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ドミニクが指定された時間に向かうと、例の男が待っていた。男はウォーレンと名乗り、今はアーべライン商会でオリヴィアの補佐をしているという。どうやらオリヴィアとはかなり近いところに居るらしい。
オリヴィアめ、俺という婚約者がありながら随分他の男と親しそうじゃないか。と、ドミニクは全く見当違いの嫉妬をしていた。
会社はただの集合場所だったらしく、そこから二人で移動して、やって来たのは王都でも有数の大ホールだった。以前はオペラや劇などで主に使われていたが、現在は会社の新しい発表会で使われることもある。それはドミニクもよく知るところだ。
ウォーレンの話では、ここで『ビデオカメラ』の発表があるという。
成る程、と思った。発表が行われるとすれば、必ずどういう経緯で発見に繋がったかという話になる。そこでドミニクにも挽回のチャンスをくれるということなのだろう。
周りを見回すと、見知ったスポンサー企業の役員の顔もある。後で挨拶に行こう、などと考えていると、発表会が始まった。
「本日はお集まり頂きありがとうございます。それではこれから、アーべライン商会により開発された、世界初、ビデオカメラ、並びに映写機の発表を始めさせて頂きます」
ドミニクは思わず立ち上がりそうになった。壇上に立っていたのは、オリヴィアだったからだ。
少したどたどしさはあるものの、あの頃よりずっと、しっかり話すことが出来るようになっている。何なら自分と居た時より表情も明るい。
「オリヴィア、成長したじゃないか」と、全く自分が育てたわけでもないのにドミニクは考えていた。
「では先ず、この映像をご覧下さい」
写ったのは王都の様子だった。白黒だが、動く映像がはっきりと写っている。
街を行き交う人々。馬車。そして店の中の様子も、オリヴィアの説明と同時に進んでいく。
音も拾っているが、これは別の学者が既に開発していた録音機を撮影と同時にセットし、流しているものらしい。
また、オリヴィアの説明では、どうやらこの映像を壁に写す装置はビデオカメラとは別物のようだ。
これは彼女の助手であったリリィが先頭に立って開発を進めた、「映写機」と呼ばれる装置らしい。これがあることで、ビデオカメラで撮った映像を大きな画面で見ることが出来るのだという。
映像が切り替わるたび、人々は驚きの声を上げていた。それは彼らが人生で初めてみた動く映像なのだから当然だ。
もちろん驚いたのはドミニクも同じで、腰が抜けるほど驚愕していた。時代を10年は先取りしたかのような映像だ。
そして、同時に身体に湧き上がってきたのは喜びだった。「これが俺の発明だ。俺の発明が世界を変えたんだ!」と。つまり自分は、最も多くの利益を独占する権利があるはずだと。
映像が終わると拍手喝采が起こった。
皆口々に「素晴らしい」「すごい技術だ!」「世界が変わるぞ!」と言っている。誇らしかった。
「それではこれで発表会を終わります」
オリヴィアが言うと、観客たちが再び総立ちで拍手を送った。
まずい、このままでは終わってしまう。ここを逃せばビデオカメラの発明は、全てオリヴィアの功績として定着してしまう!
「ちょっと待ったぁ!」
ドミニクは思わず立ち上がっていた。帰り支度をしていた観客たちの注目が集まる。
「皆さん、お座り下さい。実はこの発表会はもう少し続くのです」
人々は互いに顔を見合わせていたが、これも事前に予定された何らかの余興だと思ったらしく、それぞれが再び着席する。ドミニクは堂々とステージの方に歩いていき、中央に立った。
「オリヴィア、久しぶりだな」
ドミニクはステージ脇に居たオリヴィアに笑いかけるが、彼女は目を逸らしてしまった。何故か複雑な表情をしている。
「皆さん、始めまして。私はこのアーべライン商会の発足以前から、彼女と苦楽を共にし、ビジネスをしてきたドミニク・コレツキーと申します。今日は皆さんに知ってもらいたいことがあります」
ドミニクは慣れた様子でステージ中を歩きながら言った。
「実は、このビデオカメラ、並びに映写機を完成に導いたのは……」
「あなたならそう言って下さると思っていましたよ」
ステージ脇から声がしたかと思うと、ウォーレンが中央まで歩いてきていた。
「ドミニクさん、実はあなたの全てをまとめた映像を、もう一本用意しておきました」
「俺の、全てを……?」
「そう、あなたがオリヴィア女史とどのように関わっていたか、どうビジネスと向き合っていたか、その全てです。では皆さん、御覧ください」
ウォーレンがいうと明かりが消え、映写機の光が再びステージに投影され始めた。
眩しくて、ドミニクは思わずステージ脇に避ける。ウォーレンはすでに反対側へ退いていた。
「俺の全て? 一体、何の映像が流れるという。そもそも、何かの機材で撮られたことなんか、一切ないぞ」ドミニクは首を傾げた。
しかし投映された映像を見て、ドミニクはカカッと目を見開いた。そこに映っていたのは紛れもなく自分だ。もちろん身に覚えがない。
しかもヤシの木が映っていて、アビーと一緒に歩いているところを見ると、国外に逃亡していたときの映像だ。
ドミニクはそれに該当する言葉を知らなかったが、それはいわゆる「隠し撮り」というやつだった。商会のスタッフたちが、気づかれないように彼らの後を追っていたのだ。
映像が切り替わり、ベッドの上に二人が座っている。
『にしても、オリヴィアさんを帝国(本国)に残してきて良かったの?』
映像の中のアビーが聞く。
「まずい!」
ドミニクは急いでステージ中央に駆け寄ろうとしたが、左右を屈強な警備員に羽交い締めにされ、全く身動きが取れなくなっていた。
「離せ! 早くしないと手遅れになる!」
そう、その場面はドミニクにとって、完全に致命的な、あるシーンが映っていた。
『まあ責任は全てオリヴィアに押し付けてきたけど、彼女なら大丈夫さ。真面目なだけが取り柄なんだから』
映像の中のドミニクが答えた。
『えー、可哀そう』
1㎜も可哀そうだと思ってなさそうな明るい声でアビーが言う。
『ねえ、どうしてオリヴィアさんと婚約していたの? 実は好きだったとか』
『そんなの、金になりそうだったからに決まっているじゃないか』
映像の中のドミニクは実に素晴らしい笑顔で答えた。会場はしんと静まり返っている。その沈黙の重さが、そのままドミニクが受けるダメージとなった。
『いや、彼女のことは嫌いじゃなかった。でも俺とは釣り合わなかっただけだよ』
『そうなの? じゃあ私もそういう目で見てる?』
『そんなわけないじゃないか。俺が愛しているのは、最初から君だけだよ』
そう言ってドミニクはアビーに腕を絡めた。熱い視線が交錯する。
『まあオリヴィアの才能は本物だったから、ビジネスパートナーとしてあそこで切り捨てるのは惜しかったど、あれだけの事故を起こしたのならどうしようもない』
『事故を起こしたのも自分のくせに』
アビーはけらけら笑う。
『まあ良いさ。彼女に払うべきだったお金も、研究費も、全部国外に持ってきた。これで死ぬまで遊んで暮らせる』
『そのお金で借金返してあげたら良かったのに~』
『何を言ってる。俺にそんな義理は無いよ。だって、もう彼女とは縁を切ったんだから』
しんとした場内。だがドミニクは暗い中でも分かる。軽蔑、怒り、その他もろもろ闇の感情が混ぜ込まれた、おびただしい敵意に満ちた視線に、自分が晒されていることを。
もう発見を自分の手柄にするどころか、完全な戦犯かつ裏切り者の、史上最低最悪野郎の烙印を押されてしまったに等しい。何せ映像で残ってしまっているのだから、説得力は抜群だ。
だが本当の問題はそこではない。この次なのだ。
この後、夜の営みのシーンに入る。あれを見られたら……あれを見られたら、本当に、一巻の終わりだ!
「やめろおおおおおおお!」
ドミニクは必死にもがくが警備員は全くびくともしない。
『じゃあ、そろそろ……』
『うん、あれね?』
アビーは口元で何かを咥えるような動作をする。
二人はベッドの中央に移動し始めた。
ああ、駄目だ、本当に駄目なんだ!
終わる、終わる、俺の約束された華やかなはずの人生が、終わる……!
アビーが枕元から、ゴソゴソと何かを取り出した。
尺八だった。
規制をかいくぐるための何らかの比喩ではない。リアルに楽器の尺八を彼女は持っていた。
それに、口をつける。
ぴゅるるるるぅ、と、揺らぎのある、素晴らしい音色が溢れ出した。
少しの演奏だけで、会場中の誰もが、分かったことがある。疑いようもない事実。それは
アビーは、凄腕の尺八奏者だということだった。
「おい、この音楽……」
「ああ、聞いた事ある」
「最近流行ってる、あれだよな!」
会場内から声が上がっている。
「そうだ、この曲。『アナゴの舞い』だ!」
そう声が上がったのとほぼ同時に、尺八の音色に会わせて、ドミニクが奇妙な動きを始めた。ウネウネと、アナゴというよりワカメのような動きだった。
いつの間にか、彼はフンドシ一丁のみになっている。
そしてドミニクが歌い始めた。
『♪波に揺られてユラユラと、漂う僕は黄色いバナナ』
どうやらアナゴでもワカメでもなく、バナナだったらしい。
『♪今日のご飯は何かな。サンマかな? それともバナナ?」』
共食いをするタイプのバナナのようだ。
『♪この身の全てをホッポラー神にお捧げ申す。さあ我が身を食らうが良い』
宗教の儀式的な歌だったらしい。
『くぅ~! これこれぇ! これいしないと満足できない体になっちゃったよお!』
その後も映像中のドミニクはよく分からないことを口走り続け、観客は唖然としていた。
そしてドミニクは、まるで魂が抜け落ちたかのように、床に崩れ落ちているのだった。




