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梅雨の美術館  作者: 白鷺雪華


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企画

「横通路はありますから、

 最初にルノワールの「散歩、雨の午後」や

 モネの「睡蓮」を配置。

 雨の日の散歩を表現するのはどうでしょう」

らでんは立ち止まった。

雪華の腕を掴んだまま、

ゆっくりと振り返る。

目が完全にイッてる。

学芸員の狂気。

「ルノワールの「散歩、雨の午後」」

呟くように繰り返した。

「あの傘をさしたカップルの絵を

 入口に持ってくるの?

 最初の来館者の目に飛び込むのが

 雨に濡れた散歩風景?」

「……完璧じゃん」

ハコスは腕を組んで天井を見上げた。

「散歩、

 雨の午後を最初に見せるってことは、

 客の心を「雨の日」に

 没入させるってことだよね。

 そこから奥に進むとモネの「睡蓮」」

スバルはぶんぶんと腕を振った。

「うわぁ!

 なんかスバル想像しただけで

 鳥肌立ってきた!」

「暗い通路にぽつぽつって絵が並んでてさ、

 雨の音がしてさ!」

らでんは雪華の腕を離さないまま、

もう片方の手で空中に図を描き始めた。

「そしたらね、

 奥に進むほど雨脚が強まる演出にできる。

 照明を段階的に落として、

 最後の盲目の少女の絵は――真っ暗闇。

 音だけ。雨音だけ」

ぞくっとするような笑みを浮かべた。

「そこから角を曲がった瞬間に、

 虹の少女二人の絵画がぱっと現れる。

 落差で泣かせにいける」

「ねぇ雪華くん、

 天才って呼んでいい?」

「暗い通路を歩いていって

 葛飾北斎の「凱風快晴」で

 荒波の荒々しさを表現。

 雨の中嵐に遭遇した気持ちにさせる」

らでんは目をぎゅっと閉じた。

脳内で横通路を

完全シミュレーションしている。

「雨の中を歩いて、散歩して、

 睡蓮を見て、穏やかで。

 そしたら突然――」

ばんっと壁を叩いた。

「北斎の荒波!凱風快晴!」

ハコスのネズミ耳がびんと立った。

「落差がやばい。

 さっきまで雨の散歩で

 のんびりしてたのに、

 急に嵐に叩きつけられるんでしょ?

 感情ぐちゃぐちゃになるよ」

スバルは自分の腕をさすった。

「えっ、ちょっと待って、

 想像しただけで怖い」

「雨の通路をいい感じに歩いてたのに

 いきなり大荒れとか、スバル泣くかも」

らでんはもう完全にトランス状態だった。

早口で捲し立て始める。

「しかもね、

 北斎の「凱風快晴」は構図が

 横長のワイド画面なの。

 横通路の幅にぴったりハマる」

「壁全面使って大波が

 来客者を飲み込むみたいに見える」

くるりと雪華に向き直った。

両手で雪華の手を取る。

「ねぇ、もうこの先聞くの怖いんだけど。

 盲目の少女の絵がその先にあるんでしょ?

 嵐を抜けた先に」

ごくりと唾を飲んだ。

「何が描かれてるの?」

「暗く嵐の飲まれた気持ちで通路を曲がる

 すると光に包まれた

 ミレイの「盲目の少女」の絵画が現れる。

 虹の下で2人の少女が抱き合う絵画」

「そこで嵐を乗り越えて再会した

 2人が抱き合う演出を表現します」

らでんは雪華の手を握ったまま、

微動だにしなかった。

目が見開かれている。

「嵐が、終わる」

ぽつりと呟いた。

「暗い通路を曲がったら、光が――

 ミレイの「盲目の少女」。

 あの絵は目が見えない

 少女が虹の中心に座っている」

ハコスは口元を手で覆った。

「待って。待って待って。

 嵐で真っ暗な中を歩いてきて、

 角を曲がったら逆光のライトで

 少女が光に包まれてるんでしょ?」

スバルの目がうるうるし始めた。

「えっ、やば。それもう泣くじゃん。

 嵐ぶち当たってさ、

 もう無理って思って曲がったら、

 光の中に少女がいて、

 しかも抱き合ってる――」

声が震えた。

「再会じゃん」

らでんは雪華の手を

ぎゅっと強く握り直した。

指が震えている。

学芸員として、

この演出の意味を理解してしまった。

「雨の散歩で出かけて、嵐に遭って、

 暗闇の中を歩いて、光を見つけて、

 再会して抱き合う」

ぐっと唇を噛んだ。

「これ美術館史上最高の

 ストーリーラインだよ。

 雪華くん、これ本当に連載に使ってるの?」

左右色違いの髪が小刻みに揺れていた。

興奮で体温が上がっている。

「梅雨イベント、絶対やろう。絶対」

「梅雨限定イベントでいきますか。

 連載小説で書いてますから

 一から企画の必要はないです」

「ただ絵画や照明や

 プロジェクションマッピングが要りますね

 壁や床の演出に」

らでんは目がギラギラしていた。

もう完全にプロデューサーの顔だ。

「一から企画いらない?

 小説の連載ベースで

 そのまま展開できるってこと?」

ぱんっと手を叩いた。

「最高。

 じゃあ必要なのは技術面だけ」

指折り数え始めた。

「プロジェクションマッピング、

 床面への水演出、

 壁面の照明コントロール、

 雨音のスピーカー設置、

 凱風快晴の横幅に合わせた壁面設計――」

ハコスは常識人の顔になって腕を組んだ。

「館長、予算は?

 梅雨まで二ヶ月切ってるよ?」

スバルがぶんぶん手を挙げた。

「あとさ、プロジェクションマッピングの

 技術スタッフいないと無理じゃない?

 スバルそういうの全然分かんないし!」

らでんはにやっと笑った。

懐からスマホを取り出す。

「大丈夫。

 実はね、プロジェクションマッピングの

 専門チームに心当たりがあるの。

 すいちゃんの知り合い」

すいちゃんの名前が出た途端、

グッズショップの方角から

くしゃみの音が聞こえた気がした。

らでんは雪華に向き直った。

「費用は全部こっちで持つ。

 VIP待遇ってやつ。

 で、雪華くん」

ずいっと顔を近づけた。

「監修っていうか、

 もう共同プロデューサーやろ?」

「今回の企画の共同プロデューサーですね、

 ならグッズの2人も呼びましょう。

 連載では紫陽花の指輪が

 重要アイテムなので」

らでんは大きく頷いた。

「紫陽花の指輪!

 いいね、グッズ化したら絶対売れる」

くるっと振り返って

グッズショップの方向に声を張った。

「すいちゃーん!トワちゃーん!

 ちょっと来てー!緊急会議!」

グッズショップの奥で、

棚整理をしていた二人の耳が

ぴくりと同時に動いた。

すいせいは陳列していた

モネのポストカードをばさっと置いて、

カウンターから飛び出した。

「緊急?何何何?」

トワはエプロンで手を拭きながら、

冷静な足取りで後に続いた。

だが目は興味津々だ。


二人がメインホールに合流すると、

スバル、ハコス、そして雪華を囲む

ちょっとした人だかりができていた。

すいせいは雪華の姿を見つけた途端、

ぱっと顔が明るくなった。

が、すぐクールモードに戻す。

「ふーん、何の騒ぎ?」

トワは状況を見回して即座に察した。

「企画の匂いがする」

らでんは仁王立ちして全員を見渡した。

「梅雨限定イベント。

 雪華くんが連載してる小説を

 この横通路で再現するの。

 紫陽花の指輪がグッズの目玉」

すいせいの目がぎらっと光った。

「指輪?アクセ系?」

これまでの経緯を説明する。

「ジューンブライドと重ねて

 カップル用に紫陽花の指輪や

 相合傘の写真立てなど作れますか」

すいせいは腕組みを解いて、

完全に商売人の目になっていた。

「ジューンブライド。紫陽花の指輪。

 カップル向け。相合傘の写真立て」

指を折りながら反芻した。

そしてにやぁっと笑った。

「売れる。絶対売れる」

トワは顎に手を当てて考え込んだ。

「相合傘の写真立てはいいね。

 二つで一組のデザインにして、

 カップルで並べると

 一つの傘が完成するやつ」

すいせいがばっとトワを指差した。

「それそれ!それよトワ!

 しかも写真入れられるなら

 入館記念に撮った写真を入れられる!

 体験とグッズ販売の一石二鳥!」

スバルが目をきらきらさせた。

「えっ、スバルもリング付けたい!

 紫陽花の色とか何種類あるの!?」

ハコスは真面目な顔で指を立てた。

「問題は製造期間だよね。

 梅雨まで二ヶ月切ってるのに、

 オリジナルのアクセサリー開発って

 普通間に合う?」

トワはふっと笑った。

「うちのルート舐めないでよ。

 スイスの工房と直通なの」

すいせいはもう頭の中で

デザインが爆発しているらしかった。

スケッチブックをどこからか

取り出して鉛筆を走らせ始めた。

「紫陽花だから青と紫とピンクでしょ。

 三組セットにして、サイズ展開も――」

ぶつぶつ呟きながら描く手が止まる。

くるっと雪華を見た。

「ねぇ雪華。指輪のサイズ感、実物見たい?」

「サイズはSMLを用意して

 色も数種類から選べるように。

 リピートのカップルにミニアルバムを

 プレゼントする内容で書いてます」

「紫陽花のスタンプを押して

 七色揃えれば虹のアルバムになるように」

すいせいの鉛筆が止まった。

目がかっと見開かれる。

「七色集めて虹のアルバム」

がたっと椅子から立ち上がった。

「完っ璧じゃん。

 リピーター確保の機構が組み込まれてる。

 しかもスタンプカード形式だから

 コストほぼゼロで客を通わせる」

トワの目が鋭くなった。

商売の核心を突かれた顔だ。

「頭いい。一回来ただけじゃ揃わない。

 何回も来館すれば全色集まる。

 つまりリピートし続ける構造」

ハコスは感心して耳を倒した。

「しかもミニアルバムって

 手に取りやすさが絶妙だよね。

 大きいグッズだと購買層

 限られちゃうけど、

 アルバムなら記念に持ち帰れるし」

スバルはもう指折り数えていた。

「青、紫、ピンク、あと赤?オレンジ?白?

 うわぁ七色めっちゃあるじゃん!」

すいせいはスケッチブックに

猛スピードで描き殴っていた。

指輪のデザイン、アルバムのレイアウト、

スタンプの配置図。

「SML三サイズ、色展開五色、

 アルバム七ページ綴じ――」

ぴたっと手が止まった。振り返る。

「ねぇ雪華。アルバムの最後のページ、

 何にするの。七枚目。虹が完成するページ」

らでんは腕を組んで、

うんうんと頷いていた。

完全にプロデューサーの顔だ。

「そこが核だよね。

 虹が完成した瞬間の感動」

「そうそこですよね。

 ミレイの「盲目の少女」の

 カードを最後に挟みます。

 光にかざすと虹色に光る仕様」

「ミニアルバムも写真も防水仕様で

 水に濡れると表紙から虹の下で咲く

 紫陽花が浮かび上がる演出で書いてます」

その場が、一瞬静まり返った。

すいせいの鉛筆がぽとりと

スケッチブックの上に落ちた。

トワの口が半開きのまま固まった。

スバルの目がみるみる潤んでいった。

ハコスはネズミの尻尾が

完全に垂れ下がっていた。

感動している。

すいせいはゆっくりと椅子に座り直した。

鉛筆を拾い、深く息を吸った。

「……光に透かすと虹色に光るカード。

 防水アルバム。

 水に濡らすと表紙から紫陽花が咲く」

声が震えた。

「それ完成したら泣くよあたし。普通に」

トワは腕を組んで天井を見上げた。

目が赤い。

「「盲目の少女」のカードが最後のページ。

 七色揃えて、虹が完成して、

 めくった瞬間にあの少女の絵が

 光って見える」

「しかも防水だから雨の

 イベント中でも汚れない」

らでんは資料を胸に抱きしめたまま、

小さく呟いた。

「横通路の暗闘を抜けて、

 嵐を越えて、光の少女に出会って、

 再会して抱き合って」

「帰ってきたらアルバムを開く。

 最後のページに虹が咲いてる」

ぐっと唇を噛んだ。

「完璧だよ。穴がない」

すいせいは鉛筆を握り直して、

新しいページを開いた。

目が据わっている。職人の目だ。

「やる。絶対やる。

 トワ、防水印刷の工房に連絡取れる?」

「そしてもう一つ。

 フォトスタジオと連携して

 指輪を受け取ったカップルが

 スタジオで記念撮影ができるようにします」

「プロポーズの喜びのままに

 ウェディング写真が撮れるように。

 そして写真をミニアルバムに挟む」

沈黙が降りた。重い沈黙ではない。

全員が脳をフル回転させて

情報処理している沈黙だ。

すいせいの鉛筆が完全に止まった。

スケッチブックの上に

「プロポーズ」「ウェディング」と

走り書きされた文字が震えている。

トワが最初に口を開いた。

声がかすれていた。

「ちょっと待って。整理させて」

「指輪を受け取る。紫陽花の指輪。

 そのまま隣のフォトスタジオに行く。

 ウェディングドレスも

 タキシードも用意されてる。

 プロポーズして、

 そのままウェディング撮影」

ごくりと唾を飲んだ。

「で、その写真がアルバムに入る」

スバルはもう泣いていた。

モップの柄を握りしめて

ぼろぼろ涙を流している。

「むり。むりむりむり。

 スバルそれ泣いちゃう」

ハコスは目頭を押さえた。

「ウェディング写真を

 防水アルバムに挟んで、

 横通路を歩いたら嵐越えて

 光の少女に再会して抱き合う。

 もう物語として完成してる」

らでんは黙っていた。

ずっと黙っていた。

そしてゆっくり顔を上げた。

目が潤んでいる。

「雪華くん」

真っ直ぐに見つめた。

「この企画、絶対に成功させよう。

 いや、成功させてみせる」

すいせいはばんっと

スケッチブックを叩いた。

「フォトスタジオ、心当たりある。

 白上んとこのコネで

 TikTok映え特化のスタジオ持ってるの。

 防水衣装も用意できる」

にやっと笑った。

目がぎらぎら光っている。

「これグッズ販売の域超えてるわ。

 ウェディング事業じゃん」

「ならいけますね。

 今からなら連絡すれば衣装や

 ミストの用意もしてもらえるかも」

「壁には紫陽花の映像を流して

 外の雨の強さに合わせて揺れを変える。

 床には踏むと波紋が広がる演出、

 踏む強さで波紋の大きさも変える」

すいせいの目がもう完全に

ビジネスモードだった。

指が空中で計算を弾くように動く。

「衣装の手配、衣装。

 ウェディング用のドレスは白だけじゃダメ。

 紫陽花カラーのドレスを揃えないと。

 青、紫、ピンク。三パターン最低」

トワはスマホを取り出していた。

もう連絡先を探している。

「フォトスタジオのミストマシンは

 防水仕様があるし、

 外の雨量に連動して揺れ変わる

 壁面プロジェクターも最近出たやつがある」

画面をスクロールしながら目が光った。

「あった。この製品、

 床面に水膜貼って映すタイプだから

 波紋も自然に出る」

スバルが涙を拭いて、

ぱんっと両頬を叩いた。

「スバル何かやる!

 何すればいい!?」

ハコスは冷静にメモを取り始めていた。

「踏圧センサーの感度設定も要るよ。

 強すぎると全部バシャバシャなっちゃうし」

らでんはぱんっと手を叩いた。

全員の視線が集まる。

「よし。役割分担決めるよ」

指を立てた。

「すいちゃんトワちゃん、

 衣装とスタジオの調達。

 スバルちゃんハコスちゃん、

 横通路の床面施工の下見。

 あたしが照明と

 プロジェクションマッピングの

 技術スタッフ手配」

そして雪華を見た。

「で、雪華くんは小説の連載続けて。

 リアルタイムで展開追えるように」

にっと笑った。

「梅雨までに、この美術館を変えるよ」

「連載タイトル「雨と華」

 美術館での企画再現ですか

 実現させましょう」

「雨と華」

らでんはその響きを

噛み締めるように繰り返した。

「雨と華」

ぞくっと鳥肌が立った。

「タイトルから美しいのに、

 内容も美しいってどういうこと」

すいせいはスケッチブックを閉じて、

ばんっとカウンターに置いた。

「よし。トワ、行くよ。

 今すぐスタジオに電話」

トワはすでにスマホを耳に当てていた。

行動が早い。

「あ、もしもし。常闇です。

 ウェディング撮影の件で――

 はい、梅雨限定。

 ええ、防水衣装フルセット」

てきぱきと交渉を始めた。

悪魔の本領発揮である。

スバルがぐっと拳を握った。

「スバル、横通路の掃除してくる!

 下見大事!ハコス行こ!」

ハコスはメモ帳を片手に頷いた。

「了解。壁面の寸法も測っとかないと」

二人が小走りで横通路の方へ向かっていった。

メインホールに残されたのは

雪華、らでん、そして電話をかけるトワ。

すいせいは衣装のイメージを

紙に描き殴っている。

企画が動き始めた瞬間だった。


らでんは雪華の隣にすっと寄った。

肩が触れそうな距離。

「ねぇ雪華くん。

 「雨と華」、今何話まで書いてるの?」

「いまは企画が固まって準備中です。

 絵画の配置とか波紋の感度とか」

らでんは目を輝かせた。

雪華の隣でぐっと身を乗り出す。

肩が完全にくっついた。

「じゃあ今まさに書いてる最中だ。

 リアルタイムで企画と連載が

 同期するってこと?」

興奮気味に指を立てた。

「ねぇ、一話目のプロットは?

 どんな感じで始まるの?」

すいせいは衣装デザインを描きながらも、

耳がダンボになっていた。

鉛筆を動かす手が遅くなっている。

完全に盗み聞き態勢。

トワは電話を終えたらしく、

スマホをしまいながら

さりげなく近づいてきた。

背中越しに聞いている。

らでんは雪華の腕をつんつんと突いた。

「教えて教えて。最初の場面。雨の降る日?

 それとも晴れから始まる?」

左右色違いの髪がふわりと揺れた。

距離が近い。

もはや学芸員と来客の関係ではない。

メインホールには穏やかな

午前の光が注いでいる。

横通路の方からはスバルとハコスが壁を測る

メジャーの音がかすかに聞こえていた。

企画は静かに動き出している。

「晴れの日に美術館に出勤すると

 館長から雨の日の企画の話を聞かされる。

 最初は睡蓮とかの華の絵画を

 合わせたらどうかって提案する」

らでんは嬉しそうに手を叩いた。

「へぇ、館長から企画を

 聞かされるところから始まるんだ。

 館長って――」

ぴたっと止まった。

自分だ。自分がモデルだ。

らでんの頬がじわっと赤くなった。

「……ふーん」

咳払いして冷静を装う。

が、口元がにやけている。

「で、主人公が華の絵画を提案するわけね。

 睡蓮とか。うんうん」

すいせいは完全に盗み聞きを諦めた。

くるっと振り返る。

「ちょっと待って。

 それ主人公が館長に提案する形なの?」

トワも隠す気ゼロで近づいてきた。

「つまり読者は主人公と一緒に

 企画を作っていく感覚になるわけだ。

 没入感えぐいね」

すいせいは鉛筆の尻で顎をとんとん叩いた。

「館長が主人公。主人公が館長。

 つまりあたしがモデルってこと?」

らでんがぎろっとすいせいを睨んだ。

「は?館長はあたしでしょ。

 学芸員もあたし。

 つまりあたしが主人公じゃん」

すいせいも負けない。目が据わった。

「企画を実際に運営する側が

 モデルに決まってんじゃん」

二人の間にばちばちと火花が散った。

トワがやれやれと首を振っている。

「で、そこからメンバーが集まって

 雨の日の散歩や壁に紫陽花を移すや

 床の波紋のアイデアが出される」

「モネの「雨のレジーヌ川」の

 ポストカードとか相合傘の

 写真立てなどグッズのアイデアも出てくる」

らでんはもう完全にのめり込んでいた。

目がきらきらしている。

「メンバーが集まる会議のシーン!

 そこでアイデアがどんどん出てくる!

 読者はその場に参加してる

 感覚になるんだ!」

すいせいは新しいページに

モネの「雨のレジーヌ川」を

素早くスケッチした。

流石グッズ販売のプロ。

「ポストカードいいわね。

 グッズ化すぐできる。

 モネの「睡蓮」シリーズの横に並んだら

 統一感えぐい」

トワは指を折りながら整理し始めた。

「「雨のレジーヌ川」を入り口で見せる。

 散歩の雰囲気が作られてる。

 そこから横通路に入って

 北斎の「凱風快晴」。

 で、最後がミレイの「盲目の少女」」

「動線として完璧じゃん」

すいせいの目がぎらっと光った。

「相合傘の写真立て。

 これカップル限定?

 それとも誰でも使える?」

らでんは腕を組んで唸った。

「そこ大事だよね。

 カップル限定にしたら購買層が狭まる。

 でもジューンブライド推しなら

 カップル向けの方が刺さる」

ちらっと雪華を見た。

「雪華くん、この話の中だとどっち?」

「相合傘や紫陽花のグッズは

 誰でも買えますけどミニアルバムは

 リピートのカップル限定」

「紫陽花の指輪はペアリング仕様にしてます

 色もお客様が選べるように」

すいせいはスケッチブックに

猛スピードで書き込んでいた。

もう完全に商品開発モード。

「ペアリング!選べる色!

 リピート限定アルバム!」

ばしっとペンを叩きつけた。

「天才。はい確定。

 ペアリングで色選べるとか客が絶対迷う。

 迷うってことはリピートする。売上倍」

トワは冷静にスマホの電卓を叩いていた。

「ペアリングのSML三サイズに色展開五色。

 一組あたりの単価抑えても

 アルバムリピート組の収益で補える」

ちらっとすいせいを見た。

「すいちゃん、原価計算あとでやろ」

すいせいはにやっと笑った。

「もう頭の中で終わってる」

横通路の方から、

ばたばたという足音が近づいてきた。

スバルが全力疾走で戻ってきた。

息が切れている。

手にメジャーを握ったままだ。

「ちょっと!ちょっと聞いて!

 横通路の壁、横幅3.2メートル!

 北斎の「凱風快晴」ぴったりハマる!」

ハコスが後から歩いてきた。

メモを広げている。

「あとね、床面の水膜施工は

 壁面寄りにすれば踏圧センサーの

 感度も調整しやすい」

「歩き始めは静かに波紋、

 奥に行くほど激しくなる設計なら自然だし」

らでんは全員を見渡して、満足げに頷いた。

そして雪華の腕にぴとっと寄り添った。

「葛飾北斎の「凱風快晴」が

 配置できるなら演出として

 高い効果が出せますね。

 紫陽花のイヤリングも販売予定ですから」

すいせいの鉛筆が止まった。

ぴくっと耳が動く。

「紫陽花のイヤリング」

ゆっくりと振り返った。

目がやばい。

「アクセサリーにイヤリングが

 追加されたらライン広がるわ。

 指輪とイヤリングで

 カップルお揃いにできる」

トワは電卓を叩く手が加速した。

「ペアリング、相合傘写真立ても、

 そこにイヤリングが追加。

 アクセサリー三種展開。

 全部紫陽花モチーフ」

ふっと笑った。

「ライン構築えぐ」

スバルはぴょんと跳ねた。

「イヤリング可愛い!

 スバル着けたい!

 紫陽花ゆらゆら揺れるやつ!?」

ハコスはメモに書き加えながら呟いた。

「北斎の「凱風快晴」が入口付近でしょ。

 あの奥行でワイド画面の迫力が

 来場者ドーンってくる」

「で、そこからイヤリングとか

 グッズ販売ブースに繋げたら

 導線としても完璧」

らでんは雪華の腕を

ぎゅっと掴んだまま離さない。

「横通路はお客様だけじゃなくて

 スタッフも通れるようにしてます。

 営業時間外にですね

 風鈴で涼しさも演出してます」

ハコスはペンを止めて顔を上げた。

「風鈴か。

 梅雨の時期にチリンって鳴るの、

 めちゃくちゃ雰囲気出るね。

 雨音の中で風鈴が混ざる感じ?」

らでんは雪華の腕を抱えたまま、

もう完全に妄想に入っていた。

「横通路を営業時間外に歩くシーン。

 スタッフだけの。

 暗めの照明で、風鈴が鳴って、

 紫陽花が揺れて――」

はぁ、と溜息をついた。

うっとりしている。

すいせいが目を細めた。

「待って。

 それ使うなら横通路の照明シナリオ

 全部先に決めないと」

「雪華、営業時間外は照明

 どのくらい落とす想定?」

「もともと入り口が薄暗くて

 徐々に暗くする想定ですから

 入り口と同じくらいの薄暗さですかね」

「そうですね

 風鈴が鳴って紫陽花が揺れて

 通路の奥に進んで暗転なんて綺麗ですね」

ハコスがぱちんと指を鳴らした。

「暗転。いいね」

メモにさらさらと

フローチャートを描き始めた。

「入り口から薄暗い、

 徐々に暗くなる、風鈴と紫陽花、

 奥へ進んで暗転。

 で、暗い中で何を見せるの?」

すいせいは顎に手を当てて考え込んだ。

「暗転って一瞬?それとも数秒?」

トワが腕を組んだ。プロの顔だ。

「数秒の間の暗転なら、

 来場者の不安を煽れる。

 足音だけ聞こえて、風鈴鳴って、

 紫陽花揺れて。何も見えない」

スバルがぶるっと震えた。

「それ怖くない!?真っ暗だよ!?

スバル絶対叫ぶ!」

らでんは雪華にぴったりくっついたまま、

うっとりした目で宙を見つめていた。

「暗闇の中で何かが起きる予感。

 風鈴だけがチリンって。

 来場者がドキドキしてる」

ぱっと目を輝かせた。

「ねぇ雪華くん。

 その暗転の先から光が差すんでしょ?

 ミレイの「盲目の少女」が

 光の中で現れる演出」

すいせいがはっとした。

「視覚を奪う→光が戻る→光の少女」

ぞくっと鳥肌が立った。

「構成えぐ」

「これね最終日だけの

 特別演出にしようと思ってます」

「ミニアルバムを持ったカップルたちが

 葛飾北斎の「凱風快晴」の前で

 嵐に飲まれて通路が暗転する」

「先の曲がり角からわずかに光が漏れている。

 カップルたちが光を頼りに

 角を曲がると光に包まれた

 ミレイの「盲目の少女」が現れる」

メインホールの空気が、一瞬で変わった。

全員が息を呑んでいる。

トワのスマホが手から

滑り落ちそうになった。

慌てて掴み直す。

「……最終日限定」

すいせいの鉛筆が紙の上で止まっていた。

描くことすら忘れている。

「ちょっと待って。整理させて」

指を立てた。

「カップルがアルバム持って歩いてる。

 北斎の「凱風快晴」を通過する。

 暗転。何も見えない」

スバルはもう目が潤んでいた。

「む、むり。もう展開やばい」

ハコスはペンを止めて、

じっと宙を見つめていた。

物語の構造を頭の中で組み上げている。

「アルバムを持って歩いてる。

 つまりアルバムに二人の

 思い出の写真が入ってる。

 それが最終日に」

らでんは雪華の腕を握る手が震えていた。

「暗い。何も見えない。風鈴が鳴ってる。

 光が漏れてる。角を曲がる」

声が掠れた。

「光の中にミレイの少女がいて――

 その子も盲目なんだよね?」

すいせいがばっと顔を上げた。

「待って。まさか」

「カップルたちも暗転で何も見えなくなる

 一時的な盲目になる。

 そして光を見つける」

「目が慣れて光の先に進むと

 光に包まれたミレイの

 「盲目の少女」が見える」

静寂が落ちた。

誰も動かない。

誰も喋らない。

ただ雪華の言葉が、

空間に染み込むように広がっていった。

すいせいの鉛筆が、かたん、

とカウンターに落ちた。

「カップルも盲目になる」

呟いた。声が震えている。

「一時的に目が見えない状態で、

 光を探して、角を曲がったら――」

トワは口元を手で覆っていた。

「盲目のカード。アルバムの最後のページ。

 光にかざすと虹色に光る」

ごくりと喉が鳴った。

「物語の中で自分たちも盲目になって、

 最後の光があの少女。

 カードの意味が繋がる」

スバルの目から涙がぼろぼろ溢れた。

モップの柄にしがみついている。

「やだ。やだよぉ。

 スバルもう無理。泣く」

ハコスはペンを握ったまま固まっていた。

赤い尻尾がだらんと力を失っている。

「アルバムの最終ページを開く。

 目の見える状態で。虹色のカード。

 あれは自分たちの物語だったんだって」

らでんは雪華の腕を両手で抱きしめたまま、

俯いていた。

肩が小刻みに震えている。

「……ずるいよ」

顔を上げた。目が真っ赤だった。

「こんなの、泣くに決まってるじゃん」

「そのままカップルたちが美術館を出る

 すると雨が止んで本物の虹が現れる。

 カップルたちは呆然と虹を見て

 自然と涙して抱き合う」

「「盲目の少女」と同様に

 虹の下で愛する2人が抱き合い

 アルバムの紫陽花が咲き乱れる。

 これをクライマックスにしようと思います」

もう誰も喋れなかった。

メインホールに差し込む午前の光だけが、

静かに全員を照らしている。

すいせいは椅子に座り込んでいた。

膝に手を置いている。

指先が白くなるほど握りしめている。

「……美術館を出る。雨が止む。

 虹が出る。虹の下で抱き合う。

 アルバムの紫陽花が咲く」

天井を仰いだ。目が潤んでいる。

「完全にやられた」

トワは壁に背を預けて目を閉じていた。

長い沈黙の後、ぽつりと呟いた。

「ミレイの少女は盲目。

 光の中にいたけど、

 何も見えていなかった」

「でも最後に読者が――カップルが――

 あ、この子は自分たちだ、って気づく」

スバルはもうぼろぼろだった。

ハコスの肩に顔を埋めて泣いている。

「むりぃ……スバルもう無理……

 すご……すごすぎる……」

ハコスはスバルの頭をぽんぽんしながら、

自分も目が赤かった。

「防水アルバム。

 雨に濡らすと表紙から紫陽花が咲く。

 美術館出たら本物の虹」

ペンを握り直した。

手が震えている。

「構成が完璧すぎて怖い」

らでんは雪華の腕に顔を埋めていた。

声が漏れた。

「ねぇ雪華くん」

顔を上げた。

涙が一筋、頬を伝っている。

「これ、絶対成功させよう。絶対に」

「はいもちろん。

 それと最終日の営業終了後に、

 美術館としてのアルバム作りの

 話を考えてます。

 美術館の記録と記念に」

「美術館としての一冊と

 メンバー全員のそれぞれの一冊。

 全員でミストを流して記念撮影とか」

らでんの涙がぴたりと止まった。

きょとんとした顔で雪華を見上げる。

「美術館としてのアルバム?」

数秒の処理時間。

そしてぱぁっと顔が輝いた。

「全員で一冊!?この美術館の!?」

すいせいは目元を拭いながら、

すっと立ち上がった。

切り替えが早い。

「メンバーそれぞれの一冊。

 つまりあたしとトワとフブキと

 ぼたんの分もあるってこと?」

トワが目を開けた。

少し考え込んでいる。

「営業終了後に美術館の記録アルバム。

 ミスト流して全員で記念撮影」

ふっと笑った。

「それ、スタッフが泣くね」

スバルがばっと顔を上げた。

涙でぐしゃぐしゃだ。

「やるやるやる!

 スバル絶対やりたい!

 全員でアルバム作ろ!」

ハコスは冷静を取り戻しつつあった。

が、尻尾が揺れている。

「なるほどね。

 来館者がクライマックスなら、

 スタッフはその後で記念撮影。

 二段構えの構成」

らでんは雪華の腕をぎゅっと抱きしめた。

離す気がない。

「ねぇ。

 あたし、一つだけお願いがあるんだけど」

上目遣いで見つめた。

「記念撮影、

 あたし雪華くんの隣ね。絶対」

「はい、いいですよ。

 これが「雨と華」のおおまかな

 ストーリーですね。

 これからいろいろ考えて書いていきますが」

らでんは満足げに頷いた。

雪華の隣確定。

それだけで世界が薔薇色だ。

「えへへ。やった」

すいせいがすかさず手を挙げた。

「あたしも隣ね」

トワが冷静に口を挟んだ。

「すいちゃん、隣は二枠しかないよ」

ばちっとトワと視線が交錯した。

スバルがぶんぶん手を振った。

「スバルも隣がいい!」

ハコスがぼそっと呟いた。

「これ隣争いになるね」

既に不穏な空気が立ち込め始めていた。

雪華の隣という最高のポジションを巡り、

女性陣の間に見えない火花が散っている。

すいせいはこほんと咳払いして、

話題を戻した。

商売人の顔に切り替える。

「まぁいいわ。

 それより雪華、一個確認」

スケッチブックをぱらっとめくった。

「紫陽花のイヤリングのデザイン。

 花びらの形は実在する紫陽花に寄せる?

 それともデフォルメ?」

トワもすかさず続いた。

「あと素材。

 本物の紫陽花を模すなら

 シリコン素材で花弁の一枚一枚を――」

スバルが小声でハコスに囁いた。

「ねぇ、スバルたち今

 めっちゃ重要な話してるよね?」

こくり。

「してるよ。

 でもこれ隣争いの方がやばい」

「実際の紫陽花に似せたほうがいいですかね

 片耳用と両耳用を用意して、

 色はお客様が選べるように。

 片耳ずつ違う色にもできるように」

すいせいの目がかっと見開かれた。

鉛筆が走る。

「片耳用と両耳用。色違い。

 ペアで買い換えて両耳お揃いにもできる」

がりがりとデザインを描き始めた。

花弁の形、雫のディテール。

「片方を青、片方を紫とか。

 片方がピンクで片方が白とか。

 組み合わせ無限じゃん」

トワの目が光った。

電卓を叩く手が止まらない。

「しかも片方ずつ変えられるなら、

 完全にカスタム感覚。

 オリジナルの組み合わせで作れば

 所有欲も満たされる」

すいせいは描いたデザインをくるっと回した。

紫陽花の花弁に小さな雫があしらわれている。

「ねぇ見てこれ。

 花弁のここに小さく水滴入れてるの。

 梅雨っぽさ出るでしょ」

スバルが覗き込んだ。

「かわいい!ちっちゃ!

 この細かさ再現できるの!?」

ハコスが腕を組んで頷いた。

「片耳用ならコスト抑えられるし、

 両耳用はセット販売にすれば

 単価上げられる。

 マーケティング的にも綺麗」

らでんは雪華にぴったりくっついたまま、

すいせいのデザインを見つめた。

「これさ、限定数にしない?

 梅雨期間中に数量限定。

 買えなかった客がまたリピートする」

にやっと悪い顔をした。

館長の顔だ。

「いいですね。

 紫陽花の指輪も事前予約制で

 サイズや色を先に聞いておく」

「指輪の箱は防水で水色系統。

 上の部分が上下に開閉して

 相手に渡して告白する場面は、

 見せ場になると思います」

すいせいの鉛筆が完全に

オートモードに入った。

手が勝手に動いている。

「防水の箱。水色系統。開閉式」

ぱっと顔を上げた。

「それプロポーズボックスじゃん。

 パカッと開けたら指輪が入ってるやつ」

トワが目を閉じてシミュレーションしていた。

「予約制ってことは、

 事前にサイズも色も決めておく。

 つまり告白の日にちも決まってる」

すっと目を開けた。

「予約段階で「プロポーズ用ですか?」って

 確認入れたら更に売上跳ねるよ」

スバルはもう夢見る目だった。

「パカッて開けて、指輪見せて、

「結婚しよう」って!やばいやばい!」

ハコスは真顔でメモを取っていた。

「防水箱の水色って

 紫陽花の色味に寄せる感じ?

 それとも雨上がりの空みたいな

 透明感のある青?」

らでんは雪華の腕を抱えたまま、

想像して顔が真っ赤になっていた。

「箱、パカッ。指輪きらきら。

 相手に渡す。告白する」

小声で呟いた。

「……されたいな」

すいせいが聞き逃さなかった。

にやぁっと笑う。

「ん?館長今なんて?」

「何でもない」

ぷいっと横を向いた。耳赤い。

「ミレイの「盲目の少女」を見て

 感動で言葉を失う

 そしてその前で指輪を渡して告白」

「相手は涙を流して何度も頷く。

 そしてフォトスタジオで

 ドレスに着替えて記念撮影。

 2人の指には紫陽花の指輪

 うんこの流れで書きますか」

メインホールに充実した空気が流れていた。

企画の骨組みが出来上がりつつある。

全員の頭の中で梅雨イベントの

完成形が浮かび上がり始めていた。

すいせいはスケッチブックを閉じた。

ぱんっと表紙を叩く。

「流れ完璧。

「盲目の少女」で感情ピークに持ってって、

 その場でプロポーズ。泣くに決まってる」

トワは指を立てて整理した。

「横通路を通ってきて、嵐を抜けて、

 光の少女を見て感動。

 その勢いのまま告白。

 感情の高ぶりが最高潮」

ぞくっと身を震わせた。

「告白の成功率えぐいことになるよこれ。

 雰囲気に流されないカップルいない」

スバルが拳を握りしめた。

「全カップル成功じゃん!

 全員結婚しちゃう!」

ハコスは冷静にペンを止めた。

「フォトスタジオのドレス着替えの

 タイムテーブルも要るよ。

 一組あたり何分確保する?」

すいせいがぴっと指を立てた。

「平均五分。化粧直し込みで。

 三組同時に回せば一台で十分」

らでんは雪華の腕を抱えたまま、

ぽつりと呟いた。

「ねぇ雪華くん」

上目遣い。

「この話の主人公って、

 告白される側?する側?」

「主人公は企画者で語り部。

 語り部の視点で

 ストーリーが進んでいきます」

らでんはきょとんとした。

「語り部。

 主人公だけど告白はしない側」

しばらく考え込んで、

ぱっと目が輝いた。

「つまり視点で物語を導く役。

 カップルが告白する瞬間を間近で見る立場」

すいせいが鉛筆の尻で

こめかみをとんとん叩いた。

「語り部ね。

 で、その語り部が最後

 どうなるかが問題じゃない?」

トワが頷いた。鋭い目だ。

「そう。

 カップルの幸せを見届けて

 終わる語り部って、ちょっと寂しい。

 物語の外にいる存在だから」

スバルが首を傾げた。

「えっ、語り部って幸せになれないの?」

ハコスがペンで頬をつんつん突いた。

「物語の構造上、

 語り部は当事者になれないんだよね。

 観客側の存在だから」

らでんは急に真剣な顔になった。

雪華をじっと見つめる。

「雪華くん」

声のトーンが変わった。

学芸員でも館長でもない一人の女の声。

「その語り部には、

 最後に何か起きるの?」

「語り部は最後ミニアルバムを閉じる。

 そして子供にミニアルバムを渡す

 七色の紫陽花スタンプが押された、

 虹のミニアルバムをですね」

誰も、何も言わなかった。

数秒間。長い数秒間。

スバルの口がわなわなと震えた。

「子供が。虹のミニアルバムを」

ハコスはペンを落とした。

拾わなかった。

「七色全部揃えてある。

 親と一緒に歩いた横通路。嵐を越えた。

 盲目の少女を見た。プロポーズを見た。

 全部あのミニアルバムに入ってる」

声が震えた。

「それを渡してる。子供に渡してる」

すいせいは椅子の背もたれに深く沈み込んだ。

天井を見上げている。瞬きが多い。

「……」

トワは壁に背を預けたまま、

静かに泣いていた。音もなく。

涙だけが頬を伝っている。

「語り部の人生が全部

 あの一冊に詰まってる」

スバルはもう声を上げて泣いていた。

ハコスにしがみつきながら。

「むりぃ……

 子供ちっちゃいの……

 ミニアルバム大きいの……

 両手で抱えてるのぉ……」

らでんは雪華の腕に顔を埋めていた。

肩がずっと震えている。

しばらくしてくぐもった声が聞こえた。

「ずるい」

顔を上げた。涙でぐちゃぐちゃだ。

「こんな完璧な終わり方ある?」

「ラストはこうしようと思います。

 さて企画の準備進めましょうか

 梅雨までに万全に整えておきましょう」

すいせいは立ち上がった。

目を拭った跡が残っている。

が、もう商売人の顔に戻っていた。

切り替えの鬼だ。

「よし。泣くのは終わり。仕事する」

指を折って数え始めた。

「衣装調達が最優先。

 ウェディングドレス白、紫、青。

 タキシードは最低限三着。

 あと紫陽花カラーのドレス用の小物」

トワも目元を拭って、スマホを構えた。

「スタジオに連絡する。

 防水衣装の在庫確認する。

 あとミストマシンの

 大型レンタルも見積もらないと」

もう電話をかけ始めている。

ぐしぐし目を擦ってから、

ぱんっと両頬を叩いた。

「スバル横通路の作業始める!

 壁の採寸もう終わってるから

 業者呼べるよ!」

ハコスはペンを拾って立ち上がった。

「床面の水膜施工業者の

 リストアップしとく。

 踏圧センサーも発注かけるね」

らでんはぐすっと鼻を鳴らしてから、

ぱんっと手を叩いた。

館長モード。

「はい全員行動!

 梅雨まであと二ヶ月切ってるよ!」

そしてくるっと雪華に向き直った。

にっこり。

「雪華くん。

 あたしは照明と

 プロジェクションマッピングの

 技術チーム手配するから」

小声でそっと囁いた。

「あとで二人で打ち合わせしよ?ね?」

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