝日に照らされていた。
冒険者ギルド。
何度も歩いた通り。
お世話になった宿。
異世界に来てから、初めて落ち着いて過ごせた場所。
まだ短い間だったけれど、いろんなことがあったなあ。
「……また来たいな」
「来りゃいいだろ」
アルディスさんが、当たり前のように答えた。
「王都に行ったら、戻っちゃいけねえわけでもねえし」
「……そうですよね!」
なんだ。
簡単なことだった。
行きたいところへ行く。
会いたい人に会う。
知りたいことを調べる。
それでいいんだ。
「よーし! 出発!」
「おう!」
こうして私たちは、王都アストリアへ向けて歩き始めた。
◇
「……ところで、アルディスさん」
「ん?」
「王都って、どんなところなんですか?」
「でけえ街だぞ」
「それは知ってます!」
「人が多い」
「それも想像できます!」
「飯がうまい」
「それは重要ですね!」
思わず頷いてしまった。
旅先の食事は大事だ。
知らない料理には、知らない文化が詰まっている。
「それから、魔法使いも多いぞ」
「!」
来た!
その話を待っていた!
「どんな魔法使いがいるんですか!?」
「そうだなあ。王都には魔法師団の本部があるし、研究院もある。変わったやつも結構いるぜ」
「変わった人!」
「お前が言うと、なんか嬉しそうだな」
「嬉しいです!」
変わった人ということは、変わった発想を持っているということ。
変わった発想があれば、変わった魔法があるかもしれない。
「そういや、氷魔法が得意な若い魔法使いがいたな」
「氷魔法!」
「たしか、ネスラって名前だったか」
「ネスラさん!」
「おう。あいつ、魔法の腕はかなりのもんだぞ」
「どんな魔法を使うんですか!?」
「氷を出したり、凍らせたり」
「……それは氷魔法ですもんね?」
「だよな!」
……説明が雑!
「もっとこう、魔力の制御方法とか、術式の特徴とか!」
「知らねえよ、そんな細けえこと!」
「ええええ!」
「気になるなら本人に聞け!」
……それだ!
本人に聞けばいいんだ!
「会ってみたいです!」
「ははっ! 気が合うかもしれねえな!」
氷魔法の達人。
どんな人なんだろう。
楽しみが一つ増えた。
◇
昼過ぎ。
街道沿いの小さな林で休憩することになった。
「ここで飯にするか」
「はい!」
道端の倒木に腰を下ろし、持ってきたパンを取り出す。
アルディスさんは、さっそく大きな口でかぶりついていた。
「うまい!」
「……まだ一口ですよ?」
「一口で分かるだろ!」
そういうものなのかな。
私もパンをかじる。
うん。
おいしい。
でも、せっかくだから何か温かいものが欲しいなあ。
「……あ、そうだ」
手のひらを上に向ける。
水の魔法で、小さな球を作った。
空中に浮かぶ透明な水球。
そこへ、火の魔力を少しずつ重ねていく。
水球の表面が、ゆらりと揺れた。
「……よし」
温度を上げすぎないように調整する。
湯気が立ち始めたところで、持ってきたカップに注いだ。
「できた!」
「……お前、何してんだ?」
「お湯を作りました!」
「見りゃ分かる」
「温かい飲み物が欲しくなって!」
「普通、火を起こさねえか?」
「その方が早いですか?」
「……いや、お前の場合は違うか」
アルディスさんが、何とも言えない顔をした。
「それ、火と水を同時に使ってんのか?」
「はい!」
「昨日も思ったけどよ。お前、魔法をいくつ同時に動かせるんだ?」
「え?」
いくつ?
そういえば、数えたことあったかな。
「状況によりますけど……」
「おう」
「魔力の流れを安定させれば、もう少し増やせると思います!」
「……そうか」
アルディスさんは、それ以上聞かなかった。
代わりに、私のカップを指さす。
「なあ、それ俺の分も作れるか?」
「もちろん!」
「頼む!」
私はもう一つ水球を作った。
今度は少し大きめに。
……あ。
「そうだ、アルディスさん!」
「ん?」
「水球を二つに分けて、片方だけ温度を変えたら、魔力の消費ってどうなると思います!?」
「知らねえ!」
「試していいですか!?」
「俺の飲み物ができてからにしろ!」
「はーい!」
残念。
でも、あとで絶対に試そう。
◇
休憩を終えて、再び街道を歩く。
道は緩やかな丘を越え、遠くの山並みへと続いていた。
見たことのない草花。
木々の間を飛び交う、小さな鳥。
ときどき街道を通り過ぎる商人の馬車。
その全部が、新鮮だった。
「……いいですねえ、旅って!」
「まだ初日だぞ?」
「初日から楽しいんだから、明日も楽しみです!」
「ははっ! そりゃいい!」
アルディスさんが、豪快に笑った。
そのときだった。
「……ん?」
街道の先から、何かが聞こえた。
金属がぶつかるような音。
それから、短い悲鳴。
「……アルディスさん?」
「ああ」
さっきまで笑っていたアルディスさんの表情が、少しだけ変わった。
腰の剣に、自然と手が伸びる。
「どうやら、退屈しねえ旅になりそうだな」
私も耳を澄ませた。
遠くから、誰かの声が聞こえる。
「助けてくれえええっ!」
……助けを呼んでる!
「行きましょう!」
「おう!」
アルディスさんが駆け出す。
私も、その背中を追った。
王都への旅は、まだ始まったばかり。
なのに、早くも何かが起きている。
……うん。
やっぱり、知らない世界を旅するのって――
すっごく面白い!




