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十重奏(デシメット)の止まり木  作者: 海内裏


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第三部 第二編:ホア・ラン視点・南国の双子と、東京の秘密

第三部:『明日マイの空を見上げた彼女たち』

第一章:ホーチミンの太陽と、届かないスカウト


ベトナム、ホーチミン。一年中太陽が照りつけるその街で、私たちは生まれた。

姉のホア(Hoa:花)と、妹のラン(Linh/Lan:蘭)。私たちは一卵性の双子だ。

「私たち、背は低いけど子どもっぽくてめちゃくちゃ可愛いよね!」それが私たちの口癖だった。陽気でおおらか、悪く言えばちょっと図々しい。ホーチミン時代から男遊びは激しく、男の子を振り回しては二人でケラケラと笑い合う毎日。

そんな私たちの夢は「日本でアイドルになること」だった。甘い言葉のブローカーを信じて日本へ渡ったのは、十代の終わりのこと。だけど、東京の現実は厳しかった。

憧れの街に来たものの、原宿を歩いても、地下アイドルのライブ会場の周りをウロウロしても、誰も私たちをスカウトしてくれない。日本語学校の学費や生活費に追われ、事あるごとに学生時代の先輩であるヤンを頼っては、ご飯を奢ってもらったり甘えたりしてばかりだった。

そんなある日、私たちはあるアイドルのライブ会場で、一人の日本の女の子と出会った。名前はあき。あきは私たちを見るなり「えっ、めちゃくちゃ可愛い……!」と一目惚れしてくれた。元々海外のアイドルも好きだったらしく、翻訳アプリを使いこなして一気に距離を縮めてきた。私たちはすぐに意気投合し、カフェで虹色のカラフルなケーキを一緒に食べながら、夢を語り合う仲になった。



第二章:不意のバトンと、二度目の夜


あきと仲良くなるうちに、話題はあきが通っているというスクールの講師「彼」のことになった。

「日本の若い男の子には、今どんなアイドルがウケるのかな?」真剣な顔で尋ねるホアに、あきは親切心から「じゃあ、私の大好きな先生を紹介してあげる!」と彼を繋いでくれた。あきが彼に淡い恋心を抱いていることなんて、当時の私たちにはどうでもよかった。そうして、ホアは彼と二人きりで会うようになった。久しぶりに触れ合う若い日本の男性。しかも、彼は私たちのために片言のベトナム語を一生懸命話し、何より声がものすごく良かった。

ホアは一瞬で彼を気に入り、あきのことなど気にせず猛プッシュを開始した。

二人きりで会うようになって、二度目の夜。河原でのデートの帰り道、駅の前で送ろうとする彼に、ホアは服の袖を引っ張りながら上目遣いで言った。「……しないの?」彼は困ったように時計を見て、「もう帰る時間だよ」と優しく諭した。「子どもじゃない!」ホアはわざとらしく唇を尖らせて拗ねてみせる。それでもためらう彼に、ホアはとびきり可愛いウインクを投げかけた。「……お願い」その夜、私たちは大人になった。

翌朝、ホテルを出ると、ホアは彼に大きく手を振りながらダッシュで駅へ向かった。日本語学校のチャイムが鳴る直前、なんとか滑り込みセーフ。

アパートに戻ると、ランがニヤニヤしながら待っていた。彼と会っていたことを話すと、ホアは悪戯っぽく笑った。「ねえ、次はランが会いに行ってみれば?」ベトナムにいた頃から、私たちは気に入った男の子を何度もこうして「入れ替わり」でシェアしてきたのだ。



第三章:戦利品のシェアと、二人の太陽


ホアからバトンを渡された私は、次のデートからホアのふりをして彼に会いに行った。髪型も、お気に入りのリップもホアと同じ。私たちは一卵性の双子だから、黙っていれば絶対にバレるはずがなかった。

けれど、若い日本の男の子のくせに、彼は意外と鋭かった。何度か入れ替わりながらデートを繰り返していくうちに、彼の私を見る目に微かな違和感が混ざるようになった。「ホア……なんだか、前と少し雰囲気が違わない?」「気のせいだよー!」私はわざとらしく彼の首に腕を絡めて、誤魔化すようにケラケラと笑った。

まだ彼に完全に気づかれてはいないけれど、このまま入れ替わりを続けられなくなのは時間の問題。そう察した私たちは、彼が真相にたどり着く前に、最高のサプライズを仕掛けることにした。

次の約束の日。待ち合わせの駅前に現れたのは、ホアだけじゃない。全く同じ服を着て、全く同じ笑顔を浮かべたホアとラン、二人同時に彼の目の前に現れたのだ。「え……!? ええ……?」驚いて完全に固まっている彼の両脇から、私たちは「お待たせー!」と息をぴったり合わせて腕を組んだ。そのまま、戸惑う彼を引っ張るようにして、私たちはいつものホテルへと直行した。

ホテルの部屋に入り、ドアが閉まった瞬間、私たちは彼をベッドへと押し倒した。「びっくりした? ずっと二人で入れ替わってたんだよ」「騙しててごめんなさいねー!」種明かしをされて完全に戸惑っている彼に、私たちは二人同時に飛びかかった。

あきは彼に恋をしていたし、マイは彼を命の恩人と拝んでいたけれど、私たち二人にとって、恋とか愛とか、そんな面倒くさいものにはこれっぽっちも興味はなかった。世界は不条理で、東京の毎日は過酷。 だけど、今が楽しいのが一番! だと私たちは顔を見合わせて笑った。最高の声を持った優しい日本の男の子を、大好きな双子でシェアして、今この瞬間を全力で遊び尽くす。それ以上の理由なんて、私たちの辞書には必要なかった。ベッドの上で、私たちは南国の太陽の熱をそのままぶつけるように、彼を丸ごと翻弄した。

真っ赤になって降伏を宣言する彼の姿を見て、私たちは心の底から大爆笑した。嵐のような時間が過ぎ去り、疲れ果てた私たちは、いつの間にかベッドの上で彼を真ん中に挟んで、三人で川の字になってぐっすりと眠りの中に沈んでいた。朝の光が差し込む部屋で見た、彼の困ったような、だけどどこか安心したような寝顔を見て、私たちはまた小さくケラケラと笑った。



エピローグ:ひまわりのように、この街で


あの嵐のような夜から、二年の歳月が流れた。私たちは結局、あの日夢見ていたような日本の本物のアイドルにはなれなかった。

だけど、それで落ち込むような私たちじゃない。私たちは原宿でスカウトされるのを待つのを完全に辞めて、自分たちの力で新しいステージを作ったのだ。あの夜の経験をヒントに、TikTokに「双子の入れ替わりネタ」、そして私たちのちょっと図々しくて陽気な日常の動画をアップし始めたところ、これが若者たちの間で大バズリした。

今や私たちは、たくさんのフォロワーを持つ人気インフルエンサーとして、東京のエンタメの世界を自分たちの足でしっかりと歩き回っている。

二〇二六年の初夏。私たちは今、マイと一緒に、駅前の一等地にあるガラス張りの綺麗な店舗の前に立っている。彼が働くスクールの、新しくオープンしたポップアップストア。「あ、先生だ! 今日もカッコいいねー!」「ちょっと、二人とも有名人なんだから大きな声出さないで!」隣でカメラを構えてはしゃぐ私たちを、メガネをかけたマイが苦笑しながらたしなめてくる。

通りを挟んだ向こう側には、あきと何人かの女の子たちがそれぞれの楽器のケースを抱えて並んで歩いているのが見えた。あきは別のビルを見つめてうっとりしているし、女の子たちはみんな、それぞれの理由で前を向いて眩しそうに生きている。私たちはガラス越しに、こちらに気づいて頼もしく微笑んでくれた彼に向けて、二人で同時にとびきり可愛いウインクを投げかけた。

ホーチミンのぎらぎらとした太陽の下で生まれた、私たち双子。

東京の冬は冷たかったけれど、仮面を被って怯えるなんて私たちのガラじゃない。

私たちはこれからも、大好きな仲間たちと一緒に、ひまわりのようにこの大都会で、今を一番に楽しみながら力強く咲き誇っていく。

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